No. 00090
DATE: 1999/02/08 18:06:21
NAME: リヴァース
SUBJECT: 紅灯緑酒(続)
*登場キャラクター*
ファークス:魔剣『星の雷』を手にする戦士。麻薬「ドーマー」撲滅に奔走する
リヴァース:ハーフエルフ。黒髪の精霊使い。
ワヤン:草原の国出身の人間。戦士、精霊使い。
レイシャルム:貧乏性の、本職吟遊詩人。
レツ:巨漢の戦士。
レイ・フェル:盗賊娘。
リズフェリア:ファークスの昔の仲間。麻薬のために故郷を焼かれた片耳のエルフ。
ミント:リード邸のメイド。ファークスの恋人。
ソスト:商人。麻薬「ドーマー」の生産者であり、元締。
シャウエル:自称、バカNO.1。ソストの用心棒。
ペキンバー:麻薬の売人。
ルーラ:シャウエルに助けられソストのもとに身を寄せる、身寄りの無い少女。
ジェニー:肉感的なファリスの司祭。妊娠中。
クスコ:町医者。胸を患っている。
マリナ:クスコの妹
注:この話は、続編です。先に「紅灯緑酒(エピソード04‐00037)」をお読みください。なお、犬頭巾の「愚者の行進」(エピソード04-000)「疑問」(エピソード04-000)と関連のある話ですので、そちらもお読みいただけますと理解が深まると思われます。
あらすじ:「原料のない麻薬」ドーマー。それは、エルフの森の特殊な土壌でしか育たない植物から取れるもので、強烈な中毒性をもち、人々を虫食んだ。ファークス、リード達がその森を焼き払う事により、麻薬は壊滅されたはずだった。しかし、オランのスラムでドーマーが再び蔓延しはじめた。再びファークス達が悪魔の薬に取り組もうとした矢先、リヴァースが不意な事からその麻薬を受けた。
ファークス、リヴァース、ワヤンの3人は、売人達の取り引きを叩く。この時、リヴァースが捕われて中毒化されたが、駆けつけた医者・マリナのおかげで一命を取りとめた。リズフェリアは昏倒したリヴァースを精霊の眠りに導くが、リヴァースは失踪する。
ファークスは、麻薬の流通の胴元である、商人ソストが、ストラトフォードの幽霊屋敷にて大体的な取引を行なうという情報を得た。協力者を募って襲撃の準備を進める。そのソストには、シャウエルが、用心棒として仕えていた...。
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【Scene-1】
冬のおぼろげな太陽がの光が、窓から注ぎ込んでいた。
「誰なの…私を呼んだのは…、何故なの…逃げろと言ったのは…、そして何時なの…私の前に現れてくれるのは…」
開けた窓から、木枯らしが、ひゅるりと吹きこんできて、ルーラの軽い髪の毛を揺らした。
「シャウエルさんも…ソストさんも…みんな良い人…。でも…甘えてばかりはいられない…。」
シャウエルに拾われたルーラは、現在、豪商、ソスト・クラレンスの元に身を寄せていた。彼女にオランにくるように当てたれた手紙の主も、未だにわからない。あまりにもおぼつかない己の身元。ルーラの不安は募る一方だった。
シャウエルは、ルーラを背後から見ながら、ぼんやりしていた。三食昼寝付きという好条件を与えてくれる主、ソストは、自分の友人を苦しめた麻薬の胴元。しかし、不思議と、迷いはなかった。彼の取る道は決まっていた。腰には、いつもの刃のない剣の他に、僅かに燐光を発す長剣が収められていた。主のソストにより、襲撃してくる冒険者達を迎え撃つために与えられたものだった。彼の背後では、彼と同様に雇われた用心棒達が、物々しい顔つきで、武器や防具の手入れをしていた。
何でこんな事になったのかなぁ、と、シャウエルは息を吐いた。
スノーは、慣れた手つきで、数種類の果物を絞り、グラスについで、混ぜ、ファークスに手渡した。ファークスは、いらつきながら、それをいっきにあおった。難しい表情をする彼に、なにがあったのか、たずねようとした。
「おい、かえるぞ。」
しかし、兄がぶっきらぼうにすたすたと出ていくと、後の事をマスターに任せて、ついて帰る他はなかった。
2人が家に帰ってしばらくして、ジェニーが扉を開けて入ってきた。足元がふらついていた。
「おい、どうした!?」
ファークスをはじめ、その場にいたものが駆け寄る。
そのまま彼女は、下腹を抑えて、倒れ込んだ。
「・・・アンタたち、なんてモノに、手、だしてんの・・・っ!」
支えたファークスに向かって、額に汗を張りつかせて、ジェニーはうめいた。「ごめんね・・・あたしの、赤ちゃん・・・こんな目に合わせて・・・」
リヴァースの世話を任されたにもかかわらず、ジェニーがふと目を離した隙に、彼は行方不明になってしまった。その責任感から、彼女はリヴァースの捜索にあったっていた。そして、裏町で聞き込みをしていた際、彼女も無理矢理に、麻薬を打たれたのだった。
