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No. 00021
DATE: 1998/12/10 17:12:52
NAME: リデル
SUBJECT: 三面の悪魔〜ある老女の話〜
シェンホア?
・・・・・・まさか、このカゾフでその名前を聞くなんてねぇ・・・・・・。
アンタ、それを聞いてどうする気だい?・・・・・・友達を助けたい?
ふん。
いいさ、話してあげるよ。「シェンホアの惨劇」と呼ばれる、あの事件の真相をね!!
シェンホアは、ムディールの山奥にある、小さな小さな街さ。
あそこは絹の産地でね、シェンホアの絹は他のどこのものよりも、上品に輝くってそりゃあ評判だった。
だけどね、あたしらの生活は貧しかったよ。どうしてかって?あの街はね、ラオ家っていう貴族に支配されてた。絹の権利はすべてラオの連中のモンだったのさ。だから、あたしたち街の者は皆、ラオ家を憎んでた。
もう20年近くも前になるんだねぇ・・・・・・。
ラオ家の当主が死んで、跡継ぎがオランから戻ってきた。金の髪と、蒼い瞳の嫁を連れてね。
驚いたさ、ラオの連中は皆、自分の血筋を大事に大事にしていたからね。まさか異国から嫁を連れてくるなんて・・・・・・思いも寄らなかった。
ディアーヌとかいったね・・・・・・そりゃあ美人だったさ。でも、とんでもない女だったよ。いつも派手な格好をしてね、あたしらなんか見るのも汚らわしいってぇ感じだったよ。浮き名も多かったね。相手はもっぱら、絹を買いに来た商人連中だったよ。
そうこうしてるうちに、ディアーヌが男の子を産んだ。ところがコレが、母親にうりふたつで、父親にはまったく似ていない。それで、「あれは不義の子だ」って皆言ってた。本当はどうだか知らないけどさ。
リュシアン・・・・・・そう、リュシアンのことさ。
それでね、父親にまったく似ていなくて、「不義の子」なんて噂もあるから、あの子はまったく大事にされなかった。
誰もあの子を可愛がらなかったよ。
まるで大事にしていなかった、まるで始めからいないかのように、無視されてね。
だけど・・・・・・ね、それでもあたしら街の者から見たら、リュシアンは憎いラオ家の人間さ・・・・・・。
だから、皆あの子に酷いマネをしたよ。子供は石を投げるし、女もわざと水をかけたりね・・・・・・老人も、見てみぬフリどころか、酷い目にあっているあの子を笑った。男連中もね・・・・・・わかるだろう?あんなに可愛い子供なんだ、いじめてやりたくもなるってものさ。
それでも、あの子は街に出てきたよ・・・・・・よっぽど家の中は地獄だったんだろうよ。あれだけの目に遭って、まだ外の方がマシだってんだから、さ。
そんなあの子にもね、味方はいたよ。
グリンジャって言ってね・・・・・・あたしの息子さ。生まれつき口がきけなくてねぇ・・・・・・だから、あの子もいつも一人だった。淋しい者同士・・・・・・だったんだろうね。
でも、あたしはグリンジャがリュシアンと仲良くするのはやめてもらいたかったね。だって街の皆は良い顔をしないからさ。
でも、グリンジャはリュシアンの味方を止めなかった。
もともと剣の腕は街で一、二を争ってた子だけど、リュシアンと一緒にいるようになってからは、まるで騎士様きどりでね・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
あたしは、リュシアンが恐かったよ。
「さとりの化け物」って知ってるかい?人の心を読む魔物さ。リュシアンは、何だかそんな化け物みたいだった。
賢い子でね・・・・・・それに、あの目が恐かった。まるで何もかも見通しているような、冷たくて綺麗な目だった。子供の目じゃ、なかったよ・・・・・・。
グリンジャは、すっかりリュシアンに魅入られてた。
そして・・・・・・。
あの日の事は・・・・・・忘れられないよ。
その夜、グリンジャが帰って来なかった。あたしが寝ないで待っているとね、ドンドンドン・・・・・・って扉が叩かれて、「開けろ」って・・・・・・ラオ家の兵士が入ってきた。
「グリンジャとリュシアンはいないか!?」
奴等はそう聞いてきた。そして家捜しをしてから、去っていった。
何があったか、聞いても答えてもらえなかった。ラオ家の威光をかさにきて、あいつらはいっつもいばってた。
そして・・・・・・兵士が去ったその直後、家の外を見たあたしはグリンジャを見つけた。
近寄ると、あの子はムッとするような血の匂いがした。
そう・・・・・・あれはグリンジャじゃあなかった・・・・・・あたしが腹を痛めて産んだ、あの子じゃなかった!!
肌は蝋みたいに真っ白で、真っ黒な髪が垂れていて・・・・・・目が・・・・・・目が、真っ黒に燃えていた!!
そして・・・・・・ああ、思い出すのも恐ろしい・・・・・・あの子は叫んだ、声が出せるハズもないのに、あの子は叫んだんだ・・・・・・!!
りゅしあぁあぁぁぁぁあああん!!
・・・・・・今でも思い出すと寒気がする・・・・・・あれは人の声じゃない・・・・・・。
あたしは急いで家に逃げ込み、手荷物だけまとめて、裏から山の中に逃げ出した。足が震えて、走っても走っても、前に進まなかった・・・・・・。
ふと、「ぼんっ!」という音がして、周りが明るくなった。
見ると、ラオの屋敷が燃えていた。
その炎は、まるで蛇みたいに伸び上がり、街を焼いていった。
その時、あたしは確かに聞いたんだ。
あははははははははははははは!!
・・・・・・あれは間違いなく、リュシアンの声だった。
・・・・・・もういいだろ?
あたしは、もう話したくないよ・・・・・・ルルゥ?そんな奴知らないね・・・・・・あたしが知っているのは、リュシアンってぇ名前の、あの悪魔だけさ・・・・・・!!
リデルは吐き気をこらえていた。
オランへ向かう街道を歩きながら、さっき聞いた老女の話に頭の中をぐるぐると掻き回される。
炎に包まれた町の中を、異形の魔神を従えて歩く、一人の少年・・・・・・。
その光景は、何故か非常な現実味に満ちていた。熱風になびく金の髪や、炎を映しきらめく蒼い瞳が、細部までくっきりと脳裏に浮かぶ。
「あぁ・・・・・・」
リデルはうめいた。
青ざめた瞼を閉ざしながら、笑いかける「光」の穏やかな眼差しを思い出し、心臓が止まりそうな苦痛に耐える。
炎、悪夢、血、邪悪、赤、赤赤赤赤赤・・・・・・!!
消えない悪夢の光景は、何故か懐かしかった。
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