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No. 00049
DATE: 1999/01/16 19:01:02
NAME: コルシュ・フェル
SUBJECT: 望郷(中の下)
東の柊≠フ夜は明るい。
村のあちこちのかがり火の炎が一晩中絶やされることがないからだ。
私は眠ることが出来なくて、愛用の竪琴を苦労して左手でかかえて表に出た。
周囲が明るくて星は良く見えないが、煌煌とした月が夜空に漂っていた。
夜風が少し熱っぽい肌に心地良い。
座りこむと立つのに苦労するので、かがり火の側の壁にもたれ掛かった。
胸元の竪琴を見つめる。
いつもの感触。
剣士が腰に剣がないと落ち着かない様に、私もこれがないとどうも案配が悪い。
……しかし……これをもうまともに奏でることはできないのだ……。
演奏されない楽器はただの置物と同じだ。
ただ抱えられているだけの存在ならば、それは愛器にとっても不満なことに違いない。
……未練たらしく持っているべきではないわね……
私は身体を起こした。木製の楽器だ。炎の中に放り込んでしまえばそれまでだ。
その時だった。
「やあ、いい月ですねぇ」
ハイダル・・・・・・
「こんな月の日はライカンスロープでなくても外に出たくなりますねぇ」
彼は私の側まで来て、立ち止まった。
「私はただの当直なんですけどね」
言って少しわざとらしく笑って、そして私が抱えていた愛器に目を留めた。
「おや、いい品ですねぇ。見せてもらっていいですか?」
私が首肯するのを確認して、彼はそっと竪琴を持った。
「私も少しは弾け・・」
抱え直したとたん。
「……ややっ!!」
「!!」
……危うく、落とすところだった。
腕が使えないのに、拾おうと思わず身体が動いていた。
それに気が付いて、顔が熱くなる。
ハイダルは少しの間黙ってから、
「あちらに座れる所がありますよ」と私を誘った。
どことなく逆らえないものを感じて、私はそれに従った。
少し開けた場所に設けられたベンチに並んで座る。
しばらくの間、風にざわめく木々の音だけが辺りに流れていた。
「・・・・・・申し訳ありません・・・・・・」
未だ彼は私の怪我のことに責任を感じているのだ。
彼は何も悪くないのに・・・・。
私は首を横に振った。
「起きてしまったことは……と割り切れないんですよ。最悪の事態にはならなかった。でも、もう少し早く行っていればもっと……いえ遥かに良かったでしょう」
・・・・・・それこそ、覆水盆に帰らず、だ。しかし今の私にそれを言う資格はない。
・・・・・・。
「コルシェローズ様も・・・・・・割り切ろうとなさっていたのでしょう・・・・・・でも」
・・・・・・彼は愛器を燃やそうとしていたのに気付いていたのだ。
「・・・・・・でも、諦めるのは待ってもらえませんか?・・・・・・どうしたらいいのか分かりませんが・・・・・・必ずや・・・・・・」
責任を感じないで欲しい。なぜ男の人はこうまで私のことに責任を感じるのだろう。
ファークスさんもそうだった・・・・・・そう。「吟遊詩人とは」という宿題を出された人。
私が歌歌いとしての自信を無くし、ここにくるきっかけを作ってくれた人。
宿題の答えは出せそうにないです・・・・・・ファークスさん・・・・・・。
「・・・・・・あまり貯えはありませんが、いつか必ず司祭に看せれるくらいに・・・・・・」
なぜそこまで・・・・・・
そこでハイダルはそれまで伏せがちにしていた顔を上げた。
笑みが浮かんでいた。
「私もね、聞いてみたいんですよ。あの『老』をして『銀の絹糸』と言わしめたコルシェローズ様の声を」
その笑顔を見て、私は決心が付いた。
ブーツの踵でベンチの足をコツ、コツコツっと一定のリズムで叩いた。
「?」
彼がその意味に気付くまで同じリズムを繰り返した。
8回目でハイダルの表情が変わった。
それが、狩りの時に離れた仲間同士で交わされる合図だと気が付いたのだ。
本来は笛や太鼓で行われるものである。
狩猟用語しかないけれど、左手の筆談よりはましなはずだ。
「『村に・・・帰る』・・・?」
私は肯いた。
翌日、私は『老』の元を訪れた。テーブルを挟んで差し向かいに座る。
私の横には何故かハイダルがいた。
「『村』・・・と。フェリアーナ・・・お前のいう『村』とはあの男のいた所のことだな」
それは質問でも確認でもなく、断定だった。
