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No. 00115
DATE: 1999/02/24 01:09:42
NAME: ドーガル
SUBJECT: 海に帰る日
「そろそろ、あいつのいやがる海域だな…」
ロマールを出港し、オランへと向かう船「降りしきる氷雨」号の船長室に俺はいる。
俺の名はドーガル。昔はロマールの海軍にいたのだが、部下が起こした問題の責任を取って辞職した。今はこの船の船長をしている。
もっとも、船長といってもそんなに大きい船でもなく、船員も少々足りないぐらいであるため、こうして舵を握っていたりするわけだが…。
何分海軍で問題があった為、いい船員は得られない。そこでいろいろな所であぶれた問題児達を安月給で引き取って働かせてたりするわけだが、やはり問題児。引っ切り無しに問題を起こしてくれる。
ようやく最近はそこそこ真面目に働けるぐらいまでなっては来たが、ここまで来るのに20年かかってしまった。
商人やその積み荷を運んだりと、昔は赤字も多かった仕事も収入がほどよく見込めるほどに顧客は増えてきている。
「そういえば…あの二人はおとなしくしてやがるかな?」
二人の客…冒険者らしいロマールで安値でのせてやった男達の事だ。一人は女といっても納得できるようなエルフ(ハーフエルフかもしれないが)ではあったが…。
まぁ、冒険者といっても千差万別だ。ゴロツキとそうかわらん…むしろそれ以上という奴もいれば、妙に高潔な奴もいる。
その二人はまぁゴロツキといった感じではなかったが…。
「ま、うちの連中と面倒起こしてくれなきゃいいが…」
ふとそう考えていた時。
「あ、船長〜。ランドさんが甲板でサボってやしたよ」
ヘラヘラしながら船員の一人、グレスが伝えてきた。
「また、あいつか…お前も口止めされてたんじゃねぇのか?」
「水かけられやしたからいいんです」
キッパリ言い放つ。
こいつもこいつで食えない奴ではあるな…。
「そうか。で、そこで何してやがったって?」
「へぇ。お客さんと話してやしたよ」
「ま、あいつも話好きだからなぁ。山賊やってた時にうっかり情報もらしちまったほどの大馬鹿やろうだし」
ハハハと笑う。
「ホント、おっちょこちょいっすからねぇ。ま、でもそこがランドさんの好きな所なんっすけど」
「ま、長所ったら長所だな。船員としちゃあ明らかに短所だけどよ」
しばらく笑いが続く。
「さて…じゃ、ちょいとカツ入れてくるか。おい、ギャイモン。少しかわれ」
「へい…」
黒い肌の無口な男…ギャイモンが返事をする。首筋に大きな痣が目立つ男である。
「で、グレス。おめぇはとりあえず荷物運びつづけろ。本当はサボリにきやがったんだろ?」
「え…あ、ばれやすか?じゃ、いってきやす」
誤魔化し笑いを浮かべながらグレスはそそくさと去る。
俺はどれっと首を鳴らしながら船長室を出た。
「あんな狭い船室にいたら背が縮んじまうぜ」
「さすが人間外。伸縮自在なのか?」
二人のお客の声が聞こえる。
「へへ、そう文句は無しにしてくれや」
笑い声混じりのランドの声が聞こえた。
「おい!ランド!そこで何やってる!さぼってんじゃねぇ!!」
一括。
「だ〜!船長!すいません!いま、戻ります!!」
慌ててランドが倉庫の方へ走っていった。その様はまるで脱兎のようだ。
「やっぱり、いわれてやがる」
確かリヴァースという名の男が言う。どうやらサボリについて話していたらしい。
「くっくっく」
もう一人はワヤンだったか?そいつが笑っている。確かに笑える逃げ方ではあった。
「どうも、舵取りはいいのか?」
「はっは、何。ギャイモンの奴に任せてるよ。っと、ギャイモンといって判るかな?あの首に大きな痣がある男なんだが」
リヴァースが尋ねてきたので答える。
なかなかに率直な男のようだ。
「ああ、あの色の黒い奴。ガルガライスの出身とかいったっけ。この船にいるだけで、そうとう多国籍だな」
そんな事をしゃべったのか…ギャイモンが船の連中以外と話すとは珍しい。
「どっから集めてくるんだ?さっきのランドという奴の出自も面白そううだが」
「まぁ、な。それぞれ理由があると思ってくれ」
とりあえず…あまりズケズケと尋ねて欲しくないものだ。
答えたくないような事も多いのだから…。
「まぁ、言ってみれば人徳かな?」
「自分で言うな」
冗談だったのだが…通用しないかな?この男には。
「なぁ、ありゃ何だい?」
不意にワヤンが海の中を指す。
ああ…あれは。
「なんだと思う?」
ちょいといたずら心が働いた。少し位焦らしてやるか。
「なんだ…?
「魚か?」
ワヤンという奴が疑わしそうに言う。まぁ、あの大きさだからな…。
「ああ、魚だ。ま、ちょっと普通に見れる奴とはスケールが違うがな」
いい反応だ。初めての奴はいつもそんな感じだ。
「……まさか、ありゃ船と同じ速さでおよいでんのか…?」
「まさか見た目よりずっと、遠くてあれなのか?」
面白い。なんかこう新鮮さを感じる。
「さ〜てな。お前さん方の想像におまかせするよ」
今、俺ははニヤニヤ笑ってるんだろうなぁ。
影は白い波しぶきをあげながら、ゆっくりと進む。
「何か…浮いてきたぞ、おい」
「近づいてくる?」
そしてあいつはガレー船の下に沈み込んでいく。
まぁ、いつもの通りだな。
「……船長が落ち着いている限りは大丈夫なんだろうが」
リヴァースは周りを見るという事を心得ているようだ。
さて、もう一人はどうしてるかな?
