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No. 00070
DATE: 1999/01/26 07:07:26
NAME: ラザラス
SUBJECT: パティオ孤児院の企み
孤児院では。
「カインが裏切ったよ」
アドルはダークプリーストである指導者シェンにそう報告した。
彼はカインの動向を正確に捉えていた。
アドルはシェンが好きであった。手厳しい訓練は辛くあったが、暖かみを感じていたから。そしてなんでも自由にやらせてくれた。力を身につけていくと自分のことのように喜んでくれた。
「自由なことは素晴らしい。本来人間はもっと自由に生きていける」
そんな言葉が口癖だった。この後に決まって出てくる台詞もあった。
「だが忘れるな、世の中は不自由で満ち満ちている。この中で自由を謳歌させるには周りを利用しなければいけない。悟られずにね」
そうして彼が今まで身につけてきた生き方を伝えていった。
「最後に自由を掴むのは私たちだ」
シェンは力強くそうアドルの肩を叩いた。アドルはその大きな手に触れられることがなにより嬉しかった。
「今、ユンたちがフォーマを討ちに行った」
「兄貴たち、いよいよやるんだね。この孤児院をなくさせると考えるから身を滅ぼすんだよ」
アドルは無邪気に笑う。
孤児院はその役目を担ってから20年経過してい。5年前(その前の2年間は逃亡生活)からシェンが加わりファラリスの教えが加わることになる。その間に孤児院から巣立ったスパイの中にはシェンの思い通りに動かせる人材が何人か居た。それがユンと呼ばれた暗殺者たちであった。
「カインは連れ戻すか、始末しなければならないな」
「やっぱり、カインの元に集まる6人はファラリスの声は聞こえてないんだろうね」
孤児18人のうちアドル派が11人、カインを含む7人は挙動が統一されていなかった。そのため、カインがあの場でエルフと接触していて何をしていたかなど予測は容易だったのだ。
「聞こえない奴らは、それなりに使い道はある。ファラリスの教えのすばらしさが判らないとは可哀想だが、仕方あるまい」
シェンはアドルに始末を命じた。
表に待たせていたリンとボランティアのおばさんと共にアドルはきままに亭へと向かった。その後をつけるように小さな影が動く。
「必ずや、この国を転覆させてやる」
シェンは拳を振るわせ、7年前の事件を思い出していた。
孤児たちを集めるのは容易で、寝る場所の提供だけで自然に子供たちの方から集まってきた。最初は統率もなにもない無秩序な状態だったが、すぐにガキ大将ができ、上下関係がはっきりする。そこへシェンたちはファラリスの教えを説く。
ガキ大将にとってはまこと都合のいい信仰であった。
シェンたちはファラリス神の存在を感じてもらうように、特に5歳以下の幼児に力を注いだ。2、3年もするとファラリスの御声を聞いた力弱き者が、神の力を授かりガキ大将の地位を覆してしまった。
失墜したガキ大将に、シェンたちは「臆病になってはいけない。キミにもファラリスの力を授かる資格はあるのだ」と説き。心の内に眠る欲求を刺激させた。
その結果、この孤児院は市民が近づけないほど危険な場所になり、荒んだ目をした子供たちで溢れかえった。
このとき、シェンたちは世の中を甘く見すぎていた。自分たちの行いは明るみになり、衛兵たちが大群で押し寄せ、ファラリスの子供の砦は崩壊することになる。
「復讐してやる」
シェンは過去の過ちを反省し、盲目的に信仰に明け暮れていた日々から抜け出し、どうすればよいかを考えた。その結果、純粋に自由に突き進むことだけがファラリスの教えを守ることではないと考えるようになったのだ。
ファラリスが唯一の絶対神でないことを受け入れることができたとき、道は開けた。行動より、心の中での信仰を重んじるようになる。自分の行いは建前であり、本心ではない。いずれ、立場を逆転させることを誓い、彼は生きた。
