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No. 00045
DATE: 1999/01/12 19:39:31
NAME: コルシュ・フェル
SUBJECT: 望郷(上)
時というものが、これほどまでに残酷なものだということを、私は改めて思い知らされた。
エルフという長寿の者であることが、ひどく悲しかった。
私がこの集落を最後に訪れたのは100年も昔のことだ。人間の人生が2度繰り返す時間だ。
私たちエルフにとっても短い時間ではない。
しかし、しかし、これほどまでに変わり果てるものなのか。
私は廃虚と化した故郷を前に、涙を流すことも忘れて立ち尽くしていた。
私の故郷は、「妖魔の森」と呼ばれる凶凶しき樹林の中にあった「西のトネリコ」という集落だ。
この森の他の集落同様、私が生まれる前から、汚らわしい妖魔どもとの抗争が絶え間なく続いている。
私は200年以上も前にこの集落を出た。
駆け落ちも同然だった。
しかし、結局両親は折れてくれ、50年ほどで私は再びこの集落の敷居を跨ぐことが許された。
大陸中を詩人として旅していた私は100年ほど前の帰郷を最後に、ここには戻っていなかった。
たった100年・・・その間に私の故郷は妖魔どもに土足で踏みにじられ、かつての面影を窺い知ることも出来なくなっていた。
呆然としていた私は、遠巻きに囲まれているのに気付かなかった。
ようやく気付いた次の刹那、頭部に拳大の石を食らって気を失った。
胸を締め付ける腐臭で私は意識を取り戻した。両手足がひどく重い。
耳障りな声ががやがやと煩い。
・・・小鬼語だ。
「・・ドウスル・・」
「・・えるふハ、ヤセテテクイデガナイゾ」
「・・ダガおんなダ・・」
こういう時、理解できる自分が悲しい。
両手足は、犬頭(コボルド)と田舎者(ホブゴブリン)が押さえつけていた。
「・・キヅイタゾ!!」
一匹の声で、私の周囲に小鬼が集まってきた。吐息が臭い。
「・・ドウスル」
「・・ドコカラクウ?」
「オレハ”ウデ”ダ!!」
「オレハナイゾウ!!」
口々に勝手なことを言う小鬼達を制して、見るからに体格の違う・・そう、「王」が前に出てきた。
「オレカラダ。・・・モンクハナイナ」
王の言葉に、他の小鬼達は静かになった。
「マズハタタカエヌヨウニスルノダ」
そのセリフに、再び小鬼達は騒がしくなった。
「オノガアル!!ウデヲキリオトセ!!」
「えるふはセイレイヲヨブ!!ウデヲクダイテシタヲヌケ!!」
「アシモオトセ!!」
「クビヲキルノガハヤイ!!」
・・・そして、それらは順番に実行された。
左腕を砕かれ、右腕を錆の浮いた大剣で、「王」直々に落とされる。
大量の失血で、視界が色彩を失う。
「ああっああああっ!!」
反転してうつ伏せになった私を、一匹のホブゴブリンが肩を掴んでひっくり返した。
悲鳴をあげ続ける私の口に、汚い指が突っ込まれる。
爪で、頬の内側が切れた。
無理矢理舌が引っ張り出される。悲鳴と同時に激しく咳き込んだが、もとより妖魔どもが気にかけるはずもない。
大剣同様、錆付いて切れ味というものに縁遠い短剣が舌に当てられる。
続いて襲ってきた激痛に、私の意識は再び飛んだ。
・・・・フェディアン・・・・
・・・・レスティアーナ・・・・
・・・・私は今でも愛していますよ・・・・
全身の激痛で目が覚めた。
意識を失っている間に、何か良い夢を見たような気もするが、思い出せない。
というか、痛みでそれどころではなかった。
なぜ生きているのか、どうしてベッドの上で寝ているのかとかいう疑問を感じる余裕すらなかった。
悲鳴は、獣のような咆哮となって喉から漏れた。口腔の違和感がもどかしい。
「老!!」
周囲でばたばたと騒がしくなるが、今の私には話されているのが東方語だということすら分からない。
暴れる私を誰かの手が押さえつけ、唇に冷たいものが押し当てられる。
喉に流れた液体の感触・・・それが臓腑に行き渡ると、不思議と痛みが和らいだ。
混濁した意識が、次第に整理されていく。
(ここは・・)
と尋ねようとしたが、声にならない。
舌が・・根元からなかった。
刹那、絶望が怒涛のように襲ってきた。
歌えない!!
ただこれだけのことだが、私には死刑宣告以上につらいものだった。
しかし、泣こうとしても、涙が出てこない。
感覚が麻痺したのか、ひどく冷静な私が頭の片隅でささやいた。
『でも私は生きている』
神経で身体を探ってみると、両腕が動かない・・・いや、右腕はなかった。
・・・・夢ではなかったのだ。悪夢では。
足はあった。
だが、もう竪琴も爪弾くことが出来ない。
「私がわかるかね?」
頭上で、すこし低めの声がした。懐かしい、エルフ語だった。
(フェルミンスティー呪老・・・)
西のトネリコ≠フ呪術の長、フェルミンスティー様だった。
「フェリアーナ。災難だったな。・・・ここは、東の柊≠セ。安心して、養生するがいい」
東の柊=E・・エルフの集落である西のトネリコ≠ニは違い、人間の集落のはずだ。
「西のトネリコ≠ヘ70年前に滅んだ。私を除いてな。それ以来、私はここに身を寄せておる」
老は枕元に座って話し始めた。
「滅んだ理由は察しがついておろう?妖魔の大軍が、の。ダークエルフに率いられておった。
そのダークエルフの軍は後にこの東の柊≠ェ滅ぼしたがな」
私が知る当時より、ここは強くなっているようだ。
「フェリアーナ。お前は警邏中の、ここの狩猟長に助けられたのだ。本人はもう少し早く、と悔やんでおるが、
私としては最悪の事態にならずにすんでありがたく思っている」
それは私としても同様。その狩猟長がもう少し遅ければ、私は確実に死んでいた。
「しかし、私が男であることがこれほど悔やまれる時はない。生命の精霊の声が聞ければ、お前の傷を和らげることもできように」
男である老は、戦乙女との交感能力はあるが、治癒能力はなかった。
「・・・そうだ。お前を助けた狩猟長に会わせよう。いままで外で待たせておった」
老の合図で、扉が開けられる。一瞬、冷たい風が頬を撫でた。
枕元に背の高い影が立つ。
その顔をみて、私ははっと息を呑んだ。
・・・・・フェディアン!!
〜つづく〜
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