No. 00133
DATE: 1999/03/15 09:56:28
NAME: リヴァース
SUBJECT: ◇星辰おちて、たゆたう宮◇
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この話は、ドーガルの《海に帰る日》の続きとなっております。
本文の前に、そちらを先にご覧ください。
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◇星辰おちて、たゆたう宮◇
「...暇、だ。」
舳先に押しのけられ、白い泡を立てる波を眺めながら、ハーフエルフのリヴァースは、幾度と無く呟いたものだった。
1ヶ月。2度ほど、食料や水の補給のために港にたち寄った他は、ずっと一つの場所にいるわけである。最初は、雑多な船員たちの地方の方言を習ったり、舟歌を作ったりして気を紛らわせていたが、さすがに、飽きがきた。
同乗している連れのワヤンは、といえば、ひたすら寝ている。最初は船酔いに苦しんでいるせいかとも思ったが、それを乗り越えた後も、時折ふらりと看板に上がっては、やはり一日中ごろごろしていた。よくあれで目が溶けないものだ、と思っていた。
こうも怠惰なのだ。なにか事でも起こる事を期待していても、罰は当たるまい。
─――しかし、そう思った事を、彼は今、真剣に後悔していた。
「浸水だ!船底倉庫第二─―ッ!!」
船員のだみ声が轟く。この声は、山賊出身のランドか。
とたんに一瞬、垂直落下に近い感覚の跡、ドーンという刺激が、立てつづけに腹の底に響いた。
嵐だった。それも尋常のものではない。
激しく波が上下に立つたびに、衝撃が船全体を襲い、立っていられなくなる。
「ワヤン、なにか変じゃないか?」
リヴァースは、周囲の気配に違和感を感じて、傍らに横たわる男に声を掛けた。しかし、戻ってきたのは、蛙をひき潰したようなうめき声だけだった。草原出身のこの男は、草の海を渡る馬に乗るのは達者でも、船となると経験がなかったらしく、いつもの生気がてんで見られない。リヴァース以上に、海路という手段を選択した事を、今、後悔しているようだった。
ワヤンは言うまでもなく、この嵐で、船酔いがぶり返したようだった。みると他の客も、床の上で、洗面器を片手にうめいている。
リヴァースは、息をつき、船室から看板へ出た。 客人の身分としては、船員に任せ、船室でおとなしくしているべきなのだろうが。
奇妙な事に、これだけの嵐にもかかわらず、空には星が、浮かんでいた。そして、風の強さも通常と変わりなかった。ただ、海だけが、時折轟音を届かせて、波をぶち上げ荒れ狂ってていた。
「主」の死により、海の水の精霊が皆悲しんでいるのだろうか。
そう考えようともしたが、それにしてもその状態は尋常ではなかった。
「船長!」
リヴァースは、この船――「降りしきる氷雨」号の船長、ドーガルの姿を認め、声を掛けた。彼は、軍出身だという貫禄を見せ、部下を叱咤しながらあわただしそうに動きまわっていた、
「おう、あんたか。部屋ン中にいてくんな。・・・この海域を抜けりゃ、じき嵐は納まるからよ。ここにいると、いつ波をぶっかぶってもしらねぇぜ。」
ドーガルは一見、いつもと変わらぬ口調で応じたが、これまでに遭遇した事のない異常事態に、背筋に冷や汗をかいていた。その言葉とは裏腹に、船は一向に、船幽霊に捕われたかのように、位置を変えてなかったのだ。しかし、彼は、船長たる自分が冷静さを失う事は、他の者に、要らぬ不安を与えるということを、知っていた。
もう一度、波に揺られて船が跳ね、衝撃が船上の者を襲った。
暗闇の中で、リヴァースは海を睨んだ。
通常、障害物がない限り、波は風向きに応じて、局地的には一定の方向へすすむ傾向を見せる。しかし、白い飛沫を上げるその波は、秩序なく、あらゆる方向へ、混沌とただ渦を巻くのであった。
「船長。なにか、おかしい。」
リヴァースの言に、船長は心の中で舌を打った。
20年間を越える、いや、海軍時代をいれればもっとだ。その海の経験に照らし合わせても、ありえなかった事態。
冒険者のもつ知恵を求めるべきか。ドーガルがなにか口を開こうとした。その時、船がみしり、と音を立てて、きしんだ。
「船長、浸水、止まりません!!」
船員のグレスが、看板に駆け込んできた。
ばか野郎、客の前だろうが。ドーガルがそう怒鳴ろうとしたとき。
看板の手すりに手をかけていたそのグレスが、海に消えた。
「何?!」
かわりに、水掻きのある手が、次々に看板にはりついた。そして、海水に濡れた人と変わらぬ上半身と、鱗に覆われた下半身の者たちが、三つ又の矛を片手に、船に這い上がってきた。
「マーマン!!」
船員達は、何事かと、揺れる船に足を取られながら、カトラスを抜いて、彼らに対峙した。しかし、マーマン達は、直接剣をあわせようとはせず、船縁から彼らの領域である海に、船員達を引きずり込んでいった。
