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No. 00081
DATE: 1998/10/12 17:21:52
NAME: カルナ
SUBJECT: 決心(後編)
ジョセフ・デュ・ミルディア、オランに帰還。
恐怖の幕開けである。
************************
チャ=ザ神殿。
カール・クレンツは、ここで働いていた。
今日の仕事は孤児達の世話。まさに「保父」である。
そんなうららかな昼下がり・・・チャ=ザ神殿の前に、ゴージャスな馬車が横付けされた。
応対のために出てきた神官は、彼の服装を見てぎょっとする。
キラキラゴージャスな服を着た、背の高いけばけばしい男が、きらきらきらめく鞭を片手に、優雅な動作で馬車を降りてきたのだ。
「こちらの神殿に、カール・クレンツ殿がいると聞いている。取り次いでくれたまえ」
本来ならこんな怪しい奴を、職務質問もせずに神殿に入れるわけにはいかないのだろうが、あまりの勢いに圧倒されて、結局、応対係ははい、とうなずいて、カールの元にジョセフを通してしまったのであった。
子供達の世話に明け暮れていたカールは、突然の悪寒にぞくっ、と全身をふるわせた。
「何だ? ・・・風邪でも引いたか?」
あえてそう思おうとしたが、どうやら、どこかでかいだかぐわしい(わけがない)香水の香りが漂ってきているような気がする。
予知夢ならぬ、予知ぶるいである(←そんなんあるのか?)。
気のせいか、遠くから楽団の演奏が聞こえてくるような気がする。赤ちゃんをあやしながら、カールは心底その場を逃げ出したくなる衝動に駆られていた。
(・・・・これは・・・・まさか・・・・)
最近、カールの悪い予感は、いつも当たるぱたぱたと表の方から神官が駆け寄ってきて、青ざめた顔でこう伝えたのだ。
「か、カールさん。お客様・・・・だと思う人が来てま」
じゃじゃじゃじゃーん。
神官が言い終わらないうちに、突然けたたましい楽団の演奏が、孤児院いっぱいに鳴り響く。当然のように、カールの腕の中で眠っていた子供は、火がついたように泣き出した。
「カール・クレンツ君」
聞きたくもない声がかかる。声の主を捜して辺りを見回すと。
両側から共通語魔法の明かりによって照らされながら、両手を広げてゆっくりと歩いてくるジョセフの姿が!
カールは一瞬、立ちくらみを起こしそうになった。
(い、いつ会ってもわからん、こいつだけは・・・・)
わからんほうが幸せだと思う。
ともかく、ジョセフはさっと腕を振り上げて、楽団の演奏をいっそう激しくさせる。
「君がカール・クレンツ君か」
「は、はあ・・・」
気圧されたカールを見、ジョセフは笑う。
「ふふふふ・・・・ははははは・・・・はぁっはっはっはっは!」
と思ったら。
「げほ、げほげほっ! く、くるしい・・・」
どこまでも間抜けな男である。
目が点になっているカールを後目に、なんとか咳を治めると、優雅な動作を一つして、懐から薔薇を取り出す。
「この薔薇を見たまえ・・・」
「今仕事中ですから」
あっさり答えたカールに、ジョセフは完全無視で続ける。
「薔薇というものは、私のように優雅な人物の元でこそ栄えるもの・・・そう、さしずめ、私とハニーのように。しかし、君は私から薔薇・・・つまりハニーを奪ってしまった。君のような粗野な人物に薔薇を装わせても、ただただ薔薇が浮いてしまうだけだ。・・・そうは思わないか?」
「何が言いたいのかはしらんが、演奏を止めろ! 子供が起きる!」
もうすでに全員起きている。ついでに言えば、子供達のうち8割以上が泣き出している。
「さぁ、どこにハニーを隠しているんだい? さっき気ままに亭とやらをのぞいてみたけどいなかったね。はっ! もしや、もう傷物に・・・」
「するかぁぁぁぁーっ!」
どうでもいいが、カルナの家は気ままに亭のすぐ近くである。おまえ、本当に、あほか?