そしてシーフギルドに入り、めざましい活躍の元にのし上がり、国の諜報機関のスパイ育成を担う幹部の座を手に入れるに到った。
きままに亭
「カインは?」
トナティウはアドルの返答に困ることになる。エルフが人を呼んできてほしいと頼んでおきながら、本人たちが姿をくらませている理由を説明できないからだ。
「おれが、トイレに行っている間に消えちまってよー。なんだエルフの奴、何を企んでいやがるんだ!」
トナティウの言葉は真相を知っていますと肯定していると同じであった。よほど嘘をつけない体質らしい。
「そうなの。じゃ、もし会ったらこれを渡して。あいつ(カイン)見かけより体良くないんだよ」
トナティウの言動に反応せず、そう言っておばさんから薬を渡させた。
「ああ、会ったら渡しておくよ」
きままに亭から出たアドルはリンたちと別れ、裏路地に入る。
つけてきた影と合流を果たし、その者に指示を与える。
つけてきた影もまた子供たちで、アドルの部下たちであった。
「カインの居所をつきとめろ」
しかし、エルフは捜索されていることを知ってか、三度場所を変えて潜伏していたため、彼らに見つかることはなかった。
孤児院
「ユン兄が殺られた!?」
アドルはシェンからフォーマ卿暗殺で三人殺されたことを聞かされた。
シェンからきままに亭によく集まる冒険者の仕業だと説明され、似顔絵を描いた羊皮紙を見せられる。
「こいつらなら知っているよ」
羊皮紙を宙に放り、ナイフを投げつける。壁に突き刺された顔はリードのものであった。
きままに亭
暗殺者をくい止めきれなかったレイシャルム、リード、ユーシスの三人が暗い面もちで戻ってきた。
トナティウからエルフの情報を聞かされ、驚く三人であった。
「国王にも知られていないスパイ要員育成機関だったとは……」
リードは自分の迂闊さを悔いた。全てが判るとフォーマ卿を殺されたのはあまりに大きな痛手であった。子供にとってはフォーマは味方であったのだ。
そして新たな危険性についても気がつくことになる。
ファラリスの関与は予測ついていた。しかし子供たちに与える影響は後からどうにも変えられるものと判断していたからでこそあった。孤児院の取り壊しが中止されてはそれもない。しかも、国の諜報機関となれば、裏切りを企てたファラリス信者の指令でオラン国王の暗殺も可能だと気がつき、リードは唇を噛みしめた。
隠れ家
1の月22の日
明け方、エルフはカインが苦しんでいる声で目が覚める。カインが予測したとおり、体調不良を起こしたのだ。
何かある。とは考えられるものの、手のうちようがない。動けば見つかる可能性は高い……だが、考えている間はなさそうだ。
エルフはカインを抱え、きままに亭へと戻る。
きままに亭
カインはすぐさま、介抱された。トナティウが急げとばかり薬を飲ませようとしてエルフに止められる。説明を聞いたエルフが「馬鹿か」と怒鳴る。
「それが薬だという保証がどこにある!」
「おれは、アドルを信じる! たとえファラリスを信じていてもあいつはそんな奴じゃない」
トナティウとエルフのやりとりが続く。
「なら、それを舐めてみろよ!」
「ああ、舐めてやるさ」
トナティウは粉になっていた薬を指につけ、口に入れた。
「ふん、なんともないぜっ」
そう言い切った後、喉が焼け付くように痛み立っていられなくなる。
体が危険信号を発し、おう吐をさせるように胃に命令を下す。
涙と唾液と胃液を床に垂らし、もだえ苦しむ。
「言ったことか」
摂取した量が少ないため、効果が発揮することはないだろうが毒を喰らって平気であるはずはない。
エルフは一つの推論を立てる。
カインが苦しんでいるのも、毒のせいだろう。孤児たちの脱走を阻止するために毎日、遅効性の毒と解毒を飲ませられている。孤児院に戻れば食事か何かに混ぜられた解毒薬で一日か二日の自由をもらうのだ。
「ファラリスの奴が考えそうなことだ」
エルフは急いで解毒ができる司祭を呼びに行った。
<つづく>
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