No. 00030
DATE: 1998/12/16 17:30:34
NAME: エイル
SUBJECT: 復活の生贄へのご褒美
薄闇の広い空間。
その薄闇の中に、白いローブが鮮やかに浮かび上がる。次に、白磁のような美しい肌と、涼しげで、整のった顔。髪は闇の色。緑の瞳は氷のように冷たく、口元には妖しげな微笑みが浮かんでいる。一見しただけでは女とも思える端正な顔だ。男は巨大なドームのような神殿をまっすぐに進む。神殿の壁面には螺旋状に階段があり、そこには無数の蝋燭が灯っている。
「少し、人を貸していただけませんか?戦いに秀でた者を数名・・・」
男は不意に立ち止まり、目の前の闇に声を投げかけた。
「エイルか・・・お前が仲間を要求するとはな・・・」
エイルと呼ばれた青年は、口元に微笑を浮かべたまま、闇の中の声の主をじっと見る。
「・・・・・・いいだろう。ヘヴィーとシーマを手配してやろう。あとは魔法の品でも使って何か召喚すればよいだろう・・・」
「けっ!!なんで俺様がエイルなんざにこき使われなきゃなんねぇんだよっ!!」
男は近くの木に持っている大剣を叩きつけながら怒鳴り散らす。深夜、エイルの住処を目指し、2つの影が森を進んでいた。一人は中肉中背の男。年齢は30を数えてはいないだろう。顔立ちも悪くはないが、目に称えた光は狂気を孕み、異様な雰囲気を漂わせている。もう1人は女性。もしも、ここが森でなく、ドレスを身につけ、連れているのがこの男なければ、誰もが彼女の事を貴族の令嬢だと思うだろう。『もしも』がいささか多いが、それだけ彼女は上品な雰囲気を漂わせていた。背中まである薄茶色の長い髪を、縛る事なく真っ直ぐに流し、同色の瞳には何故か憂いを含んだようにも見える。
「だいたいあのヤロウは勝手が過ぎんだっ!敵が来る前に俺様が八つ裂きにしてやるっ!!」
男が苛立ちを紛らわせる為に大剣で木を切り刻み続ける。その切り口から、男が信じられない怪力と実力を持っている事が窺い知れる。
「その時は貴方が死ぬ事になるでしょうね。エイル様に刃を向けるという事は私も敵にする事になるのよ?貴方一人では私とエイル様の2人を相手に勝てないのじゃないかしら?ヘヴィー。」
「ぅるせぇ!!だったらシーマっ!!貴様をここで殺っちまえば問題ねぇぇよなぁぁぁ・・・・」
ヘヴィーから狂気が溢れ出す。殺気や殺意といった生易しいものではない。シーマは憂いの表情のままヘヴィーに向き直る。
「戦うのはいいけど・・・お客さんがいるみたいよ?」
シーマの言葉に、木々の影から6人の傭兵らしい男達が現われる。全員、武装しているが装備に一貫性が無く、バラバラの装備だった。
「シーマ・ヴァンシアとヘヴィー・オーディナリーだな。ある人からアンタ等を殺せという仕事がきた。恨みはないが、これも仕事だ・・・・・・死ね!」
傭兵のリーダーらしいのがそう宣言すると残りの傭兵達も2人に襲い掛かって来る。
「シーマぁぁ・・・こいつらは俺に殺させろよぉぉ・・・!!」
「もとから、そのつもりよ。私は人殺しは嫌いなんだから」
ヘヴィーはシーマの返事の聞く前に走り始めていた。ヘヴィーが先頭の傭兵に大剣を振り下ろす。素人なら剣が振り下ろされた事に気付く事すら出来ないは疾さだ。避ける事が不可能だと悟ったその傭兵は手にしていた槍の柄で受けようとする。木製の柄ではない。鉄の柄だった。だが、ヘヴィーの大剣を受けるにはあまりにもそれは頼りなかった。大剣は槍を拉げ、鎧ごと男の身体を半ばまで断ち切る。
「ひゃぁぁーーーはっはっはっ!たまんねぇなぁぁぁ・・・この感触!!」
ヘヴィーが大剣から伝わる男の最期の痙攣を楽しみながら狂喜する。開かれた口からはヨダレがダラダラと滴れ、目が真っ赤に充血している。恍惚とした表情で、渇きをわずかに癒された食屍鬼のような表情で奇声をあげる。
