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No. 00138
DATE: 1999/03/18 17:14:33
NAME: パーン&スフィリア
SUBJECT: あ・し・ど・り♪(その後:下)
取り巻きの戦士の数は4。倍する敵を前にして、二人の戦士は互角以上、いや、圧倒的優位に立っていた。
一人、また一人と闇エルフの数が減り、最後に残ったのは戦士長一人だった。
「パーン殿。ここは譲ってはもらえぬか」
「おい、こいつとあの暗殺長とどっちが強いんだ?」
「同程度には弱い」
「おいおい、大丈夫かよ」
「バルトーク一族の誇りにかけて、あいつは自分が倒す」
「じゃ、俺はあの暗殺長が出てきた時のために後ろにいるとするさ」
パーンが下がると同時にクレイディスが前に出る。
彼の得物はありふれた曲刀だ。
「ハンブルドなら殺したわ」
脇に立った戦士に、ラフティがぼそりと言った。
「なんだって?」
「風の神が味方してくれたおかげで、なんとか。おっきな勲章と引き換えだけど」
「勲章?」
「・・・・・・傷痕がね、残っちゃった。命があるだけまだましなんだけど」
いつもと違う口調の彼女に、パーンは気付いた。
砂漠の民とは言え、彼女もまた女の子であったということだ。
「とりあえず先の心配事は置いといて、あの旦那の戦いっぷりをしっかりと見届けようや」
二人の戦士長の力量はほぼ互角といえた。スフィリアは手数を出して相手を剣の間合いに入れない様にしているが、その槍は未だ相手を傷付けていない。
クレイディスは矛先を受け流し、または躱しているが懐に入り込めないでいる。
しかし、均衡が崩れるのは思ったよりも早かった。今までの疲労が蓄積されたスフィリアの動きが鈍ったのだ。
槍の柄を断たれ、間合いを詰められる。残った柄を相手の顔面目掛けて投げ、怯んだ隙に飛びのいて間合いを取る。手近な死体から剣を奪い、逆に斬りかかった。
斬り合いになると疲労の色の濃いスフィリアの分が悪い。たちまち鍔迫り合いになる。
「押し切られるぞ」
パーンは思わず呟いた。
クレイディスの覆面で覆われた顔に、余裕と、勝利の確信が浮かんだように見えた。
その時、剣に集中していたクレイディスの足をスフィリアが払った。
縺れ合いながら死体の中に倒れ込む。こうなっては曲刀は使いようがない。
何度かもみ合ったあと、血濡れになったスフィリアが、クレイディスの上に馬乗りになった。
片手で相手の喉元を押え、もう片方を天に掲げて戦乙女を呼び出した。
「終わりだ。ディーサスの」
閃光と血飛沫が同時に弾けた。
休憩を取りながら、ラフティはこれまでの事を語った。転移とほぼ同時に暗殺長との決着を付け、偶然見つけた屋根裏(本来は整備用通路兼通気孔だった)に潜んでその時負った傷を癒したり、小規模なゲリラ戦(食料調達のため)を展開していたと言う。
「自分がここまで来れたのは偏にパーン殿を始め、あの酒場の方々のおかげです」
朱に染まった戦士長はそう語った。
「『本』とやらは取り替えしたんだろう?」
パーンのセリフに、ラフティは肯いて乾いた血のついた『中原伝承録』をマントの隠しから取り出した。
「ハンブルドを殺し、ちゃんと」
「じゃ、そいつを返しにオランに戻らなくっちゃな」
「まずはここの位置を確認するのが先決だと思うが」
スフィリアの横槍にパーンは肩を竦めた。
「そりゃそうだな」
その後、遺跡内を歩き回り、外部への出口を探した。エストン山脈にあるものと構造的にほとんど変わらなかったので見つけ出すのに然程の苦労はなかった。
「おいおい・・・・・・砂漠かよ・・・・・・」
満天の星が広がる砂漠は、ひんやりとして寒かった。
「こんなんじゃ場所なんて分かりっこないぜ」
横で空を見上げている少女にお手上げだとばかりにおどけてみせた。
「・・・・・・カーン・・・・・・」
「なに?」
ラフティの呟きにパーンは聞き直した。
「星の位置からすると、大陸中央、カーン砂漠の比較的西よりの場所」
「なんてこった・・・」
「パーンさん、心配しないで下さい。バルトークのテリトリーからそんなに遠い場所ではないようですから」
彼女の言った通り、翌日の日暮れにはパーンにとっては初めて見る、二人の砂漠の民にとっては懐かしい小さなオアシスが視認できた。
集落ではパーンは戦士長と共に族長の娘を守り、ディーサスを退けた英雄として扱われた。そして、疲れが癒えるまでその地に逗留することになった。
「パーンさん」
三日後、そろそろ身体が元に戻ってきたころにパーンのテントをラフティが訪れた。スフィリアも伴っている。
「どうしたんだ?」
「明朝、呪術の長があなたをオランに帰す儀式を行います。御用意をお願いします」
《テレポート》のことだ。さすがに呪術の長ともなると高位の術が使えるらしい。
「ああ、わかった」
「これも一緒にお願いしたいのですが」
彼女が差し出したのはオランの図書館から持ち出された例の本だった。蝋で封をされた手紙も付いている。
「あんたが持っていけばいいじゃないか」
「・・・・・・私は・・・・・・もうこの地を離れる訳にはいかないので・・・・・・」
申しわけなさそうに言うラフティをパーンは説得にかかった。
しかし、結局彼女が折れる事はなかった。
「しゃあねえな。でも、たまには顔出してくれよ。その呪術の長とやらに頼みゃ一発じゃないか」
「あまり軽々しく使う術ではないので・・・」
「堅い事言うなって、な?」
ここぞとばかりに畳み込もうとする。が。
「あまりバルトーク様を困らせないで頂きたい」
それも戦士長の横槍で途切れた。
「むう〜、まったくよ〜」
顔を顰める戦士に、ラフティが思い出したように言った。
「そうそう、夕餉の支度が整ったと。今日は羊を潰して、宴会ですよ」
その一言でパーンの関心は明日の事よりも目先の食事へと移っていった。
見慣れた町並み、嗅ぎ慣れた空気の匂い、聞き慣れた喧燥。
わずかしか離れていなかったにもかかわらず、妙に懐かしく感じた。
ここはオラン。
「帰ってきたのか・・・」
こうしてみるとあっという間で、夢だったのかとも思えてしまう。
一歩踏み出すと、鎧の隙間から砂が落ちる。
それが、あれは現実だったのだと報せてくれる。
話さなければならない人達がいる。話さなければならないことがある。
まずは、いつもの酒場へ行こう。
〜終劇〜
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