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No. 00123
DATE: 1999/03/03 09:24:40
NAME: 匿名希望
SUBJECT: 倖せと哀しみの境界線・体験版
倖せと哀しみの境界線
■■
あの時、確かに彼女はそこにいた。
私が忘れない限り、きっと彼女はそこにいたのだ。
失う訳にはいくまい。
哀しとも”倖せな想い出”を。
■■
――春。どこかの片田舎の風景。
少し肌寒い空気の中、柔らかな陽射しが心地好い。
私は木陰に横になって、果てしなく広がる空をただ、見詰めていた。
あの青空を見ていると、全てが忘れられる様な気がする。
嫌だった過去。
辛いだけの想い出。
中には優しい記憶もあるが憎しみを忘れられるのならば、
それすら失っても構わない様な気にさせられる。
「…あら、起こしちゃったかしら?」
不意に躰の上に何かを掛けられ、そっと薄目を開けて見ると
そこにはあの少女―深紺の髪の少女―が悪戯っぽい微笑みを浮かべていた。
躰の上には彼女の上着が掛けられていた。
「……やあ、アムリッタ」
「もう、『アム』でいいってば」
少し拗ねた仕草が幼い顔だちをより一層幼くさせる。
そう、私の娘だった少女と似ている。
「…ねえ、何が可笑しいの?」
拗ねていたと思ったら、今度は好奇心だ。
私は躰を起こして話を打ち切る事にした。
「さあ、今日は何をしたいんだ、アム?」
■■
川原で最期に遊んだのはいつだっただろうか。
幼い時、里をながれる小川のほとりだっただろうか。
そんな事を考えながら手頃な大きさの石を集める。
「私、今日は焼き物が創ってみようと思うの」
はっきり言って、焼き物の焼き方なんて、私にはわからん。
それでも何とかしてみようと思い、即席の窯を創る事にした。
私が窯を準備する内、アムは焼き物の材料、つまり土を集めている。
確か、粘土質の物と他の何かを混ぜないと駄目だった筈だが、彼女は首尾良く
準備出来るだろうか。
まあ、彼女の場合、失敗した処でそれすらも笑顔で受け止めてしまう訳だが。
「あ〜もう、あんなに創ったのにたったこれだけ?」
夕刻。苦労して創った物は一つを除いて残骸と化していた。
二人とも激しく疲労していたが、それでも自然と笑いが出てくる。
「……で、それは一体何だ?」
はっきり言う。不細工だ。
まだ、残骸になった物は理解出来る。
しかし、苦闘の末に出来上がった物は歪な壷にしか見えない。
「あ、あはは………あ、これ、一番最初に創った奴だわ……」
案の定、何も考えていなかったらしい。
花瓶やコップ、その他色々創りたいと思った結果がコレらしい。
「しかし……結局、全部無駄だった訳か……」
苦笑交じりに呟く言葉に、彼女ははにかみながらも笑顔で答える。
「そんな事無いよ。リヴァースがどんな風に笑うのか、わかったもの。
……あっ、そうだ、記念にこれ、あげるねっ!」
……そんな訳わかんねぇ記念、いらね。
数日がずっとこんな感じだった。
河で釣りをしてみたい、と言いながら、虫を捕まえる事に夢中になってしまい
気がつけば昆虫採集になっていたり。
花輪を創る、と言っていた筈が花集めになってしまったり。
とにかく、彼女は行動する事に飽きる事を知らない。
「出来ない」「無理だ」そういう言葉は存在しない。実践あるのみ、だった。
無駄だとは思うが、彼女曰く「先ずやって、結果を残す事に意義があるのよ」
………だそうだ。
今思えば、それが彼女なりの一生懸命な生き様だったのだろう。
きっと、そうだったのだ。
■■
私がこの村を訪れてから、二週間が経った頃、火事が起こった。
春と言ってもまだ空気自体は少し寒い。
恐らく、原因は火をくべて暖をとろうとした事だったのだろう。
母親が半狂乱になって叫ぶ。
村人達が必死になって水をかけるが全く勢いが衰えない。
こうなったら私が……そう覚悟を決めた時だった。
燃える家に飛び込むんでいく人影があったのだ。
アムリッタ、彼女だった。
彼女は、幼子を抱えて出てきた。
村人達の歓声の中、彼女は私に抱えられて人目を忍ぶ様に杜へ入っていく。
彼女は普通では無かった。
例え我が子を救ってくれた者でも、恐らく嫌悪し罵倒するであろう。
彼女は、右腕がなかった。怪我、だけでは無い。
血が、流れていなかったのだから。
「えへ……」
「喋るな…すぐに治してやるから…」
焦燥感だけが私の中をぐるぐるとまわる。
どうすればいい?あの時と同じだぞ?
「私、もうすぐいなくなっちゃうんだねえ」
苦笑しながら、彼女がそう呟く。
「ねえ、リヴァース?」
言葉が出せない。
「あの時、笑った理由を、聞かせて?」
彼女はいつもの様に微笑んでいた。
■■
今となっては、何を話したか憶えてすらいない。
ただ、彼女が最期に言った言葉だけは憶えている。
『だけど、私は貴方にはいっつも、あんな風に笑ってて欲しいなぁ』
■■
私は歩いていた。
宛てもなく。
アムリッタだった物を、彼女の壷に詰め込んで。
後で聞いた話だが、村人達は彼女、アムの事を全く知らなかった。
そして、彼女の父、らしい者は2週間程前、冒険者達に倒されたらしい。
「人造生命を使って悪逆非道を行おうとしていた」から、だそうだ。
しかし、そんな事はもう、どうでもいい。
綺麗だ。
私は朝日をみて微笑んでいた。
また、新しい一日が始まる。
今日、私は何度、微笑む事が出来るだろうか。
■■
了
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