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No. 00083
DATE: 1999/02/05 21:55:46
NAME: ルクレツィア
SUBJECT: 少女の行方
私の名は、ルクレツィア・クレンツ。
ベルダインのファリス司祭家の、一人娘です。
『一人娘』・・・。ベルダインでの、相当部分の宗教権力を握る父が、よく私を呼ぶ言葉。
でも、他に私には二人の兄が居ます。
カール御兄様とシシリー御兄様。双子ですが、双璧を成すように性格が大きく違います。
・・・私は・・・、
幼い頃からカール御兄様と外で駆け回るのが好きだったけれど、本当は、ね?ゆっくりと、よくお話を聞いてくださるシシリー御兄様が一番好きだった。
カール御兄様はいつも輝いていらして、皆の注目を集めます。一本気で、短気で、激しい所もありますが、皆に優しい。誰にでも、お優しい。だけど、カール御兄様は、私の日陰で複雑な気持ちを理解することは難しいよう・・・。だから私は、本当はシシリー御兄様と、お部屋で、二人だけで静かにお話する事の方が好きでした。
雨が降ると、カール御兄様は濡れる事も気になさらず、溢れる川を見に行ったり・・・、そんな様子を私とシシリー御兄様は屋敷の高い窓から眺めてはじっくりと語り合うものでした。
・・・けれど、やがてシシリー御兄様が、遠く遠く離れたオランに、行く事になったのです。
カール御兄様とシシリー御兄様は双子ですから・・・。・・・。あの時の気持ちは思い出したくありません。家督争いを危惧して、一人の兄を追いやった父を、醒めた目で見るようになったのは、その頃からでした。
やがて、私はカール御兄様に連れられて遊ぶように成りました。・・・でも、それはほんの短い間の事。カール御兄様が騎士団に入団する事になったかからです。
・・・私は屋敷で独りになりました。
来る日も来る日もお稽古事をして、気を紛らわせた時期もありました。
・・・そんなある日、カール御兄様が失踪したという知らせを受けました。目の前が、白くなる想いでした・・・。まさか、あの、明るいカール御兄様が・・・・・・
結局、私は何故兄が失踪したのか、理由を聞かされておりません。でも、待っても待っても兄は帰ってこなかった。
やがて、もう兄は居ないんだという大きな事実と同時に、自らに掛けられる重い責任、というものがのしかかるようになりました。
そうです。もう、クレンツ家をつぐことができる人間は、私しかおりません。女が家を継ぐ事は考えられませんから、私は言い婿を貰わなくては。でも・・・・・・でも・・・・・・・・・・
父は私を溺愛しました。最後まで、あくまで父に、ファリスに、忠実であったのは私だけでした。
私はやがて自分で自分を納得させる術を覚えました。地位の高い家に生まれ、私はどんな他の女よりも恵まれて、贅沢な暮らしが出来る。
・・・そう、言い含めながら、気ままそうな浮浪者・・・冒険者の女達を、酒場まで行って罵ったり。13歳の頃でした。
結局、私は神の軌跡を起こせません。
15になって、父が縁談を吟味するようになりました。未来の夫になるかもしれぬ相手の、家名と地位と財産の書類を読み尽くす日々でした。
・・・そんな時・・・
あの、忌まわしい弟がこの家を逃げ出したのです。公になれば私の忍耐も努力も、水の泡。
ええ、口にしたくも在りません。弟の事は。
私の心の限界は近かった。
父は、一人の大貴族を縁組みの相手として決定しました。なにもかも、潤滑に運ぶためです。抗うつもりはありません。
でも・・・・・
もう少し時間がほしかった。もう少しでいいから気ままにしたかった。
金持ちの我侭だって、囁かれるでしょう。だけど、そんなことどうでもいいから・・・!!!
会いに行こう。シシリー御兄様に会いに行こう!!
関を切ったように走り出し、私は家財に悪事を働いて、オランまで転移して行きました。足はもう、ついていて当然です。縁組みも、壊れるかもしれない・・・・
・・・・・・・・・・シシリー御兄様、ルクが行って胸のうちを話したら、また、あの時のように静かに頷いて下さいますか?
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ルクレツィアは、カールの家の自室のベッドで、今に至った経緯を思い返していた。さっきまでの激しい鳴咽は、少し治まった。
「私、このままお嫁に行っちゃうのかな・・・・・・。」
その言葉を出すとまた、涙が頬を伝う。
「いいな・・・。出会って、愛し合って結婚・・・。いいな・・・・・・・・」
語尾が頼りなく溜め息に続く。
窓際に立つと、兄によく似た整った顔が映った。
そっと窓に息を吹きかけ、指で触れる。
“L”
ルクレツィアの頭文字。父から貰った名の頭文字を、冷たい窓に刻む。
シシリーよりは、甘い顔立ちをしたカールに良く似た15歳の娘は、まだ一度も恋をした事が無かった。
・・・長い時を隔てたにもかかわらず、どこかシシリーに似た口調で、少女は呟く。
「少しは、夢を見させてください・・・。」
少女の夜は、深い深い空の底のまた底の方で、まだじっと、長く留まったままだった。少女の行方は、誰も知る由も無かった。
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