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No. 00074
DATE: 1999/01/28 07:56:14
NAME: ラザラス
SUBJECT: パティオ孤児院の最後
ヨークシャル邸(フォーマの叔父)
「なぜ、フォーマが暗殺されねばならん。あいつを殺した奴は誰だっ!」
ヨークシャルは、やり場のない怒りを家具や使用人にぶつける。
なだめ静めようと使用人が声をかけるが効果はない。
「ラザラスを呼べぇ」
フォーマが手がけていた孤児院解体の話に、反対派がいると知って、叔父であるヨークシャルはその仕事を引き受けた。とはいってもラザラスという司祭に一任しただけであるが。おそらく殺害されたのは孤児院がらみと踏んだヨークシャルは、ラザラスに責任があると決めつけ呼び出すことに。
ラザラスはヨークシャルの罵倒の言葉をじっと聞くばかりであった。
もともとラザラスの仕事はフォーマの行う孤児院解体作業の正当性を示し、反対派を押さえ、音便に作業が進行するように計らうものであった。
反対派である冒険者たちは孤児の行き場を心配しており、解体されたとしても孤児たちの行き場が確保されていれば問題ないと判る。本来ならば各神殿の孤児施設が引き受けるべき問題であったが、パティオ孤児院がファラリスのものである噂のため収容を拒否した。孤児院がファラリスの関与がないと証されれば、各神殿も対応を改めると考えたラザラスは、冒険者たちに協力を要請、調査に入る。これで孤児院が白とでれば全ては丸く収まる予定であった。いや、ラザラスは黒と出ると予想はしていた。だが、国やシーフギルドが関与していることまで予想できなかったのだ。会合でその事実を知ったとき、対処していればこのような結果は招かなかった筈である。あのとき、肝心のファラリス関与の事実だけが明白にされなかった。それが対応を遅らせた原因である。
ラザラスは謝罪とともにことの真相を明らかにし、犯人を捕まえると約束をした。
調査前からファラリスの関与はあると踏んでいた。しかし、7年前に逃げ延びた信者は以前とは違っていた。簡単な調査でシッポを掴ませるようなことはしなかったのだ。
「浅はかだったな」
自分の考えの甘さを悔い、ラザラスは孤児院の実態調査に向けて本腰を入れた。
しかし、ラザラスの調査が進むより先に、事態は急転しつつあった。
きままに亭
「これで大丈夫です」
ユーシスの解毒の奇跡によって、カインは助かった。
エルフが戻ってきたこともあり、孤児院に関係していたものが呼び集められる。シャウエルの姿もその中にあった。
暗殺現場に居合わせながら何もしなかったシャウエルに対し、誰も何も言わなかったが、それが逆にシャウエルには堪えた。そのシャウエルの話でフォーマのやらんとしていたことがようやく判る。
「まいったな……」
フォーマの動機とファラリスの関与が明らかにされてから、口を開くものはいなかった。その沈黙をうち破ったのがレイシャルムであった。
「これで子供たちが各神殿に引き取ってもらえる可能性はなくなってしまった。かといって、今のまま放っておくのも……」
なんの事情も知らず、ただフォーマの死を聞かされたのであれば、解体もなくなり、いままでどおりで済んだだろう。
「こんな話になるなんて」
ユーシスは、子供の安全な生活だけを考え動いてきただけに、現在の状況に対処し切れずにいた。
「あーもー、ごちゃごちゃ考えてもはじまらねぇ。そのファラリス信者を倒せばいいんじゃねぇのか? 俺は行くからな」
息巻いて出ていくのはトナティウであった。それを追いかけるように皆が動く。二人を残して。
「俺も行くとするかな」
エルフが出かける準備とばかりに、武具の確認をする。
「なんであんた、そんなに頑張るんだ?」
シャウエルが不思議そうに聞く。
「二日分の報酬としちゃ1000ガメルは貰いすぎなんでね。報酬分の仕事はしないと……。というのは建前だがな。こいつ(カイン)の依頼を完遂しないと次の仕事にありつけねぇように思えてよ……。じゃぁ、カインのこと頼んだぜ。逃げるときは一緒に連れていってやってくれ」
そういって笑うとエルフは出かけた。
