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No. 00093
DATE: 1998/11/05 15:01:15
NAME: ファークス
SUBJECT: 神秘竜の探索4 (前編)
注:
このエピソードは、他PL様よりキャラクタをお借りして書かれてあります。
基本的な口調やキャラクタの特徴などは、容姿データ等を参考にしておりますが、
物語ならではの脚色や、キャラクタの個性を出す関係上、キャラクタのパーソナリティ
が若干違って感じられるかもしれません。 あくまで、このエピソードは他者が執筆して
いることに、どうかご留意下さいますようお願いいたします。
また、このエピソードは時間的・時期的概念を設けておりません。
これは各PL様のエピソードや、設定などとかち合うこと、矛盾することが
無いように
という意図です。 ここに書かれてあることが真実なのかどうかは、
全て各PL様
に委ねられておりますことを、ご承知置きください。
最後に、快くキャラクタをお貸しいただいたPL様には、心から感謝致します。
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激しかった雨が、ようやく降り止んだ。 風も止み、辺りは静寂に包まれている。
天を覆っていた黒雲は去り、満天の星空の中、満月がゆったりと空に浮かんでいる。
「おぉ〜う… キレイな空じゃねェか…。 ハハ〜ァ。 星がァ降ってきそうだよ〜!」
男は歩きながら叫んだ。 その足取りはふらついていて、おぼつかない。 男は先ほどまで
飲んでおり、家路に着く途中だった。 かなり酔っているのか、家とは反対の方に歩いている
ことに、気づいてはいない。 不意に男の足がもつれて、その場に転倒した。
「オォゥっ! っちゃあ〜、なあんな…もう…。」
ろれつの回らない口から、ぼやきの声が漏れる。 男はゆっくりと立ち上がり、また懲りずに
空を見上げながら、歩き始める。 ふと、男の足が止まった。 酔いで締まりのなかった顔に、
僅かに緊張感が刺す。
「ありゃぁ…、何だぁ〜?」
男の視線の先には、大きな邸があった。 いつの間にか、貴族街の方に歩いてきたらしい。
だが、男は邸ではなく、邸の屋根を見上げていた。 屋根にはちょうど、満月が浮かんでいる。
そして、満月を背にして“何かが”屋根に立っていた。 大きさは人間ぐらいだが、
ローブを着ているのか、身体の輪郭は波打っていて良く分からない。 その片腕には大きな
“鎌”のようなモノが握られており、何より人間の目に当たる部分には、赤く妖しい輝きがあった。
男は、酔いがすっかり醒めていることを感じた。 身体に細かな震えが走る。 その時、
男の耳に、しわがれた声が聞こえた。 屋根の上の“何か”が発した声だと男は直感で感じた。
「………死!」
満月を背に、確かにそれは言った。
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「やっと、終わった…。」
大きく肩で息を吐きながら、リデルが言った。
「あぁ…。 オイ、それももう捨てた方が良いんじゃないのか? 使えないだろう?」
ファークスが棚に皿を重ねているのを見て、リヴァースが声をかける。
「…そっか? 確かにヒビが目立つけど…」
「ここの旨い料理を、ヒビの走った皿で食いたくはない。 一緒に捨てよう。」
ジャックオルトが皿を受け取り、厨房裏にある倉庫の片隅に運んでいった。
「テーブルが粉々ね…。 まったく、迷惑な魔物だわ。」
木片と化したテーブルの残骸を見ながら、カルナが呟く。
「代わりのテーブルを今度、オレが持ってくるさ。」
最後にイスを並べながら、ワヤンが答えた。
気ままに亭に突如現れた魔物。 それは口から酸を吐き、恐るべき怪力を誇った。
幾度となく剣は弾かれ、俊敏な動きに翻弄された。 しかし手を取り合った冒険者の力は、
あらゆる困難を克服する。 目の前に立つ壁を打ち破り、降りかかる火の粉を払いのけるのだ。
だから冒険者は、仲間で動く。 パーティーという名の下に…。 団結した彼らのもと、魔物は倒され、
その亡骸は砂となって散っていった。
そして彼らは今日、もう一つのパーティーに誘われていた。 ファークスが滞在している邸に、