このままではらちがあかない。カールはジョセフをきっとにらみつけた。
「・・・ジョセフ・・・」
「ん?」
優雅な動作で薔薇の香りを楽しんでいるジョセフに向かって、カールは、とうとう例の文句を切り出した。
「おまえのような奴にカルナさんを渡すわけにはいかない! このカール・クレンツが、おまえに決闘を申し込む!」
・・・どうでもいいが、赤ちゃん抱いて言う台詞じゃないぞ。
ジョセフは一瞬目を見開いたが、すぐにふ、とほほえんだ。
「・・・いいだろう。その決闘、受けようではないか。しかしこちらにも準備がある。期日はこちらで、後日、伝えさせてもらおう。それでいいかな?」
「・・・いいだろう。俺は負けない」
だから、赤ちゃん抱いたまんまで言うなよ。
こうして、「カールとジョセフが決闘する」という噂は、速やかに広がっていった。
************************
夕暮れ時。
カールは、ちょっと買うものがあって、町に出てふらふら歩いていた。
決闘を申し込んでしまったものの、カルナにことわりもしないで勝手に進めてしまったことが、心に残っていた。
会ったら謝らなければ。
そんなことを思いながら歩く。
と。
「・・・・あ」
買い物かごに夕食の材料を詰めて家路についたリデルと鉢合わせしてしまった。
「よ」
いつもの調子でリデルに挨拶するカール。しかし、リデルは、いつもの通りの無表情で、つかつかとカールに歩み寄ってきた。
「な、なんだ?」
じーっとカールを見上げるリデル。無表情だから、結構、怖い。
と。
ばっちーん、という痛そうな音が夕暮れ空に響いた。カールは何が何だか分からないままにいきなり平手をくらい、不覚にもよろめいてしまう。
リデルがカールにびんたを見舞ったのだ。喧嘩か、とまわりに野次馬が集まってくる。
「いきなり、何を・・・!」
カッとなったカール。しかし、リデルの表情を見てぎょっとする。
いつもぼーっと無表情なリデルが、眉をつり上げて無言で怒っているのだ。
「・・・カールさん、いったい・・・何を考えているんですか」
口調はいつもの通りだが、かすかに怒りで震えているようにも思える。
「い、いったい何のことだ?」
リデルが起こっている理由が分からないカールはそう尋ねた。しかし、それがカンにさわったらしい。
「カルナさんのことです!」
怒鳴られた。
「・・・はぁ?」
「聞きました。ジョセフに決闘を申し込んだそうですね」
「あ、ああ・・・・それが?」
カールの言葉に、怒り心頭に達しているらしいリデルはびし、と指を突きつけて一気に巻くしたてる。
「それが問題なんです! どうして、カルナさんの意向を無視して勝手にそちらだけで決めてしまうんですか! 貴方が勝てればいいかも知れませんけど、負けてしまったらカルナさんの人生はいったいどうなるんですか!」
野次馬は、あからさまに痴話喧嘩だと決めつけて、わいわいと勝手にはやし立てている。確かにリデルは女顔だし、男にしてはちっちゃいほうだし、声も高い。なにより、体型が隠れるような服に、買い物かご。
・・・痴話喧嘩に見えてもしょうがないのかもしれない。
何も言い返せない(というより圧倒されてしまった)カールを見て、リデルは少し心を落ち着け、冷ややかな言葉で話した。
「・・・そんな勝手なことで、よくカルナさんのことが好きだ、なんて公言できましたね。女性はものじゃないんですよ? そんな二人だけのやりとりで、どっちのものになるか、なんて決められるものではないでしょう?」
それだけを言うと、カールに反論する暇も与えずに、くるりときびすを返して歩み去る。
カールは呆然として、リデルに言われた言葉の意味を考えていた。
************************
夜。
カルナは自室で1人、悩んでいた。
心境を以下に抜粋する。
カールさんがジョセフと決闘? どうして、わたしのためにそんなことしてくれるの?
・・・確かに、カールさんは・・・私のことを好きだ、といってくれたわ。わたしを守ってくれる、とも。そんな彼がとても頼もしく思えて・・・だけど、わたしなんかを守るために、血を流して欲しくない。
どうしてわたしは、こんなに彼のことが心配なの?
わたしのためにジョセフと戦うから?
・・・・いいえ、そんなの関係ないわ。彼が傷つくのはいや。
何故そう思うの?