幸いにして、ジェニーは、神に毒の浄化を祈る事のできる司祭だった。ドーマーの脅威をファークスから既に聞いていた彼女は、それと分かった瞬間に、その場から逃れ、麻薬の毒を消し去った。彼女は、腹に子を宿していた。数瞬とは言え、麻薬の毒性が、体に回った事を、彼女の子に影響するのではないか。彼女はそれを憂慮していた。
「くそっ!!」
ファークスは、ジェニーを二階で安静に休ませた後、頭を抱えて座り込んだ。「こんな事になるなんて・・・おれのせいだっ。ジェニーまで巻き込んでしまって・・・。あいつ・・・どこにいやがるんだっ!」
レイシャルムが、だまってその肩に手を置いた。
「いくところは、決まってるさ。今度の取り引きの事はあいつも知っている。これでおとなしく引っ込んでいるような奴じゃない。」
ファークスは、頷くしかなかった。
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【Scene-2】
ストラトフォードの幽霊屋敷。
オランの町外れに近い寂れた地区に、その屋敷は建っていた。元は貴族の舘であったが、その貴族はより王城に近い貴族街へそうそうに引っ越していた。。幽霊屋敷などと呼ばれてはいるが、単に、住むものがいなくなり廃屋となった、大きな舘の持つ特有の雰囲気が、ありもしない噂を掻き立てたのだろう。
最近急激に台頭し、スラム一円を中心に浸透していった麻薬・ドーマー。その生産者であり、流通の胴元である商人・ソストと売人達の間での大規模な売買が、その屋敷で行われるという情報を、ファークス達は掴んでいた。その取り引きを阻止し、これ以上の流通を妨げるために、彼らは乗り込もうとしていたのだ。
人の頭ほどもあるネズミが駆け抜けるオランの下水道。
普段はそのオオネズミの足音ぐらいしか聞くことのできないその空間に、今、数人の足音が響いていた。闇夜の地下に、腐った、水の饐えた匂いが立ち込めている。中心部は頻繁に整備されているが、町外れの地下に位置するこのあたりでは、舗装や補強もぞんさいであり、ところどころ、湿り気を帯びた土が露出していた。
「このあたりだな・・・。」
ファークスは足を止め、地図をランタンで照らした。
「どれどれ?」
盗賊娘のレイ・フェルがはたからそれを覗き込む。
「ちょうど、ここが例の屋敷の真下、って訳か。」
ワヤンが頭上を仰ぎ見た。
「どうでもいいから、このくっさい匂いから、早く逃れたいもんだわ!」
エルフのリズフェリアが顔を顰めながら、強い口調で言った。彼女は四六時中、文句を口にしている。
「まあまあ。」
吟遊詩人のレイシャルムがそれをなだめる。
その横で、巨大なモールをかかえたレツが、巨体をすくめた。
彼ら6人は、この夜行われるという、ソストから招集された麻薬の取引場に、地下の下水道から乗り込もうとしていた。事前にレイ・フェルが周辺を偵察した。冒険者達の襲撃を予測したソストが屋敷にほどこした警備は、あまりにも綿密であった。正面突破しているあいだに、肝心のソスト達を逃さないとも限らなかった。麻薬の売人に成りすますという手もあったが、売人達は事前に登録されており、また、顔の割れているファークスたちではその手も使えるはずもなかった。そこで彼らは、地下から潜り込み、中心部に奇襲することにしたのであった。
ファークスは、一枚の紙切れを握り締めた。それは、シャウエルが、リヴァースに当てた、屋敷の見取り図だった。そこには、警備体制のほか、下水までの配管や下水道とのつながりまで、記されていた。おかげで、下水道の位置とと屋敷の配備の対応がとれた。その屋敷で用心棒を勤める彼が、襲撃者に対し、利便を図っている。それは立派な裏切り行為である。
一体シャウエルは、なにを考えているのか。ソストの素性は知れている。仲の良い友人達と非情に敵対する事もしたくはない。しかし、雇い主を切り離すこともできない。彼なりの、代償行為であるかもしれなかった。
「じゃあ、いくぜ?」
ワヤンが、みなの顔を見てまわした。
「へへっ、ネズミ退治ネズミ退治♪」
レイ・フェルが陽気な声を出した。
ワヤンの命令をうけて、ずずっ、と頭上の大地の精霊が動いた。
天井の土の露出した空間が、ぽっかりと穴を空けた。通常ならば、十分な穴を穿つことができるが、残っている石壁に邪魔され、人ひとりやっととおれるほどの空洞にしかならない。
そこに、レイ・フェルが、ひょい、飛び上がり、器用によじ登っていく。しばらくして、そのあとから、ロープが垂れてきた。彼女ほど身軽ではない後続の者たちのためのものだ。
次々に皆が、ロープを伝って上がり込んだ。最後にレツが、体を押し込むようにしてあがるが、巨体がつっかえてなかなか進まない。
「おい、その穴は、永遠に空いてるわけじゃないんだ。はやくしねぇと、埋まるぞ?」
ワヤンが地上から、声をかけた。
「そ、そりゃねーだろっ!」
レツは情けない声を上げた。半ば上から引っこ抜いてもらう形で、なんとかレツも地上に這い出ることができた。
そこは、幽霊屋敷の中庭であった。ちょうど植木に隠れて、視角となっていた。監視の目は、壁の外には厚いが、一旦内側に入り込んでしまえば、薄いものであった。
