No. 00198
DATE: 1999/06/04 02:22:04
NAME: レイシャルム
SUBJECT: 呪われし放浪(前編)
暗い闇の中。
彼は手探りでその光届かぬ世界を漂っていた。
「俺は…生きてるのか?」
冒険を初めて数ヶ月。 依頼をこなすのもまだ両の手の指で数えられるような新米。
「ここは一体…どこなんだ?」
だが、運命の悪戯というのは恐ろしい。 彼はまだその呪われた運命を知らない…。
そして…長きに渡る放浪はここから始まることになる。
− § −
時は遡って、その3日前。
ルシアーンと呼ばれる小さな村に若者達…『冒険者』の一行がやってきたのだ。
ゴブリンに苦しむこの村の依頼を受け、まだ若い3人の者が辺境まで足を運んだこともあって、
村は賑わい、多少活気を取り戻していた。
「ふぅ…」
しばらくして。
彼らも村人の熱烈な歓迎から解放され、ようやく休みを取ることができた。
「やれやれ…どうしてもああいうのは苦手だな」
鎧を着込んだ青年が腰を椅子に落ち着ける。
少々幼く見える顔、皮鎧に身を包み長槍を脇に携えている。
「レイはいっつも真面目だものね。 どこかで気を抜かないと冒険稼業なんかやってられなくなっちゃうよ?」
黒い鎖の鎧を身につけた少女が微笑んで、青年をつっつく。
腰から柄の長い剣を外して、ベットに投げる。 あまり弾まずにその剣が毛布に沈んだ。
「まぁまぁ、ディアーネ…彼だって疲れているんですから、休ませてあげましょうよ」
「ジークも甘いなぁ…ま、今日は見逃してやるか♪」
軽い革の胸当てをつけたもう一人の青年−ジークと呼ばれたか−が二人の間に割って入り、間を取り持つ。
肩から長弓と矢筒を下ろし、ベットに腰を落ち着ける。
「まったく…脳天気だな、二人とも。 とにかく明日の朝には向かうぞ…しっかり寝ておいてくれよ」
レイはそう言うとさっさとふとんの中に入ってしまう。
どうしても生真面目に、小うるさくなってしまう。 なにしろ他の二人が自分以上に細かいことを気にしない。
そんな人間くさい、一緒にいて楽しい仲間達との時間が何より彼を落ち着かせていた。
遠巻きに聞こえる二人の声を子守歌に、レイは眠りに沈んでいった…。
翌朝、彼らは村を立って一路ゴブリンの集落を目指していた。
「足跡消してもいかないってのは…楽でいいですね」
「雨とか降らなくてよかったよ、ホントに。ジークでも追っかけるのも辛くなるからな」
野外活動の訓練を受けているジークにかかれば、ゴブリンの足跡を追うのなど難しいことではなかった。
…数時間後、彼らは薄暗い洞窟を見つけていた。足跡は中へと続いている。
「…どうするの?」
「依頼はゴブリン退治だ、ここで帰ってどうすんだよ! 行こうぜ、準備だ!!」
ふと横を見る…ジークが既にランタンをつける準備をしていた。
気の合う仲間というのは互いの行動を予測できるから楽でいい。
自分も槍を近くの木に立て掛け、腰の剣を抜く…洞窟内では長物はどうしても邪魔になってしまう。
全員の準備が整ったのを確認して、彼らは巣穴に潜り込んでいった…。
数刻の後、ゴブリン達は自分たちのボスを倒され散り散りになって逃げていった。
所詮は烏合の衆…訓練された戦士達にはかなうわけもない。
「これでしばらくは大人しくしているでしょう」
「だといいけど…アイツらっていつの間にか数が増えるのよねぇ」
泥のついた鎧を軽く払って、ディアーネがぶつぶつ呟く。
数発ゴブリンの攻撃をくらったはずだが、大した怪我を負っているようでもない。
防具をうまく使ってダメージを軽減する戦士の技の賜物、といったところか。
「さてと、そんじゃあ後は帰るだけか?」
レイは適当に身支度を整えて、二人にそろそろ起つよう促す。
死の臭いの立ちこめるようなこんな場所に長くいる気もないからだ。
彼らもうなずいて、その場を後にした…しかしだ。
「…おや?」
先頭を歩いていたジークが不意に立ち止まる。
