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No. 00079
DATE: 1998/10/08 09:48:58
NAME: カルナ
SUBJECT: 決心(中編)
どんどんどんどん。
外が夕焼けに包まれはじめた頃、ドアをたたく音がする。
ベッドで横になっていたカルナは起きあがると、ガウンを羽織って玄関へと出た。
本来なら客の応対はリデルがやってくれるはずなのだが、彼は夕食の買い出しに出かけていて留守なのだ。
「はい、どちらさまですか?」
念のためにドアを閉めたまま尋ねる。すると、意外な声が帰ってきた。
「俺です、あの・・・・・・カールです」
「か、カールさんっ!?」
カルナはびっくり仰天した。あわてて奥に引っ込もうとする。今は誰にも会いたくない気分だった。しかも、カールなら、なおさらだ。
「すみません、会いたくないって気持ちは分かるんですけど開けて下さい。その・・・リデルが」
「・・・リデルちゃんが?」
迷った末にドアを開ける。そこに立っていたのは、ぐったりしているリデルを抱きかかえたカールだった。
「り、リデルちゃん!?」
カルナはあわてて駆け寄る。額にさわると燃えるように熱かった。
「ひどい熱だわ!」
「家の方に寝かせてこようかと思ったんですけど、この熱で一人にするのは不安で・・・」
「そ、それもそうですね・・・・じゃなくて! 早くリデルちゃんを!」
カルナの勢いに押し切られ、カールは思わずリデルを渡す。その時・・・・・・・二人の手が触れ合ってしまった(爆)。なんてお約束な。
当然、カルナは耳まで真っ赤になってしまった。
「すすすす、すみませんっ! あのその、じゃコレで失礼しますっ!」
問答無用でカールからリデルを奪い取ると、カルナはばたんっ! とドアを閉めてしまった。
・・・・・・・・・後には、両手をさしのべたままの形でたたずむカールだけが残された。
哀れなり、カール。
************************
きれいな月が昇りはじめた頃。
とてとてとてとてとて。
腿まで届く長い栗色の髪を濡れたまま流して、一人の少女が走っていた。
今日砂漠からオランに戻ってきたばかりで、チャ=ザ神殿の大衆浴場でひとっぷろ浴び、家路についたセシーリカである。
その足下を追いかけるようにして走る雉猫は、彼女の使い魔、ショウ。
「カルナ姉さんが熱だしてるなんて珍しいな・・・・」
使い魔との精神感応により仕入れた情報に、セシーリカはひとりごちた。
カルナが引っ越した先が自分ちの隣、ということも、ショウから聞いて知っている。
ぼふっ。
「ふにゃっ!?」
顔面に何かがぶつかった。
びっくりして見上げると・・・・・・・・・・そこには、暗い顔のカールがいた。
「あれー!? カールさん、どしたの?」
あまりの彼の表情に驚いて、セシーリカは思わず袖を引く。カールはその動作でようやく彼女の存在に気が付いた。
「・・・・帰ってきてたのか」
「うん、今日・・ってそれよりどーしたの!」
気ままに亭の伝言板で見た限りでは、カールはカルナと婚約し、幸せの中にいるはずなのである。
反応がないカールにセシーリカはため息を付くと、げし、と軽くカールに膝蹴りを入れた(乱暴な・・・)。
「しっかりしてよカールさん! なにがあったの!」
膝蹴りとその言葉に、ようやくカールは我に返る。(カールさん、ごめんなさい)
「いや、それが・・・・・」
落ち込みまくっているカールを見て、セシーリカはもう一度ため息を付いた。
こりゃ、相当重症だ。絶対何かあったな。
「とりあえず家においで。話くらい聞いたげるから。ついでにお腹空いたから、なんか作って」
にっこり笑うセシーリカに、カールは、少ししてからうなずいた。
「・・・なるほどねぇ・・・・・」
分かっているのかいないのか、カールの作ったオムライスを食べながら、セシーリカはカールの話を聞いていた。
カールは、といえば、セシーリカの前に座って落ち込んでいる。
「カールさんが悪いよ、そりゃ」
お箸でびし! とカールを指し示し、セシーリカは断言した。
どーでもいいが、お行儀が悪い。
「・・・それくらい、わかってるさ・・・・」
カールはうなずいて、お茶を一口すする。
いつもセシーリカのそばにいるはずのショウは、今はいない。カルナの家に偵察に出しているのだ。セシーリカは、今、ご飯を食べながら、カルナの家の情報を逐一手に入れていた。
