No. 00041
DATE: 1999/01/07 18:08:19
NAME: エイル
SUBJECT: 語られざる過去
「・・・・・・イル、ねぇ、エイルってば」
穏やかな風が流れる丘の上。軽く波打った長い金色の髪を風に遊ばせながら、少女は寝転んでいる黒髪の少年に声をかける。
「ん?あ、あぁ、ティアラ?どうしたの?」
オレは上半身を起こし、傍らに立っている少女の顔を見上げる。髪に付いていた草がパラパラと落ちた。
「もう、さっきから呼んでたのにエイルったらちっとも気が付いてくれないんだもの」
「あはは、ごめん」
少女は拗ねたような顔のまま、オレの横に腰を下ろす。ふわっと花のような甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「また、シルフを見てたんでしょ?」
綺麗な青い目がオレを覗き込んだ。ティアラの顔を間近で見てしまい、顔が赤くなっていくのが自覚出来た。
「いいなぁ、精霊が見えて。あたしも見てみたいなぁ」
今度はティアラが草の上に寝転ぶ。
「でもまさか、シルフに見とれてたんじゃないでしょうね?」
「そんな事ないよ。オレはティアラ以外には見とれないよ」
軽くオレを睨み付けるティアラの髪を掬いながら微笑む。あまりにもしなやかなそれは指の隙間からサラサラと零れ落ちた。
「本当にぃ?」
少女は起き上がり赤くなっているオレをからかうように顔を近づけて悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「ほ、本当だよ」
緊張の為、声が上擦り、恋人はクスクスと笑う。ティアラの風に溶けていきそうな笑顔に口元がほころぶ。
「笑う事ないだろ」
「ご、ごめん。でもエイルの顔、真っ赤だよ」
ティエラは笑いが止まらないままだった。
「あー、お腹が苦しい。ねぇ、エイル、一つ聞いていい?」
「なに?」
「エイルのお父さんもお母さんも冒険者だったんでしょ?」
「そうだよ、呪われた島から来たんだって」
「で、エイルのお母さんは魔術師で精霊使いなんでしょ?」
「うん」
「エイルは精霊を扱う方法を教えてもらってないの?」
ティアラの顔に好奇心が浮かんでいる。その表情がどこか猫ににてるとオレは思った。
「教えてもらってないよ。楽しげなシルフを眺めたり出来るだけで満足してるから。精霊だって自由でいたいって思ってるんじゃないかな。それに・・・」
「それに?」
「そんな力はいらないって思う。戦いとか嫌いだし、冒険者になるつもりもないしね」
「ふ〜ん。でもよかった。エイルが冒険者にならないならず〜っと一緒にいられるね」
ティアラは首に腕を回し、唇を重ねてきた。
「・・・ずっと一緒にいようね、エイル」
「おかえり、兄貴。まーた、ティアラさんといちゃついてたんだろ?」
家に帰るなり今年で10歳になる弟のファズがからかってくる。
「ただいま。そんな事ばかり言って兄貴をからかうもんじゃないぞ」
「子供扱いするなよなっ!」
頭をポンポンと叩くと、ファズはムキになって手を振り払う。エイルの顔に優しげな笑みが浮かぶ。
「ごめんごめん。ファズはもう10歳だもんな」
「ああ、だから魔術師になる為のベンキョーを始めてるんだぜ?」
「そうだったな」
「お兄ちゃん、おかえりなさーい!」
5,6歳の男の子が奥の部屋から現われ飛びついてきた。オレは弟を抱き留め、蒼い髪を撫でる。
「ただいま、ルフィス」
「お兄ちゃん、お腹すいたぁ」
抱きかかえられたまま、ルフィスがオレを見上げてそう言った。
「わかったわかった。何か作ってやるよ。なぁファズ、母さん達はどこに行ったんだ?」
「さー?オレは知らねーよ?」
「珍しいな、夕方になっても帰って来ないなんて・・・まぁ、そのうち帰って来るか。ルフィス、何が食べたい?」
「ん〜とね、カラアゲ!!」
この日の深夜、ロマールの軍隊がレイドに攻め入ってきた。レイドの街は混乱と破壊で満ち溢れ、野党と化した傭兵達が家々を襲った。
その日を境にエイルは狂気に捕らわれ、心を捨て去った。
10年近く昔の出来事だった・・・
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