・・・・わからない。
もしかして・・・いいえ! 違うわ。わたし、今でずっと別の人のことが・・・初恋のあの人のことが好きだったのよ。失恋したからといって、そんなに簡単に乗り換えるようなふしだらな女じゃない。
・・・・本当に違うの?
わたしはカールさんのことが好きじゃないの?
どうして、あの人のことを思うより、カールさんのことを思うほうが胸が痛いの?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・そうね。
そうだったのね。
わたし、好きだったんだわ。カールさんのこと、ずっと前から。
それをごまかすために、「あの人のことが好き」と思いこもうとしていたのね。でも、もうそれが出来なくなって・・・
・・・なんだかよくわからない。頭が混乱してる。
でも、カールさんのことが好き。
好きな人に傷ついて欲しくない。
わたしがいなくなれば、あの決闘には意味が無くなる。
オランを、出よう。
どこか遠くにいって、ひっそりとすごそう。
・・・カールさんは悲しむかしら?
゛けど、わたしなんかよりももっとずっといい人を見つけて、幸せになってくれるはず。
それでいいのよ。
きっと、それで・・・・。
ということになる。
結果。
カルナは、最低限の荷物をまとめ、その晩のうちに失踪を図った。
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音を立てないよう、静かなドアを閉める。入り口の立てかけておいたクレインクィンに目が止まって、悩んだ末に、それに手紙を張り付ける。
空を見上げると、満天の星が優しく輝き、虫の鳴き声がかすかに聞こえてくる。東の空がうっすらと明るくなり始めていた。
優しいが、孤独で静かな時間だ。
カルナは、ため息をついて荷物を抱え直す。
と。
「・・・どこに行くの?」
意外な声に、カルナは驚いて振り返った。
寝間着姿に、ショールを肩に掛けただけのセシーリカが、静かにこちらを見つめている。見られていた、とカルナは心臓を捕まれたような気分になったが、意を決してきっぱり答えた。
「・・・こどもじゃないんだから、どこに行こうと勝手でしょう」
「逃げるの?」
カルナはぎくりと足を止める。セシーリカはさらに続けた。
「カールさんが悲しむよ。カールさん、本気でカルナ姉さんのこと好きなんだよ」
「なんで、あなたにそんなことが分かるのよ」
視線を合わせたくない。カルナは冷たく言い放った。
「・・・ふざけんな!」
セシーリカは堪えきれずに怒鳴った。そして、時間帯に気がついてあわてて口をつぐみ、カルナに駆け寄って袖をつかむ。
カルナは振り返ってセシーリカを見た。
一瞬、真っ向から視線がぶつかり合う。
セシーリカの緑の瞳。泣いていたのか、少し目が赤い。真摯な瞳。
あわてて目をそらし、腕を振り払う。そして叫んだ。
「あなたにはわからないかも知れないけど、これしか方法がないのよっ!」
セシーリカの顔に、怒りで朱が走る。振り払われた手をぐっと握ると、大きく振りかぶった。
殴られる! カルナはぐっと目を閉じた。
だが、予期していた衝撃はやってこない。
おそるおそる目を開くと、腕を振り上げたまま、セシーリカが泣いていた。
力無く腕がおろされる。涙をぼろぼろ流しながら、セシーリカはくるりと身を翻すと、そのまま駆け去っていった。
・・・ごめんなさい。
カルナは心の中で彼女に謝ると、ゆっくりと門の方へ向かい始めた。
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それから1時間もたたない頃。
ばたん、と乱暴にリデルの家のドアが開けられる。息を切らしたカールが飛び込んできた。
「カールさん」
椅子に座っていたリデルが立ち上がる。
「カルナさんがいなくなったって、本当か?」
カールの足下から雉猫が飛び出して、そのまま二階へと駆け上がっていく。セシーリカが連絡のために走らせた使い魔、ショウである。
「こんな置き手紙が・・・」
リデルは先刻セシーリカに渡された手紙をカールに手渡す。
そこには、こんな文字が書かれていた。
『・・・オランを出ようと思います。
今まで、ありがとうございました。
