No. 00082
DATE: 1998/10/13 15:08:28
NAME: ラーフェスタス
SUBJECT: 鴛鴦の契り
鴛鴦の契り
「混沌の国」と呼ばれる、王国。その、名たる由縁に、最も大きく貢献しているであろうと思われる、暗黒神の神殿。
湿気のこもったその地下奥深くで、闇司祭は暗黒神に祈りを捧げていた。
ふと、闇司祭は、みずからの領域を侵さんとする気配に気がついた
「何者・・・?」
背後に、ぼう、と人影が現れた。影は、一人の人間を抱きかかえていた。
「久方ぶりですね。おかげんはいかがですか?」
うす闇に浮かび上がった細い影は、優雅な物言いで、一礼した。
「・・・おまえか。」
闇司祭は、尖った耳、白い肌、くすんだ灰色の長い髪のその姿を認めた。
はるかな昔に、共に旅をしたこともある知己であった。
「なにをしに来た? 狂ったエルフよ。」
彼はにたり、と笑みを浮かべた。およそ、久闊を除するという雰囲気ではなかった。
「わたくしの一途な思いを、汚らしい狂気の神ごときの作用のせいには、しないでいただきたいものですね。」
再び、エルフは丁寧な物腰で応じた。
「その不遜さ、あいかわらずよの。」
闇司祭は、目を細めた。
「などと下らぬ事を言っているいとまはありません・・・あなたの力を見込んで、御願いにまいりました。」
闇司祭は、眉を動かした。
「ほう・・・おぬしが他人に、頼みごとをしなければならぬようなことに陥るとはな・・・」
彼は、『友人』の性格をよく知っていた。
「すこし...加減をあやまりまして。」
ラーフェスタスは、腕に抱いている者に目をやった。
それは、黒い髪のハーフエルフだった。一目では男か女か判別がつかなかった。
「そやつが、おぬしが執心しておるという者か・・・。確かに・・・美しいの。」
闇司祭は、腕の中のその顔を覗き込み、感心してそう呟いた。もはや物言わなくなった、リヴァースの顎に手をかけ、死してなお滑らかな肌をなで上げる。血の気はまったく無く、服には未だ乾かぬ血のりが、べっとりとついていた。
ラーフェスタスの顔が、一瞬、不快そうに歪んだ。
「自害か?」
白い喉元の傷口を見やって、尋ねた。
エルフは黙って、頷いた。
「この者の、甦生を...。代償はいかほどにも。」
彼は静かにそういった。
「復活の魔法にかかる労力、いかほどのものか承知しておるな?」
ラーフェスタスは頷いた。
「お金でしたらいくらでも。あるいは、魔法の道具。...何でしたら、生け贄用に、ユニコーンに愛される乙女の3人や4人、連れてこさせていただきましょうか?」
くくく、と闇司祭は笑った。この男ならば、本当にやりかねなかった。
「それもよいが、の。」
しばらく考え込んだ後、闇司祭は、皺だらけの顔をエルフに近づけて、いった。
「おぬし、自身はどうかの?」
それは、意外な言だった。ラーフェスタスは、眉を細めた。
「おぬしが、暗黒神の元にひざまづく。光の守護者たるエルフが、その白き肌を捨てる。おぬしほどの力と素質の持ち主が眷族となれば、我らが神もさぞ、お喜びになるであろうな・・・」
「わたしに、汚らわしい闇の軍勢に、属せよ、と?」
ラーフェスタスは、目を閉じた。
「いかがかの?」
彼はしばらく思案したのちに、ただ、応えた。
「...随意に。」
彼の顔には、一片の表情も浮かんではいなかった。
闇司祭は、満足気に、頷いた。
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彼は、エルフの杜の長老の血を引くものだった。彼は、素より、精霊を操る術に関して、類まれなる才を現していた。持ち前の集中力と素質で、さまざまな精霊を従えていた。エルフの杜の中で、その力だけならば長老にも劣らないといわれていた。
