No. 00087
DATE: 1998/10/28 15:33:21
NAME: エイル,ルフィス
SUBJECT: 永遠の自由
__________狂気に魅入られて・・・__________
・・・赤・・・
赤が視界を埋め尽くしている。
頭の中で何かが脈打つ音が鳴り続いている。
オレはまるで業火に焼かれるような同じ夢を見ていた。もう10年近く前から、
繰り返し、繰り返し、見る夢だ。
赤い世界を走っていた。間に合わない事は知っている。
どこをどう走ってるのかわからない。
しかし、目的の場所はわかっている。もうすぐそこにたどり着く事も・・・
そこで自分が見るべき光景も・・・
数回、曲がり角を曲がると、その場所にオレは立っていた。
目の前の家の扉を開ける。もう、見たくもない光景が広がってる事を知りながら。
瞳の中に荒れた部屋が飛び込んでくる。部屋には一組の夫婦の死体がバラバラになり、散乱していた。
そして数人の男どもに凌辱を受けているオレの恋人がいる。彼女は泣き叫び・・・男どもに許しを乞うていた。
男達の目にはすでに狂気の光が灯っている。心の弱い人間は戦争という特殊な状況下で、かくも簡単に正気を失っていた。
泣き叫ぶ恋人は全身傷まみれで・・・かなりの抵抗をしていた事が見て取れる。
オレは狂気に捕らわれた男どもに勝てない戦いを挑んで行く。・・・わかっている。
どんなに頑張ろうと、オレは勝つ事は出来ないのだ。
男達はモールを振るい、素手で無謀にも突撃するオレを打ち据える。
両足の骨を砕かれ、アバラを折られ、そして両腕を砕かれる。そして、芋虫のように地面に転がされる。
ほんの1m前で恋人が終わることなく犯され続けている。もう泣き叫ぶ声は聞こえない。恐怖に顔を歪ませる事さえしない。その美しく、笑顔のよく似合った顔には、何一つ、感情は浮かんでいない。その澄んだ青い目には光を称えていない。ただ口だけが動いていた。うわごとのように、ただオレの名前を・・・何度も、何度も、呟いている。
永遠のような時間の中、オレは気を失う事すら出来ずに、目の前で繰り広げられるすべて見ていた。何一つ出来ずに・・・
男達は戦争の狂気に呑み込まれて正気では無い。
それを決定付ける事がこれから起こるのだ。
男の一人が何かを思い付き、オレの砕けた手にダガーを握らせる。自分では握れないだろうと気遣い、男は手を添えて、しっかりと握らせる。そのまま恋人の所までオレを引きずると、オレの腕を使い、恋人を切り刻んでいった。恋人の白い肌に・・・艶やかな金色の髪に、赤い血が舞い散っていく。オレは自分の名を繰り返す恋人を、生き絶えるまで・・・切り刻む。オレの口から叫びが迸るが、自分自身でも何を叫んでいるか聞き取れない。たぶん意味を持たない叫びだったんだろう。オレの右腕はオレの意志を無視して床に落ちた恋人の肉片をダガーで突き刺し、口元に運ぶ。無理矢理開けさせられた口に、その腕は恋人の破片をほりこんだ。
オレはその時確かに聞いた。
男たちの狂った喚声と・・・自分の心が壊れる音を・・・
それは幼い頃、母の大事にしていた硝子細工を床に落として壊してしまった時の音に似ていた。
感情も・・・ぬくもりも・・・すべてが壊れた空虚の中で、オレは救いの声を聞いた。
≪・・・オ前ハ チカラガ欲シイカ・・・≫
・・・欲しい・・・
漠然とそう思った。いや、思うというほど意識は動いていなかった。
≪・・・ソノタメナラ イカナル事デモスルカ・・・≫
あぁ・・・何だってしてやろう・・・
今度ははっきりとした意志で声に応えた。
次に気が付いた時には、オレは部屋の真ん中に立っていた。全身が血に濡れていたが、身体には怪我一つなかった。ただ恋人の死体が・・・そして、男達の死体が、さっきの出来事を現実だと教えてくれた。
『・・・・・・・っかりしろ!おい、エイル!!聞こえるか?返事をしろ!』
誰かがオレを揺さぶりながら声を掛けている。
・・・あぁ・・・オレが父と呼んでいた人だ・・・
≪・・・コノ 男 モ 殺シテシマエ・・・≫
オレは握り締めていたダガーで、父と呼んでいた男を何度も切り裂いた。父の身体から吹き出す返り血を全身に浴びながら、またしても声を聞いていた。
≪・・・恋人ヲ生キ返ラセテヤロウ・・・≫
その声は水に流されるように心地よく・・・