今日客人が来るという。 邸の主人であるリード・エル=シッドは、人数は多い程良いと言った。
ファークスはいつものお礼にと、ここにいる仲間を招待していたのだ。
…最も、ただでさえパーティーに遅れかけていたのに、こんな騒ぎがあったのでは、既にパーティー
は終わっているだろう。 それに戦いと、店内の片づけのせいで身体が悲鳴を上げつつあった。
それでも、豪華な料理はまだ湯気を立てて残っているかも…と思い、ファークスは皆に声をかけた。
せめて、豪華な料理でも食って、身体を癒そうと…。 仲間からはいろんな声が帰ってきたが、
結局、皆でリード邸を訪れることに、話がまとまった。
その選択が、後に大きな後悔を導くことになろうとは…。
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「…っち! 招待なんかするんじゃなかった…か。 これだから…!」
リードの口から悪態が漏れた。 リードはたとえどんな人間であろうと、けなしたり、罵倒を
浴びせることは決してしない。 それは長い貴族生活で染みついた高度な社会的礼儀でもあり、
彼自身の信念や考えかたから来るものだった。 だが、いま目の前で倒れているのは、もはや人間
とは呼べない。 神秘の力に魅せられ、人間であることを辞めた者。 それが、今日訪れた客人の
正体だった。
パーティーの客人が来て、少し立った頃だった。 まるで新しい話題を切り出すかのような感じで、
その客人…ルティスは声をかけてきた。
「神に創造されし竜…」
この女がどこでそれを知ったのかは解らない。 だが、その場にファークスが居ないことだけがまだ
救いだった。 リード家が、総力を挙げて“神秘竜”の伝承を集めていることを、ファークスに知られる
わけには決していかないのだ。 幸い、ファークスはまだ戻ってきてはいない。
リードは言葉巧みに話題をすり替えようとしたが、その時、ルティスに変化が見られた。
低く呟くような声で、口から言葉が漏れる。
「お前を殺してでも…。 竜は…この私が頂くっ!」
突然、ルティスが掴みかかってくる。 その変貌と行動に、リードは一瞬気を取られた。
身体をひねって避けることが出来ない。 ルティスはリードの右の拳を掴み、左の腕を掴んだ。
「…ッ! 何のマネです…!?」
「今まで知らぬ存ぜぬを繰り返されたが…もう解っているのだよ…。 竜を持っているのを!」
「痛ッ!?」
突如、リードは右の拳に鋭い痛みを感じた。 拳は、ルティスの手にしっかりと掴まれている。
そのルティスの指の隙間から、僅かに見える自分の拳は、異様なまでに肌黒く変色していた。
「…剣ではお前に叶わぬ…。 強毒を、使わせて…」
勝ち誇った顔で言うルティスの言葉は、リードの言葉に遮られた。
「…いでよ……!」
両者の指の隙間から、幾筋もの光があふれ出す。
「…レイ・ソル!!」
リードが言い放った瞬間、光の爆発と共に、彼の拳を掴んでいたルティスの掌が弾け飛んだ。
声にもならない苦痛の声と鮮血を迸らせ、その場でルティスは激しく藻掻く。
「ウグッ……グゥ…、竜さえあれば…あれさえあれば!! 私は…私は…!!」
そしてその姿は、人間の姿ではなくなっていた。 およそ名状しがたい、血走った眼孔、醜く、
欲望にとりつかれた、狂気を具現化したようなその姿は、もはや人間の姿とは思えなかった。
「愚かな…。 人間を辞めてまで、竜を得たいか…!」
リードは壁に掛けていた自らの剣を手にし、鞘から抜いた。 磨き上げられたブロード・ソードの
輝きに向かって、僅かな念を込める。 数瞬の後、澄んだ音を立てて、更に剣が輝いた。
昔リードがまだ冒険者だった頃、一つ目の賢者に創造して貰った、<エンチャント・ウェポン>の
魔力を宿した剣で、担い手の集中により剣が一時的に魔力を帯びる。
「竜に魅せられし者よ…。 汝の狂気を、我が剣にて打ち払わん…。」
リードの口から、なめらかな言葉が紡がれた。 しかし剣を上段に構えた時、一人のメイドが、
その前に両腕を広げて立ちはだかった。
「…何のマネですか? ミント…。」
立ちはだかった娘を、いぶかしむ様な目で見ながら、リードは訊いた。
この娘は、先日何の前触れもなくファークスが連れてきた。
「この娘に力を貸してやってくれ。 良い娘だ。」