「あそこだな」
朽ちかけた屋敷の中で、一つ明かりの漏れる部屋。そこをファークスは睨みあげた。
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【Scene-3】
十数人の売人がが、薄暗いフロアに集っていた。
彼らとの取り引きを前にして、ソストは、舘からくる途中、連れていたシャウエルに、語りはじめた。
「わたしの妻は、麻薬が原因で死んだのだよ・・・。」
思わず、シャウエルは歩みを止めた。
「そう、ちょうど成功しはじめたころだ。金がたまる、それ以上に商売がおもしろくてね。仕事にばかり手をかけて、家庭はまったく顧みなかった。妻と子には、金と家を与えておけばいいと思っていた。」
何を思って用心棒にすぎない自分に、そんな話をはじめたんだろう。そう思ったが、シャウエルは黙って話を聞いていた。
「その頃から、わたしが何を扱っていたのかは知っているだろう? 裏のものほど、利は大きい。その背信をあえて、そう、楽しみながらやっていた。」
いいながら、ソストは歩みを進めた。
「妻が私のやっていることを知っていたかどうかは知らない。しかし、彼女は、なにもいわなかった。ただ、ほうっておかれ、いろいろな遊びに手を出していた。パーティに出かけても、浮気しても、私は何も言わなかった。私に何を言う資格も無かったからね。・・・そのうちに、妻は悪い遊びを覚えた、妻は、麻薬に手を出した。最初はほんの遊びのつもりだったのだろう。しかしその習慣性にやられて、気がついたときには、もとに戻れる体ではなくなっていた。」
そこでソストは、息をついた。シャウエルは、促すでもなく、だまって聞いていた。
「その麻薬は、わたしが直接売人に売ったものだったのだよ。」
廊下の蝋燭が、揺れた。
「それが回りに回って、妻を追い込んだ。ただ、その麻薬だけが、妻の寂しさを癒せるものだった。今にして思えば、妻は、自分を危うい立場に追い込んで、私を繋ぎ止めて置こうとしたのかもしれん。あるいは私のやっていることを全て承知した上で、自分の身をもって、私に過ちを認知させようとしたのかも知れん。激しく後悔したよ・・・。どうしてそんな羽目になるまで気がつかなかったのか、と。
いづれにせよ、麻薬は、その原産地が焼失し、取り扱うことができなくなった。私は、いよいよ、商売を止めなかった。妻を失った寂しさと、罪の呵責から逃れるように、仕事に没頭した。
娘が一人いたが、そんな私に愛想を尽かしたのか、行方不明だ・・・。探そうという気もおきなかった。」
ソストはシャウエルに向き直った。
「そんなときに、おまえがルーラを伴ってきた。目を疑ったよ。私の娘に、そっくりだった。そう、娘が亡霊となってあらわれたのではないか、と思うぐらいにね。しかもルーラが持っていた花の種・・・昔、私がエルフの森より仕入れ、取り扱い、失われたと思っていたまさにその麻薬の、種。」
なぜ、ルーラがそんな物を持っていたのだろう。そういえば、ルーラは、めずらしい花の種を集めるのが、趣味だといっていた。
「私は、ルーラの持っていた種の栽培をはじめた。あらゆる知識と文献によって、種の栽培条件を調べた。わざわざエルフの里へ、まだ残っていた土を求めにいったよ。その甲斐があって、花が咲くと、ルーラはとても、喜んでくれたね。ああ、娘が帰ってきてくれた。そう思ったよ。
そして、株分けに成功した。亡霊が・・・姿を現したのだね。気がついたら、私はそれを、人に試していた。その恍惚と陶酔の表情に、私は幸福を見出した。妻だけを苦しませてしまった。妻は寂しかった。その寂しさを癒すのに妻が求めたもの。ならば、同じ境遇のものを、作り出してやろう。妻と同じ者たちを。妻が、寂しがることがないように・・・」
ソストは薄く笑いながら、言葉を紡ぎつづけた。
主は、狂っているのか。そうシャウエルは思った。しかし瞳孔の光はしっかりとしており、心を閉じ込めた狂人に特有の異常さは、感じられなかった。
一度手を染めた過ち。それは、芳ばしい蜜となって、ふたたび人を捉えるということにすぎないのか。
「今日の会合で、さらに、妻の仲間は、増えるのであろうね・・・。」
そういいながら、ソストは売人達の集う部屋への扉を開けた。
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【Scene-4】
窓から一行は、屋敷内に侵入した。
途中数人の見張りに出くわしたが、シルフを封じていたリズフェリアの沈黙の魔法や、レイ・フェルたちの素早い攻撃で、事無きを得た。
ふと、明かりの漏れる部屋があった。覗いてみると、所狭しと並べられた無数の植木鉢、温度調節のための暖炉や給水施設などがあった。それは幽霊屋敷のうらぶれた外観からは、想像できないものだった。
「こいつは・・・?」
レイシャルムが、入り口付近の植えられた草を覗き込んでいった。
「ドーマーの、栽培施設だ・・・」
唖然として、ファークスがいった。