それでいて、どこか不快な感じがあった。しかしそんな事はどうでもよかった。
≪・・・タダシ 条件ガアル 汝ノ血族ヲ10年以内ニ10人殺セ・・・≫
そこで夢から目覚めた。
視界はすでに赤くはない。ごく平凡な世界が目に写ってる。
ただ、何かが頭の中で脈打っているだけだ・・・
あの後の事は、はっきりとは憶えていない。確か・・・誰かに連れられて、
何処かに行ったはずだ・・・
そうだ、ファラリス神殿だ・・・私に救いの声を与えてくれた神の神殿だ・・・
「ティアラ・・・もうすぐだよ・・・もうすぐ、君に再び、触れる事ができるんだ。話ができるんだよ・・・」
目の前で微笑みを浮かべ、佇んでいる恋人に優しく囁く。10年近く昔と変わらぬ、
あどけない姿の恋人はただ、微笑みをかえすだけだった。
「あと、2人だよ・・・あと、たったの2人で君を生き返らせれるんだ・・・」
そこに他の人がいたならば、うっとりとした表情で虚空を見つめ、言葉を紡ぎ続けるエイルの姿を見る事が出来ただろう・・・
__________追憶の情景__________
夕日が西の高台に赤い光を差し込んでいる。綺麗な赤だと思う。
赤は地面を万遍なく染め上げている。
北から吹き付けてくる風が火照った肌を心地よく冷やし、長くなりはじめた髪が頬をくすぐる。
いつかは来るであろう、ラーフェスタスとの戦いの為の訓練。今のままではリヴァースを守るどころか、足手まといになりかねないという自覚から出た行動・・・
ふと疑問が浮かぶ。
(・・・なぜ、オレはここまでして、あのリヴァースというハーフエルフを守ろうとするのだろう?)
リヴァースに出会ったのはいつだっただろう?
ほんの数ヶ月前なのに、随分と昔と思える時もあれば、
つい先日に感じる事もあった。
たしか、初めて出会った瞬間に大喧嘩をした気がする。
『オレには仲間なんか必要ない・・・そんなものどうだっていい・・・・・・生き死にさえもな・・・・・・』
そう言ったオレに、リヴァースというハーフエルフは辛辣な言葉を用いて、怒りを露にしていた。
『幸福を手にする可能性も資格があるのに、勝手に自分の不幸を決め付けて、目の前にある機会を逃す愚か者は嫌いだ。』
確かそんな事を言っていた。
(言葉だけならなんとでも言えるさ)
正直、その時はそう思い、説教臭いただの馬鹿だと決め付けていた。
人の苦しみ、痛み、辛さ、何一つ考慮せずに、綺麗事を並べ立ててるとしか、その頃は思えなかった。
そんなリヴァースが滅多に見せない感情を惜しげもなくその顔に表し、あいつ自身の生い立ちを叫び、オレがいかに恵まれているかという事を教えようとしてくれた事があった。今思っても自分が恵まれているとは感じられないが、あいつの言いたかった事はなんとなく解った。リヴァースにますます反発を憶えかけた時、あいつは自分の秘密をオレに告げた。何がなんだか解らなかった。なぜ、そんな事を突然オレなんかに・・・面識もほとんど無いような、子供のオレに話したかはすぐには理解出来なかった。下手をすれば秘密が皆にぶちまけられる危険があるのに、あいつはオレにそれを話した。
『なぜ、わたしがお前に自分の秘密を話したかよく考えてみろ』
その時の声と酒場を後にするあいつの後ろ姿はいまだに鮮明に脳裏に焼き付いている。
リヴァースはオレに秘密を打ち明ける事によって、オレが命を粗末にするという行為を止めさせようとしたのだと思う。
それからのリヴァースも別段代わった様子もなくオレに接していた。特別扱いするわけでも、避けるわけでもなかった。何一つ変わらなかった。辛辣な口調は相変わらずだったし、睨むようにオレを見る目も同じだった。
あいつのそんな『表面には決して出ない優しさ』にオレは惹かれていったんだろう。
オレはリヴァースがいつしか好きになっていた。カールやセシーリカが好きというのとは違う、もっと大きな感情だった。
いつの間にかオレはリヴァースを愛していた。
それがオレの初恋だったのだ。リヴァースに恋愛感情を抱く自分に腹が立った。
なんでこんな説教臭いハーフエルフなんざ好きになってんだ!?
優しい人だとか、美しい人だとかいうならシェリルやセシーリカだっているだろう?
恩人っていうならマリナもそうじゃないか・・・
存在意義をくれたから?・・・なんであんな奴の信頼が存在意義になってんだ?