「どした? なんかあったか?」
「いや…ここどこでしょう?」
………しばし沈黙。
「ちょっと待ってよ…あんたちゃんと地図描いてたでしょ!?」
ディアーネが思わず高い声でジークを責める。
怒るのも無理はない。
ジークの道案内に頼りきって、レイもディアーネも全く道を覚えていないのだから。
いや、頼りきるのも問題があるのだが。
「まぁなんと言いますかね…人間たまには間違いもあるということで」
「こんな密林の中で迷子なんて、死ねって言ってるようなモンじゃない!」
比喩するのであれば、海よりも深いようなため息…といったところか。
彼女はそんな感じの息を吐く…だがすぐに顔を上げて話し始めた。
「ま…今さらうだうだ言っててもしょうがないわ。どうにか脱出できるような方法を考えましょ?」
前向きな意見だ。だが道がわからないのに下手に動くのも問題だ…というのが遭難時の常識である。
だからといって、助けが来るような奇特なアテもない。
「…とにかく進もう。 森だって延々と続いてるわけじゃないだろ」
「というと?」
ジークの問いに、レイは苦し紛れに答えた。
「方向決めて歩いていけば、いつかは森を出れるだろ…無限に続くこたぁないさ」
気のせいか、ディアーネとジークの方が下がったような気がした。
− § −
ずんずんと進んでいく一行。しかし状況はあまり変わらない。
「…ねぇ」
「なんだよ、ディアーネ…用件は手短にな」
後ろを振り返らずに歩きながら話をしようとしている。…どうやらディアーネの顔を見たくないらしいが…。
「一体どのぐらい歩いてると思う?」
「さぁ…そろそろ日が暮れるかな」
「…4回目のね」
いつまでたっても森の中で、いい加減ディアーネの精神も保たなくなっているのだろう。
「いいから歩こう、そのうち抜ける」
「そのセリフ一日に20回以上言ってるんだけど」
「………」
さすがに言葉に詰まる。
いい加減自分も同じ風景を見続けるのは辛くなってきたのだ。
そして…それから少しして。
「…抜けましたね」
今までずっと黙っていたジークが口を開いた。
ようやく薄暗い森を抜け、明るい太陽の差す所へ…出るはずだった。
だが、彼らの予想に反して目の前に広がるのは広大な湿地帯…見たこともない土地だった。
周囲には濃い霧…いや、臭気と言うべきか、なにか濃密なモノが立ちこめている。
「………」
息を飲む。あまりに容赦ない状態におかれた人間は一瞬考えが及ばなくなることがあるのだ。
「まさか森の中から出ていきなり沼地たぁ…」
思わず腰を地面に下ろしてしまう。
当然心中は穏やかではない…最初に動こうと言ってしまった責任もある。
「おかしいですね、普通こんなすぐに地形が変わるなんて事はないはずなんですが…」
「んなことはどうでもいいけど…確かに森からは出れたみたいね」
…状況は輪をかけて最悪になってはいたが。
「…とにかく進もう」
レイは前を見据えて立ち上がった。
森の中、湿地の中…どちらにしてもさっさと出なければいけないのは確かなのだ。
ぐずぐずしていればそれだけ好機は逃げそうだし、進む以外の選択肢も与えられていない。
…答えはすぐに出た。
「もう…地形が変わっただけじゃないの」
「なるたけ地面の固いところを行きましょう…底なし沼なんかにはまりたくないですからね」
二人ともゆっくりと歩き出す準備を始めている。
憎まれ口を叩きながらも、一緒に着いてきてくれている彼ら…。
レイは少なからず感謝していた。
「さぁ…行こう」
自分の槍を杖代わりにして、先頭切って歩いていく…。
歩き始めて少々たった頃。
不意に周りは障気で覆われた…。
「…二人とも…!」
レイが注意を促すより早くディアーネは剣を構え、ジークは矢をつがえていた。
「わかっていますよ」
「どうも、歓迎してくれてる雰囲気じゃないわね…」
苦笑して、自分も手持ちの槍をしっかりと構える。
「…来るぞ!!」
瞬間、相手は沼の中から水飛沫を上げて彼ら三人に襲いかかる…!!