「なんだってぇ。なら、こいつが騒ぎの元凶ってわけかよ!」
レツが声を上げる。
「規模からいって、研究施設だろう。目のつく自分の屋敷でやらずに、ここで行なっていたわけだ。」
ファークスが怒りを抑えながら呟いた。
レイ・フェルが、興味ありげに、まじまじと見詰める。奥に入ろうとして、不意に足を引っ込めた。
「それ以上入っちゃだめ!」
部屋の中を見てまわろうとした一行に、声を上げる。
そのとたんに、かすかな警鐘音が、鳴り響いた。
「しまった!」
不用意に入り込んだ者が居た場合、警報が鳴るようになっていたのだ。
一向はすぐに部屋から出た。
とたんに数人が、得物を抜いてかけてきた。屋敷の外に詰めていた用心棒達だった。
「ここはおれたちが食い止める。オマエらは、アタマんところにいけ!」
ワヤンが、ファークスにいった。
「わかった!悪い!」
ファークスはワヤンを振り返りながら駆け出していった。リズフェリアとレイ・フェルもそれに従う。
レイシャルムがワヤンにならって、ここを死守する、とばかりに剣を抜いてかまえた。
「さーぁ。いっちょいくとすっかぁ!」
レツが前方を見据えながら、モールを振りかぶった。
その途端、廊下の中を、水色の雲が満たした。
雲が全身の活力を奪い、代りに猛烈な眠気を供給される。
「眠りの魔法か!?」
レツがそのまま崩れ落ちた。行き場を失ったモールが、廊下に直撃して、床につきささった。
ワヤンとレイシャルムは、己を叱咤して、意識を覚醒させ、雲を振り払った。
「でかいのは寝たぞ!後はたいしたことはない!」
木製の杖を掲げた男が高らかに宣言した。
「取り引きの邪魔はさせねぇ!それが仕事なんでな!!」
長身の剣士をはじめとした数人が、それに続いてかけよる。
「ちぃッ、魔法使いかよ!
・・・シルフ、草原のワヤンが汝との盟約によりて、命ず。やつの音を奪え!」
眠りの雲を振り払ったワヤンが、耳飾りに封じたシルフに、前方の杖を持った男の口からの空気の流れを止め、魔法を封じるように、命令した。
それを確認したレイシャルムが、長剣を抜いて戦闘の剣士と剣を合わせる。ワヤンがその後、レイシャルムと背中合わせになりながら、2人を同時に引き受けた。
首領格の戦士の剣は、重く早かった。しかし、レイシャルムは、緩急合わせフェイントを多用しながらのらりくらりとその剣戟を避けた。
「やるな!」
男はにやりと笑みを浮かべた。
「修練を積んだ戦士と見た!」
剣を重ねながら、言葉をかけた。強き者との戦いに悦びを見出す類の人間であるらしかった。
「いや、おれは吟遊詩人だ。」
狭い廊下の壁に一瞬剣のかすって生じたスキを捉えて、レイシャルムは戦士の剣を蹴り飛ばし、首の後ろを取って、壁に男の頭を叩き付けた。男は、脳震盪を起こして、倒れ込んだ。
「ふ・・・、傭兵でならしたこのおれを、いとも簡単にあしらうとは・・・貴様、名のある剣士に違いないな・・・。」
男は自分に浸っていた。
「だからおれは、吟遊詩人だっつーの。」
「いや、名剣士だ!達人だ!そういってくれ。ただの吟遊詩人に負けたなど、一生の汚点だ!! 死んでも死にきれん!」
用心棒は、床にころがったまま詰め寄った。
「やだ。」
にべもなく。レイシャルムは言い放ち、やかましい、とばかりに、みぞおちに一撃をくれた。
哀れな男は、無念の形相で、崩れ落ちた。
その間に、護身術に毛の生えた程度の腕であった手下達は、ワヤンの長剣によって繰り出される斬撃により、叩きのめされていた。精霊の術を行使するほどでもなかった。最初に魔法を投げかけた魔術師は、魔法が封じられた瞬間にさっさときびすをまいていた。
「ほら、おっさん、いつまで寝てるんだ。」
レイシャルムは、豪快な鼾を響かせて転がっているレツを、蹴りおこした。「・・・あれ?」
レツは、情況を飲み込むのに時間を要した。
「おれの相手はァァ!!?」
レツの慟哭が、響き渡った。
「わめく暇があったら、次いくぞ。 ファークス達の援護だ。」
ワヤンが駆け出す。
「へっ、そうだった。おれの活躍シーンはまだ終わっちゃいねぇっ!」
いさんでレツは駆け出そうとしたが、床に突き刺さったモールを抜くのに、さらに数瞬を要したのだった。
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【Scene-5】
取り引き場へ急ぐファークスたちのもとにも、追っ手はなだれ込んできた。廊下のあちこちから、詰めていた者達が襲ってくる。リズフェリアの魔法やレイ・フェルの小技でしのげはいたが、いちいち相手していては、埒があかなかった。
「こっち!」
レイ・フェルは不意に、部屋に駆け込んだ。続く2人が入ると見るや、鍵をかける。そして、窓によじ登り、上を見上げた。
「ヘヘっ、ビンゴ! ちょうど、このうえだよ♪」
そこは、屋敷の外から確認した、取り引き場のちょうど真下だった。
レイ・フェルは、窓からフックのついた縄を投げ上げ、頭上のテラスに絡めた。
「近道近道〜♪」