大体、どこをどう見ても、あいつは男じゃないか・・・
悔しかった。リヴァースという人がオレの中で、大きな存在になっていくのが・・・・・・
だが、愛してしまった。誰にも代え難い存在にいつのまにかなっていた。
リヴァースはオレの気持ちなんて露ほども感じていなかったのだろう。
あいつは魔法の薬と交換に自分の笛をオレに渡してくれた。
『吹き方を教えろ』
そう言って口実を作り、リヴァースと一緒にいる時間が楽しかった。
心底、安らかな気持ちになった。
『安らぎか・・・・・・オレには縁の無いものだな・・・』
初めて「きままに亭」を訪れ、マスターに会った時、そう言ったが、リヴァースはオレの安らぎだった。
それなのに、あいつに気持ちを打ち明ける事すら出来なかった。
恐かった。
気持ちを打ち明ける事で、今までのように会話を交わす事が出来なくなるかもしれない事が・・・
なにより、あいつに拒絶される事が・・・
オレは臆病だったのだ。こんなにも・・・・・・
そして気持ちを伝えられないまま事態は変わって行った。
その日、リヴァースには生気が感じられなかった。無気力に・・・ただ、椅子に座り込むだけだった。
シェリルが用意した紅茶を、ただ喉に滑り込ませるだけだった。そんなあいつを見ていられなくて、頭から水を掛けてやったが何も変わってくれない。いいようのない不安に襲われ、思わずあいつを抱きしめた。
細い肩だった。思いっきり抱きしめたら壊れるのではないかと思うほど・・・・・・
リヴァースは怯えた瞳で呟いた。
手にした物でオレの目を抉り、腹を裂き、その中身を血に塗れながら自分は食べるのだと・・・オレは残った目でリヴァースを睨みながらこう言うのだと・・・
『オマエモオレヲウラギルノカ』
馬鹿げた話だと思った。リヴァースが誰かを傷つける事なんて出来はしない。そう考えていた。
リヴァースは言葉はキツイが、人を傷つけたりは出来ないと確信に近い気持ちがあった。
あいつがこうなった原因の人物にはすぐに出会えた。
その男はエルフ・・・名前はラーフェスタス・・・・・・
彼がリヴァースを怯えさせていると解った瞬間、オレの理性は吹き飛んだ。頭の中で
(リヴァースを苦しめる奴は殺すっ!!)
その考えが浮かんだあとはよく憶えていない。
記憶にあるのは、その場にいた全ての人物がラーフェスタスを庇うか、傍観に徹するだけだった事・・・・・・
ラーフェスタスを守る者の中には・・・信じたくなかったが・・・・・・シェリルまでいた。
彼女はリヴァースの良き友人だと思っていた。なのにリヴァースを苦しめているのが目の前のエルフだと知っていながら、ラーフェスタスを守っていた。傍観者達も皆一様に、リヴァースの友人や知り合いだったが、誰一人、ラーフェスタスを倒し、リヴァースを救おうという者はいなかった。
結局、オレの攻撃は剣にしろ、拳にしろ、一撃たりともラーフェスタスには届かなかった・・・・・・
しばらくして、リヴァースはオランを去った・・・・・・
誰にも告げる事無く・・・
心が悲憤に溢れかえった。あいつは誰一人、信頼していなかった。
最初、リヴァースは誰にも会いたくなかったのだと思い、オランで待とうと決めた。が、どうしても放っておけなかった。セシーリカはあいつを追ってオランを出て行った。彼女の自分に素直な行動はオレを勇気付けてくれた。
オレは一人、オランを後にし、リヴァースの後を追った。あいつと共にラーフェスタスと戦うために・・・・・・
オレが側にいる事が苦痛なのなら、一人でラーフェスタスに戦いを挑む決意もあった。
リヴァースの行き先を知るのは容易な事だった。一人で出て行ったのだから、街道沿いに旅をしているという推測が出来た。エレミアかカゾフ・・・もしくはパダのどちらかの方向しか行けないと解る。しかも誰にも知られずに出て行ったのだから、早朝、オランを去ったという推測も出来た。空が明るくなり始めた頃、オラン出て行ったハーフエルフの事は門兵もよく憶えていた。
エレミアでの情報収集は、かつての同胞達、<白銀の刃>に頼めばすぐにリヴァースの行き先は割り出せた。が、一人でリヴァースの元に向かう事は不可能になった。オレを捜しているチャ=ザの神官戦士がいるという事まで調べ上げてしまったのだ。
・・・・・・カール・クレンツ・・・・・・
彼が何故、オレを助けようとしてくれるのか解らなかった。ただ、いつか彼は言っていた事がある。
『お前は昔の俺にそっくりなんだよ・・・』
彼の過去に何があったかは知らない・・・・・・
