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No. 00185
DATE: 1999/05/24 15:56:06
NAME: スカイアー
SUBJECT: 傭兵剣士・余話
いわゆるあばら屋だった。表から見ただけでは、それがれっきとした店であることなど決して分からないだろう。色褪せた扉の取っ手にかけられた虫食い穴だらけの木の看板に、これまたかなり褪せた赤色で「営業」とあるのがかろうじて読み取れる。
それ以外には何もない。何の店であるのかを示す看板も、張り紙も。そう言ったものが必要ないのは、この店を訪れる人間がごく限られているからだ。
かく言う私は、この店を訪ねるのは今日が始めてだ。付け加えるなら、店自体に格別な用事がある訳でもない。
取っ手を回し、軽く扉を押す。軋んだ音を立てて、扉は内側へと開いた。
まず、目に入ってきたのは大棚の背中だった。大の男の背丈を越える大きな棚が、店の入り口に立ち塞がっているのだ。店の木材と同じくらい年を取った樫の棚は至る所に穴が空いており、その中に収めてあるものが丸見えになっている。
そこに大量の草が並べられていた。恐らく、薬草なのだろう。薬学の知識のない私には、それらが薬なのか毒なのかはまるで見当がつかない。
穴ごしに伺える店内には同じような棚がずらりと立ち並び、それらの中には様々な形状の「薬」が陳列されている。
そう、ここは薬屋なのだ。商い、と言うには少々難のあるたたずまいではあるが。
しかし、これから私が会おうとする人間が、いかにも好みそうな雰囲気でもある。そうでなければ、あの女が「働こう」などと考えるはずがない。
そう考えた時、店の奥から声をかけられた。
「・・・足元に、気を付けて・・・色々と、並んでいる・・・から・・・」
ハスキーな声が気怠げにそう告げた。二月ぶりに聞く声だった。
「アーヴか。私だ、スカイアーだ」
声の主の名を呼んで、私は店の中に足を踏み入れた。言われた通りに足元を見るとなるほど、床には瓶詰めの薬が数多く並んでいた。そのために通路は恐ろしく狭かった。人が一人横歩きできるかどうかと言うほどだ。
私は注意深く店の中を進んだ。適当に配置された大棚で店の中は幾つもの区画に分けられた形で、ちょっとした迷路だった。
狭い部屋だったが、そこにたどり着くまで二、三分かかった。
「・・・いらっしゃい・・・お久しぶりね・・・スカイアー・・・」
棚と棚に挟まれた僅かな隙間の中で、ロッキングチェアに腰掛けて私を待っていたのは、一人の若い女だった。
抜けるような肌と針金のように痩せ細った体、腰まで流れる見事な銀髪。そして、目の下にうっすらと浮かんだ青黒い隈。 そして、額にかけられた金のサークレット。
全てが、変わりなかった。
私は腰から下げていたそれを手にとって示した。鉄の硬貨。小さな穴を空けて鎖を通し、ベルトに結び付けたそれの表面には、下位古代語が刻まれていた。
「我ら五つのかねの誓いに結ばれし者。金、銀、銅、鉄、錫を己が印とした盟友なり。すなわち、レト・メフィス」
ゆっくりと読み上げて、その女・・・アーヴディアは顔を上げた。気怠そうな表情の中に、微かな笑みが浮かんでいる。
「また会えて嬉しいわ。<鉄>のスカイアー」
「まさか、オランに来ていたとはな・・・<金のアーヴディア>」
そして私達は、二月ぶりの握手を交わした。
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