私は応えて肯いた。
そしてテーブルの上に置いた左手の指でコツコツと刻む。
「『探す』・・・・・・とな。あの男はもうおらぬぞ」
もちろんである。『老』の言う『あの男』とは、私の良人、フェディアンのことである。
例え彼が天寿を全うしたとしても、人間である彼が生きているはずがない。
それは娘であるレスティアーノにしても同じ事が言えた。
私が探したいのは違う。
歌えないことも、奏でれないことも、まだ割り切ることができない。
今でもそのことを思うだけで涙が込み上げてくる。
『絶望』という二文字は未だ私の心を押さえつけている。
でも、フェディアンと暮らした、レスティアーノが育ったあの場所に行けば何かが見つかるかもしれないという漠然とした想いがあった。
・・・・・・現実逃避と言われるかもしれない。事実、そうなのだろう。
それならばここへ来た事自体がすでに現実逃避だ。・・・・・・逃避にはならなかったけれど。
しばらくして、『老』は諦めたようにため息を吐いた。
「仕方あるまい。お前はもとより『風』の性質。一所には長くおれぬじゃろうて」
『老』は一旦席を外すと、奥の部屋から小箱を持って帰ってきた。
厳重な封の施された簡素な代物である。
「・・・・・・西のトネリコ≠熏。となっては私とおまえだけだ。わたしもここにいる限りいつの命とも知れぬ。・・・・・・そこでじゃ」
『老』は小さい声で呪文を唱えると、封を破った。
「我らに伝わる秘宝を、フェリアーナ、お前に託す」
・・・な、なんですって?
私の表情を見て、『老』は言葉を続けた。
「もしかしたらお前が先に死ぬやも知れぬ。だが、私が持っているよりもお前の方が遥かに役立たせることができるだろう」
小箱から銀色に光る首飾り・・・チョーカーを取り出した。
光の反射を見て、私は気付いた。銀ではない。真なる銀、ミスリルだ!
「これは『精霊環』。お前の精霊との交感能力を補助してくれる。・・・他にも何やら力があるようだが、私は知らぬ」
『老』からチョーカーを受け取ったハイダルが、私の背後に回ってそれを留めた。
ひんやりとした感触に、背筋がぞくっとなる。しかしつけごこちはゆるくもなく、苦しくもなく、ちょうど良かった。
魔法の品だ、と実感できた。
「それとな・・・・・・」
珍しく『老』が言葉を濁した。
「『獣の種』が一粒ある」
『獣の種』!!
私も話には聞いたことがあった。身体の一部を獣と化し、強力な戦闘能力を得ることが出来る魔法の種だ。
私が知る限り、いままでに『腕(かいな)の種』と『蹴爪の種』が使用されている。
『腕』は、戦闘時において強固は爪と、強大な腕力を与えるもので、『蹴爪』は同様に爪と、脚力を与えるものであると聞いている。
「腕の使えぬお前にとっては、ちょうど良いかも知れぬ」
・・・ちょうど良い、で与えられるものではないはず・・・。
「この種は・・・『顎(あぎと)』だ」
・・・いわんと欲するところが分かった。しかし、いままでよく使用されずに残っていたものだ、と思う。
良く考えると、集落滅亡の危機にさえ使われなかったのだ。時間がなかっただけかもしれないけれど。
「お前が欲するならば、与えよう」
ハイダルが何か言いたそうにしていたけど、口を挟むべき場面ではないと心得ていた。
私は少し悩んだ。
しかし結局私は首を縦に振った。
「・・・分かった。では今より術式を行う。フェリアーナ、来なさい」
『老』は私を奥の部屋へと連れていった。
・・・・・・もう一度この扉をくぐる時、私は人ではなくなっているのかもしれないと思いながら・・・・・・。
東の柊≠ゥら私のいう『村』までは馬で行くことになった。もちろんこの状態の私が馬を操れるはずもない。
『老』から警護の任を賜ったとかいうハイダルが私の後ろで手綱を握っていた。
万が一のことも考え、『老』からは痛み止めの妙薬を頂いてきている。
目的地までは、馬で二日といったところだ。
到着を翌日に控え、私とハイダルは目的地の少し手前にある村で宿をとった。
そして、ハイダルが私にとって十分ショックと感じることが出来る事実を聞いてきたのは、彼が階下の酒場で私のためのスープを貰って帰ってきた時だった。
「・・・コルシェローズ様・・・・・・・・・この先の村は・・・・・・もう『ない』そうです・・・・・・」
〜つづく
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