だが、彼はオレに昔の自分の姿を重ね、放っておけなかったのだろう。
オレにとっては彼がオレを追ってここまで来てくれたのはうれしい反面、どこか絶望を感じた。
リヴァースがオレを受け入れるにしろ、受け入れないにしろ、オレはラーフェスタスと戦うつもりだった。
多分、あのエルフに殺されるだろうという予感はあった。殺されるとしても刺し違えて死ぬつもりだった。
オレは誰にも必要とはされていないと思っていた。リヴァースもオレに心を完全には開いていない事知った。『リヴァース』は本名ではない。そしてオレにも別れを告げずに、オランを出て行った。あいつはオレを必要とはしていなかった。
だが、リヴァースはそうではない。あの人は皆に必要とされている人だ。オレ一人が犠牲となり、リヴァースを救えるのなら、安い代償だと思えた。
・・・・・・オレ一人なら・・・・・・
だが、カールがオレを追ってきてしまった。彼もまた『必要とされる人間』だ・・・・・・
彼を殺させてはいけない・・・・・・その事でオレはラーフェスタスと戦う事は出来なくなった。
カールと2人で砂漠に向かい、オレ達はリヴァースに出会った。
リヴァースは・・・オレやカールを拒絶した・・・
そればかりか、命さえ奪おうとした。
底のない闇に、突き落とされるような錯覚に襲われた。
辛かった。
このうえなく辛かった。
予想の出来る事態を完全に超えていた。拒絶されることは覚悟していた。だが、リヴァースは命を粗末にするというオレの行為を止めさせておきながら、オレを殺そうとした。
オレはリヴァースによって、生きる道を歩く覚悟を与えられたと言ってもよかった。
でも、リヴァース自身がそのオレの命を奪おうとしたのだ・・・・・・
生きる道を潰そうとしたのだ・・・・・・
(カールを助けなければならない)
その事がなければ、砂漠で自分の命が尽きるのを待ったかもしれなかった。
その意味ではカールは命の恩人なのだろう。
ただし、それが死より辛い道である事は確かだった。
リヴァースの犯した行動は肌を切るより、心に深い痕を残した・・・・・・
オランに帰り、リヴァースのいないまま、空虚な日々が過ぎて行った。
1ヶ月ほど過ぎた時だっただろうか?
きままに亭に懐かしい顔があった。
リヴァースが帰ってきていた。
深い闇のような色の髪も、黒曜石のような瞳も、砂漠であった時と同じだった。
最初に嬉しさ・・・次に怒りが込み上げてくる。そして疑問・・・・・・
(リヴァースが帰ってきた)
(カールやオレやみんなの心を裏切っておいてよく顔を出せたな・・・)
(なぜ、突然帰ってきたのだ?それにその衰弱ぶりは・・・?)
どう声をかけていいかわからなかった・・・だから、最初はリヴァースを無視しようとした。
だけど、リヴァースがオレの名を呼んだ時、限界に達した。
嬉しさにまかせて話そうとした。
怒りにまかせて話そうとした。
けれど、口から出たのはリヴァースへの願い。
『・・・苦しい時くらい・・・オレやシェリル・・・セシーリカ・・・
誰でもいいから頼ってほしい・・・
一人で抱え込みすぎるな・・・』
本当に心からの言葉。
この言葉が、リヴァースの心に伝わったかどうか知らない。あいつはこんな状態でありながら、オレの心配をしてくれた。生きる意味を改めて与えてくれた。
地面に突き立てられた魔剣が、寂しげに跳ね返えす赤い光をぼんやりと眺めながら、ふぅ・・・と溜め息をつく。リヴァースをなぜ守っているのかを考えていた筈なのに、思い出がどんどん心に溢れていた。感傷に浸っている自分に気づき、苦笑が浮かぶ。オランに来てから性格が丸くなってきているのがわかる。エレミアにいた頃は、作り笑いですら浮かべる事は殆どなかったし、感傷になど浸らなかった。
リヴァースやカールやセシーリカ・・・他にも大勢の人間のおかげだろう。
「決めた・・・」
地面に突き刺していた剣を腰に差し、オランに続く道を下りて行く。
(あいつ・・・プレゼントなんて渡したらどんな顔するだろうな・・・)
ルフィスの顔には微笑みが浮かんでいた。
__________プレゼント__________
「・・・あら、この手・・・何したのかしら?」
夜になったとはいえ、オランの街が喧騒から開放されるという事はない。家々からは暖かな家族の笑い声、酒場からは男達が賭け事をして楽しむ声、そして、通りでは酔っ払いのチカンともめる女性の声・・・
女性は茶色の艶のある髪と、キツイ感じを受ける整のった顔立ちををしていた。シェリルは男の腕の関節を決めてニッコリと微笑む。
(シェリル・・・?何してるんだ?)