天才の誉れが高かった彼の興味は、むしろ精神の内部、感情をつかさどり精神の動きを左右する、心のなかの精霊に向けられていた。無論、それまでに知られている、喜び、怒り、悲しみ、混乱、など、比較的単純なものだけでは飽き足らなかった。憎悪、嫉妬、独占心、執着・・・それまで把握され難いが故に、深く関られることの無かった感情に、強い関心を持った。彼は、それらの感情の精霊との接触を試みつづけた。
それ故に、彼にはそれらのうちのあるひとつの感情に、強く支配される傾向が見られた。
その試みは、エルフの部族の者たちから激しく非難された。禁断の領域に踏み込もうかとするその行いは、いずれ、変化を望まぬエルフの者達に、破滅をもたらさないとも限らないとみなされた。それでも、彼の関心は、とどまるところを知らなかった。やがて、彼は、部族に仇なすものとして、エルフの杜より、追放された。
彼は、冒険者となった。変化と困難、新しきものに満ちた人間達との生活は、彼にとって非常に興味深いものだった。土地によって異なる気候、同じ人間というひとつの種族のの中でも、変化に富んだ外見と性格、文化と風習、価値観。また、大地の妖精族や、草原を駆ける種族の者との出会い。それらは、彼を以前虜にしていたその試みを忘れさせるほどに、刺激的であった。
場を変え、仲間を変えながら、彼は数十年間、その生活を続けた。
そのなかで、かれはさまざまな、経験、知識、栄誉を得た。得難い財宝や魔法の遺物もあった。転移の魔力を使用できる石など、天井知らずの値がつくものもあった。いわば、彼は成功者だった。
その中で、彼は一人の人間の魔術師の女性に、強く愛された。しばらく、彼は彼女と共に二人で暮らした。しかし、エルフと人間では無論、時間の流れ方が異なっていた。いづれ女は、彼の前で日々醜く年老いていくことを心に病むようになった。女は、彼を自分だけの者に、と望んだ。女にとって自分が老いさらばえた死後、自分が忘れられ、彼が誰かの者になることが耐えられなかった。
女は、不死の命を求めるようになった。そして彼女は、遺失された古代の死霊魔術に手を出した。自ら不死の者となった彼女を、彼は自分の手で葬った。邪な魔術の支えを失い、ぐずぐずに崩れていく彼女の体を、彼は愛した。彼は、深い悲しみと喪失感を味わった。同時に、独占や執着がいかなるものか、知った。
やがて、彼の部族の幼なじみであるエルフの娘が、彼を迎えに来た。人間達との生活での彼の変化が認知され、追放を解かれたのだった。
そのエルフの娘により、彼の悲しみは徐々に癒されていった。羞月閉花のごとくに美しい、たおやかで優しい娘との間で、長い時のなかでゆっくりと、彼は愛を育てていった。
ある日、娘が突然姿を消した。彼は彼女の姿を探し求めた。しばらくして、彼女は、見たことの無い曲刀を抱いて戻ってきた。その時彼女は、身ごもっていた。なにが起こったかを問いただそうとしたが、彼女は、もはやそれに答えられる精神状態ではなかった。相当なショックを受けたらしく、精神には混乱の精霊が居座りつづけていた。
娘はそれから、ろくに食を摂ることもせず、物もしゃべることもなかった。
娘は子を産み落とすと、すぐに力尽きて息絶えた。
彼は再び、愛する者を失った。
彼は、取り付かれたように、禁忌とされた精神の精霊の研究に再び打ち込み始めた。彼の中で、何かが狂っていった。そして再び、彼は杜から姿を消した。
子は、無論のこと、ハーフエルフだった。育てる者が他にいなかった為、長老の元に預けられた。子は、例に漏れず、偏見と迫害を受けて育った。
ふらりと杜に戻ってきた彼は、育った子を見て驚嘆した。子は、その母に生き写しであった。子の母は、銀の髪と淡い緑の目だった。しかし、子の髪と瞳は、闇を染め上げたかのように漆黒であった。彼は子を見るたびに、愛する者と、彼女を奪った憎き者を同時に思い出すようになった。
