No. 00200
DATE: 1999/06/06 23:30:26
NAME: ファズ
SUBJECT: 信じる道
「なぜ、君がここに呼び出されたか解っているな?」
賢者の学院。その最上階の一室にファズはいた。部屋に窓はなく、天井には魔法の明かりが煌々と輝いていた。
「はい」
ファズは正面の机の向こう側にいる初老の男に答えた。マナライにも一目置かれている男である。普通ならファズのような年齢の者が会えるはずもない、魔術師ギルドの幹部。
「先日、君は街のとある酒場で人を刺したらしいね。その翌日、同じ酒場で魔法を使った。間違いないな?」
「ありません」
ファズのは賢者のローブを着ておらず、ラフな服装に腰にダガーを下げていた。左腕には包帯が巻かれてあり、魔術師の象徴とも言えるスタッフも今は賢者のローブと共に荷物袋に押し込められていた。おおよそ、魔術師とは呼べないような格好であった。
「君は賢者の学院の風評を著しく悪くした。そして、定められた規則を破った。その事はわかっているな?」
「わかっています」
ファズは初老の男の目を見ながら、はっきりと言った。自分は間違ってはいなかったと思えるから。兄弟を冒涜されて怒るのは当然だと考えたから。あの時、魔法を使うのが最善の解決策だと信じていたから。
「よって、君は処罰される。本日を持って魔術師の位を剥奪する。異論はないかね?」
「はい」
ファズはスタッフを手に取り、小さく苦笑を浮かべたあと、それを机の上に置き、傍らに賢者のローブを置いた。
「今までありがとうございました」
踵を返すとファズはまっすぐに歩いていった。
・・・・・・自分が信じた道を
「惜しいな・・・彼なら立派な魔導師になれると思ったのだがな・・・」
男はファズが消えていった扉を見つめ一言呟いた。
「・・・・・・つー訳でオレは魔術師をやめたぜ・・・ルフィス」
暖かな風が夏の到来を知らせていた。明け方はまだ、冷え込むとはいえ、昼にもなればかなりの陽気になっていた。いつもより涼しそうな姿で、ファズは弟の墓に賢者の学院を退学になった事を報告した。
「馬鹿な事をしたって思ってんだろ?わかんだぜ、お前が言いそうな事くらいは・・・
だけどな、後悔はしてねーぜ。オレは多分、魔術師ってのには向いてなかったんだと思うしな。たとえ、人を救う為だと解っていても、魔法は使っちゃいけない。どんな事があっても魔法というのは使ってはならない。それが、賢者の学院の規則なんだ。・・・でもな、一生懸命になってよーやく扱えるよーになった魔術、使ってはいけないならオレの努力はなんだったんだって思ってしまう。目の前で魔術を振るえば助けられる人がいたなら、オレは魔術を振るってしまう。人を救えなくなるくらいなら、自分の道を信じて歩けないくらいなら、オレは魔術師の称号なんていらない。あんまりうまく言えねーんだけどよ・・・ルフィスならオレが何を言おーとしてるか解ってくれるよな?」
一陣の風が吹いた。
ファズの問いに答えた者は誰もいない。当然、墓石は言葉を発さない。それでも、ファズは満足そうに一度頷いた。
「そーだよな・・・自分の信じる道を歩けば良いよな・・・自由と渾沌は同じじゃない・・・それはわかってる。だけど、規則に縛られて、信じた道を踏み外すくらいなら、規則に縛られないよーにするしかねーよな。秩序と拘束も違うもんな・・・」
ファズはルフィスの微笑みかける。
「オレ、もー行くな♪仕事みつけねーといけねーしな。生きていくためによ♪」
ファズが去った後も、ルフィスの墓は静かに佇んでいた。粗末な花束と共に・・・
「すいません。仕事をさが・・・・・・」
「どこの馬の骨とも解らない奴を雇う程うちは酔狂じゃないよ!」
バタン
これで、何件目だろう。人に冷たい印象を与える蒼い目と、他所者という事の2つから、ファズは仕事を見つける事は出来ないでいた。
「・・・しゃーねーか・・・フード、また、なんか芸でもして稼ぐか?」
フードはファズの言葉が聞こえていないかのように、ファズの服の下でもぞもぞと動いていただけだった。
「そっか・・・もー、使い魔じゃねーもんな・・・」
賢者の学院に呼び出される前に、ファズはフードをただの砂ネズミに戻していた。魔術師である事を捨てると決めた時にファミリアーを解除していた。それがファズなりのけじめだった。
「ほら、行けよ・・・お前だったらどこでも生きていけるさ・・・」
フードを路地裏の道に降ろすと、ファズは優し気に囁いた。その顔に写った表情は寂しさ。
単身、オランまで来たファズが唯一、心を打ち明けられた友達への別れを哀しむ表情。
フードはかつての御主人様を不思議そうに見上げたあと、路地の奥に走り去った。
「・・・お前なら・・・絶対に生きていけるさ・・・」
言葉を残しファズはまた商店街を歩き出した。
不意に聞こえてきた楽し気な笑い声に足をとめる。そこにあった木造の店には「きままに亭」という看板が掲げられていた。おそらく、もう、出入り禁止になっている店だ。窓の向こうに見えた人影はスカイアー。
とたんに申し訳ないという気持ちが心に込み上げてきた。彼が抱え込んでいる盗賊ギルド関連の問題をオレは解決の為に手助けすると約束した。だが、魔術師ではなくなった自分ではそれは出来なくなった。
ここにいるのはただ、己の信じた道を歩こうとする力無き者。
スカイアーに、合わせる顔がない。そう思うとその場に居続ける事は出来ずに、走り出していた。
どこをどう走ったのかはよく覚えていなかった。気が付くと妖魔通りに来ていた。すでに、日は沈みかけ、紅い夕日がファズを照らしていた。
「さがしたぜ。ファズ・フォビュート」
背後から殺意のこもった声が投げかけられる。振り返ると、数人の男が大男に率いられて立っていた。
「ロマールの牙から逃げれるとでも思ったか?今度こそ殺してやる」
喧嘩・・・いや、殺し合いが避けられないと感じ取ったファズが背中を探るが、そこには手に馴染んだスタッフはなかった。
「こんな所まで御苦労なこったな」
軽口を叩き、ダガーを引き抜きファズは身構えた。
「ん?・・・てめー、スタッフはどうしたんだ?てめえに復讐すんのに、ちょっとは魔術師について勉強したんだぜ?あれがねぇと魔法は使えねえんだろぉ?」
目の前の大男が口の端を醜く吊り上げた。
(バレた!)