そういいながら、壁に足をかけてロープを攀じ登る。ファークスとリズフェリアもそれに続いた。壁には、びっしりと、緑色のツタが絡みつき、足がかりになっていた。
テラスを乗り越え、3人同時に、窓から部屋に躍り込んだ。
通達が届き、我先にと、麻薬の売人達が部屋から逃げ出そうとしているところだった。
「逃げられるなんて、思わないことねっ!」
リズフェリアが闇と恐怖の精霊を呼び、逃れようとする売人達を行動不能に陥れた。
ドアの外でこの場を守るよういいつかわっていた用心棒達がなだれ込んできた。それに隠れるように、壁近くにいた、身なりの良い壮年の、腹の出た男が、扉から逃れ出ようとしていた。
一目でその男が、麻薬の元締めの商人、ソストであると分かった。
ファークスは、魔剣を振るって力ずくで用心棒達を蹴散らして、ソストのほうに駆け寄った。その間を、同じく淡く魔法の燐光を発する剣を手にした用心棒が、割って入り、ファークスと剣を合わせた。
ガキッ、と、火花が飛び散った。
「・・・・!!?」
シャウエルだった。
「三食昼寝をあたえてくれる主を殺されるのは、困る。」
のうのうと、そういってのけられた。しかしその顔には、どこか諦めに似た表情が浮かんでいた。この屋敷の見取り図をファークス達に渡したのは彼であった。しかし、そこでファークスも引くわけにはいかなかった。
「そこをどけ!!!」
ファークスはすごんだ。しかし、シャウエルは、動こうとせず、剣振り上げてきた。
それは、陽動だった。一度剣をはじいた後、シャウエルは、壁際に引いた。そして、ふところからコインを取り出し、ぶつぶつとなにか唱えながら複雑な身振りをはじめた。
強力な魔法使いと戦闘した事のあるファークスには、その意味する事が分かった。
シュゥゥ、と、空間に、オレンジ色の玉が浮かび、渦巻いた。
「火球の魔法!? ・・・馬鹿な!!他の奴もいるんだぞ!!」
部屋の中は用心棒と逃げ切っていない売人達が入り乱れていた。間違いなく、彼の仲間を巻き込むだろう。
周囲も、なに事かと注目した。
「どかーーーーん!!!」
シャウエルは叫んだ。
...数瞬の静寂。
爆発は起こらなかった。魔法は、不発だった。
ファークスが身構え、ひるんでいた隙に、シャウエルはソストをつれて逃げ出していた。
「畜生っっ!!!」
ファークスは魔剣を床に叩き付けた。追おうとしたが、用心棒達に立ちはだかられた。腹いせ、とばかりに、残った売人達に襲いかかった。
「きさまら独りも生かして帰さん!!」
そのとき、不意に、戸口に男が現れた。
「そこまでだぜぇ・・・。」
男は、気を失っているらしい、小柄な少女を抱えた男を連れていた。
「・・・・あれ!!」
ファークスを援護していたレイ・フェルが男をさした。
ファークスはそちらを向いた。・・・ミントが、卑下た笑いを浮かべている男たちに、抱えられているのだった。
「貴様っっ!!!」
ファークスは叫んだ。
「ミントを・・・ミントをなぜっ!!!」
ぎりぎりと、ファークスはその男、ペキンバーを睨み付けた。
「犬っころの吠える事も、たまには役に立つなぁ・・・。ここにくる途中に、ばったり偶然道端であったのさ。恋人なんダロ? いかんなァ。夜中にオンナノコ一人で夜道を出歩かせるなんてよ・・・・」
ペキンバーは、乞食の犬頭巾から、襲撃を仕掛ける冒険者に関して詳しい情報を聞き出していた。犬頭巾は、両方に、情報を売っていたのだ。
そして、ファークスの身をがやはり心配で、メイド長のローザの目を抜け出し、きままに亭にやってこようとしたミントを、ペキンバーは襲撃者に対する人質としてさらったのだった。
「へへへ・・・。何なら今、精製仕立ての新鮮なやつを、ぶち込んでやろうかァ?」
配下からミントを受け取り、顎をつかんでペキンバーは、笑った。
「ミントに手を出してみろ!! 生皮はがして、ミンチにしてやる!!」
ファークスは吠えた。
「いいのかぁ?そんなこといってよ・・・」
ペキンバーは片手で器用にシリンジを取り出し、針の蓋を外して、ミントの腕に当てた。そこにはすでに薬液が詰まっていた。
「・・・・・・!!!」
ファークスは怒りで目の前が真っ赤になった。
ミントはぐったりと、青い顔で体重を男にあずけているだけだった。
「ま、そのブッソウなもん、しまってもらいたいねぇ・・・。こっちは、キモチイイこと、してやろう、って言ってるだけなんだからヨ・・・。」
ぎりぎりと、ファークスは唇と噛み締めた。
そのままペキンパーは、ミントの腕の血管に、細い針を埋め血管にぶつりと刺さった手応えを確かめた。
「これを、ピュッ、とおすだけで、天国にご招待、ってナ・・・。ほら、どうした? 剣を捨てないか?」
「なんてことをっ・・・!」
リズフェリアが、精霊語の詠唱をはじめる。
「おっと、ねェちゃん、うかつな事はするなよ・・・?」
ペキンバーは、ピストンの頭に手をかけ、いつでも押し出せるぞ、とみせつける。
ファークスが、憤怒の形相で睨み付けながら、『星の雷』を手放そうとしたとき。