恐慌状態に陥った傭兵達をヘヴィーは甚振るようにわざと素手で惨殺していく。目から指を突き込まれ脳をかき回されて絶命するもの。喉の肉を喰い千切られる者。一人としてまともな殺され方をしたものはいなかった。6人の傭兵が全て肉塊となるのに1分程度の時間だった。
「ひゃ・・・ひゃははははっ!」
「なかなか派手な事をしましたねぇ」
死体の傍らにしゃがみ、長い爪で骸を切り刻み続けるヘヴィーを見て、嫌気が差していたシーマの真後ろから声は聞こえた。そこには純白のローブに身にまとい、微笑みを浮かべたエイルが立っていた。
「エイル様。お力添えに参りました」
「ああぁぁぁ?、エイルだぁぁぁ!?」
シーマは振り返り、跪くと、凛とした声でエイルに挨拶を送った。ヘヴィーは血に汚れた全身を拭う事すらせずに不敵な笑みを浮かべる。
「この虫けら共は貴様の差し金かぁ?エイルぅぅぅ・・・」
ヘヴィーが両腕をだらりと左右に下げたまま立ち上がる。
「ええ。そうですよ。シーマさんの実力は知ってましたが、ヘヴィーさんの実力はよくは知りませんでしたから」
「俺様を試したってわけかぁ?」
ヘヴィーが背を丸め、大剣を構え直す。狂気がギラギラとしていた。
「ええ。まぁ、満足のいく実力でしたよ」
「俺様を舐めんじゃねぇ!!」
一瞬のうちに間合いを詰めたヘヴィーが大剣を振り下ろす。
カキンッ
金属の打ち合わされる音が森に響いた。エイルは微塵も動いてはいない。剣を受けたのはシーマ。
「エイル様に刃を向けるという事は私も敵にする事になるって言わなかったかしら?」
大剣を自らの剣で受けたままの姿勢のシーマの顔からは先程までの憂いの表情は消え、その顔には怒りが浮かんでいた。握った剣からは魔法の輝きが発せられている。ヘヴィーは一旦、間合いをとり、ニヤッと笑う。
「冗談だぜ。いくら俺様でもてめぇ等2人に喧嘩を売るわけねぇよっ!」
吐き捨てるように叫ぶと剣を背中にしまう。
「で、エイルさんよ。てめぇの敵は全部ぶっ殺していいんだな!?」
「いいえ。赤い髪と青い目を持った魔術師、ファズという男がいるんですが、彼だけはオレが殺します」
「・・・・・・その・・・ティアラさんの為・・・・・・ですか?」
シーマがおずおずと尋ねる。哀しみを押さえ切れない表情で。
「ええ。ファズを殺せばオレはもう一度、ティアラと触れ合えるんですから」
エイルの微笑みが完全に慈愛以外のものは感じられない優しい微笑みになった。
「けっ。たかが女一匹の為に俺様が狩り出されるとはなっ!」
ヘヴィーのぼやきを聞きつけ、エイルの顔がヘヴィーに向けられる。
「ティアラを侮辱する事は許しませんよ?以後、気をつけてください」
「・・・・・・っっ!!」
ヘヴィーは声を出す事が出来なかった。
エイルの表情を見たから。
エイルは別に凄んでるわけではない。睨み付けているわけでもない。ただ、微笑みを浮かべているだけ。劫火の灼熱と絶対の冷気を兼ね備えた笑みを。
「さて、そろそろオレの家に行きましょうか?もう一人、仲間を『召喚』しないといけないんですよ」
「召喚・・・ですか?」
「ええ、特別なマジックアイテムを使用して、ここでない所から呼び寄せるんです。手伝ってくれますね、シーマさん?」
「はい・・・」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、とっとと家なり神殿なり連れて行きやがれっ!!」
ヘヴィーが人だったものの残骸を蹴り上げながら吠える。おそらくヘヴィー本人も気がついてはいないだろう。それが苛立ちを紛らわせる行動ではなく、恐怖を紛らわせた行動だという事を。
「ふふふふ・・・・・・そうですねぇ。では行きましょうか。オレの家へ」
(ヒュン!)