一人残ったシャウエルはカインの顔みてうつむいた。
それから半刻も経たず異変が起きた。窓と扉から人が雪崩れ込んできたのだ。
驚いて立ち上がるシャウエルと寝ているカインに短剣が突き立てられる。
しかし、踏み込んできた暗殺者はシャウエルの体をすり抜け、またカインの体もすり抜けベッドの羽毛が宙に舞った。
「まさか、子供だとはなぁ」
窓から死角になる位置で口を開いたのはシャウエルだった。襲撃を予想してイリュージョンの魔法をかけていたのだ。
「ファラリスなんかより、この悪の統帥シャウエル様の部下になるなら許してやってやるぞ……」
孤児院の子供は毒の塗られた短剣で、高らかに笑うシャウエルに向かっていった。
決着はすぐについた。
剣術の覚えもあったシャウエルは短剣をかわし、一撃の下で気絶させていく。所詮は子供、奇襲ならともかく正面切っての争いではとうてい敵うものではない。
床に倒れる三人の子供を見て、
「我が野望に一歩近づいたぞ……」
と言って、この子供たちを自分の配下に加える気のようだ。
孤児院
「あいつらが来たぞ」
「そうか、なら誘い込むだけだ。みんな準備はいいか。これは兄たちの弔い戦だ」
アドルの声にシェルが号令をかける。
孤児たち以外にも大人が4人混じっていた。1人はフォーマを暗殺した者。残る3人はファラリスのローブを纏っている。シェルの同胞であろう。
「なんだよ、これ」
トナティウは、孤児院の状態を見て愕然とする。窓という窓が板で打ち付けられ、進入できないようになっている。
「これはあいつ(エルフ)の手を借りた方が良さそうですね」
リードがただならぬ雰囲気を感じ取り、そう口にする。
「あいつ〜、おいアドルっ! 居るんだろ! 返事しろ」
トナティウは、お構いなしとばかり正面から入り口に向けて歩き出した。
「おい、待てっ!」
レイシャルムが止めようとした瞬間、なにか弾ける音がした。
「うわっ!」
見るとトナティウの腕に弓矢が刺さっていた。
「なんだよこれ、どうしてなんだ……」
「アドルっ! おまえはこんなことをする子じゃないだろっ!」
トナティウが叫ぶ。
しかし、孤児院からの反応はない。
「それなら……」
ユーシスが回復魔法をかけようとするのを振り払い、トナティウは入り口の扉に向かって歩き出した。
地面に仕掛けを踏んで、矢や石が飛んでくる。だがそれは当たらぬまま脇をすり抜ける。機敏のものならば逆に動いてしまい、当たるという仕組みのトラップである。が、今の彼には関係がなかった。
レイシャルム、リード、ユーシスもそれに続いた。
「アドル!」
扉を無造作に開け放つ。弓の音とともに矢が何本も飛んでくる。
リードがとっさにトナティウの腕を引き、数本をかわしたが、足に二本の矢が刺さる。
「死にたいのかっ!」
「だってよぉ〜、なんでこんなことしなきゃいけないんだ〜」
リードの言葉にトナティウは半泣きの状態で訴えかけてきた。
「それは今から確かめれば済むことだ。アドルの仕業でないかもしれないぞ」
「そうだな、あいつとは限らない。ファラリスの悪い奴らがやらせたにすぎないんだ」
「リンーっ!」
4人が孤児院の前で、動けないでいるとレスダルが現れた。
どうやら、彼女の息子も孤児院の中に立てこもっているらしい。
レスダルが大声で呼びかけ、説得する。
だが、母親が来てしまったことでリンは余計に意固地になるだけであった。彼らの年代にとって大人の一言はいつも余計なだけなのだ。自分で判断できる。目の前にいる冒険者はアドルの兄たちを殺した悪い奴らなんだと繰り返し言い聞かせていた。
「トナティウは帰れ、あんたは関係ない」
アドルが叫ぶ。要があるのは3人だと、リード、レイシャルム、ユーシスを名指しする。殺人者呼ばわりされた3人は身の覚えのないことに動揺し、子供たちの冷たい視線に戸惑うばかりであった。
「もしや、昨晩の……」
しばらくしてからユーシスが暗殺者のことではないかと気がつき、人殺しであることには違いがなかったことが判る。
トナティウやユーシスが呼びかけ、説明、説得を試みるが何を言っても聞いてもらえるようではなかった。
