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No. 00096
DATE: 1998/11/09 11:24:04
NAME: セシーリカ、ラーファ、リデル
SUBJECT: 呪い
ファラリスの地下神殿。
追いつめられた神官戦士たちは、散開して臨戦体制を取る。
対するは、一人の砂漠の民と、一人のマーファ司祭。そして、一人の魔術師。
「さあ! いいかげんに、盗んだもん返せ!」
マーファの巡礼用の司祭衣に身を包んだ清楚なハーフエルフの少女が、見かけからはとても想像できない少年のような口調で叫ぶ。
マーファ神殿で、御物がいくつか紛失すると言う事件が起こったのは四日ほど前からだ。
神殿はもちろんこれを極秘事項とし、八方手を尽くして事件の調査をはじめた。
オランの地下にある謎の教団の動きがおかしい、と気がついたのは、セシーリカだった。
日ごろの素行(それほど悪くはないのだが・・・)から、疑われていたセシーリカは、親友のラーファと、義兄に当たるリデルに相談して力を貸してもらい、神殿にも他の友人たちにも極秘で調査を進めた。
結果は・・・・・・・・目の前に散開して身構えているファラリスの信徒たちが物語っている。
「答えなさい。なぜこのようなことをしたのか」
長身の砂漠の民・・・ラーファが静かに口を開いた。
祭壇の上に立ち、ふたりを睥睨していた黒ローブの高司祭はふ、と唇を歪めた。
「おまえたちが知る理由などない」
「・・・聞く必要はないと思います、ラーファさん。どうせ暗黒神の儀式にでも使おうと思ったんでしょう」
杖を構えた魔法使い・・・リデルの言葉に、ラーファはうなずいて、す、とフレイルを構える。セシーリカは、武器を抜くことさえせずに、ずいっと一歩、前に出た。
「もう一度、言う。神殿の御物を、返しなさい」
静かだが威圧感のある言葉だった。神官たちの背に冷や汗が伝う。
だが高司祭は、その威圧にも負けじと叫び返した。
「黙れ黙れ! ナターシャさまの命を奪い、われらが教団を壊滅させた小憎らしい半妖精が!」
「やっぱり、姉さんの残した残党か・・・・・・」
セシーリカは眉をきゅっとひそめると、掃き捨てるようにつぶやいた。
ナターシャ・・・驚異的な力を持つ暗黒司祭にして、下位精霊を完全に操ることの出来るほどの精霊使い。妹であるセシーリカを執拗に付けねらってきた半妖精だ。
彼女が率いていた暗黒教団の残党・・・。油断のならない相手であることは確かだった。教団の主とも言うべきナターシャの死にもそれほど揺らぐことはなく早急に立て直しを図り、マーファ神殿から御物を盗んでくると言う芸当すらやってのけたほどだ。その実力は推して知るべし、である。
高司祭が叫ぶ。
「かかれ! 殺せ! あの女たちを殺せ!」
怒りに燃えた神官たちが、武器を抜き、暗黒語の詠唱をはじめる。
売られた喧嘩は基本的に買う主義だが、命を懸けた戦いともなれば話が違う。戦いは悲しみしか生まない。無用の戦いは避けねばならない。セシーリカはゆっくりと神聖語を唱え始めた。
「大地母神マーファ、慈愛の女神よ。彼らの心から争いの芽を取り除き、平穏な心を取り戻してください。無用な戦いを生まぬように」
かざした手のひらから淡い光が生まれる。マーファの司祭だけが使う、争いを鎮める魔法だ。
神官たちはあきらかにひるんだ。だが、高司祭は眉を顰め、必死に魔法に絶えながら、暗黒語を詠唱した。
ばしゅっという音がして、セシーリカの右腕が裂けた。
「くぅっ・・・!」
突然の激痛に、セシーリカは思わずよろめいた。食いしばった歯の隙間からうめき声が漏れる。慌てて、リデルがその体を支えた。
その間に、神官たちは戦意を取り戻していた。再び詠唱をはじめる。
「・・・いくわよ。いいわね?」
