No. 00009
DATE: 1998/11/30 11:13:20
NAME: ルルゥ
SUBJECT: 三面の悪魔〜アシュレイ・ヒムの手記より〜
人の心は陶製の器に似ている。
個々に異なる形、色彩、大きさ・・・・・・しかし、そのどれもが元は同じ、泥である。その価値は原料では決まらず、作り上げた人物の腕で決まる。
だが、世の中には不幸にも、器を作り上げる際に、器が歪み、割れてしまう事がある。
器の割れ、歪みを指摘し、それを治す手助けをする。それが私、精神施療医の仕事の本質である、とそう思っている。
オランに来て200年あまり。精神施療医となっておよそ100年。
私の記憶にまた一つ、決して忘れ得ぬ患者が現われた。
空気が澄み始める10月。一人の少年が施療院の呼び鈴を鳴らした。
扉を開け、お互いに顔を見た瞬間驚いた。
彼は私がエルフである事に驚いたようだった。一方私は、彼の幼さに驚いた。
16と言っているが、もっと年下に見える。小柄である事もそうだが、その表情があまりに幼い。だが・・・・・・無邪気な澄んだ蒼い目の奥に、私は確かに「何か」を感じた。
彼の名はルレタビュ・レーン。通称ルルゥ。症状・・・解離性同一性障害・・・一般的には「多重人格」と呼ばれる。
私は彼の治療を引き受けた。
治療は「会話」から始まる。
彼は部屋の中の骨董品(ガラクタとも呼ばれるが)や鉢植えに興味をしめし、「これは何か」「あれはどういう物か」とよく質問した。やがて気持ちが落ち着いたのか、ぽつりぽつりと自分の生い立ちを話し始めた。
ファラリスの印、さらわれ、邪神の神官になった妹の話、悪夢・・・・・・そのどれもが、信じがたい物であった。
これは異常である。
話の内容が、ではない。それよりも、初対面の私にこれだけの話をしてしまうという事が異常なのだ。
もちろん、患者は医師に病の原因であろう事柄を話さねばならないという義務はある。
しかし・・・・・・彼はあまりにも、簡単に人を信用してしまうようだ。「悪意」というものの存在を知らないかのように・・・・・・。
会話を進めるうちに、私は彼の「何か」をはっきりと感じるようになった。
彼は素直で優しく、やや気弱で世間知らず、好奇心旺盛で賢く、無垢である。
だが、警戒心にとぼしく、他人に対する「不信感」というものが薄い。彼はまるで赤ん坊のようだった。
私は彼の「裏」の人格に会いたいと思い、暗示をかけることにした。
果たして、それは現われた。
自分を「僕」ではなく「私」と呼び、傲慢でプライドの高いファラリスの信者。表のルルゥを、憎悪をもって「光」と呼ぶ。
「闇」のルルゥだった。
だが、彼は大して邪悪でも、問題があるわけでもない。「闇」程度の人物なら、このオランにはごまんといる。いずれ二つの人格を「統合」することも可能である、と踏んだ・・・・・・だが・・・・・・。
奇妙な不安がひろがった。
私は彼に、治療費代わりにこの施療院で助手をしないかと持ち掛けた。何故か、なるべく彼を目に付く所に置いておきたかったのだ。
それは医師のカンであったのかもしれない。
ルルゥは承知してくれた。
判断は正しかった。
「光」は大変よく働き、他の医師や患者と仲良くなった。
彼は時々歌を口ずさんだ。子守り歌のようだった。だが、彼は歌について聞くとこう答えた。
「わかりません、どこで聞いたんでしょう?」
・・・・・・彼の過去の記憶があいまいな事に、その時気付いた。
子供時代を隔離された環境で育ったため、かなり記憶のハバがせまい事は気になっていた。だが、よくよく話を聞いてみれば、彼の記憶には矛盾が多い。
「幼い頃、樫の木の林で遊んだ事がある」
だが、オランの街付近には樫の林はない。
「猫が好きだけど、飼ったことはない」
しかし、患者の少女が猫を拾ってきた際に、てきぱきとミルクを人肌に温めたり、下の世話をした。
何かがおかしい。
私の中で、疑問と不安感が大きくなっていった。
ルルゥはまた、よく悪夢にうなされた。
起きてから内容を聞くと、覚えていないと答える事がほとんどだったが、たった一度だけ混乱しつつ叫んだことがある。
「三つの顔の悪魔」と。
それが何を意味するのか・・・・・・その時の私にはわからなかった。
全てが明るみになった今も尚、私は考えずにいられない。それは果たして、あの魔神のことであったのか・・・・・・それとも・・・・・・?
私はルレタビュ・レーンに関する「あの事件」の真相をここに記す。
しかし、これは決して人目に触れる事はないだろう、決して。
決して・・・・・・。
><新王国歴511年3月・・・・・・精神施療院院長アシュレイ・ヒムの手記より一部抜粋>