ブロードソードが月明かりを跳ね返し、竜牙兵の頭蓋骨を叩き割る。竜牙兵が地面に倒れるよりも速く、剣は2度振るわれ、右腕と腰の骨を断ち切る。
「・・・・・・いつまでこんな奴を相手させるつもりだ・・・」
剣を収めた少年は無表情のまま、背後にいるエイルに尋ねた。感情のこもらない声だ。蒼い髪が月の光に煌く。
「お前の実力がオレを満足させるものになるまでですよ。今のお前ではあまり役には立ちませんからね」
「・・・なら、オレなんかを呼び出さなければいいだろう・・・」
「おや、それは心外な言葉ですね。オレはティアラの為に生け贄となってくれた貴方への御褒美のつもりだったんですがねぇ。まぁ、いいです。次はこいつと戦いなさい」
くすくすと笑いながらエイルがシーマに命じて連れて来させた者はハーフエルフだった。髪と瞳は黒く、背はかなり高かった。
「さぁ、お前の為にあの半妖精に酷似した者をわざわざ連れてきたんですよ。もっとも、こいつはウィードとか言う名前で、女だそうですがね」
ウィードがこれから戦う少年を睨み付け、与えられたシミターを構える。彼女はこの戦いに勝てば、開放してくれるとエイルにあらかじめ聞かされていた。
「うあああぁあああ!!」
召喚されてから一度たりとも外した事のない『無表情』という仮面がこの時、初めて外れた。仮面の下にあったのは『哀しみ』と『怒り』。
少年の魔剣からは以前のような澄んだ蒼い炎ではなく、全てを呑み込む闇色の炎が溢れ出し、稲妻の速さで距離を詰める。ウィードが必死で少年の剣を受け止めようとする。剣がウィードの首を薙ごうとした刹那、ハーフエルフの怯えた黒曜石のような瞳と、少年の血の色をした瞳、2つの視線がぶつかった。哀しそうな、まるで泣きそうになっている子供のような表情だった。声が聞こえた気がする。
『もう、おまえがわたしの秘密を知っていようが、そんな事はどうでもいい。
わたしが、おまえには、生きていてほしい、と願う。
それが、おまえの、生きる理由にはならないか...?
わたしが、おまえを、必要とする。
それが、おまえの、存在意義にはならないか...?』
少年は愛しい人の面影をそのハーフエルフに見て、微かに躊躇し、
・・・斬り殺した。
たくさんの
断末魔の声が聞こえる
何人斬っただろう・・・
そして何度、心を切り裂かれただろう
幼子を斬らされた事もあった
わざと嬲るように斬らされた事もあった
生き死にの感覚が麻痺している
善悪の感覚が麻痺している
聞こえて来る断末魔の叫びは
オレが殺した者の声だろうか?
オレの切り裂かれた
心があげている声だろうか?
ただ、断末魔の声が心に木霊する
オレはなす術も無く
ただ、増やしていく
哀しい叫び声を・・・
数週間が過ぎた。
少年は一人、懐かしい酒場の前に来ていた。逃げてきたわけではない。ほんの僅かな・・・最後の安らぎを得るために。酒場からは活気に溢れた声が聞こえる。少年は扉を開いた。
酒場にはきままに亭という看板が掲げられていた。
 |