 |
No. 00077
DATE: 1998/10/05 16:40:45
NAME: カルナ
SUBJECT: 決心(前編)
うららかな昼下がり。
道ばたの秋桜が、ゆらゆらと心地よさそうに風に揺れている。
ぽかぽかと暖かい、まさに小春日和。こんな日に、熱を出してベッドでうなっているというのは、かなりかわいそうである。
だが、彼女はうなされていた。
その名を、カルナ・ヒトラウスという。
「カールさんの、ばか・・・・・・」
額に氷嚢、足下に湯たんぽ、脇にネコ(ショウくん)を抱え、カルナはうなされていた。
「ばかばかばかばかばか・・・・・」
熱の原因は、季節の変わり目だから・・・・ではない。
************************
カルナは、プリシスの名門貴族の令嬢である。だが、幼い頃から冒険者にあこがれ、親に隠れてこっそりと剣術や弓矢を習い、16歳になったときに、「世間を見てきます」という名目で、家宝の魔法剣を持ちだし家出。しかし、オランの別荘に住み着くなど実家のコネをフル活用し、したたかに生活していた。
ところが両親は、カルナがいない間に、ジョセフとの婚約を押し進め、カルナがいやがってアザーンへ国外逃亡している間に、とっとと貴族の間に発表してしまった。
カルナは、ジョセフとの結婚は死んでも嫌だと言い放ち、自由に出来る財産をすべて持って本当の家出を図った。しかも、別荘を売り払い、「気ままに亭」の近くに一軒家を買い取って雲隠れ。それに妹のミレディーヌも「あんなのが兄になるなんて死んでも嫌だ」と思ったのか、巡礼のたびと称して家出を図った。
しかし、逃げているだけではどうにもならない。カルナは、共にアザーンに向かった魔術師シシリーの計らい(?)により、彼の双子の兄カールとつきあっている、という噂をばらまかれた(もちろん、尾ひれが付きまくったのは言うまでもない)。
ところがどうしたことだろう。なんとカールは、カルナのことを本当に好きになってしまったのである。あーあ・・・。
しかも、さらに、それだけではなく、よほど追いつめられていたのかは本人と神のみぞ知るところだが、こともあろうにカルナのファーストキスを奪って逃亡したのである。
その夜・・・カルナは、熱を出して寝込んだ。
************************
それから二日が立って現在に至るのだが、熱はいっこうに引かなかった。はぢめてのキスをいきなりされてしまったのでは無理もない。カルナは意外と、純粋なのだ。
本来ならミレディーヌが看病するべきなのだろうが、彼女は神殿の名により4日前から旅に出ている。よって、おはちが回ってきたのが隣人のリデルである。
「カルナさん、お粥、出来ましたよ」
「・・・ありがとう。でも、食欲がないわ・・・」
二日も熱が出ていれば当たり前である。
「でも、食べないと薬が・・・重湯にしますか?」
「・・・いい、お粥食べる」
重湯のまずさを熟知しているカルナは、こうして丸め込まれ、結局お粥を流し込まれていた。
寝込んだことにより、カルナはずいぶんと楽をしていた(肉体的には)。掃除も洗濯も料理も庭の手入れもすべてやってくれる人間がいるからである。(しかもこのあとで、リデルは猫の世話と自分の家のこと、さらにはマーファ神殿での子守のアルバイトが待っているのだ。過労死するなよ、リデル)
しかし、精神的に、カルナは最悪であった。
「そういえば・・・あの人、どうしてるかしら・・・」
思い出すのは、初恋の人のこと。
もっとも、寝ていてすることと言えば、思い出すことくらいしかないだろう。特に、今のように、現実逃避したいときには。
************************
七つ年上の彼は、カルナの家に仕える護衛のひとりであった。カルナは、彼に剣術をこっそり習ったのである。
彼に恋している、時がついたのは13の時。だが想いがいえるはずもなく、家を出る直前の16歳の冬、それとなく切り出してみたのだ。
「ねえ、好きな人って・・・いるの?」
カルナの一世一代の大決心(当時)は、しかし、あっさりと返された言葉によって砕け散った。
「・・・・ああ。つき合ってる人がいるんだ、おれ」
・・・木枯らしが冷たい日、カルナの初恋は、こうして終わったのだった。
その彼は、それからもカルナのことを妹のように大切に思ってくれ、現在も時折手紙を出したりしていた。カルナには結構つらいものだったが、時が経つに連れて、だんだんと、心に決着が付いてきているように思っていた。
彼は、カルナが家を出てすぐ後、破格の抜擢により騎士叙勲を受けたのだ。
その辺まで思い出したときである。
昼食の後かたづけをしていたリデルが、ドアをノックして、こう言ったのだ。
「カルナさん・・・お客さんなんだけど、お通ししてもいい?」
「・・・今、会いたくないわ・・・どなた?」
「・・・プリシスの騎士、っていってるけど・・・」
カルナは、目を見開いた。
************************
案の定、それは初恋の君だった。
故郷でよく見たその鎧は、紛れもなく「琥珀の騎士団」のものだ。
思い出の中にしまっておいた顔立ちは、年齢と合い重なって、思い出よりもりりしく落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
「・・・・カルナ、こうして会うのは四年ぶりだね。どこか悪いのか?」
「・・・ううん、大丈夫よ。少し・・・熱があるだけ」
「季節の変わり目だからな。気を付けろよ」
「ところで、どうしてオランに来たの?」
「ちょっと、王命でね。任務もすんだことだし、ここに君が越してきたって手紙に書いてあったから、会いに来たんだ。知らせたいこともあったし」
少しだけ、いやぁな予感がよぎったが、顔に出さずにカルナはほほえんだ。リデルが入れてくれたハーブティーを手に、尋ねる。
「知らせたいことって?」
「ああ。実は・・・」
照れくさそうに笑って、頭を掻く仕草は昔と変わっていない。カルナはなつかしそうにほほえんだが、次の瞬間、絶対零度で凍り付いた。
「・・・俺、結婚することになったんだ」
こきーん。
ほほえんだまま、凍り付いてしまうカルナ。それに全然気がつかずに、彼はさらに続けた。
「しかも、来年早々、子供が出来るんだ」
計算会わないぞ、と冷静に考える頭は、すでにリデルにしか残っていなかった。
今度こそ本当に、カルナは、失恋したのである。
・・・・・・・・満天の星が輝く夜。明日は満月。
月明かりが優しく、秋に包まれたオランを照らし出す。
その月を見上げ、カルナは、ひとり泣いていた・・・・・。
<続く>
 |