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No. 00078
DATE: 1999/02/03 10:24:35
NAME: ルルゥ
SUBJECT: 吾輩は鏡である
吾輩は鏡である。
鏡と言っても、ただの鏡とは訳が違う。吾輩は魔法の鏡である。
より正確に言えば、「鏡の精」という奴だ。
今は昔、魔術が隆盛していた時代に造られた吾輩は、今ではオランという都市に、ひっそりとある精神施療院の壁に、これまたひっそりと飾られている。
ここの院長のエルフが、今の吾輩の所有者なのだが……こののほほんエルフは、吾輩の貴重さかつエクセレントさをどーも理解しておらんようだ。
見よ、この縁の飾りに溜まった埃を!
まったくけしからん。嘆かわしい事である。
さて。
その院長は、吾輩の飾られている診療室で、茶などすすっている。
その左手にあるソファーの上では、行儀悪く横になったフェザーが、ヒマそうに爪など切っている。
その逆。右手には、小さな椅子におさまりきらない巨体の男が腕組をして悩んでいる。確かレツとか呼ばれていた男だ。その視線の先には、院長の向かいに座った、金の髪の美青年がひとり、うつむいている。
これが年明け早々、狂える生命の精霊に襲われ、若さを吸われた……と言うと聞こえは悪いが、ようするに歳を十年ばかりとらされた、ルルゥの姿である。
「結局元に戻る方法は、見つからずじまいですねぇ」
にこにこ。
院長……こういう場面では、痛ましい顔をするのが普通だと思うが、どうだろう?
「ええんやないかぁ?別に戻らんでも」
完全に他人事のフェザーがのんびり言った。向かいでうんうんとレツがうなずき、ルルゥに睨まれた。
「大人の体で、中身が子供なんて恥ずかしいだけですっ!」
「けっこーようさんおるで、そんな奴」
真実だ。
何かルルゥが言いかけた時、表の扉がノックされた。院長は茶の入ったカップを置き、診療室を出て行った。
…………。
ん。玄関口から、エルフ語が聞こえるな。ちと覗いてみるか。
……おや、エルフが尋ねてきている。珍しい事もあるものだ。お、院長が戻って来たな……何か笑ってるぞ。いや、いつもの事だが。
「ルルゥ君、元に戻れるかもしれませんよ?」
にこにこ。
待て待てルルゥ、喜ぶのはまだ早い。絶対早い。吾輩が言うのだから間違いあるまい……って、吾輩の声は聞こえんのだな、お前達には。
宝の持ち腐れとは、このことだ。
翌日、早朝。
ヒム院長、ルルゥ、レツ、そしてぐったりしたフェザーの四人は、オランから1日歩いた東の森の端にある、エルフの村に来ていた。
何故フェザーがぐったりしているかといえば、「エルフの群れなんか見たくないぃぃぃッ!!」と、何やらトラウマを刺激されて絶叫するのを、無理矢理連れてこられたせいである。
非力な奴は悲しいのう。
いや、レツが馬鹿力なのか。
「でもよ先生、どうやって元に戻すんだ?」
そのレツが今更聞いている。
ちなみに、今吾輩は施療院の壁から、この様子を覗いている。魔法の鏡であるからして、遠く離れた場所の様子を見るなど、朝飯前なのだ。
鏡なので飲食はしないが。
「実は……」
四人を案内してきたエルフが、表情を曇らせながら話し出した。
「この村の近くに奉られていた生命の精霊を、どうにか我が物にしようとした精霊使いが、彼を狂わせてしまったのです」
……………………。
嫌な沈黙が下りた。
「その精霊は、今もこの付近で荒れ狂っております」
視線が、いつもど〜り和やかに茶をすすっている院長に集中する。
「せんせえ……」
ルルゥ、ひきつっとる。男前が台無しだな。
「生命の精霊は、攻撃する際に若さを奪うか与えるかします」
にこにこ。
「せやけどお前、相手は狂ってんねんで?」
「話は通じねえんだろ?」
「そうですよ、もしかしたら、また歳をとらされるかもしれないんですよっ?」
「確率は二分の一ですねぇ」
……………………。
再度沈黙。
今度は視線が、ルルゥに集まった。
「このままですと、確実に戻れませんし」
うんうん。
うなずく一同。除くルルゥ。
「ん、待てよ。でも攻撃されなきゃいけねえんだろ、大丈夫なのか?」
レツが厳しい表情で、しごく当たり前の心配をした。が、横からフェザーが肩をぽんぽんと叩き、話し合っている部屋の外を親指でさした。
フェザーとレツは、連れ立って部屋を出て行く。
ややあって。
ばたん!!
勢いよく扉が開き、真っ青な顔をしたレツが戻って来た。そのままルルゥの肩をがっしとつかむ。
「心配すんなルルゥ、すぐ戻してやるからなっ!」
「……へぁ?」
突然のレツの言葉に、思わずルルゥは間の抜けた声を出した。
「いいや何も言うな、お前のつらさはよ〜っくわかった。俺も協力するぜ!」
男泣きに泣くレツの後ろで、フェザーは右斜め45度を見ながら、口笛など吹いている。
「何を言ったんでしょうねぇ、フェザー君は?」
「ひ・み・つ♪」
ロクでもない事は、確かだな。うむ。
「よっしゃあ、そうと決まればすぐに行こうぜ!」
レツが叫んだ。いやこれが地声か。うるさい男だな。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださぁい!!」
ルルゥ顔面蒼白。まあそうだろうな。
「大丈夫ですよ、一撃でやられる事はないでしょうし」
『殺られる』……っておい院長。
「そんなあああああああああああっ!!」
ぽん。
絶叫するルルゥの肩を、フェザーが叩いて言った。
「蘇生費用、若返りの薬買うより安いと思うで」
一同うなずく。除くルルゥ。
「危なくなったら、俺達がすぐ助けに入るから安心しろ!」
レツ、慰めにならんぞその言葉。
「いやあぁーーーーーーーっ!」
ルルゥ、お前その立派な外見で、子供みたいに泣き叫ぶな。あ、子供か。
「はいはい、痛いのは一瞬ですからね〜」
院長、抜糸するんじゃないんだから。それに二、三回は食らう必要あるだろう?
「往生せいやあッ!」
……フェザー、それは違う。
れっつあたっく、生命の精霊。(セシーリカ風)
夕方。
オランへ続く道を、四人は歩いていた。
「いや〜、まさかホンマに戻るとはな〜」
「良かったなあ、ルルゥ」
「……」
「生命の精霊は精霊界に還り、ルルゥ君は元に戻りましたし、一石二鳥でしたねぇ」
「でもなぁ……なんやこう、前よりちょこーっと小さなったような気がせぇへん事もないんやけど」
「そうかあ?俺にゃあ元と同じに見えるけどよお」
「……」
「まぁ、一、二年のずれは出たかもしれませんが、あと十年も経てば、問題なくなりますよ」
院長、人間にとって十年は重いぞ。
ルルゥはさっきから黙っている。何か思うところがあるのだろう。
吾輩は人の心を見る事もできるが、別にやらない。
そのあたりの想像くらいしか、楽しみがないのだからな。
連中がオランに戻ってくるのは、明日の朝か。ではそれまで寝てるとするか。
やれやれ。
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