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No. 00084
DATE: 1998/10/24 23:22:54
NAME: ファークス
SUBJECT: 神秘竜の探索2
…穏やかな陽の光が、窓から射し込んでいる “きままに亭”の2階で寝ていた青年は、寝返りを打ったとたん、眩しい光に目を射られ、目が覚めた。
「あっちゃぁ…。 すっかり寝過ごしたな…。」
男はそう言って、またベッドに倒れ込むようにして横になった。 乱暴な扱いに抗議の声をあげるかの様に、古いベッドがギシッと軋んだ音をたてる。
「っち! 昨晩、なんか変なチンピラが来て揉めたからなぁ…。 あれで、
朝まで飲んじゃったんだっけ…。」 呟きながら青年は、右手中指にはめた
指輪を見つめた。 竜の頭を象った、黒い神秘的な指輪だった。
「アイツ…。 会ってから、最初に何て言おっかな…。」誰もいないのを良いことに、青年は横たわったままニヤッと笑う。 青年の目は相変わらず黒い指輪に注がれているが、頭の中は再開を目前にして、何から語って何をどんな風に表現してやろうか…ということで一杯だった。 …だが、不意にその笑顔が凍り付いた。 口元はまだ笑っているものの、その目は笑ってはいなかった。 窓から差し込む陽光が青年の顔を撫でたとき、目尻が微かに輝いた。 しばらくして、青年はゆっくりと口を動かした。 声にもならない細い声だったが、もし耳の良い者がいたら、こう聞こえただろう。
「いや…。 アイツは…、ミーシャはもう、いないんだ…。」
「ったく、この邸だけは変わんネェナ…。」
オランの貴族街まで来た青年は、大きな邸の前に立っていた。 邸の大きさは周囲を見渡してみても、この家だけが群を抜いて大きい。
「貴族って感じじゃないと思うんだが…な。」
玄関を潜ろうとした青年の耳に、中庭の方から何かの物音が聞こえてくる。
規則正しい風を切る音と、同じく規則正しく聞こえる掛け声。 そして時折聞こえる大声…。
「中庭…か。」青年は蒼いマントを翻し、やや歩く速度を遅めて中庭に向かった。 実のところ、再会後開口一番に何を言うのかまだ決めていない。
アイツの出方に合わせよう…とだけ考えていた。 青年が中庭に顔を覗かせると、十数人の子供達が、細い鉄の棒をふるっていた。 せい!、せい!という掛け声と共に鉄の棒を上段から振り下ろしている。 年の頃は皆13〜15と言ったところだろうか。 おそらくは剣の稽古だろうが、なんとまぁ古風な…。 青年は思わずにはいられなかった。 その子供達の前には本物のブロード・ソードを腰に下げた一人の男が、目を光らせていた。
年は、この稽古模様を物陰から見ている青年とそう変わらないだろう。
時折掛け声を出しては、子供達を叱咤している。 皮鎧を着込んでいるせいで汗が出ているが、流れる汗を拭きもせずに、子供達の熱の入った稽古に満足そうにうなずいている。
「まったく…。 ガキ大将のまねごとなぞ…。」
物陰からしばらく稽古の様子を見ていた青年は、軽くため息を付いた。
そして、指にはめている黒い竜を象った指輪を眺め、ぽつりと呟く。
「怪我などせんとは思うが…、ま、挨拶はハデな方が良いだろうし…な。」
青年は呟くと、指輪のはまった右手を胸の辺りにあげて、軽く指輪に意識を
込めた。 そしておもむろに物陰から飛び出し、子供達の稽古を見守る男に
向かって、指輪のはめられている中指を突き出す。
「我が召還に応じよ! ディアブロ!!」
青年が言い放った瞬間、黒い指輪が妖しく輝き、次の瞬間、指輪から漆黒の
竜を象った光が尾を引きながら男に向かっていった。 稽古をしていた子供達が悲鳴をあげる間もないうちに、漆黒の竜は男に異常なまでの速さで突き進んだ。 …だが。
「レイ・ソル!!」
