No. 00059
DATE: 1999/01/20 16:09:31
NAME: ユクナック
SUBJECT: 少女は今日も、くじけない。
あたしは、親に学校の成績表を見せる子供のような表情で、ヒム先生の前に座っていた。
北風の強い冬の日の朝。
沈黙の時間が、しばし、シックで落ち着いた雰囲気の、ヒム施療院の書庫にながれる。
「なかなかよろしいですね。これからもこの調子で頼みますよ(^^)。」
ヒム先生の言葉に、「やったぁ♪」と、心の中で、ガッツポーズ。ほっぺたがほころぶのがわかる。
ヒム先生のところで、ムディールの地方語の翻訳のバイトをはじめてから早1ヶ月。最初の冊子の翻訳がうまくいって、2週間前、2冊の本を引き受けたのだ。学院も冬休みで、独り暮らしだから、年越しの用意もそんなにしないし、ひまだと思って、そのときは「10日でやります!」と大見得きった。でも、案の定、だらだらしてるうちにとうに冬休みは終り、学期が始まってしまった。でも、自分から言った期日に、最初の1冊もできてない有り様。こいつぁヤバイ、と、数日徹夜で、死ぬ思いでやったのだ。
「ただ...(^^)」
う、その、逆接の接続詞がコワイ!
そして、かわらずいつも浮かべられているその微笑が、こういうときは、もっと恐い!!
「表現法はとてもよろしいのですが、ちょっと、文法ミスがありますね。」うう、やっぱし。
それからヒム先生は、一個一個丁寧に、下位古代語のグラマーとスペルミスを指摘してくださった。
せんせぇ、バイトに頼むより、自分でやったほうが早いんじゃないですかぁ...。
ああっ、それはケアレス! うう、その単語、解釈間違い! は、そこはちょっとわかんなくてごまかしたの! いやん、それ、しりませんでしたっ。そこをつかないえぇぇ。
大汗をかきつかれ、がっくりとうなだれるあたしに、最後にヒム先生は、やさしく励ましてくださった。
「人の能力というものは限界がありますからね。気にしないでいいですよ(^^)。」
せんせぇ。それ、フォローになってません(涙)。
「あっらぁ〜?オヌシ、ユクナックじゃないか〜!」
ひときわ明るい声が、意気消沈しながら午後の実験に向かうために、学院へととぼとぼ歩くあたしに振り掛けられた。
「ミニストリのおねーさん!」
しなやかな体つきの人が、ニコニコしながらそこに立っていた。
先月、財布をスられて、食費をけずるしかなく、薄いおかゆで何とか毎日しのいでいた。そうすると、居合わせたきままに亭で、初対面のあたしに「成長期の娘がそれではいかん!」と、サンドイッチ奢ってくれた、仁義あふれるオネエサンだ。
「こないだはドウモでした〜♪ ナサニエルさん、みつかりましたぁ?」
ミニストリのオネエサンは、オランに来たばかりの冒険者の人で、仲間の人とはぐれてしまってたらしい。
「オウヨ、とっくに見つかったよ。それよりオヌシ、ほっぺた荒れてるぞ。ちゃんと野菜くっとるか?」
「いやー、それがちょっといそがしくてー(^^;)。徹夜続きだったんですよねー。」
「いかんなぁ、それは。昼飯はまだだろう? よし、サラダ食おう、サラダ。フルーツポンチのうまい店がある!」
そういって、すたすた歩いていくミニストリのオネエサンの後ろをついていく。腰が高くて、そこからすらりと、革のパンツに包まれた足が伸びて。いいなぁ、スタイル良くって。
それから、お昼を食べながら、お肌の手入れの方法とか、ミニストリネエサンお得意レシピとか、なんかいろいろ教えてもらっちゃった。
あんまり楽しくって、つい午後に実験控えてるってコトを忘れて、しゃべり込んでしまった。
ミニストリさんと別れてから、唐突に思い出した。
そうだ、いいかげん図書館に借りた本返さなきゃ、ペナルティの罰金がついちゃう。確か、あしたからだ! 実験終わるの何時になるかわからないし、図書館閉まっちゃったら困る。今、返さなきゃ。
急いで下宿先に本を取りに戻り、図書館に向かう。
係員室の奥に見えるのは...はっ、レスダルさんっ! やばい。ずいぶん前に、きままに亭で出会ったときに、すぐに本返します、って言ってたのに、返すのが今日になったの、ばれる!