「……海か。不思議な所だな」
こいつも大物だな。
笑みが浮かぶ。
「やべえっ、何か当たってるよ!」
あ…あの新米。まだ慣れねぇのか?客が心配するだろ、ったく。
「お〜い、おめぇら。いつもの奴だ!気にすんな!」
船員に声をかける。客の方が落ち着いてるってのに…後で拳骨だな。
そうしてると一旦揺れが収まる。
そして海面に角みたいな突起物が覗く。
「あれは…なんだ?」
ワヤンが疑問を発する。まぁ知らない奴も多いだろうな…。
「まぁ、なんだ。ここいらでは主と言われている奴だ」
カジキマグロ…それも異常にでかくて、それでいて皮膚がただれた奴。俺達は主と呼んでいる。
「……あんなのも、いるのか。いつもの事、とは?しょっちゅうあれがあらわれると?」
質問好きの兄ちゃんだ。ま、その気持ちも判るが。
どれ、いつもの奴をばらまくか…。
「おい!魚をばらまけ!!」
「…なるほど。ここを通るものに、あいさつしてるわけか…いや、こちらが通してもらう礼をしなければならない、ということか?」
「ま、そういうこった」
察しよくリヴァースがいう。いつの間にやらワヤンはマストに登って眺めてるようだが。
ん?…主の奴いつもと勝手が違うな…沈んでいきやがった。
「船長…」
この船の最年長…バーゼルが船倉からゆっくりと顔を出して来た。
このじいさんとは従軍時代からの知り合いだ。この船に最初から乗ってる最古参でもある。
「主の奴浮いてこねぇ…奴、今日が死期なのかもしれませんぜ」
じいさんが珍しく落ち着き無く言う。
「死期?」
ワヤンが尋ねる。
「……まぁ仕方ねぇさ。随分長くせびってやがったからな」
苦笑。
そう、普通ならもうとっくにくたばってもいい年なんだ。
…………。
「……ながい、付き合いなのか?」
「まぁ、な」
「寿命があるのか…あんな、この世のものとも思えねぇ奴にも…」
…………。
やれやれ、客の前で最後の顔見せたぁ、俺に恥じかけってのか?
「カジキマグロってのぁ、死ぬ時には何百メートルも海の底にもぐる習性があるらしい。
勿論、水圧でお陀仏になる。…誇り高い魚でね、人間に顔見せたくねぇのさ」
そういや…バーゼルじいさんのほうも長かったよな。
「誇り高き、海域の主…か」
ワヤンの呟きが染みる。やれやれ…。
「……ったく、本当にしゃれた野郎だ。おぅ、てめぇら!今日はもうちょっと奮発してやれ!!」
感傷的になんるなんざ久ぶりだ…ま、たまにはいいもんかね?
そうしている内に主は見えなくなる。
「…主の奴はこの海に生きて、この海に溜まった汚れとか、負の力を全て背負って生きてきた…やつのただれた皮膚をみたかい?あれはワシたちがなすりつけたようなもんだ」
「…海に汚れをもたらすのは、人間、と?」
「…リファールの河川は色が着いていた。染色工場から出る染料でな。それが海まで流れてるのか…?」
じいさんの言葉に二人は反応をそれぞれ返す…まぁ、間違っちゃいない。誰だって言いたくもなるわな…。
「海は本来美しく汚れの無いもんだ。人間の欲や情念と言うものは、海を汚すとワシは思ってる。今は目立たなくても、何千年、何万年後にはきっと誰もが気づく。その時は、もう遅い」
……そいつぁ確かに…だが。
「バーゼルじいさん。相変わらず感傷的だな」
苦笑いを浮かべながら言う。
「今の海の状況なんざ、人間が生き方を選んできた結果にすぎない。誰にも迷惑かけずに生きていけるなんて無理な注文だろ?じいさんにとっちゃ、海そのものが生きがいかもしれねぇ。だが、俺達にとっちゃ海は生きる場に過ぎねぇ。わかるだろ、じいさん?それとも、こいつぁ俺の傲慢かね?」
じいさんの言いたい事もわかるが…それだけでやっていけるもんじゃねぇ。ロマン無しじゃいきる意味も感じねぇが、それだけでもやっていけねぇもんさ。
「その通りだ。ワシらがこうやって魚肉を食い、鮫の油を飲めるのも、今の仕事があるからだ、…だが…」
目尻に光るものが浮かぶ。……はぁ。
「……じいさん。そろそろ一降り来るぜ。中へはいろうや」
「ああ、ちいっと今日の波風は、身体にわりいようだ」
そのまま船室まで見送る。
「おぅ、あんたらも中へはいったほうがいいぜ。風邪ひきたきゃ別にいてもかまわねぇがよ」
笑い…を浮かべたつもりだったができたかどうかは判らない。
ま、じいさん。俺だって悲しいんだぜ?それはわかってくれるだろ?
甲板にまだ二人の客は残ってるみたいだが…ま、それならそれでいいさ。
「さてさて、そろそろ舵取りに戻るかね。ギャイモンじゃ雨の中はつれぇだろ…」
まったく…主のやろうにも困ったもんだ。空にまで涙を流させやがって…。ま、せいぜい俺の代わりに泣いてくれや。
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