ファークスは、それだけしか言わなかった。 緊張した面もちで、リードを上目で見上げる娘に
会釈を残して、リードは悪友を引っ張り、娘に聞こえないところまで連れていった。
「…どこでさらってきた?」
「何を言っている? 料理係のメイドが一人辞めるのだろう? あの娘はパンがつくれる。
自慢のパンが…な。 性格も素直で良い娘だ。 文句あるまい。」
そういってファークスは、戸惑いながら二人を見つめている娘に声をかけた。
「良かったな…ミント。 大歓迎だそうだ。 オレは少し出るが、後はこの男から聞いてくれ。
もし待遇が気に入らなかったら、すぐオレに言えよ。 この邸を自分の家と思って早く馴染む様にな。」
悪友はそれだけ言うとまた外に出ていった。 後に残された二人はぎこちない思いに包まれたが、
リードはため息の後、娘に近づき緊張を解くように微笑みかけた。
「…ようこそ! 歓迎しますよ!」
剣を構えたまま、リードは動けないでいた。 目の前に立つまだあどけなさを残した娘は、
目に涙を浮かべている。 リードより背が低いため、彼を見上げるような形になるが、その目は
何かを訴えている様に感じさせた。
「(強い、目だ…。)」
リードはそう思わずにはいられなかった。 澄んだ、綺麗な目をしている。 恐らくは口で何かを
言いたいのだろうが、自らの行いに対する恐怖と、生まれて初めて“剣”という凶器の前に立つ恐怖、
その重なる恐怖のせいで言葉が出てこないのだろう。 だが、邸の主であるリードを見上げる
その目には、言いたいことが全て見て取れる。
「殺さないで…命までは奪わないであげて…!!」
まだ小さな身体で剣の前に飛び出した彼女は、親鳥が雛を庇う姿に似ている。 そしてリードは
無言の彼女の懇願に、屈しざるを得なかった。
「…ファリス神殿が近くにあります。 この人の怪我を癒す神官を、呼んで きて下さい…。」
「…ハイっ!」
緊張していた彼女の顔がとびっきりの笑顔に変わる。 その場から弾ける様に飛びだしていった。
「(やれやれ…あの娘の目には、かないそうにないですね…。)」
これからもあの娘の目には、悩まされそうだ…。 そう思いながら一方で、あの目を濁らせる様な
マネだけは、絶対にしてはならない…とリードは誓っていた。
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「…でかい邸じゃのぅ。」
ジャックオルトの口からポツリと漏れる。
ファークス達は夜の街を歩き、ようやくリード邸の前までやってきた。
「オレが世話になって…やってる邸だ。 邸の主は変な奴だが、かわいい娘たちがメイドとして
大勢いる。 この邸はある意味…天国だな。」
「ははっ、そいつは悪くねぇな。」
今度はワヤンが言葉を漏らす。 あまりにも嬉しそうな声に、カルナは思わずため息をついた。
「ほんとに…変なことで喜べる人たち、ね…。」
「変な奴…か。 お前とどっちが上なんだ?」
遠慮のない声がリヴァースから投げかけられる。 俺に言っているのだろうか…?
考えながら、ファークスは言い返す。
「俺より上だ…。 もっとも、リヴァース。 お前よりかは下だがな。」
「…良いヤツの話じゃない。 変な奴の話だ。」
だから、お前が一番上なんだよ…! ファークスは心の中で思ったが、言っても無駄と思い、
口にはしなかった。
「主はどうでも良いです。 温かいスープとノミのいないベッドがあれば…。」
リデルの言葉に皆が頷いたとき、邸の玄関から飛び出してくるミントの姿を、彼らは見つけた。
「どうしたんだ、ミント? リードに虐められたか?」
「…あっ! い、いえっ! ち、違うんです…! 神殿に神官を取りに…あ、いえ、あっ…」
「…とりあえず、落ち着こうか?」
「ああ、あの…今日来られたお客様が…その、ケガをされて…。」
「なにぃ? あのバカはなにやってるんだ!? 客にケガをさせるなんて…!」
「い、いえ、ケガをさせたのはリード様…あ、いえ、でもっ違うんです…。」
「だから、落ち着こうよ?」
「……………………………。」
「何だって? じゃあ何かい。 その客は誘われておきながら、襲ってきたってのかい?」
ワヤンの問いかけにミントは頷き、詳しい事情を話した。
「やれやれ、どっちのパーティーでも、結局一騒動あったってことじゃの…。」