子は、なにかにつけて、他人よりもずっと強い感情を持っていた。迫害への怒りと悲しみ。その感情の動きは、彼にとって非常に興味深いものであった。やがて彼は、子のあらゆる感情が、すべて自分に向けられることを望むようになった。かれは、その子を愛し始めた。その愛はどこか歪んでいた。
彼は子に、精霊を操る術を教えた。時折彼によってみせられる見せられる優しさが、子にとっては、感じられる愛のすべてだった。子は彼に憧憬と思慕と畏怖を同時に寄せた。
彼はもう、愛する者を何者にも奪われたくはなかった。彼は、子に執着した。異様なまでの独占心を子に抱いた。
彼は、失われやすいはかない愛情よりも、憎しみを向けられるほうを好んだ。憎悪や畏怖、恐怖は、好意よりも更に強く、揺るぎ無い感情だった。彼は、子の強い感情が自分に向けられることに、快感を覚えた。
ある日彼は、自分の試みについて、長老に激しく非難された。長老は、彼の異様な感情が子に向けられ、いづれ悪しき方向に働くことを恐れていた。長老は、彼から子を遠ざけようとした。そして、彼は、自らの父を、彼から愛する者を奪おうとする許さざる者として、手に掛けた。
その場を、子は目撃していた。子にとって、肉親が肉親を殺したも同様だった。子の、驚愕、恐怖、悲しみの強い感情は、彼に、限りない快感と満足感をもたらした。彼は、さらに、子の感情の変化を知ろうと思うようになった。
彼は、子の負の感情を楽しんだ。子から、憎まれれば憎まれるほどに、彼は喜悦した。
彼は、子の、感情の起伏をみたい。それだけの為に、自分の故郷を破壊した。ただ、異常な妄執に浸ることが、彼の快感だった。
やがて子は、瓦礫の中から拾い上げた曲刀に刻まれた名から、父の名を知り、その名を名乗るようになった。
子は、名を捨て、故郷を忘れ、みずからの姿を偽りながら、彼からひたすらに、逃れた・・・。
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闇の神殿。
リヴァースの瞼がゆっくりと開いた。焦点の定まらない黒曜の瞳が、ゆらりとラーフェスタスの姿を捉えた。
ラーフェスタスは、その紫の瞳に、限りなく慈愛と優しさを湛えて、囁いた。
「おまえを再び蘇らせることができたのなら...たとえこの身が闇に堕ちようとも厭いはしない...」
リヴァースの頬にやさしく当てられたその手には、ゆっくりと、闇の色が広がりつつあった...。
彼が望んでいたのは、永遠の平安。永久に変わることの無く、みずからのみに向けられる感情...その為ならば、いかなる代償を払ってもおしくはない。
ひどく体がだるかった。目を開けてみたが、さらに闇が深くなるような気がして、すぐに閉じた。
自分はいったい、どうしたのだろう。頭の中で、なにか粘性のあるものが、ぐるぐると渦巻いている。
「オマエの内なる感情の精霊は、自分自身より、自分の愛するものを傷つけられたとき、もっとも良い色合いを見せる。だからオレは、オマエが愛する者すべてを血で染めてやろう。
そして、オマエがこの世界の者すべてを愛するというのなら、おれはその世界そのものを破壊してやろう。
そして最後にその屍の上で、おれはおまえを抱いてやるよ。おまえの気が狂うまで…。」
恐怖の声が、深淵で蠢いていた。
もう、なんでもいい。何も考えたくはない。ただ、今は、この闇に、身を委ねたい...
「愛しているよ...」
意識を再び手放し眠りに落ちた恋人に、彼はそう、満足そうに語り掛けた。
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この人は、わたしのものなのですよ。
しなやかな肢体も、麗しい顔も、なめらかな白い肌も、つややかな髪も、こころも、からだも、全部・・・そう、うぶ毛の一本一本まで、わたしはこの人の全てを、愛しているのですよ...。
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