不意に、ペキンバーの背後の窓から、深緑のツタが、床をうねうねと忍び寄った。と気がついた瞬間、それは生き物のように首をもたげ、ペキンバーの腕に絡みついた。
「んぁっ!?」
締め上げられたペキンバーの腕から、シリンジが落ちた。
その隙をファークスは見逃さなかった。
ミントを拘束するペキンバーに体当たりし、手の離れたすきにミントを奪い返す。
ツタは、そのまま倒れ込んだペキンバーに次々に縺れかかり、全身に巻き付いた。
「ゥオッ! ナンダっ、くそッ!!」
それを解こうと、ペキンバーはもがく。
その時、ファークスとミントの背後から歩み寄った黒い影が、問答無用でペキンバーを踏んづけた。
「リヴァースっ!」
小さき精霊の力により、姿を消して忍び込んでいたリヴァースが、屋敷の周囲に絡み付くツタに棲む精霊に、呼びかけたのだった。
「悦に入るのも結構だが、可愛くもないあんよは、常に見ておくもんだな? 」
無表情で、リヴァースは、足の下の者に語り掛けた。
「ファークス...」
ペキンバーを蹴りつけて、リヴァースは振り替えった。
「あなたっ・・・どうやって眠りを解いたの!?」
リズフェリアが詰め寄ろうとする。
「それより、おまえっ、体はいいのか!」
そのリズフェリアを抑えて、ファークスが駆け寄った。
大量に投与された麻薬の毒性により、ショック状態で心臓が止まりかけていたのが、つい数日前である。リヴァースがその中毒から抜け出してないのは一目瞭然で、白いを通り越して土気色になった顔と、落ち窪んだ目、やつれた頬が、その状態を物語っていた。
「おまえはたち、黒幕を追え。こいつはわたしが殺す。」
それは有無を言わせない口調だった。
「・・・わかった。リズ、ミントを頼む。」
そういうとファークスは、リズフェリアにミントを預けて、ソストとシャウエルが逃げ出した方向へ駆け出していった。
リズフェリアは、重いの何のと文句をいいながら、ミントを送り届けるために、部屋をでて屋敷を後にした。
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【Scene-6】
「へへ、どうしたい? ヤクがほしくてほしくて耐え切れねぇ、って面してるゼ?」
ツタに絡み付かれたまま、リヴァースを見上げて、ペキンバーは笑った。
「そんなに恋しくなって、追いかけてきたのか? けなげだねェ・・・。」
「ふざけるな。」
冷ややかに、リヴァースは見下ろし、曲刀を突きつけた。
「オレは快楽を与えている。ほしいもの、求めるものを、供給してやって、なにがワルイんだァ? オマエも、楽しんでいたダロ? 求めていたダロ?
・・・さぁ、これをほどけよ。至上の快楽を与えてやるゼ。その為に、来たんだろう?」
普段の彼ならば、その言葉を一蹴しただろう。しかし、それのもたらす恍惚と陶酔を知った今、それは抗いようのない魅惑の言葉となって、彼にまとわりついた。
麻薬による開放感。それは、常に彼を悩ませていた忌まわしい接触恐怖症と、自己の存在に対する不信感、そして自己嫌悪を忘れさせた。薬の影響から脱して以来、激しくその状態を求めていた。その後の煉獄を知っていてなお。
「人間は堕ちていく事に快感を覚えるモンさ。何も考えなくていい。ただ、楽にしてればいい。魅力的だろう? おれはそのキッカケを与えてやっただけなのサ。」
一つ一つの言葉が、麻薬に打ちのめされ、込み上げてくる焦燥と悪心を意志の力だけで押さえつけていた極限状態のリヴァースを、篭絡していった。
リヴァースは、植物の精霊の拘束を解いた。
ツタが、名残を惜しむように、するすると元あった場所に退いていった。
「最初から素直に、なればいいのにヨ・・・。」
ペキンバーは立ち上がった。
この男は、自分を解放してくれる。
「ホラ、苦しいんだろう? 禁断症状が出掛かってンじゃねェのか? ・・・腕を出せよ・・・」
その声に引かれるままに、リヴァースはペキンバーに歩み寄り、腕を差し出した。何も愁う事はない。待ち望んでいた、すべての苦しみからの解放の瞬間が、目の前にある...。
リヴァースの黒曜の瞳が、揺れた。
そのままリヴァースは、反対の手で、曲刀を振り抜いた。鋭利な刃は、ペキンバーの脇腹を深く抉った。
「げ・・・ふ。」
ペキンバーの手から、シリンジがこぼれ、カシャリと床に落ちてくだけた。ペキンバーは、腹を抑えて蹲った。
「侮る、なっ!!」
薬液に濡れた硝子の破片を一瞥して、リヴァースはきびすを返し、ペキンバーをのこしてその場から逃げるように走り出ていった。
誘惑に打ち勝ったわけではなかった。ただ、自分が堕ちてゆくことへの恐怖と、最後に残った矜持が、彼を振り切らせたのだった。
「くへ・・・いてぇ・・・。」
傷口からあふれようとする内臓を詰め替えしながら、ペキンバー起き上がってよろよろと歩き出した。
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【Scene-7】