「わしが何かしましたかの?」
すっとぼけた顔で中年に差し掛かった男は答える。一瞬だけ、シェリルの顔が氷点下まで下がった。
「・・・すけべじじい・・・」
目の前の中年にしか聞こえない程の声で冷たく言い放つ。
「・・・きゃぁぁぁああぁあああぁぁっ!!この人チカンですぅ〜!」
突然のシェリルの叫び声に瞬く間にあたりには人垣が出来た。
(しょうがない・・・出て行くか・・・しかしシェリルがあんな声を出せるとは・・・)
「あんた、オレの姉さんに何をしたっ!?」
笑いを堪えながら怒った顔を作り、男を殴り付ける。中年男は当たり所が悪かったのか、一撃で昏倒してしまった。
「まあまあ、こいつは俺達に任せて・・・あんたらはさっさと行った方がいいぜ?」
善意の第三者がオレの後ろを顎でさす。シェリルの悲鳴は衛兵まで呼び寄せたようだ。
「すまないな・・・」
騒がしい声を背に、オレはシェリルの手を引き、その場を後にした。
しばらく走り、衛兵が追ってきていない事を確認した後、立ち止まる。
「シェリルでもあんな悲鳴出せるんだな」
「・・・どういう意味?」
シェリルが穏やかすぎる声で微笑みを浮かべる。
「いや、別に・・・なぁ・・・少し・・・付き合ってくれないか?」
「・・・いいけど、何?」
「・・・へぇ〜、ルフィスがねぇ・・・」
「オレでもたまには・・・な・・・・・・」
ここは比較的安いという貴金属店の中。ショウウィンドーの中では信じられないような値段の物が並んでいる。
(た、たかが指輪で1万ガメル・・・・・・)
「・・・で、何を買うの?」
貴金属の値段に圧倒されていたオレに尋ねるシェリル。
「いや、ネックレスか・・・ブレスレットか・・・そういうのを買おうと思ってたんだが・・・あまり金がなくてな・・・・・・」
「・・・いくら持ってるの?」
シェリルに無言でサイフの中を見せる。中にあるのは500ガメルとちょっと。
「・・・へぇ〜・・・結構持ってるんだ」
シェリルが感心する。いったいオレのサイフの中にどれくらいあると思ってたのだろう?
・・・・・・あとで聞いたら、100ガメルくらいと答えられた。
「これか・・・これなんてどう?」
シェリルが選んでくれたのは、緑色の宝石のついたネックレスと飾り気は全くないが気品のあるチェーンネックレス。値段は498ガメルと398ガメル。
「・・・・・・どっちがいいと思う?」
「・・・さぁ・・・自分で選んだら?」
悩んだすえ、宝石のついたネックレスの方に手を伸ばしかけて・・・・・・ふと手を止める。
(あいつ・・・首飾り・・・つけてたよな・・・小さな宝石のついたやつ・・・)
ネックレスを改めて見てみると、細部は違うものの、同じような物に思えてきた。
「・・・すいません。これ、お願いします・・・」
「こちらのチェーンネックレスですね。398ガメルになります。」
結局、飾り気の全くないネックレスを選んだ。
「えと・・・これをネックレスに通してくれませんか?」
そう言って、1つの小さな青い宝石が付いている指輪を店員に差し出す。煙が上がっているのではないかという程、顔が熱い。熱気のため、頭がグラグラしてる気がしたが、無表情だけはどうにか繕っている。横ではシェリルがニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべ、オレを眺めている。相当、オレの顔が赤くなっているのだろう。それともオレが敬語を使った事にたいして笑っているのだろうか?