ジャックオルトが顎ひげをさすりながら、さも感慨深そうに言う。
「良いじゃないですか。 その分料理が残ってるってことです。」
魔術師らしい合理的な考えをリデルが口にする。
「…まったくだ。 今日のパーティーは、俺達を主役にすればいい。」
表情を変えずにリヴァースが言う。
「お前にしては名案だ。 パーティーの主役か、悪くないな。」
ファークスが言うと同時に、皆一斉に嬉しがった。 主役という言葉が、彼らをくすぐっている様子だった。
「…ほんとに…変なことで喜べる人たち、ね…。」
カルナは、二度目のため息をもらした。
だが…。 ミントの話す事情を聞き、ファークスは心から笑っていなかった。
「(リード…やはり竜を知っていたのだな…!)」
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その賢者は、大きな瞳で、天空の夜空を見ていた。
人は彼を、“一つ目の賢者”と呼んでいる。
一つ目の賢者は、自分の背後にいる氷付けの女性をチラリと見て、考えた。
「(星界から墜ちし赤き流星…。 魔の者、“星魔”となりて地を這わん。 …星魔の力満ちしとき、星の雨が降り注ぐ…。 流星から創られ、星魔を断つ“星の雷”を持つ者よ…。
汝、人の世の災いなり…。)」
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「…これも、神がアタシに与えた試練…なのかしらね。」
アルダシールは一人呟くと、夜風の冷たさに身を震わせた。 アノス法王国からファンドリアに
向かって旅をする途中、彼女はこのオランのファリス神殿に立ち寄った。 神殿の様子を見たかったことと、街道の様子なども少し聞いておこうと思ったのだ。
今日の夕方には旅を続ける準備が整い、そして旅に出た。 が…。 オランを出る直前に、夕方の
買い物客で賑わう市を通った時、街の人の噂を聞いた。 街道沿いに出る盗賊団、エレミアで起きている
群発地震…。 慣れない異国の地を歩くことに、もしかすると慎重になりすぎたのかも知れない。
アルダシールは神殿で得た話はあまり役に立たないと考え、オランを出る前に、どこか適当な冒険者の店を
探した。 日頃旅を続ける冒険者は、横の繋がりが強いと聞く。 店にいれば、真実を捕らえた街道の
話などが聞けるだろう。 …そう思ってアルダシールは店に入った。 この街で唯一知っている店、
“きままに亭”に…。 そこでは街道に関する話や、各国の情勢なども聞けた。 聞けば店にいる常連客が
次々に答えてくれるし、旅立ちを前に温かい言葉もかけて貰った。 …最も妙なチンピラも、店には出入り
している様子だったが…。 そしてアルダシールは後悔した。このオランの街には、他の街と同様に、
街の門があるのだ。 そして、門限も…。 アルダシールが“きままに亭”をでて門に着いたとき、
門はとっくに閉まっていた。 店に長居したことを悔やみながら、神殿で一泊させて貰おうと思ったが、
神殿もその時刻には、当然閉まっていた。
「神が与えられた試練で風邪でも引いたら、笑い者ね。」
アルダシールは呟くと、もう一度店に行って、そこで一泊させて貰おうと考えた。 そして来た道を
引き返そうとしたとき、駆けてくる少女の姿を目にした。
「司祭さまっ! ケガ人なんです…っ! 来て下さいっ!!」
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「ほほっ。 こりゃあ豪勢じゃわい。」
ジャックオルトが感嘆の声を出す。 目の前に並べられた食事は、普段食べることなど決して
出来ないような豪華さだった。 メイド達が次々に運んでくる料理を見ながら、5人の顔色が
見る見る変わっていく。
「うむ、旨いっ! 可愛い娘達が作ってくれたかと思うと、さらに旨いなっ」
次々と皿に手を出すワヤン達を見ながら、カルナは三度目のため息を漏らした。
「ねぇ…ちょっと! そんなにみっともない食べ方しないでよ…!」
自分がさっきから上品に食べているのに、リデルを除くワヤンやリヴァース、ジャックオルトの
食べ方は、酒場で食事するときのそれと何ら変わらない。 リデルは大人しく食べてはいるものの、
皿には好きな物と嫌いな物が綺麗に分けられていた。 好物だけを黙々と食べている。
