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No. 00101
DATE: 1999/02/15 09:27:56
NAME: セリス
SUBJECT: 母の罪、ルゥウォンの痛み
「ルゥウォン?」
あたしはきままに亭の伝言板を見て屋敷に来た。
ルゥウォンは、何故だか知らないけれど、あたしに会いたいと言っている。
ルゥウォンの願いでなければ、屋敷に来ることもなかっただろう。
だが。
そのルゥウォンの姿は、どこにも見当たらない。
全ての部屋という部屋を探したつもりだ。残っているのは台所と、かつてあたしが閉じ込められていた、あたしの部屋。
台所・・・・・・? はは、まさか。あたしに料理を教えるつもりか?
ありえないことを思い、苦笑する。
ルゥウォンは、料理なんかやったことがないはずだ。
じゃあどこにいるんだろう。
考えて、顔を顰める。
・・・・・・あたしの部屋しかないじゃないか・・・。
行きたくない場所だった。孤独な時を思い出すから。独りだったことを当然のように受け止めていたから。戻りたくない。戻りたくないんだ・・・・・・・。
それでもあたしは行かなきゃいけない。ルゥウォンが望んでいるのだ。
あたしは重い足取りでかつての自分の部屋に歩を進める。
フォルテと一緒に来れば良かったと、後悔しながら。
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「ルゥウォン・・・?」
血の匂いが、部屋の外まで漂っているのを感じていた。
何があったというのだろう、この部屋で。
そういえば屋敷をうろついていた間、召使の誰にも顔を合わせなかったな。まだ、遣り残していることがあるようにも見えたが・・・。
あたしは、躊躇いながら、扉を開けた。
赤い・・・・・・というより、茶・・・いや、黒だろうか。
白い部屋に転々と、散らばっている。
あたしの知っている部屋ではない。
あたしは驚いて、目を見開いた。そして、震える。
何があった!?
あたしに内緒で部屋の模様替え・・・・・・? そんなんじゃない。それだったらもっときらびやかにするだろう。この匂いも、花の匂いに変えてしまっているだろう。
召使達が居ないことと、これは・・・なにか関係があるのだろうか。
血の匂いが、あたしを酔わせる。気持ちが悪くて、ハンカチで口を押さえる。
ふと視線を変えると、そこにルゥウォンが佇んでいた。
「ルゥウォン?」
あたしは彼を呼ぶ。彼はゆっくり視線をさまよわせ、あたしを見る。
そして、辛そうな表情を見せる。
どうしたというのだろう。彼のこんな顔は、表情は見たことがない。
あたしの知ってる彼は、自信に溢れていて、強くて、そして優しかった。
それなのに・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・セリス」
夕日が、彼を照らす。
彼が血まみれになったいるかのように見え、あたしは数回瞬きをする。
「俺は・・・お前に謝らなければならん」
・・・・何? そんな、思いつめた表情して・・・・・・。
あたしの問いは、口から発することが出来なかった。
「俺は、お前の母親がミレーヌを殺すのを止められなかった」
「・・・・・!!」
なん・・・・・・だって!?
ミレーヌが・・・・・・あたしとクリスを産んだ女に殺・・・?
「そして・・・後を追うように自殺するお前の母を、止められなかった・・・・・・」
頭が・・・真っ白になった気がした。
信じられなかった。自分の母が、どんな人かは知らないが、ミレーヌを殺し、そして自殺するなんて。
あたしはよろけて、壁に体重を預ける。血の匂いがあたしの鼻を刺激する。くらくらと頭が揺さぶられる感覚を味わう。
ルゥウォンは・・・見ていたのだろう、その惨劇を。悲劇を。そして止めようとしただろう。彼なら絶対止めるはずだ。でも間に合わなかった。それを嘆き、苦しんでいる・・・・・・。きっと、ミレーヌが、母が死んだその日、その時から。
あたしが傷つくと思ったのかまでは知らない。
でもきっと、ルゥウォンは優しいから、あたしにどう言おうか、悩んでいただろう。そして、思いすぎて少しやつれたように見える。
「済まない・・・・・・済まない、セリス。お前の代わりにミレーヌを殺したお前の母を・・・」
自分を責めてばかりいる。
あたしはそんなルゥウォンを見て、正気に戻った。
よろけている場合じゃない。
しっかりしなきゃ。
あたしがここで何も言わなかったら、ルゥウォンは果てしなく自分を責めつづける。
嫌だ。そんな彼を見るのは、心が苦しい。
「・・・・・・もう、いい」
あたしは彼の両腕を掴んだ。
驚いたルゥウォンは、あたしを凝視する。
「もう自分を責めないで」
るぅうぉんハ、ナニモワルクナイ。
るぅうぉんノソンナすがた、ミタクナイ。
ゴウカイナるぅうぉんデイテ。
ワラッテ、イテ。
「あたしは生きてるから」
あたしは必死だった。
彼をなんとか哀しみから逃れられるようにと、必死だった。
ルゥウォンはあたしの心が判ったのか、目を見開く。
「そりゃ、母があたしを殺そうとしたのはショックよ。でも、あたしクリスと違って母さまのことなんにも知らない。
父さまもそう。数ヶ月しか一緒に居られなかったから、まったくといっていいほど知らない。
・・・・・・ルゥウォンが、ルゥウォンだけがあたしの親だわ」
だから・・・・・・哀しまないで。
そりゃショックだったわ。でも、判らないもの。感傷に浸れといわれても、母さまとの思い出なんて何一つあたしの中にないから。
ずっとそばに居てくれたあなたなら、判ってくれるよね?
「・・・・・・・・・許す・・・というのか? 俺を・・・?」
「許すもなにもない。むしろ、許して欲しいのはこっちだわ。あたしの代わりに死んでいったミレーヌにも。ルゥウォンにも。あたしの代わりに、そう、あたしの所為で辛い思いさせた」
ルゥウォンは黙る。そしてふと、遠い目をする。
ルゥウォンのこの表情は。サラさんの事を思い出している表情。
自分のミスで死なせてしまった、ルゥウォンの最愛の人。
きっと思い出してる。
「知らなかったとは云え、代わりに辛い目遭わせて・・・」
あたしは更に言い募ろうとした。それをあたしの頭を撫でることでルゥウォンは止めてしまう。
「・・・・・・・・謝ることはない・・・」
微笑んだ。
その微笑みに、あたしは安心して、立ちくらみを起こす。
ルゥウォンはあたしの身体を支える。
「血の匂いが充満しているからな・・・しょうがない。もう遅くなってしまった、送る」
言うだけ言って、あたしを担ぐ。
・・・・・・照れているんだろうか。
ルゥウォンは照れる時、言動がぞんざいになるから。
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・・・・・・オトウサン、ミマモッテテ・・・
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フォルテは、あたしから何もかもを聞くと、いつもの優しい笑みを見せてくれた。
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