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No. 00127
DATE: 1999/03/07 01:07:35
NAME: 匿名希望
SUBJECT: 希望のシルフに吹かれて(プリム)
希望のシルフに吹かれて
■■
人の一生は、急流の中にある一枚の木の葉舟かも知れない。
けれど、私は出来る限り、その頼りない舟に寄り添っていこう。
私の生きる方法を教えて貰う為に。
■■
……人って、やっぱり良くわかんないなぁ……。
蒼く広がる初夏の空の下、そんな事を考えながら私は街道を歩いていた。
人の社会に入ってからまだ余り時は過ぎてはいないけれど、
それなりに巧く適応している方だ……と自分では思う。
……出来れば、そう信じたい。
「よぉ、可愛い姉ちゃん、またあったなあ」
……そう、可愛い姉ちゃんだと……。
「……って、うわあ、違いますっ!!」
周囲の旅人達の視線が一気に私に集まった。
道端で休憩しているキャラバンの子供達ですら、遊ぶ手を止めて
こちらをじっと見詰めている。
「……あ………うう………あ」
ああ、沈黙が是れ程、緊張感を煽る物だなんて……
こんな事、大姉様も教えて下さらなかった。
「……お嬢ちゃんよ……もう、もういいから
……責めて、夢だけは……見させといてくれよ……な?」
情無さそうな声音でおじさんがそう呟くと、周囲は笑声で溢れかえった。
■■
…うう…なんだか凄く、惨めだわ。
大姉様……人の社会は恐怖に満ち溢れています……。
私は落ち込みながら馬の引く車上で揺られていた。
私があまりにもしょげているのを見かねて、載せてくれる事になったのだ。
「……だからよ、もういい加減、開き直れって」
まだ笑いながらもおじさんは慰めてくれる。
基本的に牧歌的で良い人なのだ。好感度+3ポイント。
「……だ、だけど………」
…理由もわからず、自分が笑われると怖い。
自分の何処が笑いの種になっているかがわかっていればまだ、
開き直ったり周囲に話を合わせる事も出来るけれど、
それがわからない時は不安と恐怖と戸惑いが一度に押し寄せてくる。
そんな私のうじうじした態度にピンときたのだろうか。
合点がいった、と言う表情でおじさんが微笑む。
「嬢ちゃん、さては里から出て間が無いんだな?」
私は無難にこくり、と頷いた。
(……実際、もう1月半程になるんだけど………)
まあ慣れるまでは仕方ねえさ、と人懐こい笑顔。
おじさんの話によると、人はエルフに美しく儚く、神秘的な幻想を
抱いている……らしい。エルフの異性に対しては特に激しいそうだ。
「……あ」
「どうだい、わかっただろう?」
……私、考え事をしていて、ぼんやりしていたから……
それが物思いに耽る、神秘的な娘に見えた……のかも。
………可愛いかどうかは、取敢ず置いておいて。
「なかなかその横顔が可愛くてね。いや、茶化して悪かった」
………うあ………。
真っ赤になっているのが自分でも判る。思わず、両手が両頬を抑えた。
その様を見て、ひとしきり笑ってから妙に真面目な顔で一人頷く。
「……いやあ……ここまで初なエルフってのも初めて見たな……」
う、ウブ…………言うに事欠いて、ウブ………ひょ、ひょええ……。
恥ずかしさの余り思わず卒倒しかけた時、やっと話題が変わってくれた。
「…で嬢ちゃん、何処にいくつもりなんだ?」
■■
「本当、よく来てくれたわね。嬉しいわ、ラルアシャル・ナ・プリム」
エプロンドレスをきた女性のエルフがそう言ってハーブティを注いでくれる。
奇妙にお腹が大きい様な気がする……き、気の性……にしときたい。
なんと、あのおじさんは私の訪ねていく中姉様の、旦那様だった。
「けど……なんだか出来過ぎてる気が……するんですけど……」
「あ〜ら、貴方、私の得意だった事、憶えて無いのかしら?」
澄ました微笑み。……そうか。シルフだ。
「ふふん…思い出したわね?当然、貴女が道に迷った事も知っていてよ?」
意地悪く微笑む。けれど、かつての様な厳しさが無い。
昔の中姉様はまるで冬の風の様に厳しい方だった。
失敗しても微笑んでいるだけ。そう、「微笑んでいるだけ」だったのだ。
決して、責めも慰めもしてくれない。まさに冬風の微笑と言ってもいい。
怒っているのか憐れんでいるのか判らない微笑みに、何度と無く悩まされた。
それが……結婚、と言うものは是れ程まで人を変えてしまう物なのだろうか?