そしてファークスの食べ方は、一番ひどかった。 せっかくの美味しそうな料理を、妙な組み合わせで
食べている。 最初シチューにパンを浸す辺りまでは、カルナも耐えられた。
だが、デザートとして運ばれているオレンジの実を、ワインに浸けはじめたあたりから、カルナは
耐えられなかった。 気ままに亭で一度、ファークスが料理を作ったと言う話を、彼女は聞いたことが
有った。
そして、自らそれを食べ、数日間腹痛になったことも。 食は冒険を合い言葉に、この男が日頃どんな
考え方をしているのか、判りたくもないのに判った気がした。
やがて食事が終わりかけた頃、彼らの前に、邸の主が姿を現した。
「みなさん、ようこそ。 来ていただいたことを、感謝します。」
優雅な身のこなしと、整った顔立ち、そして甘い声を持った青年だった。
「普段、そこの友人が、お世話になっているようで…。」
「お世話になどなっていない。 したことは有る…」
ファークスの言葉を遮って、リヴァースが答えた。
「気にしないでくれ。 バカの扱いには慣れている。」
「…それに、こんな晩餐に招いていただいて、こちらこそって感じです。」
リデルの言葉を聞きながら、リードは力無く笑っていた。
ワヤンとジャックオルトの見事な食べっぷり…、正確に好き嫌いを分けられたリデルの皿…、
ファークスの冒険…、リヴァースの無愛想さ…、そして、一人恥ずかしそうにしているカルナ…。
なんてバラバラな人たちだ。 リードは思わずにいられなかった。
挨拶を終えて部屋から出ようとするのを見て、ファークスはリードに鋭い声をかける。
「リード。 …あとで、話がある。」
リードは、素直に答えた。
「…ああ。」
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「これは…酷い…。」
夜の貴族街を小走りに、アルダシールはミントに連れられ、リード邸にやってきた。 中に入ると、
邸の主人である若い青年が迎えてくれ、すぐに怪我人の所に案内された。 1階にある食堂の2つ横の
部屋に、その怪我人は寝かされていた。 見ると片方の手の先が焼けており、皮膚も黒く変色して
いた。 アルダシールは治療の前に、リードの右手の変色にも気づいた。 本人は薬草で治すと
言ったが、アルダシールはその手を強引に取って、<解毒>の奇跡を神に祈った。祈りはすぐに
聞き届けられ、リードの右腕を支配していた痺れと痛みが消えていく。
リードは素直に礼を述べると、ミントに告げた。
「…ミント。 私は少し話があるので、すまないがここで司祭様を手伝って貰えないか?」
「あ、ハ、ハイっ!」
返事を聞くと、リードはもう一度アルダシールにお願いします、と声をかけてその場を去った。
アルダシールは短く答え、改めて怪我人の様子を見る。 今は気絶しているのか、まったく反応しない。
「(朝までかかりそう、ね…。)」
アルダシールはもう一度、神への祈りの言葉を紡ぎ始めた。
*************************
食事を早々に切り上げ、ファークスはリードに話しかけた。 いつもと違い、顔は真剣だった。
「大事な話がしたい。 ここは人が多いから…ハザード河の所で、待ってる。」
ファークスはそれだけ言うと、リードの返事も待たずに黙って出ていった。
「…すぐ、行く。」
答えながら、リードは自分の声が震えているのを知った。 先に出たファークスを追うように、
邸から出ていく。 その手には、壁に掛けられていた剣が、握られていた。
*************************
「キャァーーーっっ!!」
邸に、声にもならぬ悲鳴が響きわたった。 その瞬間、くつろいでいた5人の顔に緊張が走る。
弾けるような勢いで、ワヤン達は部屋から飛び出す。
「どっちだっ!?」
リデルが真っ先に飛び出し、辺りを見回した。
「…向こうだ。」
リヴァースが2つ向こうの扉を、顎で指した。 皆一斉に走り出す。
「今のは…ミントの声に聞こえたわっ!」
「間違いない、…あのお嬢ちゃんの声じゃ!」
仲間の声を背中で聞きながら、ワヤンは扉を乱暴に開けた。
「ミントっ!!」
そこに、彼らは信じられないものを見た。
*************************
冷たい夜風が、火照った身体を撫でていく。 天空の星々や満月が、ハザード河の水面に静かに