ディアーネが飛び出してきた相手の身体を横に薙ぐ。
パキン、と意外と軽い音を立ててきれいに二つになったそれは…無数の足を持つ、昆虫だった。
「大百足…それもかなり大勢ですか!」
「ひの、ふの…10匹はいるかな? 足したら足の数が千以上あるぜ」
「冗談言ってる場合…!? また来るわよ!!」
大挙して襲ってきた大百足も彼らにとっては敵ではない…はずだった。
沼地というハンデ、そしてなによりも疲労と数の論理。
それがレイ達を次第に劣勢に追い込んでいった。
「ちっ…このぉっ!!」
力任せに槍で百足の頭を叩き割る。既に身体も傷だらけで、毒を受けていないのが唯一の幸いであった。
周りを見渡せば、十数体の昆虫の亡骸が転がっている。
「しつこいのよ、こいつら…何体斬ってもキリがないわ!!」
ディアーネが袈裟切りにしたあとに、死骸に蹴りをくれて沼に落とす。
少なくなってきた足場を確保するためとはいえ、なかなかに豪快だ。
だが、奴等にもらった手傷も浅くはない。
「霧にまかれてキリがないとは…正直あまり笑えませんね」
ジークもその弓矢で襲ってくる連中の頭を正確に撃ち抜いていたが、疲れが精度に乱れを呼んでいる。
残りの矢もほとんど残っていない。
…万事休す。
そんな時、何者かの剣が大百足の細い胴体を4、5匹まとめて薙ぎ払った。
バシャバシャと水の中に水没していく死骸…その後ろには。
「…誰だ?」
レイが問いかける。まだ敵か味方かもわからないのだ…。
「少なくとも敵ではないな…お前達を助けてやろう」
まだ若い男の声。かく言うレイも少年と言えるほど若いが。
薄い霧の中から現れたのは鱗の鎧を着込んだ長身の男…その手に鍔のない長剣を携えている。
「信用しろっていうの? こんな所に突然出てきた得体の知れないアンタを?」
「まぁ…そう言うな。 別に信用しなくてもいいがな」
自分に襲い来る3匹の大百足をまとめて剣であしらっている。
(凄い…力量があってこそできる芸当だ)
思わずその男の剣技に目を奪われた。
様々な角度からの攻撃を最小限の剣の動き、身体のさばきだけでかわしている…。
「いい加減にうざったいな…まとめて片付ける!!」
ゆっくりと腰の鞘に剣を納める。
「な…アンタ、何考えてるのよ!?」
「まさか素手で…無茶です!!」
…ゆっくりと両の手を胸の前で交差させる。
そして静かに、朗々と、歌うような声が湿地帯に響く…。
『我が身に眠る古の力よ…地を切り裂く力よ、この腕に…!!』
その声と同時に彼の両腕が微かに光を帯びる。
そして…襲いかかってきた大百足にその光を宿した拳で殴りかかる…!!
「はあああぁぁぁっ!!」
その一撃は細長い昆虫の胴体を易々と切り裂き、その頭部を吹き飛ばした。
「おいおい…なんてぇパワーだよ…」
「世の中広いわね、こんなのがいるなんて…」
しばらくして、それ以上の増援もなくなりようやく周囲が沈黙を取り戻したころ。
「さて…お前達をどうするかだな」
「助けてくれる…んじゃなかったのか?」
苦笑いして男に尋ねる。もう肉体も精神も疲れ切って、藁にでもすがりたい気持ちだった。
「やれやれ、ここに迷い込んでくるとは運があるのやら、ないのやら…」
「…そういえばここは一体どこなの? イマイチ場所がつかめないんだけど」
その男はディアーネを真っ直ぐ見返して答えた。
「ここは…閉ざされた土地、ドラゴニア」
そして、顔に静かに優しげな笑みを浮かべ…。
「ようこそ客人。我が名はルターグ…失われし民の末裔だ」
− § −
(…続く)
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