船底部の浸水も、彼らの仕業らしかった。
異常を察知して、ワヤンも体を引きずりながら、看板に上がってきた。
その時、もう一度、船が豪快な音を立てた。
床が、浸水により生じたひずみの重圧にたえきれなくなり、避けて、ばきばきと音を立ててめり上がった。
ほどなくして、船底からの亀裂が広がり、船は裂け、波に打ち付けられ、砕けていった。
船員や乗客は、海に放り出された。白い飛沫が次々に上がり、冬の海水が、容赦なく彼らの体温を奪った。その彼らを、マーマン達は、ここぞとばかりに捉え、沈めていった。
ワヤンや、リヴァースも例外ではなかった。同じく、傾いた看板を滑り落ち、海に叩き付けられた。しかし、彼らは水の精霊を操る事ができた。 水中でも呼吸できる様、ウンディーネの助けを借りた。ドーガルや目に付いた船員にも、それを施したが、いかんせん数が限られた。 冷たい海水が、痛いぐらいに、体から熱を取り去った。すぐに、震えがきて、歯の根がかみ合わなくなり、体中の感覚がなくなった。空気と水では同じ温度でも、空気にいる風の精霊より、水中にいる水の精霊のほうが、熱を嫌うせいか。比熱が違い、奪われる体温が違う。そのままではじきに、凍死するだろう。
「なぜ、俺達を襲う!?」
対峙したマーマンに、ワヤンは問い掛けた。
「おまえ達が、エンキを殺し、海を汚した! 精霊が弱り、海が濁り、たくさんの水の仲間と卵が死んだ!」
マーマンは答え、そのまま三つ又の矛をもってして、攻撃を仕掛けてきた。 水中に引き入れても窒息しない、残された彼らに、マーマンの戦士達が集った。
「エンキ?」
それをしのぎながら、ワヤンは問い返した。水中では思うように武器を使えない。大地のように反作用を止めるものがなく、体制は不安定極まりなかった。予備の短剣を抜いて対峙するが、そこを住処とする多勢のマーマン達に、情況は圧倒的に有利だった。
「我々は、海を航行していただけだ。おまえらの言うエンキとはなんだ?」 リヴァースは、交渉を持とうとした。
「主、のことかの・・・?」
水の中で呼吸し会話ができる、という異常さに戸惑っていたバーゼルが、口を開いた。船長ともっとも付き合いが長い、という老水夫だった。ドーガルがその言を引き受けた。
「“主”は寿命だった。俺達はその死を、見届けただけだ。」
その言葉を聞いて、マーマンの中から、年老いた一人の男が進み出てきて、他の者を静めた。態度からして、マーマン達の族長か、それに近い地位の者であるらしかった。彼は、アヌケト、と名乗った。
彼の話を聞きながら、リヴァースはなにか周囲に関して、違和感を感じていた。
頭を打ち、鼓膜を圧迫する感覚...。以前ファークスと共に赴いたエア湖の湖底で感じた、場に働く強い水の精霊力の作用であると思われる水圧が、そこにはなかった。
海であるのに、水の精霊の力が、異様に弱くなっていたのだ。
アヌケトの話では、この海域のには、古代王国期の魔術師による、海底都市「アナーヒター」が存在しているとのことだった。古代の魔術師達は、海底を自らの居住区とするために、何らかの手段を用いて、水の精霊力を弱めていたという。
そして、「主」は、水の精霊力を強め、付近の海を正常に保つ役割を果たしていたのだった。自然界の生き物としてたまたまそういうものが生まれたのか、それとも、水の精霊力を強めるために魔術師達により生み出された魔法生物なのか、あるいは水の精霊界との「扉」が生命の形となって存在していたのか、それはわからない。
「主」の皮膚のただれ。それは「主」自身に働く水の精霊力に、異常が起きたものであるためと推測できた。海底都市の精霊力の影響され続けたせいか、周囲の外界に自らの力で精霊力を強めるというその作用が負担になっていたのか。いずれにせよ、自然界の生き物であれば、寿命で死ぬということは避けられない。
「主」の死後、海域の精霊力が崩れた。付近のその個所より水の精霊力の強い所との相互作用により、海が荒れた。
そのせいで、海底の砂が絶えず舞い上がって海が濁った。
環境が激変し、多くの魚が住処を失い、卵が死んだ。
マーマンたちは、彼らの住居が失われたのを、人間のせいであるとした。
一人のマーメイドが、岩陰からそっと出てきて、アヌケトの隣に寄り添った。アヌケトの娘らしかった。
「―――わたしのお腹の中には、『卵』がいます。」
彼女は、自分の鱗に覆われた自分の下腹を、そっと撫でた。
自分達の住む場所が、人間達の行為の結果、奪われようとしている。
彼らは、自らとその子供たちの未来を、憂えていた。
海底都市は、陸上の人間が居住できる環境になっているのだろう。
いずれにせよ、海が狂った原因は、その海底都市にあると考えてられた。