「おい、あれっ!」
階上に向かおうと
するワヤンとレイシャルム、レツは、逃げるソストとシャウエルと交差した。「おっと、まずいまずい。主よ、急げ!」
シャウエルは、ソストの手を引いたまま、手すりを滑って地下への階段をおりた。取って返した3人がそれを追う。
シャウエルは突き当たりの部屋に飛び込み、ドアに施錠の魔法をかけた。瞬間、扉は鉄のように硬くなり、びくともしなくなった。
「くそ!魔法か!!」
ワヤンがドアを叩きながら歯噛みする。
「どいてろ!!」
レツが渾身の力で、鉄球のついたモールでドアを打ち付ける。しかし魔法で強化された扉はびくともしなかった。
「行き止りだ。そのうち水や食い物がほしくなって出てくるんじゃないのか?」
レイシャルムがそういったか、ここは貴族の屋敷だった。すぐ地下に下水道も通っている。抜け道が用意されていてもおかしくない。それに、何よりシャウエルはこの屋敷の地図を持っている。構造は彼の頭に入っているはずだった。
「逃がした、か。」
その考えを口にして、ふぅ、とワヤンは息をついた。それを聞いて、レツが地団太を踏んだ。すぐにファークスとレイ・フェルも追いついてきたが、逃げられたのだろう、という事で一致した。
肝心の黒幕を逃して意気消沈しながら戻る途中、レイ・フェルが目ざとく、地下部の端の鍵のかかった部屋をあけた。そこには、白い粉袋に入ったものが、積み上げられていた。
「こいつが・・・。」
ファークスが憎々しげに唸った。
「どうするよ?」
ワヤンが尋ねる。
「官警に任せるんがいいんじゃ? 当然全部押収だろうけど。」
レイシャルムが答えた。
「燃やそう。」
不意に、一行の背後から声がした。
振り返るとそこには、松明を掲げたリヴァースが立っていた。
詰め寄ろうとするレツやレイシャルムを止めて、ファークスは頷いた。
「これで、終りにしてやる。」
レイ・フェルが承知したとばかりに、盗賊用の油を粉袋にかけて撒いた。
そこへ、リヴァースがなにかを振り切る様に、松明を投げ入れた。倉庫は瞬く間に紅い火が点き、燃え上がった。灰色の煙が、狭い地下の空間をを満たした。明かり用の油や木切れなど、燃えそうなものを投げ入れ炎を煽ってから、一行は、屋敷から逃れ出た。
やがて炎は、空気を求めて階上に燃え移り、朽ちかけていた渇いた木材を燃やしていった。屋敷全体にまで炎が広がるまで、さほどの時間は要しなかった。
ストラトフォードの幽霊屋敷の炎は、深い夜の闇を、煌煌と照らした。
しがらみと罪悪を焼き払うかのように、ぱちぱちと音を立てて、炎は屋敷を嘗め尽くしていった。
「勝手に人様の屋敷を燃やしてしまってよかったのかね。」
屋敷から逃れながら、レイシャルムが茶化すように言った。
「持ち主のいなくなった朽ちた屋敷なんだから、事故で火事がおこることもありうるさ。」
ワヤンがそうかえした。
「すでにソストの名義になってたのかもしれないしな。燃やして正解さ。」
ファークスが続けた。
野次馬が、なに事かと集まってきた。すぐに官警もやってくるだろう。
「人が集まってきたぜ。放火魔にされるまえに、さっさと退散すっか。」
レツが炎を見詰める一行をうながした。
「ああ。・・・さぁ、リヴァース。後はおまえの治療だな!」
ファークスは、傍らを振り返った。しかし、その言葉をかけたはずのものは、その場からすでに姿を消していた。
「・・・また、いやしねえ・・・」
ワヤンは、頭を抱えた。
「ったく、あの状態でどこに行くってんだ! 世話のかかる!」
ファークスは土を蹴った。
夜はまだ、終りではなかった。
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【Scene-8】
それから一行のうち、余力のある者は、再び行方を眩ませたリヴァースの捜索に当たった。しかし、周辺の宿、酒場、気に入りの高台など、思い当たるところには影も形も見られなかった。
心配ではあったが、働き詰めの自分の体を休めるために、夜明け際、ひとまずワヤンは自分の宿に戻った。
そして、部屋の、ドアの正面に、行き倒れを発見した。
「リヴァース!!?」
それは、彼らがついさっきまで捜し求めていた者だった。
ワヤンの戻りに気がついて、リヴァースはうめき声を上げた。顔は蒼白で、乱れた髪が汗で頬に張り付き、体の節々が、痙攣していた。
壁やドアには、掻き毟った後があった。
「・・・禁断症状か!」
ワヤンは一目で理解した。
「まってな・・・!今、アシュレイのところにつれてってやる!」
ワヤンは息も絶え絶えになっているリヴァースを抱えようとした。しかし、リヴァースは首を振った。接触恐怖症も、麻薬の禁断症状の苦しみの前には、感じられないも同然だった。
「あそこは...ヒムのところは、やめてくれ...。ファークスに...みなに...ばれる。」
ヒムは、精神施療院を開いている医者であったが、彼自身、きままに亭によく顔を見せる事もあって、そこの冒険者と懇意にしていた。
