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No. 00146
DATE: 1999/04/04 00:59:31
NAME: ミニアス
SUBJECT: 古傷
「ふふふふふふふふ。ついに我が望みがかなう時がきた。」
赤く燃えあがる火に、その司祭の顔が照らされる。
血の臭いが漂うその場。祭壇の間。
部屋のすみには、転がる二つの肉片。先ほどまで我らの望みを阻止せんと向かってきた愚か者。
そして、わずかに息のあった神官・・・・・なんの神に仕えているのかまではわからなかった。
が、あまりにも美しい者であったために、我が神、ファラリスへの生け贄とする事にした。
あの、愚かな者達の愚考により逃げられた贄よりも、こちらの方が神がお喜びになるという言葉が、グレフ司祭から出たためでもある。
『同志を殺した者としてその償いを身体にしてやりたかったのだが』
儀式は、失敗に終わった。
神は我らの呼びかけには応じたものの、我々の望みを聞き終える前に消えてしまった。
『だから、あの贄は・・・・』
疲れきった司祭を連れて何人かの者達は、一足先にこの場から立ち去った。
自分も、ここから立ち去ろうとした時。
奥の祭壇の間から悲鳴が上がった。
「・・・・なんだ。」
興味本位。その言葉が合うだろう。
普段よりもゆっくりとした足どりで、祭壇の間へと向かった。
祭壇の間を覗く。
・・・そこにいるのは人だった。
同志ではない。肉片に変わったはずの者が、肉片の者の側にいた。
そのそばには、街で雇った傭兵の一人が倒れている。
見ただけで、絶命しているとわかるような傷を受けて。
「起きろよ!起きろよ、ヅクルウェル!!・・・・・ニウル、ニウルが・・・・・・・畜生!ちくしょお!」
すでに動かない者に向かって叫び続ける。手元には、槍のような武器にまだ新しい血が付いている。
声からすると女のようだ。
『・・・・一人で行くのは得策ではないな。』
もと来た道を戻ろうとした時、奥の方から出てきた傭兵が
「おい、こっちは終わったぞ。あとはなにやりゃあいいんだ。」
声のする方へ行くか、その場にとどまるか。
判断に迷い、振り返ると女があの武器を振りかざしすぐそこまで来ていた。
反射的に身体が動き、なんとかさける。
『こんな事ならば、剣を置いてくるのではなかった。』
だが、奥から来た傭兵が駆けつけたため、それはどうでもよくなった。
しかし・・・・
ふと、男の頭にある考えがよぎる。昔、とある女にしてやった戯れ事である。
自分を無視して、駆け寄ってきた傭兵を迎え撃つよう身構える女。
黒いローブだけの者より、剣鎧そろった者の方が強敵とみるのは当然。
自分の方に向けているその背中を無造作に押す。
すると、女はがくっと膝を付き倒れる。
駆けつけた傭兵は呆然としている。
「なにをしている、用は済んでいるのか。」
自分の放ったその言葉に我を取り戻す傭兵。
「・・・殺したのか?」
「いや、生きている。気を失っただけだ・・・・・なんだ、こんな子供が欲しいのか。」
そう、よく見ればまだ顔に幼さを残した背の低い女である。
『・・・・・・』
女の顔をよく見るために、短い髪を引っ張り上げる。
しびれを切らしたように傭兵がまくしたてる。
「なぁ、こっちは三人も殺られちまってるんだ。おれの相棒も死んじまった。だからよ、いいじゃねぇか。あんたもやられっぱなしじゃ気が済まねぇだろ。」
口元が緩むのが自分でもはっきりとわかる。
「いいだろう。だが、仕事はしろ。金は払ってあるのだからな。」
傭兵は持っていたロープで女を縛り始める。
それを横目で見ながらもう一言つけくわえる。
「気が済んだら、殺さずに逃がしてやれ。忘れるな。」
そう言い残すと、傭兵の反論も無視してその場を立ち去る。
用が済み、外へ出ると雨が降っていた。
しばらく森を歩く。
「ふくっくっくっくっ・・・・ふぁはっはっはっはっは」
押え込んでいた物を狂った様に吐き出す。
稲妻が走り一瞬照らしたその顔には、三本の線が刻まれていた。
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