カールさん
わたしよりいい人を見つけて幸せになって下さい。
それと・・・わたしのことを好きだといってくれて、ありがとう』
読み終えて、カールは愕然とした。
「それで、カルナさんはいつ出ていったんだ?」
「1時間ほど前です」
「もうじき夜が明けるな・・・・門が開く前に見つけないと」
手当たり次第に捜している時間はない。
「すぐにいきますか?」
「ああ、そうしよう」
二人はうなずきあって、家を飛び出した。
「リデルは西を捜してくれ。俺は、東の方を当たってみる」
「はい」
こうして、二人が家から姿を消して、すぐ。
「わかったわ!」
先ほどマイリー神殿から戻ってきたばかりのカルナの妹、ミレディーヌが、ぱたぱたと階段から降りてきた。
「ふたりとも、姉さんの居場所が・・・って、あら」
時、すでに遅し。二人はすでに出た後である。
「どうするのよ。二人ともでてっちゃったわ」
ため息をついてセシーリカに話し掛ける。セシーリカはショウを抱えてため息をついた。
「んもう、せっかちだなぁ・・・・ショウ、リデルを追いかけるよ! 悪いけど、ミレディーヌはカールさんを」
「おっけー」
ミレディーヌは笑ってうなずいた。
二人は今まで、二階の研究室で、ヒトラウス家の家宝トレーサー・ドールを用いてカルナの行方を捜していたのだ。
「急ぎましょう。開門はじきだわ」
ミレディーヌはセシーリカにそういって、東の空を見上げた。
空は白々と、明けかかっていた。
リデルは西門へ向かいながら、必死にカルナの姿を捜していた。東の空が明るくなってきている。時間がない。焦る心を抑えながらの捜索は、骨が折れた。
と。
「リデルーぅ」
聞き慣れた伸びやかな声に、リデルは思わず振り返った。猫を抱えたセシーリカが走ってくる。
「センカ、どうしてここに?」
親しいものしか呼ばない愛称で話し掛けると、セシーリカは肩で息をしながら叫んだ。
「方向違い! カルナ姉さんは北門だよ!」
「・・・え!?」
一瞬、思考が止まり駆ける。今までの苦労は・・・。
「早く行って! あたしはとろくさいけど、リデルは足が速い。まだ追いつけるよ!」
リデルはうなずいて、ダッシュで北門を目指す。
セシーリカは、その姿を見届けて、うなずいた。
自分では止められなかった。リデルでも無理だろう。でも、カールさんが来るまで時間を稼げればいい。
そんなことを思いながら。
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もうじき門が開く。
カルナは、ぼんやりとそんなことを考えていた。
もうじき、このオランともお別れだわ。そんなことを考えながら、オランの町並みを振り返る。
と。
全速力でこちらに向かってくる、見慣れた人物の姿が。
「・・・リデルちゃん?」
かなりのスピードが出ている。あの子、あんなに足が速かったのね、都感心している打ちに、リデルはカルナの前で立ち止まって、両膝に手を起き激しく息をする。
「・・・み、見つかって、よかっ、た」
ここまで全力で走ってきたのだろう。息も絶え絶えである。
「リデルちゃん、捜しに来てくれたの?」
「は、はい・・・ごほっ」
カルナが差し出した水筒を受け取って、水を一口飲む。リデルはそれでも肩で息をしながら、カルナに向き直った。
「・・・・カルナ、さん。どうして・・・」
「・・・聞かないで。これしか方法がなかったのよ・・・」
「カールさんのこと、好きなんでしょ? どうして・・・逃げるんですか?」
カルナは口をつぐんだ。しばらく視線をさまよわせ・・・そうして、口を開く。
「だって・・・わたし、カールさんに決闘なんかで傷ついてほしくない」
「・・・本当にそれだけですか?」
言われてカルナは押し黙る。しばらく、沈黙だけがその場に流れた。
「・・・・わたし・・・」
なんと言えばいいのか、言葉が見つからない。
「・・・わたし・・は」
まだ、頭が少し混乱している。
「・・・カルナさん、カールさんの事が好きなんですね?」
リデルが静かに問う。カルナはしばらく間をおいて、こっくりとうなずいた。
「好き・・・よ」
その言葉が出た瞬間、胸のつかえが一気にとれたような気がした。そのまま勢いに乗って口を開く。