「元はと言えば、あんたらが助けてくれないから自分たちで動いたまでじゃないか。俺たちの行き場所ばかり探して、俺たちみんなで住める場所はここしかないのに」
子供たちは現実しか見ていない。リードたちがどれだけ動いていたかは知らないのだ。結果を示さなければ彼らを納得させることはできない。
「いい加減におしっ!」
レスダルが叫ぶと、詠唱に入り呪文を完成させる。
眠りの雲が孤児院内に大きく広がり、反抗気運で満ちていた通路がシンと静まり返る。「今だ!」
リードの合図でみんなが突入する。
その突入を待っていたとばかり、建物に入ってきたリードの頭上から暗殺者が襲いかかった。
4人が突入したところで扉が閉められ、レスダルの視野を奪う。魔術師から対象を隠せば呪文など怖くはないのだ。
孤立した4人に、ファラリス信者が襲う。
室内の近接戦で、思うように剣が振り回せず、みなダガーに持ち替える。トナティウは拳で応戦していた。
「こんなに数がいるとはっ」
猛攻を受け流しながらレイシャルムは死のイメージが浮かんでいた。
「まだ、負けた訳じゃない。子供たちを救うんだ」
自分のくだらないイメージを振り払いファラリス信者の一人を葬る。
そのとき、入り口の扉が開き、レスダルが現れる。
「バラライズ」
アン・ロックの呪文で扉を開けてきたのである。彼女の呪文は二人のファラリス信者の自由を奪うことができた。
形勢は逆転し、暗殺者は子供たちの方へと下がる。
子供たちは眠りから覚め、再び対峙することになる。シェルの姿はそこにはない。
「お前たちは、騙されているんだぞ。いくらあいつ(シェル)のことを信じてもあいつはお前たちを信用していない。その証拠に夕食を抜くと必ず気分が悪くなるだろう。それは夕食に解毒剤と別の毒が入っているからだ。ここから逃げ出さないようにするため、毒で縛り付けているんだ。それでも奴を信じると言うのか?」
リードの言葉は、子供たちに深い衝撃を与えた。
「リン、いつまでそうしている気なの。本気で彼らが殺人者と思っているの?」
レスダルが再度息子に呼びかける。
「リン、行けよ」
アドルが促す。
「みんなで釣りに出かけるんじゃなかったのか?」
かたくなに拒むアドルの姿を見てトナティウが叫ぶ。
戸惑うリンは、アドルと母の姿を見比べる。
「ごめん、母さん!」
「いいのか、リン」
「俺たち親友だろ」
「……無理しやがって」
アドルは動揺していた。騙されていたとは考えてもいなかったからだ。しかし、それを認めては今までの自分が情けなさ過ぎで、受け入れることができなかった。そして彼は暗殺者である孤児院出の兄に最後の守りを頼む。
「逃げるぞ」
後退しようとしたとき、孤児院の異変に気がつく。
「火だ」
「燃えている……、逃げられないよ」
逃げるべき通路は煙が立ちこめ、火が押し寄せてきていた。
下水道
「あった、やはりな」
エルフは単身、下水道から孤児院を目指していた。ギルドの訓練を受けるなら、地下に張り巡らせたこの場所を使わない手はない。
孤児院に潜入に成功する。遠くで争いの声が聞こえる。
「やっているな。まぁ、あっちはあっちに任せて、こちらのやるべき事をなさねばな」
エルフは台所から各部屋を一つずつ調べていく。
「見つけた」
彼の視線の先には6人の子供が猿ぐつわをさせられ縛られていた。カイン側につく子供たちだ。正確にはカインがファラリスの教えから守った子供たちである。
紐をほどき、自分の来たところから逃げるように指示し、行かせる。
「勝手なことをされては困るな」
その言葉と共に肩口に痛みが走る。短剣が突き刺さっている。
「親玉の登場かい。表の方は行かなくて大丈夫なのか?」
見つかることは予想していた。ただ、それが親玉だとは思わなかったが。
「ふ、あんたギルド内でかなり立場がよくないだろ」
二人は対峙し、スキを見ては攻撃をしかけていた。
「その地位を手に入れるまで、ずいぶん手荒なことをしたんだって? ようやくそのつけが回ってきたみたいだな」
「本来なら、オレみたいな奴がここまで侵入することなんてできやしないはずなんだがな」
「ほざけ!」
エルフは相手の動揺を誘うしか手がなかった。力量は相手の方が上であることは、前の争いで承知している。
「口が軽いのはこの道には向かんな。引導をくれてやろう」