ああぅ、どうしてあたしってこう、いつもギリギリにならないとやらなきゃいけないことしないんだろう...。自分が情けない。
でもレスダルさんは、そんなこと覚えてなくて、つかれたお顔で、とても忙しそうにしていた。
他の司書さんが、レスダルさんの家で火事があったと教えてくれた。
「あの、大変でしたね...。」
他にかける言葉が見つからなくて、あたりきなことしか言えない自分が情けない。
「まあね。あなたも、空気が乾燥しているから、火の元には気をつけてね。」
かえって、あたしのことに気遣われてしまった。
たしか、息子さんがいらっしゃるっていってたっけ。それなのに、図書館には無くてはならない存在として、いつも、ばりばり仕事している。働く知的なお母さん、って感じで、すごい人だなぁ。
そして、本を返して去ろうとするあたしに。
「次ぎからはちゃんと、期限内にね。」
ぐっはぁ。しっかりと覚えられていた。
「あいたたた、娘さんや、ちょっとこの、哀れな老人に手を貸してくだされい!」
図書館からでて、中庭を通って急いで実験室に向かうあたしの前に、おじいさんがうづくまっていた。
この症状は、ぎっくり腰! あたしの故郷のじいちゃんも、よくなってたなぁ...と思いながら、そのおじいちゃんに、肩を貸す。
「おうおう、やさしい娘さんじゃて・・・。このような老いぼれを、助けていただけるとはのう・・・」
「困ったときは、お互い様ですよ〜(^^)。」
といいながら、はしっこのベンチに連れていって、腰をもんであげる。
「おうおう、そこじゃ、そこ。くぅ〜、こうもかわゆい嬢ちゃんに、まっさーじ、してもらえるとは、何たる至福。この老人、残り少なき、生涯の思い出となろうぞ〜♪」
とてもうれしそう。こんなに喜んでもらえたら、あたし自身がが嬉しくなっちゃうな〜。
って、いっけない。もう実験はじまってる! 時間せいてるの忘れてた。
そういって、おじいちゃんに、一人で大丈夫か尋ねる。
すると、おじいちゃんは、ぴょんこ、とたちあがって、
「ひょひょひょ〜。やさしい嬢ちゃん、礼を言うぞい〜。わしはロスタムじゃ。今後よろしくのぅ〜♪」
といって、神速とも言える、見事な足さばきで、去っていった。
...なんだったんだろう。ぎっくり腰はいいのかな。
なんかお尻になにか当たったような気がしたけど、気のせいだろう。
ああっ、もう、完全に実験、遅刻だ!
急いでばたばた走っていって、実験室の扉を開く。案の定、みんな既に着席していて、実験前の書注意が行なわれていた。
「そこのプリントとレポート見本を取って、さっさと席につくように。」
担当教官の不機嫌そうな目が、きらりと光った。
あー、はずかしい、と思いながら、自分の班の席に向かう。するとふいに、壁側にたっているTA(ティーチング・アシスタント。実験指導助手のこと)の一人と目が合った。
シ、シシリー先輩ッッ!!
どっひゃ〜っ!!なんでいるのッ!!
は、そう言えばこれは、付与魔術講座入門編。シシリーさん専門だっておっしゃってたっけ!