映っていた。 ハザード河にかかる橋の上から、河を見下ろす。 なぜか、ファークスの心の中は、
不思議なほどに穏やかだった。 リードが来るのを待ちながら、彼はオランに来てからの事を、
懐かしむように思い出していた。 次々と酒を酌み交わした者の顔が浮かんでは、消えていく。
笑いあえた者もいれば、すれ違った者もいる。 仲間や友と思えるヤツも、決して少なくない。
優しい言葉を、温かい想いやりを、ファークスは“きままに亭”のみんなから貰ってきた。
それなのに…。
ファークスは腰の剣に軽く手を触れ、感触を確かめた。 星から創られた、星の魔を断つ剣…。
「(抜ける…か。)」
半分ほど剣を鞘から抜き、すぐに戻す。
「(お前は…味方をしてくれるのだな…。)」
その時、リードの足音が近づいてきた。 一歩一歩、確かめるように力強く近づいてくる。
そして、足音が止まった。 10歩ほどの距離を残して。 ファークスは河を眺めたまま言った。
「なあ、リード…。」
「…なんだ?」
「…もう、何もかも知っているんだろう?」
「ああ。 お前だって、…知っているんだろう?」
「まさかとは思ったが…、な。」
*************************
アルダシールは、聖印を結び、ファリスへの祈りを続けていた。 目の前の者を癒すために…。
怪我人は気を失っているおかげで、痛みを感じてはいないだろう。 恐らく、治癒の終わる
朝方まで祈り続けなければならないが、全快することが出来るはずだ。 部屋の隅には、邪魔を
しない様にと思ってか、静かにミントが見てくれている。 異変は、その時起こった。
「竜を…私は…諦め…ぬ…!」
気を失っていた怪我人が、僅かに聞き取れる声で、確かに言った。
「なん…として…でも! でもっ!」
その声は苦痛に満ちていた。 アルダシールはさらにファリスへの祈りを強める。
「…ファリスよ! この者の心を…身体を…あるべき姿に……!」
アルダシールの祈りを遮るかのように、その者の声は、苦しみと激しさを増していった。
「力を…貸してくれ…っ…どんな…力でも良い…私の…魂と引き替え…にでも…!!」
ゾクゥッッ……
アルダシールの身体を、悪寒が走り抜けた。 祈りを中断し、目の前で苦しみ始めた者に目を見張る。
腕を酷く負傷し、寝ていたはずのその怪我人は、身体を大きく揺らし、脈うっていた。
「うわっ!」
不意に、怪我人が横たわっているベッドが漆黒の炎に包まれた。 床から激しい勢いで、闇の炎が
螺旋状に吹き上がる。 アルダシールは咄嗟にその場から飛び退く。 アルダシールとミントが
見守る中、闇の炎はさらに勢いを増し、ベッドや怪我人の姿を包み込んでいった。
そして…黒い炎が消えたとき、そこには黒いローブを着込み、大きな“鎌”を持った、髑髏(どくろ)
の顔をした何かが宙に浮かんでいた。 その目は妖しく輝いている。 数瞬の後、ミントの悲鳴が
邸にこだました。
*************************
「なんだよ…コイツは…!?」
ワヤンが思わず叫ぶ。 部屋の中央に浮かぶ、黒いローブを着た者…。 その姿は、およそ人間とは
思えなかった。 手には大きな“鎌”を持ち、髑髏の顔には赤く輝く目がある。 醜く、見ている
だけで背筋が凍りそうだった。
「負のオーラ…不死の者…か。」
精霊の理(ことわり)を知るリヴァースが、皆に聞こえるように呟く。
「あんなの、見たこと無いわ…」
自らの武器を抜きながら、カルナが低く呟く。
「…まさかここでも、パーティーが始まるとはな…」
同じく武器を構えながら、ジャックオルトが呻いた。
「主役になりたいなんて言うから、こうなるんですよ…!」
魔術師の杖を構えながら、最後にリデルが言った。
「不死の魔物め…! 至高神ファリスの名の下に、汝を討つっ!」
アルダシールの言葉を合図に、戦いが始まった。
*************************
「ファリスよ! 闇を退ける光の祝福を!」
アルダシールの祈りで、リデルを除く4人の戦士の武器が、淡い光に包まれた。
「ハアアァァーーッ!!」
気合いの声をあげながら、ワヤンとリヴァースが両左右から斬りかかる。 しかしそれより早く
振るわれた“鎌”が、二人を同時に薙ぎ払った。 飛び退きながら、咄嗟に剣で受け流す。
「っく!」