ワヤン達はマーマン達につれられて、その海底都市の近くまで赴いた。波に揺られる褐色の海草の林と、ごつごつとした岩だらけの海底に、そこだけが別世界のようにうつろに横たわる、巨大な藍色の遺跡の姿が確認された。しかし、その都市をドーム上に覆う障壁らしきものに邪魔をされて。到達はできなかった。
無理にその障壁を潜り抜けようとしたワヤンが、はねかえされた。その際に、体内の精霊力を吸い取られたようだった。
オランに行けば、その海底都市に関する資料があるかもしれない。学院には、それらの知識のある魔術師もいる事だろう。そこへ行き、海の精霊力を元に戻す手段が見つかるかもしれない。そうすれば、マーマン達は故郷を捨てずにすむ。そう、リヴァース達はマーマンらに、持ち掛けた。
「おまえ達がそのまま逃げてしまわないという保証がどこにある。」
アヌケトはともかく、若いマーマン達は、彼らに対して剣呑な姿勢を崩しはしなかった。
「おれが残ろう。」
そこへ、じっと一人話を聞いていた、ドーガル船長が進み出た。
彼に古代の魔術師に関する知識はない。半生をかけた船は壊され、積み荷は海の藻くずと化した。その彼が、人質になろう、というのであった。意気消沈したのか、あるいは彼なりの、同じ人間という種がなした事に対する責任の取り方だと思ったのか。
いずれ水中呼吸の魔法の効力がきれるであろうドーガルは、精霊の眠りをほどこされ、マーマン達の集落に、人質として預けられる事になった。
ワヤンとリヴァース、それに生残った船員達は、難破した船の上で別の船が通りがかるのを待った。
「結局、人間の、所業のツケが回ってきたって話しだったんかい。バーゼルのじーさんの言った事が、そのままになったな。」
板切れの筏の上で、ワヤンは肩を竦めて言った。
「過去の人間がやった失態の、尻拭いをさせられる羽目になるとはな。ったく。なんてめんどうなことだ。」
冬海に濡れ、寒風に吹きすさばれ、寒さに震えながら、リヴァースは返した。
やがて通りがかった船に乗り、彼らは近くの陸までたどりついた。しかし、それはオランに直接行く船ではなかったため、エレミアとオランとの中間点に合ったその港町から、陸路でオランを目指す事になった。
途中、マーマンとの戦闘によりうけたワヤンのキズが化膿した。都市の入口に振れた事により、体内の水の精霊力が変調をきたした為であった。海底都市にかけられていた魔法の作用の強さが、偲ばれた。 ワヤンはカーン砂漠とエストン山脈の麓の境に涌く温泉で、体を癒した。温泉は、強い火と大地と水の精霊力が同時に表れるところであり、体内のこれらの精霊力が狂った場合、その精霊力を正す作用がある、とされている。
リヴァースはワヤンと分かれ、一足先にオランに向かいながら、するべき事を思い起こした。
水の精霊力を弱めているであろう装置などの手段について調べ、どうすればそれを解除できるか、あるいは、周囲の水の精霊力を元に戻す手段を調査する。「主」の持っていた役割と、その力の源が調べれれば、それも参考となるだろう。
そして、海底都市まで赴き、障壁を潜り抜けて潜入する手段を見つける。 そこまで赴くための船の調達も、しなければならないだろう。
現在、被害はその海域だけにとどまっているが、海底都市がもし精霊力を無尽蔵に吸収するようなものであるのならば、精霊力の移動により、影響は周囲の海域にも及んでいくだろう。また、津波などが起こり陸地にも被害の出るという可能性もある。
遺跡には、どんな守護者や魔法生物がいるか分からない。魔術師は無論のこと必要であし、腕の立つ戦士も手弛れの盗賊もいる。
そして、水中呼吸を可能にできる精霊使いも、いるにこしたことはない。
...無論、危険はそこらの遺跡探索の比ではないだろう。しかし、完全に未発掘の遺跡だ。得るものも、大きいと思われる。それを話に出せば、物好きな連中は話に乗ってくるだろう。
そして、マーマン達を助けて、海の環境を取り戻し、海の底で眠る船長を救い出す。
知識ある者、腕の立つ盗賊、技の映える戦士。知己である彼らの顔が思い起こされた。また、未だ出会ってない者達の力を借りる事になるかもしれない。
えらく厄介な事を抱えてしまった、と溜息を吐きながらも、未知なるものの発掘と調査という事に関して、オランへの旅路の足を進めながら、奇妙にリヴァースは高揚感を覚えていた。
(導入編・終)
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PL注:
以後の事は、イベントとして、進めたいと思います。
真相や事件解決法は、チャット中のアドリブや掲示板利用、メイルなどにより、順次変えながら、作り上げていきたいと考えております。
皆様の知恵と想像力を提供していただき、いっしょに物語を作り上げていただければ幸いです。
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