「謝って分かってもらえるかは分からないけど・・・自分が悪いって分かってるなら、謝った方がいいと思うよ」
セシーリカの言葉に、カールはややあって、うなずく。
「そうだよ・・・な」
思えば、許してもらえる確立のほうが圧倒的に低い。だが、このまま謝らずに曖昧にしてしまうわけにはいかない。
「会うなら手伝ったげるよ?」
いたずらっぽくセシーリカは笑う。
その言葉に、カールは少し迷って、うなずいた。
・・・・ていうか、絶対こいつ楽しんでるな・・・・少なくとも半分は・・・。
そんな思いを胸に秘めて。
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カルナは、ぐったりして眠っているリデルの枕元で、自己嫌悪に陥っていた。
「リデルちゃん・・ごめんなさい・・・わたしのせいね・・・・」
よく考えれば、熱が出てから、全部自分のことをリデルにまかせっきりにしていた。家事一般、看病・・・などなど。しかも、リデルはそのあとで自分の家のことと、さらにはマーファ神殿で夜勤のアルバイトをこなしていた。
リデルは無表情で感情を表に出すことはないが、意外と気だてがいいし、細かいこともよく気が付き、どんな作業も丁寧にこなす。
よく考えれば、過労で倒れても無理がない。
−リデルは、あんまり体が強くないんだ。内臓がよくないんだって。ちょっとしたことでよく熱出したりするから。
アザーンに行く前、別荘を貸すとき、セシーリカにそういわれたことを今更ながらに思い出す。
と。
どんどんどん。どんどんどん。
誰かが玄関のドアをたたいた。
「カルナ姉さーん、開けてー」
セシーリカの声である。
「あ・・・セシーリカ、戻ってきてたの?」
「うん、熱だしてるって聞いたから、看病に来たよー。リデルもそこにいるんでしょー?」
「ええ・・・・悪いけれど、自分で開けて入ってきてくれる? どうも体がだるくて・・・」
はーい、と威勢がいい声が響き・・・。
セシーリカが行動を起こす前に、カルナはあわててもう一度叫んだ。
「でも、ドア壊しちゃだめっ」
ちっ、という舌打ちの声が聞こえてきそうな気がしたが、すぐに静かになって、わずかの間で扉はあっけなく開く。
すぐにセシーリカが駆け込んできた。
「カルナ姉さん、久しぶり! 病気してた?」
「ええちょっと熱が・・・って、相変わらず変な挨拶ね」
感動の再会(・・・・?)かどうかはともかくとして、とりあえず再会を喜び合う二人。
「ごめんね、リデルまかせっきりにしちゃって。カルナ姉さんも熱があるんでしょ? ついでだから、二人まとめて看病するよ」
それは嬉しい、とほほえみ・・・そして、カルナは凍り付いた。
廊下に、カールが立っていたからだ。
「カルナ姉さんに謝りたいんだって」
セシーリカは、にこりと天使のようなほほえみを浮かべた。
カルナには、悪魔の微笑みに見えた。
カルナの制止も聞かず、セシーリカはリデルを抱えて、とっとと隣の部屋に行ってしまった。鬼。
よって、カールとカルナは、気まずい雰囲気の中、取り残された。
カルナは体調が思わしくないから、都セシーリカにベッドに横にさせられ、カールは、カルナの看病を頼まれて(押しつけられて)、枕元の椅子に腰を下ろしていた。
・・・・・・・・・・はっきり言って、かなり、気まずい。
カールは、意を決して、口を開いた。
「あ、あの、カルナさん」
まともに顔を見ることができずに、カルナはそっぽを向いたままで、はい、と答える。カールは土壇場だと思っているのか、かちこちであった。
「あ、あの、そのなんて言うか、俺あなたのことが好きです。なぜって聞かれてもわかんないんだけども、その、あの・・こないだのキスは勢いというか、あなたのことを全然考えないで、してしまったことは後悔してるって言うか・・・・あああああっ! 何を口走ってるんだ、俺はぁっ!」
カールは、一人でべらべらまくし立て、一人で頭を抱えてしまった。なにがしたいんだ、あんた。
その怒濤のごとく、というか、立て板に水をぶちまけたようなカールの演説と、そのあまりの一生懸命さに、カルナは、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ・・・・・・・くすくすくす・・・・・・・ふふふふ」
たまらず笑いはじめたカルナを見て、カールも照れたようにあはは、とわらう。だが、すぐに表情をひきしめて、勢いよく、深く頭を下げた。