男が振り向きざまに叫んだ。 迫り来る闇の竜に向けられたその指には、金色に輝く竜を象った指輪がはめられてあり、指輪は一瞬輝くと、そこから竜を象った光が放たれる。 そして、男の僅か前方で、闇の竜と光の竜は互いにぶつかり合い、轟音と閃光を放ちながら、消滅した。 男は光の竜を放った姿勢を崩すことなく、静かに言った。
「…お前の派手な挨拶には、ついていけない…と言ったはずだが?」
そして、男はゆっくりと顔を上げる。
「…久しいな、ファークス。 我が悪友よ…!」
「…久しいな、リード・エル=シッド…。 腕は鈍ってない様だな…!」
「…光の竜が蘇り、集めた者の願いを叶える、か…。」
「ああ…。 俺も良くは知らない。 だが、ここに神秘竜のパーツの一つが有る以上、まんざらウソでもないと思っている。」
稽古を終えたリードと共に、ファークスはいま、邸の応接間にいた。
ズラリと並んだ調度品一つを取ってみても、銀貨にして1万は下らないだろう。 エル・シッド家はもともと下級貴族だったが、遺跡探険家であった祖父のコレクションが見つかり、以来、ディレッタント生活を送っている。 生活が苦しくなるとコレクションを少量ずつ売っていき、生活費に充てる。ファークスが昔、何げに聞いたときに、200年は遊んで暮らせるとリードは言ったことがある。 その言葉の真偽は判らないが、リードが冒険者を辞めてから相当なるのだ。 未だにこんな生活を送っていると言うことは、あながちウソではなかったのかもしれない。 そして以前、ファークスはリードと共に冒険者をやっていた時、この邸に何度か訪れたことがあった。
うろ覚えではあるが、リード家の財宝は、数々の古代王国時代の文献・書物も含まれている。 そこになにか、“神秘竜の探索”に役立つ情報がないかと思い、尋ねてきたのだ。
「…ま、とりあえずの友のお前の頼みだ。 聞かぬ訳にもいくまい。 メイド達も何人か抜擢して、文献調査を手伝わせるとしよう。」
「とりあえずでも何でも良いぜ。 やってくれるならな!」
「…ま、お前も長い旅で疲れているだろう。 夕食までゆっくり休め。 そして今日は、私に客人が来る。 そのために今夜はパーティーを開くから、その席でお前にも、客人を紹介してやろう。」
「…パーティー…か。 そんな気分じゃないんだが…。」
「お前の為のパーティーじゃない。 気が乗らぬなら出なくても良いが?」
「…そうだな。 顔だけ出して、すみっこでチビチビやっとくよ。」
「好きにしろ。 今日の客人は大物だから、盛大にやる。 お前もこの街に
知り合いがいれば、招待してかまわんぞ? 今日来る客人は、やや自惚れが
強い。 出席者が多いと、見知らぬ者でも自分を祝ってくれていると勘違いする人と聞く。 正直、私の知り合いは多くないからな。 人数を増やせられるのなら、歓迎だ。」
【「…知り合い、ではないが…。 呼んで良いなら、呼んでおきたい人もいる。 昼間の礼をしておきたいからな…。」】
「ま、好きにやってくれ。 今更遠慮するお前でもあるまい?」
「…ありがたいお言葉で。」
一方そのころ…。 一台の馬車が、“自由人の街道”をオランに向けて疾走していた。 遠慮なく打たれる鞭の音が、馬車の中に大きく響く。 止むことのないその音が気に障り、馬車の中にいた亜麻色の髪をした女性は、御者に声をかけた。
「…ダンドゥット。 そんなに馬を急いては、死んでしまいますよ…?
もっと、優しくして上げられないのですか…?」
「あっ…も、申し訳有りません、ルティス様! いや…、リード家にこのままでは間に合わないのではと思い…。」
「既に間に合いませんよ。 …それに、少し遅れても良いではありませんか。 それで少しでも馬が助かるのなら…。」
「そ、そうですね。 いや〜ルティス様はやっぱり、心お優しい方だ!」
「そう…私は優しい…。 だから、苦しまない様に一撃で急所を突く訓練を
していたのよ…。 リード・エル=シッド…。 今夜は最高のパーティーにしましょうね…!!」
(→ 神秘竜の探索3へ)
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