「はい、かしこまりました。では、お預かりします。」
店員が目の前で指輪を通し、包装し始める。
「・・・ねぇ、あの指輪、は?」
シェリルが笑みを浮かべたまま聞いてきた。
「・・・母親の形見の指輪だからな・・・」
「カードの方はお付けいたしましょうか?」
突然、店員から声を掛けられ顔に赤みが戻ってくる。
「・・・カード?」
「・・・メッセージを付けようかって言ってるのよ」
シェリルに説明されてようやくわかった。しかし・・・・・・
「メッセージ?・・・そうだな・・・・・・」
頭の中に幾つか言葉が出てくる。
(親愛なる・・・は変だよな・・・他人行儀すぎる・・・・・・愛しの・・・は露骨すぎるか・・・)
「・・・いや、カードはいい・・・」
結局、店員に断り、金を払うとさっさと店を後にした。
貴金属店から外に出ると雨が降り始めていた。
(今夜は冷え込みそうだな・・・・・・西の高台は無理・・・か・・・・・・)
シェリルとはそこで別れて宿を捜しにオレは街を彷徨った。
__________最後の朝__________
薄いカーテン越しに、朝の真白な光が窓から差し込み、ベッドで寝息をたてるルフィスの顔を照らし出す。まぶたに光を感じたオレは逃げ出すように寝返りを打った。
シェリルと別れた後、宿はすぐに見つかった。以前に使っていた宿よりは値は張ったがその分、設備などは整のっていた。
微睡みの世界から覚めたオレは、上半身を起こし、窓から外を眺めた。街を銀色に染め上げる雪景色が目に飛び込んでくる。
夜の間に雨が雪に変わったのだろう。朝の光を街中の雪が反射させ、きらめいていた。
名も知らない鳥が遠くの空を飛んでいる。
しばらく窓の外の風景に見とれていたが、我にかえり、身支度を始める。
朝食をとり、外に出ると冷たく、ピンと張り詰めた空気に肌がさらされる。
(チャ=ザ神殿で風呂にでもはいってからきままに亭に行くか・・・)
雪が降った事もあってか、人通りも疎らになっていた。だから、自分に視線を投げかけるその男に気が付いた。
黒い髪、緑の瞳。身長はそんなに高くはないが、低いわけでもない。真っ白なローブを身につけ、微笑みを顔に浮かべている。ただ、そんな事よりももっと衝撃的だったのは男の顔立ち。
男は自分自身にそっくりな顔立ちをしていた。
「久しぶりですねぇ・・・ルフィス」
男が微笑みを浮かべたまま、まろやかな声で話し掛けながらこちらに向かい、滑るように歩いてくる。
雪を踏みしめて歩いてるとは到底思えない動きだ。
「・・・お前がエイル・・・か?」
「憶えていたのかい?それとも、きままに亭のお友達にでも聞いたのかな?」
男はすでに目の前に立っていた。一瞬だけ手に視線を走らせたが、武器を持っている様子はない。
「そんなに怯えなくていいですよ。少し話をしませんか?」
「・・・あいにくと今は時間がなくてな・・・・・・」
言うが早いか、エイルの脇をすり抜け歩き出そうとする。リヴァースの話が正しければ、こいつとは関わらない方がいいと思える。
「あの、ハーフエルフ・・・たしかリヴァースとかいったかな?あと、カール・クレンツという神官戦士もいたなぁ」
背筋に氷でも突っ込まれた感じがした。ゆっくりとエイルを振り返る。
「それにマーファの神官セシーリカ・・・シェリルというシーフ・・・」
「あいつらをどうした・・・」
怒りが心から湧き上がってくる。が、だからこそ注意深く男の言葉を待った。
「そんなに怒らなくてもいいですよ。まだ、何もしてません・・・・・・オレと話をしますね?」
「・・・断る事は出来ないんだろ?さっさとしろ・・・」
「ここで話すのもなんですから、場所を移しましょう」
男はそう宣言するとさっさと歩きだした。リヴァース達が人質に獲られてる可能性がある以上、逆らうことは出来なかった。
オランを出て、半刻程歩いただろうか。不意にエイルは立ち止まった。
周りにはすでに雪景色が広がるのみだった。
「・・・こんな所まで連れ出して何の用だ?」
剣はいつでも抜けるようにしておき、エイルに詰問する。
「何を警戒しているんです?弟よ・・・」
「・・・・・・ざけんな・・・てめぇがオレの兄なわけないだろうが・・・」
「ああ、やはり憶えてませんか・・・無理もありません。お前はまだあの頃は5歳くらいでしたからねぇ」
男は向き直りながら喋り続ける。
「オレはエイル。お前やファズ・フォビュートの兄ですよ」
「で、その兄貴がオレになんの用があるというんだ・・・自己紹介だけならここでなくても出来ただろ・・・」
魔剣を引き抜く。シャキンという音が鳴り響くがすぐに雪に吸収された。
「勘がいいですね、ルフィス。さすがオレの弟です。オレの頼みはお前に死んでもらう事ですよ」
オレの剣が蒼白い炎を吹き上げる。
エイルは微笑みを浮かべたまま構えようともしない。
「教えておいてあげましょう。お前のお友達には、危害は与えてませんよ。みんないつも通り暮らしています」
慎重に間合いを詰めて行った。冬だというのに額に汗が浮かぶ。
エイルは武器も持たず、構えすらしていなかったが隙は見つけられない。
勝負は一気につけるつもりだった。魔剣を握る手に力が入る。
にじり寄るようにジリジリと距離をつめていく。
エイルは相変わらず両腕を左右にだらりと下げ、笑みを浮かべオレを見下ろしている。残り、5歩となったところで一気に駆け抜ける。狙いは喉。
(勝った!)