「と、とにかく、このあいだはすみませんっ!」
その必死な態度に、カルナは笑みを禁じ得なかった。
部屋の隅のショウが、ふぅ、とため息のようなものをついた。
隣の部屋のセシーリカも、はふー、とため息を付いてつぶやいた。
「・・・・・・聞いてて恥ずかしいったらありゃしない」
まったくだ。
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夜も更けて、結局カールはリデルの、セシーリカはカルナの看病に落ち着いた。わだかまりが解けた以上は、当然の措置である。
カルナは、安心感でうとうとしながら、枕元でじーっとこっちを見ているセシーリカに話しかけた。
「・・・・わたしね、ふられたの・・・・・」
誰に、とも、何で、とも聞かずに、セシーリカはただ黙って聞いている。カルナはそれに安心して、さらに続けた。
「13歳の時に・・・好きになった人なの。故郷の人・・・でも、昨日尋ねてきて・・・。結婚するんだって、笑ってたわ・・・・」
言いながら、だんだん悲しくなってくる。だが、カルナは話すのをやめなかった。
「・・・あきらめてた・・・・一回ふられてたから、そんなにショックじゃないって思ってたのに・・・。夜になると、泣けてきてたまらなかった・・・・」
片手で顔を覆う。枯れたかも、と思っていた涙がまた浮かんできた。しばらく黙っていたセシーリカは、静かに、口を開いた。
「・・・じゃ、カールさんのことは? 嫌いなの?」
カルナは、すぐに首を横に振る。
「嫌いじゃないわ・・・。カールさんはとってもいい人だもの」
「それだけ?」
尋ねられて、カルナはセシーリカの顔をまじまじと見た。セシーリカは、カルナを静かに見つめ返している。
「いい人だって、曖昧に引きずっていたんじゃ、カールさんかわいそうだよ。本当はどう思ってるの? 好きなの? 嫌いなの?」
カルナは二重に驚いた。子供だと思っていたセシーリカは、いつの間にこんな口を利けるようになったのだろう。
「わからないわ・・・・・いきなりそんなこといわれたってわからないわよ」
「そうやって逃げるの? 大人って卑怯なんだね」
その言葉にカルナは怒りを覚えた。ただでさえこちらは混乱しているというのに。
やはり、この子はまだ子供だ。
「好きか嫌いかなんて、すっぱり分けられるものじゃないわ!」
カルナの叫びに、セシーリカは怒る。
「そんなの汚いよ! 結論出したくないからって逃げてるだけじゃないか!」
「あなたは子供だから分からないのよ! まだ本気で人を好きになったことがないから、そんな気楽なことが言えるんだわ!」
その言葉に、怒りの表情を浮かべていたセシーリカは、なぜか耳まで真っ赤になる。
さらに怒った・・・・ワケではないらしい。
「・・・勝手に決めるな、人のことまで!」
「・・・へ?」
カルナはきょとんとしてセシーリカを見た。怒りは、いつの間にか吹っ飛んでいる。
「あたしだって、あたしだって!」
そこまで言って、セシーリカは、ふと、言葉に詰まった。
「・・・・あたしだって?」
カルナは尋ねる。反応が、あまりにも・・・・あまりすぎる。
「あ、あたしだって・・・・」
耳の先まで真っ赤である。ほとんど茹で蛸。
「・・・・・・あたし・・・・だって・・・」
ほっとけば頭から湯気が出るかもしれない。
(かわいいかもしんない・・・)
カルナがそう思った、刹那。
頭に血が昇りすぎたセシーリカは・・・・。
「・・・う」
鼻血を出した。
本当に、血の気が多い娘である。
騒ぎを聞きつけた(そりゃ隣の部屋なんだから気が付くわな)カールがあわてて駆けつけてきて、鼻血の手当をする。カールは結局、この夜三人分の面倒を見る羽目になったのである。
かいがいしく(?)セシーリカの手当をするカールを見ながら、カルナは、先ほどセシーリカに言われたことを思い出していた。
−いい人だってだけで曖昧に引きずっていたんじゃ、カールさんがかわいそうだよ。
(あたしは・・・・どう思っているの?)
半泣き状態のセシーリカと、それをなだめているカールの姿を見ている家に、カルナの胸はひどく複雑な思いに駆られていた。
(嫌いじゃないわ。・・・嫌いじゃ・・・ない)
胸の中で、初恋のあの青年の面影は、いつの間にか消えていた。
中秋の名月が、優しくオランを照らし出していた。
<続く>
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