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No. 00128
DATE: 1999/03/07 22:01:47
NAME: バーラム
SUBJECT: 旅のはじまり
「旅のはじまり」
ガツン!
「いてっ!」
バーラムは、家具の角に足の指をぶつけて思わずうめいた。
「・・・ったく、相変わらず俺ってそそっかしいなぁ」
家の中はがらんとしており、ほとんど何もない。今、足をぶつけた家具にしてもその中にはほとんど何も入っていない。
家の外は真っ暗で、まだ太陽が昇るには数時間を必要とするだろう。シルフさえ眠りについてしまったのか、あたりは風一つ吹いておらず、物音一つしない。
ここはエストン山脈のとあるエルフの集落。バーラムもこの集落の生まれである。
(この家とも、今日からしばらくお別れだ。)
バーラムは自分の荷物を背負うと、長年住んできた我が家に鍵を閉めた。
両親は、バーラムが幼い頃に事故に巻き込まれて亡くしたと聞かされていた。といっても、バーラムが物心つく前の出来事なので、バーラム自身、両親の顔を知っているわけではないし、事故を確認したわけでもない。あくまでもそう聞かされていただけだ。
そして、両親はもともと冒険者だったという。
実は、両親が冒険者だったということは、つい最近になるまで知らされていなかった。先日、父の祖母から初めて聞かされたのである。バーラムの好奇心が強い性格も両親譲りなのかも知れない。
もう一つ驚いたことに、バーラムの両親は生きているかも知れないというのだ。祖母にどういうことかを訊ねたが、とうとう祖母は教えてくれなかった。おまえに教えられるのはこれだけだ、と。
バーラムはしばらく言葉を失い、一人自分の家に戻って考えを巡らせた。そして、ついに決心を固めたのである。
ふと、家の前、バーラムの足下に布袋がおいてあるのが目に入った。エルフは夜目が利くので暗闇でもある程度はものを見ることができる。
袋の中にはいくらかの銀貨と手紙が入っていた。
「私達はあなたの両親のことはもう諦めています。ですが、あなたがそうするのならば私達は止めません。気を付けてお行きなさい。」
手紙は祖母からのものだった。祖母はバーラムのこの行動を完全に予想していたのだろう。
バーラムは祖母への感謝の言葉を心に刻んで街道へと向かう小道を歩き出した。
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バーラムが集落を出てから数日経ったある日のことだった。日も落ちて周囲はもう暗くなっている。オランへと向かう街道も人が少なくなり、早く次の町まで着かないものかと考えながら歩いていた。と、前から人が走ってくる音が聞こえてきた。よく見ると、手前には一人の女の姿が、その後ろからは2人の男の姿が目に入った。
「お願いです! 助けて下さい!」
女はバーラムの所までくると、涙ながらにそう訴えた。追いかけてきた男たちもすぐに追いついてバーラムの手前で様子をうかがっている。
見た感じでは、男たちは野党のようだ。手にはナイフを持ち、じりじりとバーラムとの距離を狭めてくる。
「野郎、怪我したくなかったら、とっとと女をおいてこの場から消え失せろ!」
男の一人がそう叫んで一歩踏み出した。
「そんな風に言われたんじゃ、とても渡す気にはなれないな。」
バーラムはそう言うと、素早く呪文を唱え始めた。
「大地の精霊よ・・・・」
次の瞬間、一歩踏み出した男に恐怖が走った。
「あっ、足が・・・・!」
その様子をみたもう一人も、恐怖に顔を歪め、叫び声を挙げながら一目散に逃げていった。
「仲間を見殺しにするとは。それにしても、ノームに驚くとは、野党にしては情けないな。」
無惨にもノームに足を捕まえられた男は、恐怖のあまりか声も出ない。
「今日の所は、これで勘弁しよう。次にこんなことをしたらタダじゃ済まないぞ。」
バーラムはそう言うとノームの束縛から男を解放した。男は、立ち上がることすらままならず、這うようにして逃げていった。
(ノームの力で一人を束縛すれば、一斉にかかってくることはないと思ったんだけど・・・、それ以前の問題だったな。)
バーラムはわざわざ大地の精霊の協力を得るまでもなかったかなと後悔しながらも、女の方を向いた。
「大丈夫ですか? もう奴らは来ませんよ。」
よく見ると、若い女だった。人間のことはあまりよく分からないが、おそらく20歳前後だろう。
「本当に、危ないところをどうもありがとうございました。」
若い女性は、丁寧に頭を下げると、
「では、先を急ぎますので・・・」
そう言って、バーラムが呼び止めるのも聞かずに街道を足早に進んでいってしまった。
「人間とはよく分からない生き物だな」
バーラムはそう言うと、再び街道をオランに向かって歩き出したのだった。
バーラムは、人間との付き合い方については集落の他のエルフたちよりは心得ているつもりだ。以前から何度か集落を抜け出して、人間の世界を見て回ったこともある。しかし、まだまだ分からないことの方が多い。自分が人間の世界に出てきた以上、人間のことについてもっと良く知る必要があるな、バーラムはそう考えた。人間の世界にいる以上、人間の世界の法には従わなければならない。それがバーラムの考えだった。
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それから数日後、バーラムは無事にオランの町に到着した。しかし、これからどうするべきなのか、さっぱり分からない。とりあえず、これまでバーラムがやってきたとおりにメモ帳を取り出して、町の様子などのメモを取り始めた。メモといっても、あまり役に立ちそうもないものがほとんどで、町の様子、人々の行動などを箇条書きにしたものばかりだった。
あちこちと町を見て回っているうちに日も落ちて、薄暗くなりはじめた。そろそろ宿を決めた方がいいだろうとバーラムは考え、一つの店の前で足を止めた。どうやら冒険者の店のようだ。店の看板には「きままに亭」という名前が掲げられていた。
「こん・・・にちは。」
慣れないところにめっぽう弱いバーラムは、ゆっくりと扉を開けた。
バーラムの旅は今始まったばかりである。
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