剣を喉に向かい閃かせる。が、当たるか当たらないかの寸前の所でエイルはその剣を避けた。
まるで急流に浮かんだ木の葉が岩に当たる寸前で避けるかの様な無駄のない動きだった。
一撃が避けられ反撃がくるかと思ったが、意外にもそれはなかった。
次は連続して剣を叩き付けるが、すべて避けられる。
息をもつかせない連撃を放ち、フェイントで隙を誘い、必殺の一撃を急所に叩き込む。
考えられる全ての戦法を使いエイルに切り込むが、微笑を浮かべたままエイルはその全てを見切っていた。
(鎧も着てないような・・・・・・)
「今、鎧も装備していない様な奴、一撃当てれば倒せる・・・そう思いましたね?」
エイルがこちらの思考を読んだかのように話す。
「いいでしょう。弟への敬意として特別に一撃当てさせてあげましょう」
エイルの言葉に多少、戸惑いを憶えたが、深く間合いを詰め、渾身の力を込めてエイルの喉を薙ぐ。
「どうしました?ルフィス・・・喉を落とせないのですか?」
剣は喉に触れる寸前で空中に止まっていた。
「バルキリー・ブレシングか・・・・」
「いえいえ、これは他の魔法ですよ。オレ達の両親の故郷の島の魔法です」
エイルがオレの剣をゆっくりと押し退ける。
「さて、そろそろ死んでもらいましょうか・・・ルフィス」
(こいつには勝てない)
そんな絶望の中、何度か反撃を試みるが剣は二度とエイルまでは届かなかった。剣が避けられるたびに真空の刃が肌を裂き、氷の針が突き刺さる。もう何回、魔法を浴びたのかすら忘れてしまった。剣から吹き出していた魔法の炎もすでに消えている。
真っ白な雪が積もった地面に赤い印がいくつも付いていた。
「意外と頑張りますねぇ・・・それにしても白には血の赤がよく映える・・・そう思いませんか?ルフィス・フォビュート・・・」
エイルは語り、声を上げて笑った。視界がかすみ、よく見えないがエイルのローブにもいくつかの赤い痕があるように見える。
「別に悲しむ事ではないのですよ、ルフィス・・・死は永遠の自由・・・
誰にも傷つけられる事はない無の世界・・・
そこには悲しみも何も無いのです」
慈愛に満ちた声でオレを諭すエイルの声は懐かしい響きすら感じた。
「オレはもうオランに帰るとしましょう・・・その傷では命は助からないでしょうが頑張ればオランまでたどり着けるかもしれませんよ・・・ふふ・・・・・・はははは・・・あーっははははははっ!」
エイルが笑い声を上げながら目の前から消えた。
(・・・そうだ・・・このネックレス・・・わたさなきゃ・・・・・・)
オレは来た道を一人引き返す。オランまでたどり着けるかどうかは解らない。解る事は一つだけ。
(オレはもう助からない・・・)
__________狂気はロマールへ・・・__________
雪原にルフィスを残し、オレは一人、オランに戻った。思いの他ルフィスの抵抗が激しかったため、真っ白だったローブに所々赤い血がこびりついている。
(このまま「きままに亭」にお別れの挨拶に行くと勘ぐられそうですね・・・あそこには注意深い者が多いみたいですからねぇ・・・しかたありません、着替えていきましょうか)
着替えの為に、宿に足を運ぶ。魔晶石もなしにあれだけの魔法を立て続けに放った事もあってか多少、疲れも感じていた。
「ただいま。ティアラ・・・良い子にしてたかい?」
部屋に佇む少女に笑いかける。その笑みがほんの一瞬だけ凍り付く。
「食欲がないみたいだね?もう寒くなってきたんだから、ちゃんと栄養をとって暖かくしておかないとだめだよ?」
テーブルの上には冷め切ったスープと、固くなったパンが口をつけられる事なく、置かれている。
「もう、オランでの用事は済んだから、また、一緒に旅に出よう・・・こんどはロマールだよ、ティアラ・・・」
エイルは虚空に言葉を紡ぎ、真新しいローブに着替える。
「さぁ、行こう・・・」
もう一度、ティアラに笑いかけ、部屋を後にする。
「すいません。今日かぎりでオランを出て行きますので、お代を払いますね」
「ん?・・・ああ、わかった。え〜・・・っと、お一人様、2ヶ月だから、350ガメルだ」
「わかりました」
オレはサイフから100ガメル硬貨を7枚取り出すと、差し出されている主人の手に握らせる。
「??、お客さん。350ガメルでいいんだぜ?」
主人は困惑しきった顔でオレを覗き込む。
「ですから、ティアラとオレの2人分で、700ガメルです」