「・・・そう。わたし、カールさんのことが好きだわ。でも、わたしは前まで、あの人が・・・初恋のあの人のことが好きだったの。でも、カールさんのことも、ずっと前から好きで・・・。あの人に振られたからって、カールさんにすぐに自分の気持ちを伝えるのは、カールさんを失恋の代用品にしているみたいで、それに、カールさんに、そんなふうに思われることもいやなの」
リデルはただ、黙って静かにカルナの話を聞いていた。一瞬だけ目を閉じて、そうしてカルナを見る。
「・・・気持ちが大切なんだと、思います」
え? とカルナは、まじまじとリデルの顔を見た。いつもの無表情な顔で、リデルは続ける。
「思っている本当のことを言わないと、何も始まらないと思います。不安なら、不安だとはっきり言えばいいんじゃないでしょうか? ・・・僕はまだ恋をしたことがないので、カンにさわってしまったのなら、謝りますが」
そこまで言って、リデルは、ふと振り返った。
「・・・来たようですね」
え、とカルナがリデルの視線をたどると、遠くの方から二人の人がダッシュしてくる。
カールとミレディーヌだ。
「・・・カール・・さん」
カルナはつぶやく。二人に気を取られていてカルナは見落としたが、その後ろからのんびりセシーリカが走ってきているのにリデルは気がついた。そして、彼女の元へと向かう。
カルナは、そんなリデルの行動に気がつく余裕もなく、ただ呆然とカールの来襲を待っていた。
肩で息をしながら、カルナの前に立ちつくし、ただ静かにカールはカルナを見つめた。
ミレディーヌは、ため息をついて、二人のそばから離れる。
しばらく二人は無言で見つめ合い・・・カールは、意を決したように口を開いた。
「カルナさん・・・別に、俺に振り向いてくれとは言いません。
でも、逃げないで下さい」
返答に窮したカルナを見て、カールはさらに続ける。
「それでもこの町から出ていくというのなら、俺も一緒に行きます。
逃げるのをやめるまで、俺は、あなたの横にずっといます。
たとえ・・・あなたが俺のことを、何とも思ってなくても・・・」
しばらく黙ってカールの話を聞いていたカルナは、ふとうつむく。そうして、かすかな声で絞り出すように、つぶやく。
「・・・何とも・・・思ってないわけじゃ、ありません」
え、と驚くカール。カルナは押し黙る。
しばらく、気まずい雰囲気が流れ・・・。
カルナは頬を染めて、そっと顔を上げた。
「カールさん・・・耳、貸してくれますか?」
何だろう、と首を傾げながらも、カールは膝をかがめる。カルナは、耳元でそっと、ささやいた。
「・・・・アルディーナ、といいます。わたしの・・・真の名は」
カールは驚いてカルナを見つめた。
カルナの故郷プリシスには、「真の名前」という風習がある。子供が成人に達したときに、それまでの呼び名に加えて名付け親から授かる名前だ。この名を他人に教えることは、すなわちその命を譲り渡すことと同じであるといわれ、その名をあかすことは滅多にない。
カールは、カルナが自分にその「真の名前」をあかしてくれたことの意味に気がつき、赤面した。
「・・・カルナ・・・さん」
真っ赤な顔でうつむいているカルナと、同じくらい真っ赤な顔でカルナを見つめるカール。
「・・俺・・・俺は・・・」
げし。
「ぐはぁっ」
いきなり横っ腹に拳を打ち込まれ、カールはうずくまった。
「はい、そこまで」
いつの間にか、セシーリカが、拳を打つ込んだままのポーズで立っていた。その横に、ミレディーヌとリデルがいる。
二人はびっくりすると同時に、今までのやりとりを見られていたことに気がついて、さらに赤面する。
「姉さん、続きは家に帰ってからね」
にっこり笑ってミレディーヌにそういわれ、カルナは赤面しながらうなずいた。
「お腹空いた」
セシーリカの言葉に、全員失笑する。
「よし、んじゃもどって朝食にするか!」
同時に、オランを、輝くばかりの朝日が染める。
みんな幸せそうに笑いながら、肩をたたき合って、家路についた。
幸せそうだが・・・ジョセフとの決闘が残っているのを、覚えている奴はいるのか?
謎だ・・・。
<終わり>
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