ラーファの問いにセシーリカはうなずいた。戦いを止めることを促す、マーファの神聖魔法。しかし、それを用いて、なお相手が戦いをしようとするときには、それはマーファにとっての自然な戦いとなる。
セシーリカはレイピアを抜き、左手に構えた。リデルは杖を振りかざし、大きく動作をとって、魔法の準備に入る。
リデルの魔法のほうが、神官たちの魔法よりも、一瞬早く完成した。
「万能なるマナよ。内に秘めたる守りの力を・・・・」
左側の神官たちにラーファが飛び掛かった。気弾の魔法がいくつか飛んでくるが、一向に介せず、フレイルを振るう。
「眠りをもたらす、矢すらかなる空気よ!」
右側に散開していた神官たちが、続けざまに唱えたセシーリカの魔法の範囲に入った。眠りの雲に巻き込まれ、ばたばたと倒れる。戦いは始まった。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・・・・・」
肩で息をしながら、セシーリカは目の前の暗黒司祭に向かってレイピアを構えていた。
暗黒司祭のほうも、息も絶え絶えに長剣を構えている。
ラーファとリデルは、呼び出された魔界の生物と戦っている。
肩で息をしているのは、両者共に魔法を使いすぎたからだ。あと一度、魔法を使えば倒れるだろう。
「・・・小娘ごときに、やられてなるものかよ・・・」
肩で息をしながら、司祭がつぶやく。
「・・・このっ!」
言うが早いか、司祭は剣を突き出した。セシーリカはレイピアで受け流す。受け流して、そのまま突き返した。だが、司祭の剣の腕は訓練を受けた戦士を凌駕していた。そのレイピアを体をひねってよけると、体勢を崩すことなく第二撃を加える。
よけきれずに、頬にシュッと赤い線が走った。だがセシーリカはひるまない。そのままレイピアで激しく切りかかった。
司祭は狼狽した。これは戦士の戦いかたではない。訓練を積んだ神官戦士と幾度も戦ったことはある。だが。
剣の腕は司祭のほうがわずかに上だった。だが、セシーリカのレイピアは魔法の剣だ。司祭はセシーリカのレイピアに、自分の長剣を叩き付けた。
がしゃん。
金属音が響いた。二人の剣が床に落ちる。セシーリカは一瞬それに気を取られた。その隙を、司祭は見逃さなかった。
「・・・今だ!」
あ、と声を上げる間もあらばこそ。司祭は、セシーリカの顔をがっしりとつかんだのだ。
「セシーリカ!」
やっとのことで魔物を倒したラーファが叫ぶ。
司祭は戦況を見回した。すでに,立って動いている仲間はいない。
敗北を悟るのは容易であった。
「どうやらわたしの負けのようだ・・・・だが! ただ負けるだけでは気が治まらん! わたしの命を懸けて・・・おまえに我が神の祝福を授けてやるよ!」
言うが早いか、セシーリカの顔をつかんでいる司祭の手が黒く輝き始める。
「やめなさい!」
ラーファが祭壇に駆け上がった。黒い光がセシーリカの全身を包む。
「いや・・・・」
セシーリカの声が小さく響いた。
「センカ!」
リデルが絶叫する。
ラーファはフレイルを振り払った。骨が砕けるいやな音がして、脳漿が飛び散る。
「ファラリスさま・・・ばんざ・・・」
今際の際にそれだけを残し、司祭は頭を割られて倒れた。セシーリカも同時に倒れ込む。
「センカ!」
リデルは駆け寄って、未だに黒い光に包まれている彼女の体を抱え上げる。だが、彼は妹の体に異変が起こっていることに気がついて青ざめた。
軽すぎる。
「セシーリカ!」
ラーファが駆け寄る。黒い光が唐突に途切れ、光に隠されていたセシーリカの姿が現れる。
ラーファとリデルは、絶句した。
リデルの腕の中にいたのは、6歳ほどの、小さなハーフエルフの女の子だったのだ。
女の子は、すやすやと、気持ちよさそうに、リデルの腕の中で眠っていた。
<続く>
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