「まあ、ウチの人を迎えに出して正解だったみたいね?」
もう苦笑して頷くしか無い。この人には何を隠しても無駄だ。
「……で、大姉様は御健勝かしら?懐かしいわね。あんなおチビちゃんが
もうこんなになって、一緒にお茶を飲めるだなんて。本当、驚かされるわ」
それが懐かしい話に華を咲かせるきっかけとなった。
■■
「……で、あの……中姉様?……お腹………」
一応、昔話に一区切りついた処で私は気になっていた疑問を口にした。
「……あの人と、私の赤ちゃんよ」
妙にはにかみながら、それでもようやく聞いてくれた、と言う様相だ。
なんだか……俗っぽくなってる気がするのは私の気の性だろうか…。
いや、それよりも…私の中で疑問で渦がどんどんと大きくなっていく。
絶対に忘れちゃいけない事。種族の宿命。
それを思うと、どんどん気が重くなってゆく。
――人と私達種族は、同じ時間を生きられない。
それ処か、生まれた子は半端者として迫害されていく。
ずっと昔からよく聞いていた悲劇だ――
「きっと、私一人でこの子は育てる事になるでしょうね」
私の心を読み透かした様な言葉に思わずうつ向いた顔を上げる。
苦笑・哀しみ・辛さ・憤り………どんな思いをしているんだろう。
中姉様は。
そう思っていたのに、意外にも晴れやかな笑顔が目の前にあった。
「何故……どうして……」
「……ふ、やっぱり貴女はまだ、子供ね」
溜息交じりだったが、その言葉にも厳しさは無かった。
哀しみも、憐れみも、苦しみでさえも。
何と言っていいのか、わからない。
人が判らないどころか、同族の、中姉様の気持ちすら判らない。
つう、と涙が零れそうになる。
そんな私の涙を冷たくて、けれど温かい中姉様の指が拭う。
「……貴女もこれから人の世界を見るのでしょう?
なら、どんな事でも見詰め続けなさい。
彼等は私達に大切な事を教えてくれるわ。
どんな詰まらない事でも構わない。心に刻みつけておきなさい。
そうすればきっと、貴女にも今の私の気持ちが理解出来る様になるから」
■■
私は沈んだ気持ちで馬車に揺られていた。
私の気持ちを察してか、中姉様の旦那様も何も言わない。
黙ったまま、ただ中姉様との距離だけが離れていく気がする。
「さあ、もうそろそろ還りなさい。
貴女の時間はもうそろそろ、自分の為に使うべきだわ。」
そう言って、中姉様は私を見送ってくれた。
私は…ただうつ向いて、叱られた子供の様にうな垂れたままだった。
まるで、昔に戻ったみたいな気がする。
何も言わず、ただ微笑んでいるだけの中姉様と、うつ向く私。
あの頃と全く同じ。
私は結局、中姉様の御考えが判らないまま、宙に浮いたまま。
やがて、関所が近づいた頃だろうか。
不意に声をかけられる。
「もうすぐお別れ、だな」
ええ、としか答えられない。
今の私はただ、むしょうに一人になりたかった。
そんな私にむかって、彼は暫く考えた後ぽつりと洩らす。
「アイツと出会って、結婚して、子供が生まれる事になってな……」
「………え?」
見ているだけで、胸があったかくなる微笑み。
そんな優しい笑顔が、乾いた私の感情にゆっくりと染みてくる。
「あいつは晴れやかな笑顔で俺にこう言ったよ。
『私、貴方を最期まで見届けるわ』……って。
本当に嬉しそうだった。俺はそれで『じゃあ、いいか』って思ったんだ」
■■
あれからどの位たったのだろうか。
私はなんとなく。
本当に何となくだけれど、あの時中姉様の言った事が判る様な気がする。
「『貴方を最期まで見届けるわ』……か……」
あの時の言葉を、口にしてみる。
………そうか。
今度、御二人の子供を見にいってみよう。
きっと、今度は一緒に笑顔のまま、中姉様と話が出来ると思う。
「まだまだ子供ね」と言って、笑われるかも知れない。
けれど、今と言う時に生きる私も、きっと成長している筈だから。
人の一生は、急流の中にある一枚の木の葉舟かも知れない。
けれど、私は出来る限り、その頼りない舟に寄り添っていこう。
そうする事で、きっと私も助けられる筈だから。
■■
「なんだぁ?プリム、なにニヤニヤしてんの?」
「あの……普通、『微笑んでる』って……いいません?
………って、ああ〜っ!?
あの時、それじゃああの旦那さん、私の事を知ってて……」
■■■■■ 了 ■■■■■
BGM. 時の河(fence of defense/epic sony records)
付記 倖せと哀しみの境界線
BGM. yesterday once more(カーペンターズ)
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