大きく振るわれる“鎌”の軌跡を見極め、正面からカルナが剣を突き込む。 剣は僅かに目標を逸れ、
黒いローブをかすめた。
「ウォォォーーッ!」
低い身長を活かしながら、ジャックオルトは足下の深い角度から、バトルアックスをすくい上げた。
だが、それもローブの裾を僅かに裂いただけで、紙一重でかわされてしまう。
宙に漂う未知の魔物、その髑髏の目が更に輝き、呪文が紡がれた。
「闇よ、かの者に束縛を!」
斬りかかっていった4人の戦士が、同時に苦痛の悲鳴を上げた。
「マナよ! 戒めを取り除け!」
リデルの杖が振るわれた瞬間、戦士達の苦痛が瞬時に消えていく。
戦いは、まだ終わらない。
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「…いつから、知っていたんだ?」
「……お前が俺達と別れてすぐだ。 一つ目の賢者ビブロス導師から聞いた。」
「っち! あのおっさん…。 よけいなマネを…。」
「あの娘、ビブロス導師の元に預けてあるんだろ? 聞いたら怒るぞ…。」
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「くそっ! …何者なんだ! コイツは…!!」
一旦距離をおいて、戦士達は息を整えた。 矢継ぎ早に繰り広がる攻撃は、大抵“鎌”に弾かれた。
持てる技の全てを繰り出すが、当たってもローブを引き裂くのが精一杯だった。
「闇の国の王に楯突くとは…愚かなり。」
しわがれた声が部屋に響く。 聞いているだけで、背筋が凍る、およそ生気を感じさせない声。
「…何者だっ! お前は…!」
戦士の問いかけに、それは答えた。
「…我が名はアンク。 闇を統べる王…。 定められし時を持つ者よ。 汝らを、我が王国へと
いざなおう…。 虚無よ、ここへ。」
「何っ…!?」
その瞬間、全てが闇に覆われた。 部屋の壁も、天井も、床さえも、全てが闇に覆われる。
激しい嘔吐感。 激しい耳鳴り。 何も聞こえない静寂。 その瞬間、彼らは気を失った。
次に気がついたとき、そこには彼ら5人と、アルダシール、そして部屋の隅にいたミントが、
お互い少し離れた場所で倒れていた。
倒れている仲間の姿だけが、暗闇に浮かび上がるように見える。 しかし、それ以外はどこを見ても
闇だった。 今までに感じたことのない、嫌悪感と、恐怖を伴う闇の世界。
「…アナタ血が出ているわ。 治癒を祈るから、腕を出して。」
アルダシールが、リヴァースの腕を見ながら、言った。
「…かまわん。 神の祈りなど、オレには不要だ。」
「何言ってるの! 人が親切で言ってあげてるのに…!」
「…その親切とやらも必要ない。 構うな。」
「なっ!」
怒りを感じずにはいられない。 親切に負傷を癒そうというのに、ふてぶてしく断るとはどんな
理由なのだろう? アルダシールは周囲の状況も一瞬忘れ、目の前の男を睨み付けた。
そして、その時初めて気がついた。 なにか…なにかを、目の前の男から感じる…。 これは…。
不思議な思いを感じているのは、リヴァースも同じだった。 人に触られたくないばかりに、
いつもの口調で言ったが…。 目の前で自分を睨み付けているアルダシール。 ファリスを
信仰する女司祭。 その体つきを見れば、有る程度は戦いの訓練もしていると、見て取れる。
だが、そんな表面的なものではない。 アルダシールに感じるこの気持ち。 懐かしい…? 違う…。
「…万能なるマナよ、光りて我らを照らせ」
リデルが、カルナの取り出したガメル銀貨に魔法の光をともした。 それをもって、
ワヤンが思い切り遠くへ投げつける。 光の尾を引きながら、銀貨はかなりの距離を飛んだ。
そして地面に落ちて、遠い闇の向こうで僅かな光を放つ。
「フム…さっきまでいた部屋が、闇に覆われただけではなさそうじゃの…。」
ただ部屋が闇に包まれただけならば、銀貨は本来あるはずの壁に当たって、そう遠くまでは
飛ばないだろう。 だが、遠くで輝く光を見るからに、確かにここはもと居た部屋ではなさそうだった。
「う…ん……。」
近くで横たわっていたミントが、ようやく起きた。 起きたすぐで思い出せないのか、立たずに
その場でしばらく座り込んでいる。 少し時間が流れた後、ようやく彼女は声を出した。
「ここは…え、と…リード様のお邸…?」
その声に、闇の王が答えた。
「我が闇の世界へようこそ…。」
