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No. 00040
DATE: 1998/12/30 10:13:36
NAME: カミル
SUBJECT: はじめて喧嘩したある日
旅から帰ってきて迎えてくれたのはなにかに迷ってる姉さんの顔と無事に帰ってきて良かったと涙を流すライムだった。
俺は旅に出ていた時のライムの体調のほうが気になり、しばらくは姉さんのことを気にかけていなかった。お礼はもちろん言ったし、怒られたりもしたけど。
ある日、カレンと名乗る女性に声を掛けられる。
声を実際に掛けられたのは同伴していたライムだったが、俺が姉さんと関わりを持つ人間と聞いて驚かれてしまった。
「あなたが姉様の悩みの種って訳ですね」
突然そんなこと言われて、俺は訳が判らなかった。
この人が言う「姉様」とは誰のことだ?
その疑問は、問いただす前に答えられた。
「・・・・・・姉様の今の名前はアルムーンと申しますの。ご存知でしょう?」
「アルムーン・・・・・・」
もしかして姉さんの本当の家族だと言うのか?
言われてみると、印象は異なるが顔立ちは姉さんそっくりだ。耳にはまった黒真珠のピアスも姉さんと同じ物。
だが・・・この人は姉さんと同じ年齢にしか見えない。
・・・・・・双子の姉妹・・・・・・!?
真珠と言うものはそもそも、双子を象徴する石だと聞いたことがある。
でもそれを聞いたのは閉ざされた故郷、ベゴニアだった。
それが外の世界にも伝わっているとは思ったことがなかった。
「姉様はいま、一人で過ごされています。働き者のようで、自宅にいないことのほうが多いそうですけど」
そんなことは一緒に暮らしていた時から知ってる。
「・・・・・・でも。心の中は哀しみに包まれていますわ。
カミルーンさんとおっしゃいましたね、あなたはそんな姉様に幸せになって欲しいとはお思いになりませんの?」
俺は彼女の言葉を聞いて口を閉ざした。
幸せになって欲しい。
それは思ってる。
いつまでも父さんのことを忘れずにいる姉さん。
父さんにそっくりな俺を好きだと言った姉さん。
髪をばっさりと切って、想い出になった、と笑った姉さん。
何処か哀しそうで、辛そうだった。
でも必死に俺には見せようとしなかった、姉さんは。
姉弟と名乗ってても本当の姉弟になれないと微笑む姉さん。
彼女が去ったあと、俺は考えていた。
本当の家族が見つかったなら、俺と言う存在はもう、姉さんにとって不要のものだ。要らないのだ。・・・必要もないのだ・・・。
姉さんは悩んでいるだろう、それでもきっと。
父も母ももうこの世にない『仮の弟』と本当の家族、どちらを取るべきか。
・・・・・・本当の家族を取る道を与えなければ。
本当の家族の側にいることこそ、幸せだと言うべきであろう。
次の日・・・・・・。姉さんが俺を尋ねた。
ライムを家に残し、姉さんの後に続いて俺はきままに亭に行った。
「・・・・・・本当の家族がいるんだって、あたし」
単刀直入に切り出された。
瞬間、俺は自分の心が凍ったような気がした。
本当の家族じゃなくても、いいじゃないか。
側にいてくれたら、こんなに頼もしいことはない。
そんな思いを、凍らせた。
幸せになるべきなんだ。
父さんもそれを願っていたはずだ。
「そりゃいるだろ」
俺の声は鋭く、冷たいものだった。
自分で自分の声に躊躇う。
「本当の家族のところに行けばいい。姉さんは俺にとって不要だ」
躊躇いながらも、だがしかし、淡々とした口調で姉さんを傷つける。
「姉さんは俺のこと本当に弟とは思っていないだろ?」
怒りで震える姉さんを見上げる。
「いつだって、俺を通して父さんを見てた。・・・俺はそれだけの存在なんだ。そんな存在だけなら、今の姉さんにとって俺は不要だ」
俺は静かな気持ちで淡々と言葉をつむぎ出す。
こうすることが姉さんの幸せにつながるんだ。
こうしなければ、姉さんはいつまで経っても父さんのことを忘れられない。
俺の後ろに、父さんを見てしまう。
未練が残ってしまう。
店内に、パァンと鋭い音が響く。
俺は叩かれるのを予測していながら、姉さんの攻撃に避けようともしなかった。
口の中を切った。
口の中に血の味が広がる。
「判ったわ、あたし、本当の家族のもとに行くから!!」
これまで数えるほどしか涙を見せなかった姉さんが、大粒の悔し涙を流し、店を出ていった。
これでもう、姉さんは・・・・・・。
そう思った途端、熱いものがこみ上げてきた。
苦しさで胸を押さえる。
出来るなら、幸せになって欲しかった。
ずっと笑顔で、姉として側にいてくれと願っていた。
姉としてでしか見られなくてごめんと、ずっと言いたかった。
俺は父さんの代わりじゃないと、何度も言いたくなった。
嫌な思いで、楽しかった出来事、様々なことが走馬灯のように俺の頭を流れる。
「・・・・・・仕方がないじゃないか、俺は本当の家族じゃないんだから・・・」
涙を拭き、ゆっくりと俺は家路についた。
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