戸惑いの表情を浮かべた主人を放っておき、オレは外に足を踏み出す。
(さて、リヴァースちゃんや、カール・クレンツ卿にお別れの挨拶にいきましょうか)
きままに亭からはいつも通り、活気に溢れた声が聞こえる。客を信頼してなのか、店の主人は何時来てもいない変わった酒場だといつもながらに思う。
(カラン)
「こんにちは。みなさん」
きままに亭の中には大勢の人間がたむろしていた。
「・・・あら。ごきげんよう」
シェリルがオレの姿を認めると、微笑みを浮かべ挨拶を送る。ふふふ・・・貴方がいくら顔に微笑みを浮かべた所で、オレを嫌う感情はよく、わかりますよ
リヴァースは無理をしてオレを無視しているのが見て取れる。弱い人間だ・・・
「どうも、お噂はかねがねお聞きしてますよ」
カール・クレンツによく似た男が会釈を送る。
「今日はリヴァースちゃんの望みをかなえる為にここに来させていただきました」
リヴァースは相変わらずオレを無視し続ける。所詮、オレと対等に向き合える器ではないのですねぇ・・・
「実はオレはもう、オランを出て行く事にしました。仕事も済みましたしね」
「・・・へぇ、そうなんだ。で、結局ルフィスには会えたの?」
シェリルが微笑みを崩さぬまま問い掛ける。なかなか勘の鋭い娘ですねぇ・・・まぁ、シーフなら当然ですか。
シェリルの言葉には曖昧な返事を返しておく。今、酒場内の人間を全員相手するのは、負ける事はないにせよ、多少、面倒だと思ったからだ。
「何にしてもオレは次の仕事のためにロマールに行きますから」
「・・・ま、でもこれでアナタの顔を見ることもないと思うと清々するわ」
オレの言葉に反応を返すのはシェリルだけだった。
リヴァースの目の前まで移動し、頬を撫でる。この顔がルフィスの死を知ったときどんな風に変わるかが今から楽しみです。
「ふふふふ・・・・はははははは・・・あーははははははっ!!」
酒場を去るとき、オレの口からは無意識に高笑いが溢れていた。
__________Death__________
オランに帰るのに、行きの3倍は時間がかかった。すでに腕も足も痺れ、朦朧となっている。
すこしでも気を抜けば意識を永久に失うであろう。
きままに亭が遠い・・・
どれだけ歩けばたどり着くだろう・・・
見当がつかない・・・
何度も倒れそうになりながら、はっきりしない視界できままに亭を目指す。一度でも倒れたらもう、起き上がる事も出来ないだろう。道行く人々が気味悪そうにこっちを見ている。助けようとする者は一人もいなかった。
『もう、おまえがわたしの秘密を知っていようが、そんな事はどうでもいい。
わたしが、おまえには、生きていてほしい、と願う。
それが、おまえの、生きる理由にはならないか...?
わたしが、おまえを、必要とする。
それが、おまえの、存在意義にはならないか...?』
ごめん、リヴァース・・・お前の生きていてほしいという願い・・・これ以上・・・聞けそうに無いよ・・・ラーフェスタスの悪夢も振り払ってやれそうにないよ・・・
カール・・・最後まで心配ばかりかけて、本当にごめん・・・カルナさんと仲良く・・・幸せに暮らして欲しい・・・
セシーリカ・・・あなたにも本当に世話になった。今まで生きれたのもあなたが・・・あの時プリザベーション掛けてくれたお陰だよ・・・ありがとう
シェリル・・・本当にひどい事を言ってしまった。あやまって許してもらえる事じゃないけどごめん・・・
セリス・・・笑顔・・・あなたにも見せたらよかったって今、思ってるよ・・・それと、本当はとても魅力的だったよ・・・男女なんて言ったの・・・全部・・・でたらめだよ・・・ごめん
他にもオレが迷惑を掛けたみんな・・・本当に、ごめん・・・それから、ありがとう・・・・・・
やっとたどり着いたきままに亭からはいつもの声が聞こえる。カールやリヴァースの声が・・・
ドアを開けるのがひどく重労働に感じる。残された力を振り絞り、ドアを開けたが、もう、いつもの席まで歩けない。
一番近くの椅子に腰をおろすと、オレの意識はそこで途絶えた。
・・・とうとう、お前に心を打ち明ける事、出来なかったな・・・・・
・・・リヴァース・・・オレはお前を・・・世界で・・・・・・一番・・・愛しているよ・・・
ルフィスの左手には渡される事がなかったプレゼントが握られたままだった・・・
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