「アンクッ!!」
全員素早く武器を構え、警戒の態勢を取る。 アルダシールも庇うようにミントの前に立った。
「我は王…。 闇の王アンクなり。 汝らの歓迎は、我が下僕に任せよう…。」
その瞬間、慣れ始めていた嫌悪感や恐怖感が、もう一度全身を駆けめぐった。
「リヴァースっ!」
「ああ…解っている…」
ワヤンはリヴァースの返事を聞いて、自分の感覚が間違ってないことを知った。
精霊の理を知る者は、生きている者に宿る“生命の精霊”を感じられる。
その精霊の存在を感じられる限り、その者は生きているのだ。 それと同じく、死んでなお
闇夜に蠢く者は、“不死の者”と呼ばれ、“不死の精霊”を感じさせるのだ。 言い換えれば、
“不死の精霊”を感じたと言うことは、その者が死んでなお蠢く魔物と言うことになる。
二人の精霊使いは、自分たちを取り囲む凄まじい“不死の精霊”の力を感じていた。 それも、
尋常な数ではない。 10や20ではあり得ない。
「どういうことだ…?」
苦しそうな声がリヴァースから漏れ出る。
「つまり…。 オレ達は、千…いや、万を越す“不死の魔物”に囲まれている…」
二人の会話は、それを聞いていた仲間をも驚愕させた。
「…万を越す…、“不死の魔物”…ですって…?」
「…よっぽど歓迎したいらしいですね…」
「万で済めば良いがの…。」
ジャックオルトの言うとおりだった。 前も後ろも、周りは全部闇に閉ざされている。
今感じられるだけの“不死の魔物”。 だが、その闇の奥には、それを遙かに上回る“不死の魔物”
が存在していてもおかしくない。 …闇の王国であるから。 だれもが、死を感じ始めていた。
戦闘能力のないミントを庇いながら、数の解らない魔物を相手にするのだ。 たった数人で…。
手を取り合った冒険者の力は、あらゆる困難を克服する。 目の前に立つ壁を打ち破り、
降りかかる火の粉を払いのけるのだ。 だが…。
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「ファークス…。 お前の気持ちはオレにだって解る、だが、お前は…解っているのか…?」
「オレはミーシャを取り戻す。 誰に、何を言われようと。」
「あの娘のことは、オレだって協力する…だからっ! 今はオレに協力してくれ!
手遅れになる前に、星魔が流星雨を呼ぶ前に!! 星が降れば、大陸のほとんどの奴らは
死んでしまう。 短い時間で全ての星魔を倒すなど、無理だ。 神秘竜の力を借りれば、
大陸を星の雨から救うことが出来る! ミーシャはその後に助ければ良い、オレも手伝う!」
不意に、ファークスは剣を抜いた。 雷を纏いし剣、“星の雷”を。 そしてリードに斬りかかる。
急を突かれ、リードは反応できなかった。 ファークスの剣は、リードの目前で寸止めされている。
ファークスの目には、大粒の涙が浮かんでいた。
「協力するだと…? ふざけるなっ! オマエ…全部知ってるって言ったじゃないかっ!!
神秘竜は…、あと1回しか蘇らないんだ…。 世界を救ったら、ミーシャは救えないっ!」
「じゃあお前はっ! 何の罪もない世界中の人々より、たった一人の娘を救うっていうのか!」
その言葉で、神秘竜があと1度しか蘇らないのを知っていると、リードは認めてしまった。
「罪もない、ただ平穏に生きている、オレも! お前が連れてきたミントも! お前が良い
奴らって毎日話してたあの店の連中もっ! みんな死ぬんだぞっっ!!」
「それでも…オレは、ミーシャを助ける。 あの娘は、オレを庇って今も苦しんでいる…。」
変わることのないファークスの想いに、リードは決心した。 この男は絶対に諦めない。
だが五つある竜の欠片のうち、一つはファークスが持っているのだ。 大陸を、迫り来る星の雨
から救うには、どうしてもファークスの持つ欠片も必要なのだ。 リードは深い悲しみと共に、
自らの剣を抜きはなった。
「竜に魅せられし者よ…。 汝の狂気を、我が剣にて打ち払わん…。」
リードの口から、なめらかな言葉が紡がれた。 その剣を止める者は、もはや、いない。
…天を埋め尽くす無数の星々が、二人をただ静かに見つめていた…。
(神秘竜の探索4・後編へ)
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