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No. 00071
DATE: 1998/09/14 11:20:56
NAME: ルルゥ
SUBJECT: 光の御手(中編)
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深夜。
勝手口がそっと開き、旅装束に身を包んだ小柄な少年が、あたりをうかがいながら出てきた。
人がいないのを確かめ、彼は走り出す。
夜闇に消えていく後ろ姿を、少年の両親はじっと二階の窓から見守った。
「ルルゥ・・・・・・」
「信じよう、あの子の信じているものを。」
不安げな妻の肩を、夫はしっかりと抱きしめた。
「思えばあの子は一度も私たちに逆らわなかった。そのルルゥが家を出るなら・・・・・・よくよくの考えがあっての事だろう。大丈夫、あの子にはファリスの加護がある。」
二人はそのまま、いつまでも動かなかった。
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双子は6歳になった。
背のファラリスの刻印を人目にさらさないため、彼らの行動は著しく制限されていた。少しでも怪我をする可能性のある事は、いっさい両親はさせなかった。医者にかかる事になれば、服を脱ぎ肌をさらさなければならないからだ。
だが、惜しみなく注がれる両親の愛のために、双子は不自由な生活を悲しむような事は決してなかった。
だが、「その時」はついにやってきた。
***
僕は夜道を歩いていた。
確信を得た僕は、もう迷わなかった。
やっぱり、ルチアは生きている。
自分のおかれている立場はよくわかっていた。それでも外に出て、自分の身を危険にさらすようなまねをしているのは、ある考えがあったからだ。
どうにか、ルチアの居場所をつきとめられないだろうか。
別に「おとり」になろうと思っているわけではないが、事と次第によっては、それも辞さない覚悟だった。
財布には今、何枚かの金貨が入っている。
これで冒険者をやとうか?
それとも、魔術師ギルドに頼んでテレポートでアノスに行くか?
思案しながら歩いていたので、僕はまったく「それ」に気付かなかった。
「きっきっき」
無気味な笑いにふりかえると、いきなり左肩に衝撃が走った。
「あうっ!?」
激痛に息が止まる。押さえた手の指のすきまから、真っ赤な血があふれて落ちた。
僕を襲ったのは、小さな有翼の使い魔・・・・・・インプだった。
慌ててレイピアを引き抜いたが、当てる自信はまったくなかった。
「きっきっきっき!」
僕の心のうちを見抜いたのか、インプは耳障りな笑い声をあげた。
と、背中がずきりと痛んだ。
(いらっしゃい・・・)
かぁっと身体が熱くなる。インプは空高く舞い上がり、こちらの様子をうかがっている。僕がまた倒れでもしたら、連れて行くつもりなのだろうか?
「ファリスよ!」
いちかばちか。
僕は短く祈りをささげ、手のひらをインプに向けて差し出した。
「ハ!!」
気合とともに、手のひらに集まった気の固まりを撃ち出す。それは真正面からインプをとらえ、魔物は悲鳴を上げて地面に落ち、そのまま動かなくなった。
僕は呆然とした。「フォース」を実際に使うのははじめてだった。まさかこれほど威力があるなんて・・・・・・。
はじめての戦いが終わっても、僕のひざはふるえたままだった。肩口からの出血が、白い服を胸まで赤く染めている。
とにかく傷を治し、僕はよろよろと「きままに亭」への道を歩き出した。
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その日、双子と両親はオラン郊外にある祖母の家にいた。遊びつかれた二人はよく眠っていたが、深夜遅く、ふと妹は目を覚ました。
「おにいちゃん、おきて」
妹は兄を揺り起こした。
「おそとに、だれかいるの」
兄は寝ぼけ眼をこすりながら、風の鳴く窓の外へ注意を向けた。
バタン!!
突如窓が開き、突風が部屋に吹き込む。兄妹は悲鳴を上げた。黒い影が稲妻のように侵入し、二人を捕まえる。
「ファリスよ、たすけたまえ!!」
思わず兄は絶叫した。と、彼の身体からぱぁっと輝きがあふれ、侵入者の手を焼いた。
(ぎゃあああっ!?)
そのまま兄は倒れ込み、意識をなくしてしまった。
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「やれやれ」
ルルゥに毛布をかけてやりながら、レドはため息をついた。
家出、賞金1000ガメル、インプの襲撃、そしてファラリスの刻印。
なんとまぁ、騒ぎを持ち込む名人だろうか。
子供扱いがよほど気に障ったのか、ウォッカ一気飲みという暴挙に出たルルゥは、すっかり前後不覚におちいっていた。
(少し眠りたいところだが・・・)
レドはつぶやいた。
今さっき襲われたばかりなら、今日は安全と考えるのが妥当だ。しかし、裏をかかれるということも充分ありえる。
コトリ。
・・・・・・どうやら、裏をかこうとしたらしい。
レドが武器をかまえると同時に、窓を破ってインプが二体飛び込んできた。
一匹目を横薙ぎに切り捨て、後ろに飛びのく。残ったインプがそこをめがけて・・・・・・。
「御免」
いきなり、破られた窓から一人の男が入ってきた。それに気を取られたレドの腕を、インプの爪がえぐった。
「はっ」
男が腰のダガーを抜き、インプの首につきたてる。インプは断末魔の叫びを上げ、床に長く伸びた。
「うむ・・・・・・声をかけないほうがよかったか?」
「・・・・・・」
言葉を探すレドを尻目に、男はルルゥの寝顔を覗き込んだ。ルルゥは騒ぎにも気付かず熟睡している。厳しい男の顔に、柔らかい笑みが浮かんだ。
「何者だ、あんたは?」
「む・・・名乗り遅れたが、アノスの聖騎士、エーリッヒ・フォン・アイゼンバッハだ」
**
妹がさらわれた後、兄は数日間にわたって高熱を出した。その間に空の棺で妹の葬儀がとりおこなわれ、オランの家には頑丈な扉と鍵、子供部屋には窓に鉄格子がとりつけられた。
兄は確かに魔手をのがれた。だが、女司祭はこう言った。
「6のつく歳になったら、むかえにゆくよ」
・・・・・・そして月日は流れ、兄は16になった。
***
僕は夢を見ていた。
真っ暗な場所を、僕は歩いている。そこには冷たい霧がたちこめ、足元はぬかるんでとても歩きにくい。
と、僕の行く手に巨大な鏡が現れた。そこには僕の姿がうつっている。
しかしよく見ると、鏡の中の僕は髪が長く、胸元が柔らかくふくらんでいる。
あわてて離れようとしたが、鏡の中から細い手が伸びて、万力のような力で僕の首を締め上げる。
もうひとりの僕の胸には、ファラリスのシンボルが輝いていた。
****
エーリッヒはオランの街を歩いていた。
あまりに頼りないルルゥをみかねて後をつけてしまったが、そんなに心配はいらないようだ。
(私はただ、亡霊をさがせば良いか・・・・・・)
彼はファリスの啓示を思い出した。
「捕らわれし者、光の赤子、汝彼の者を闇の呪縛より解き放ち、はばたかせるべし」
エーリッヒは不敵な表情で、ゆっくりと街をさまよい出した。
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