特に、ファークスには、自分の醜態を見せるわけにはいかなかった。彼はリヴァースが麻薬により苦しむのを、自分のせいだと考えている。それはお門違いな思い込みなのであるが、自分が苦悶する姿は、リヴァース自身以上に、ファークスを苦しめるという事を彼は知っていた。
「だからってこのままにしとけるか!」
ワヤンは声を荒げた。
「ここの近く...学院の南の通りの裏道を入ったところに...クスコという町医者がいる...そこへ...。」
自分のところに寝かせておくよりはましだろうとワヤンは頷き、いわれた場所へリヴァースを連れていった。
何でこいつの元に来たんだろう...。
ワヤンに抱えられ、朦朧としながら、リヴァースふとした疑問を抱いた。
『おまえはおれと同じだ。失うことが恐くて何も手に入れようとしない。』そういわれた事があった。彼が部族と妻を失ったと言う話は聞いていた。
そう、こいつは自分に踏み込んではこない。亡くなりうるものを持とうとはしない。おそらく自分を好きになる事もない。自分から近寄らない限り、相手からも入り込んでこない。...だから、一線を隔したところで、安心できる。自分を崩されることはない。
その点、ファークスは容赦なく自分に踏み込んでくる。いくら撥ね退けても、拒絶するほどに、入りこんでくる。彼の前では、自分を保てない。だから、彼の前では自分の弱い姿を見せるわけにはいかなかった。弱点を見せると、そこを突き崩してくるから。
そんな事が、引きずられるようにしてワヤンにつれられる間、リヴァースの、混沌とした意識の中で、浮かんでは、消えていっていた。
「あんだよ〜。こんな時間に・・・」
夜中、ようやく寝付いたところにたたき起こされたマリナは、目をこすりながら不機嫌そうに戸を開けた。
「あ、この間の、中毒患者!」
蒼白な顔をしてワヤンに抱えられているリヴァースを指差して、マリナはいった。彼女はリヴァースが、麻薬のショック症状による昏睡状態に陥った時、真夜>
この後、シャウエルまでもが、麻薬に犯された。それはソスト自身の手によるものだったが、後に、意外な事実が分かった。ソストは同時に、解毒剤も作り上げていたのだった。ファークスたちが、屋敷の中でみた栽培施設。それは、ドーマーの生産施設であると共に、毒性を中和する作用のある植物を研究するためのものであった。皮肉な事に、それはファークス達の手によって燃やされた。しかし、解毒剤そのものは、燃やされる前にソスト自身の手で運び出されていた。
ソストは、シャウエルを、最後の実験体とした。シャウエルを麻薬に漬けた後、その解毒剤を彼に投与したのだった。
その後、ソストは、官警の手が及ぶ前に、オランから姿を消した。
なぜ、ソストは解毒剤を作っていたのだろう。失った妻と娘の罪滅ぼしか。ならばなぜ、同時に麻薬の元締めであったのか。
妻と同じ地獄に逝くものを増やしながら、どこかで倫理と道徳が心に残っており、悪魔の薬を自らなくするものを作り上げたのか。
それとも、せいぜい麻薬を蔓延させ社会的な問題とした後、それを救い上げるものを売り込み、また財を築き上げようとしたのか。
それは、本人が姿を消した今、だれも窺い知れぬ事となってしまった。
「チャオ、ファークス♪ ストラトフォードの幽霊屋敷、オバケ見に行くの明日だな〜♪」
後日、気ままに亭でくつろいでいるファークスに、能天気な声がふりかかった。グラスランナーのネリだった。
無人のはずの屋敷でソストが行なっていた研究。その人影や明かりをみて、付近の住人は、幽霊が出るものと噂しあっていた。彼女は、それを聞きつけて、気ままに亭の冒険者達で探検にいこうと持ち掛けていたのだ。
「楽しみだナ、楽しみだナ♪ どんなのいるのカナ〜?」
どたどたと、踊っている。
「あ・・・。すまん。忘れてた・・・。」
ぽて、とネリは足を止めた。
「忘れちゃいやさネ〜?」
「いや、それが・・・。」
ファークスは、ネリのテンションに押されながらも、何とか屋敷が炎上した事だけ伝えた。
「・・・・・・。」
ネリは、頭上からたれていた紐を引いた。
次の瞬間、天井から、タライが、派手な音を立ててファークスを直撃した。、以前にシャウエルが、何かの余興に、仕掛けたものだった。
「おおあったりさネ〜♪」
ネリは小躍りした。
周囲の客から、爆笑の声が、湧き起こった。
「ウッサイわね!なにさわいでんのよ! あたしも混ぜなさい♪♪」
その声につられて、ジェニーが二階から降りてきた。
手当てが早かったのが幸いし、お腹の子は、無事であったようだった。
「ハハッ、なんでも無いさ!」
ファークスはたんこぶを抑えながら、白い歯を見せてジェニーに笑いかけた。
雲間から漏れる柔和な冬の陽が、憩いの酒場にそそいでいた。周囲の界隈では、新年の飾りを売る行商人達のにぎやかな声が、今日も変わらず、行き交っていた。
...ENDE
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