そう言うと、たたみかけるように連続の攻撃がエルフを襲った。
「くっ……」
足や腹が火傷のような痛みが走る。
相手の息継ぎの間を狙って反撃を試みようとしたが、その瞬間にフォースを受けて吹き飛ばされる。壁に激突して、意識を失いかける。
「相応なことをしていればよかったものの」
近づいてくるシェルのバランスが突如崩れる。
「お兄ちゃん!」
その呼びかけで、意識が戻り状況を確認する。逃がしたはずの子供たちが戻って来、援護してくれたのである。シェルの足にはボーラーが巻き付き、足の自由を奪っていた。
「ふ、ざまぁねぇな」
エルフは子供たちに助けられ、その部屋から逃げ出した。出るときにちゃんと元通りに鍵を閉めておく。
「あっちに、おばあちゃんが居るの」
子供たちはシルク婆さんを心配して戻ってきたのだった。隣の部屋に捕らわれていると聞いて、エルフは「任せろ」と応えた。
しかし、隣の部屋には、全身を切り刻まれた老婆が倒れていた。
子供たちに見せないようにしたが、事態が飲み込めたらしく、泣き出してしまった。それをなだめながら来た道を戻る。
「どうやら、本当に壊さなきゃいけないようだな」
シェルを閉じこめた扉がガンガン叩かれている。壊されるのも時間の問題だろう。 エルフは持ってきた水筒を背負い、子供たちが下水道に入ったのを確認してから再び孤児院の中へ戻っていった。
「まだ、居たとはな」
再びシェルと対峙することになったエルフは、余裕の笑みで答える。
「ああ、なんだかとても懐かしかったんでね」
「ふん、そんな感傷に浸ったことを後悔させてくれる」
向かってくるシェルに、エルフはコマンドワードを唱える。取り出したカードがその言葉に反応し燃え上がる。
「何! ティンダーの呪文!?」
そこでシェルは油をまかれていたことにはじめて気がついた。
足下からせり上がる炎を避けようととしたが、油に足が取られ転倒してしまう。体中に油が付着し、それに引火する。
聞き苦しい声がエルフの耳をつんざいたが、それを意ともせず炎を避けながら下水道の入り口まで戻る。
「アドル、だめだよ、逃げられないよ」
炎が迫ってくる中、子供たちは右往左往するだけであった。
一人残った暗殺者も倒され、子供たちは行き場を失う。
そこへ炎の中から火だるまになったシェルが現れた。
子供たちは悲鳴を上げて、逃げまどう。
「ライトニング」
落雷とばかりの音が轟き、火だるまになるシェルの胸を貫く。
「今、神の鉄槌で、悪人は滅んだわ。あなたたちは騙されていただけ。何も怖くはないわ、いらっしゃい」
レスダルはそう高らかに叫ぶと、子供たちを受け入れるように腕を開いた。
それを見た年少の者が泣き出しながら、レスダルの胸に飛び込んでいった。
アドルはそれを見て、自分たちが負けたことを知った。
エピローグ
ラザラスが駆けつけたときには全てが終わっており、捕らえられたファラリス信者を引き取ることぐらいしか残っていなかった。それでも生け捕りした者がいたのは幸いで、ヨークシャル卿の罵声をかわせるとラザラスは安堵した。
助け出された子供たちは、全員各神殿の施設へと引き取られることが決まった。
ラザラスの申し出で、カインをはじめとする7人はラーダ神殿で預かることになる。アドルたちはファリス神殿から強い要望で引き取りを申し出てきたが、マーファがこれを押さえ引き取ることに。
どちらも受け入れを拒否していたことが司教に知られてしまったため、手のひら返してきたのであった。
リンはレスダルの往復ビンタをもらった後、またも母親に抱きつかれることになる。その母の目に涙を見て、いかに心配させていたのかを実感し、反省することに。
結局、諜報機関のスパイ育成機関というのは闇に葬られ、国もシーフギルドもなにも動くことはなかった。
ヨークシャルも報告を受けた後、ことの重大さを認識し、フォーマが明るみになることを避けようとしたことの意を受け入れ、公表することはしなかった。
この事件により、エルフの名が一部で広まったことは本人も知らぬことである。
<おわり>
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