ああっ、クスクス笑ってるぅ! お願い、あたしをみないでっ!(泣)
そうこうしているうちに、説明は容赦無く進む。
ふと、手もとのお手本レポートを見ると、名前がセシーリカ、となっている。セシーリカって、あのセシーリカさん!? きままに亭で、レポート教えてもらった人だ〜。うん、理論整然とした書き方は、確かに見本にふさわしい。確かマーファの司祭さんもやってるっていってたっけ。あんまり年、変わらなさそうだったのに。すごいヒトだ。
うーん、付与魔術。魔術と名前がつくものは、かなり苦手なんだけどなぁ...。理論はともかく、この振り付け、どうやって覚えろってゆーのよ。とにかくでも、やってみるしかない。シシリーさん見てるんだもんねっ。はりきんなきゃ。
実験理論の項目を読む。
「これを書いた人は偉大なきみたちの先輩であるが、なんというか、表現がとても独特なので理解に判断を要する。注釈をよく聞くように。」
どうも言葉を選んだ、実験主任の説明だ。理論の署名...ろ、ろすた...。。うーん、さっきのおじいちゃんも、そういう名前だったような。魔法使いには、よくある名前なのかなぁ。
「ねぇねぇ、あのTA、ちょっといい感じじゃない?」
「うん、背、高いしね〜。あたし達の班にこないかな〜。」
隣の班の女の子達が、ひそひそしゃべっている。シシリーさんのこといってるんだ。たしかに、野暮ったい顔のひとや、塔にこもりっきりで半年お日様浴びてません、って風体のが多い中、戦士にしても遜色の無い長身に、端正なお顔のシシリーさんは、一際目立っている。
へへー。あたしこのまえ、あのシシリーさんと、お昼一緒に食べたんだぞー♪と心の中でほくそえんだりして。
って、思い出した。たしか、シシリーさん、こないだなんか落ち込んでたんだ。それで、あたしから、お昼ご飯一緒に食べましょう、っていったとき、自分から誘ったにもかかわらず、お財布忘れちゃって、結局奢ってもらったんだ。
ああーーっ、恥〜っ!うう、顔合わせらんないよー!あたしの班にこないでー(笑)
とおもってたら、あたし達の班についたTAは、エラの張ったお顔の、無表情な恐そうなオバサンだった。
ひえぇ〜。予習してないのに〜。
なんとかマニュアル急いで目をとおして、実験器具を用意する。上半身ほどもある巨大なビュレットに液体を入れて、金属板を机の上に並べる。もともと魔力が付与されているミスリルと、ふつうの銀や銅との違いを、知るための実験なのだ。ここに、マナの力を加えると、ミスリルは光るけど、銀に変化は無い。他に、水や蒸気、熱や光、圧力を加えてみて、どう変わるか、というのを観察し、レポートする。実験自体は簡単なんだけど、どうしてその現象がおこるのか、魔力との相互作用の原因はなんなのか、そういうことを考察するには、莫大な知識が必要になる。考察の参考にするため、発光の様子や色、温度変化など、注意深く観察し、データを取らなければけならない。なかなか甘く見てはいけないのだ。
TAから、ミスリルはとっても貴重なので、破損したりもってかえったりしない様に、注釈がくる。
そんなことしないわよ、と、マニュアル片手に実験開始。
同じ班の男の子が、うまくマナをつかって、ミスリルを発光させた。
今度はあたしの番、と、ビュレットにためておいた蒸気をそっと流出させる。「やあ、やってるね。」
後ろから声をかけられた。
シシリーさんっ♪
と思って振り向いた瞬間...
ガッチャーン!!
とっても背の高いビュレットが、あたしの腕が当たったことによりバランスを崩し、重力の作用に負けて、床とごっちんこした。
薄いガラスでできていたそれは、みごとに、固い床に当たって砕け散った。
実験室中の注目が、あたしに集まる。
ぐあああぁ〜っ、恥ずかしいぃぃ〜っ!!
羞恥に顔が、赤面していくのが分かる。
ちなみに声をかけたのは、まったくの別人だった。
「すいませんっ。いま、かたづけますっ」
急いでちりとりとホウキを用意し、水を拭き取る。
あああ、高そうな器具なのにっ! 弁償しろ、なんて言われたらドウシヨウ!また今月、薄いおかゆで過ごさなきゃならないのかっ!
幸い、金払え、とはいわれなかった。しかし、その後は後始末に追われ、実験どころではなかった。そして、自分担当の班から、失敗者を出した担当TAの言葉はつらかった。
「君、今日の実験の単位、いらないね?」
.........(T_T)
ふ、負けないわ。これが終わったら、大好きな錬金術講座。
そう、魔術になんて手を出すからいけないのよ。
あたしは、アルケミスト。魔術なんて、一部の才能のある人しか使えない難解なものより、もっと一般の人が、生活が便利になる、簡単に手に入れられるモノの開発を目指すのよ。
はっ、でも、これの単位取れないと、奨学金止められちゃう!
うう、やっぱやるしかないかぁ...。補充実験、たのまなきゃあ...。
ふと、壁側を見ると、背の高いあのヒトが、こちらをじっと伺っている。
あああっ、シシリー先輩の白い目が、イタイっっ!!!
あたしを、みないでぇぇ〜(号泣)。
冬の風は、今日も、冷たかった。
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