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No. 00075
DATE: 1999/01/30 11:03:33
NAME: フェザー
SUBJECT: マヌケな誘拐犯
がっしゃぁぁぁんっ!!
轟音と怒号に、フェザーは首をすくめた。
安っぽい酒場の、奥にある広いテーブルがひっくり返り、何人かの男が乱闘を始めている。少し離れたところに は、白い肩をむき出しにした踊り子が、甲高い悲鳴をあげながら立ちすくんでいる。
が、どうもその横顔が「酔っている」ように見えてしょうがない。
野次馬が乱闘を取り囲む中、フェザーはエールの残ったジョッキを持って、カウンターに近付いた。
「まぁた始まったよ」
やぶにらみのバーテンが、グラスを拭きながら苦笑した。
「また?」
「三日に一回はやってくれるのさ、おかげですっかりこの店の名物だ」
フェザーは軽く頭を下げて、飛んできたフォークを避けた。フォークは横の壁に、かつんと固い音を立てて刺さった。
「警備兵呼ばんで、ええんか?」
「来ねぇよ」
「なんでや?」
今度は椅子が飛んできた。フェザーはさっさとカウンターを飛び越えて避難する。バーテンも、すぐにその横に座り込んだ。頭の上で、皿が壁に叩き付けられて砕ける音がした。
「あいつら、貴族だからな」
悲鳴と怒号は、まだまだ終わりそうにない。
バーテンは床に転がったワインの瓶を回収し、栓を抜いてラッパ飲みした。
「お貴族様がこないな汚い店に来るんは、やっぱあの姉ちゃんが理由か?」
「汚くて悪かったな。ああ、あのシェリーって踊り子目当てでな」
誰かがカウンターに叩き付けられたらしい。「ぐえっ」という悲鳴と、衝撃が背中に伝わった。
「オーガスタ伯爵のところのドラ息子と、キリング男爵のところのバカ息子が、恋の鞘当てを繰り広げてる、とそういう訳よ」
フェザーはため息をついた。バーテンに銀貨を数枚渡すと、そ〜っとカウンターの陰から這い出して、乱闘の続く店を抜け出した。
その数時間後。
夜遊びにも飽きて、そろそろ宿に引き返そうとした時、路地裏からヒソヒソ声が聞こえた。
「殺す」
物騒な単語に、一気に背筋が伸びた。ひらっと脇の民家の桟に飛び乗り、弾みをつけて一気に屋根の上に駆け上がる。足音も無く屋根の上を忍び歩き、声に近付いた。
「オーガスタのドラ息子……俺の親父より、自分の親父の方が少しばっかり地位が高いからって……」
どうやら声の主は、キリング男爵の息子らしい。そのまわりには、取り巻きと思しき連中がいる。
「なあ、こういうのはどうだ?」
「何だ?」
「ドラ息子を誘拐しちまうのさ」
フェザーは屋根の上に腹ばいになって、じっと聞き耳を立てていた。連中、何やらよくない事を企んでいるらしい。どうも取り巻きは貴族とは何の関係も無い、チンピラばかりのようだ。
「誘拐して、殺しちまおうぜ」
「ついでに、身の代金もいただこう」
陰湿な笑い声が、暗がりから湧き出すように響いてくる。そのまま男爵の息子と取り巻き達は、計画を練り始めた。
フェザーは思わず笑みを浮かべた。計画を聞きながら、苦笑が止まらない。素人は怖い。
一行が去ってから、フェザーは体を起こし、強ばった体を軽くもんでほぐした。
さて、どうするか?
オーガスタ伯爵は、出来の悪い一人息子を溺愛しているらしい。
息子が誘拐されて、殺される所を助け出した人間に、礼金をいくら払うだろうか?
……ちょうど路銀も心もとないことだし。
小さなくしゃみを一つして、フェザーは屋根から飛び降りた。
とりあえず、人手が必要だ。
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