瞬間、ファズは逃げ出した。もと不良とはいえ、5人も6人も一度に相手どって肉弾戦で勝てるとは思えない。が、ファズの逃走は長くは続かなかった。3つ目の角を曲がれば、その先には道がなかった。
「とっとと詫び入れて泣叫べや。ファズさんよぉ」
ファズの鳩尾につま先がめり込む。どれくらいの間リンチに合っていただろう。すでに痛覚は麻痺し、自分が蹴られている事さえ、どこか遠くの出来事に感じ。袋小路に追い詰められたファズはダガー1本で奮戦した。が、多勢に無勢、2人の喉を掻き切った時にはすでに立つ事すら出来ない状態にされていた。
「土下座して靴の底を舐めたらこれで許してやっても良いぜ?」
男がファズの耳もとで囁く。
「・・・・が・・・・・ん・・・こ」
「あぁぁ〜〜!?はっきり言えや!」
「・・・息が臭ーんだよ。醜男」
瞬間、顔を思い切り踏みにじられる。口から血が溢れ出す。内臓がかなり傷付いている証拠だ。
殴り続けられ、蹴り続けられ、ともすれば薄れ行く意識の中でファズはいろんな事を思い返していた。
走馬灯のように記憶が蘇るのではない。ただ、今までの自分の生に何か意味を見い出そうと思い巡らせた。
「ファ、一緒♪」
フィンの嬉しそうな顔が蘇った。フィンの歌。踊り。笑顔。それが好きだった。本当に心から喜べるフィンが羨ましくもあった。フィンは自分がいなくても何かを支えに生きていくだろうか?部族の者が皆殺しにあい、唯一生き残ったエルフ。まだ、16歳という幼いエルフはオレがいなくとも、生きていけるだろうか?
「自分が何をしたかわかっているのか?」
ケルツ。無表情で無愛想な男だった。そう、ルフィスのように。彼はオレがいなくなる事を喜ぶだろうか?五月蝿い奴がいなくなったと、安寧を感じれるようになるのだろうか?彼は将来、心を表情に表せるようになるだろうか?
「今のお前は死んでいるな」
リヴァースが言った言葉。言葉だけを見ていても、彼の真意はわからない。彼が何を思い言葉を発するか。そして、何を望んでいたか。リヴァースは多くを語らなかった。でも、今のオレは彼の望んだオレではない事は確かだ。一つだけはっきりとしたリヴァースの意志。「生きろ」って事に反する行動を自分はとろうとしていた。
「ありがと・・・」
そう言って涙を見せたユーティ。ロマール時代からの数少ない友人。彼女の打ち明け話。そして、彼女に聞かせた、オレの過去の所業。それでも彼女は微笑んだ。自らの過去を背負える笑顔だった。オレの過去を許してくれる笑顔だった。
「どーしても償いがしてーってんなら、生きる事だな」
彼女に偉そうな事を言っておいて、自分はこれ。
半年後に彼女が再びオランを訪れた時、オレが死んでいたら、ユーティは泣くだろうか?怒るだろうか?
それとも・・・忘れているだろうか?もう1度会いたかった。
いつの間にかリンチは終わっていた。ひょっとしたら続いているのかもしれないが、全ての感覚が消えていた。とてつもなく、眠かった。
(エイルやルフィスもこんな風に死んでいったのかな?)
止まりかけた意識で考えようとするが、それが、酷く、だるい。
遠くから足音が聞こえた気がした。目が開いているのかどうかわからなかったが、視界には白い靄しかわからない。
(白い靄か・・・)
<ファズ>
唐突に兄の声が「聞こえた」
(・・・エイル・・・)
<お前は生きなさい>
幻聴ではなく、確かに兄の声が「聞こえた」
(ああ・・・エイル・・・)
<お前にはルフィスやオレの分も生きて欲しいんです>
(わかってるよ・・・)
(けれども・・・随分と・・・)
(長い間・・・独りで歩いてきて)
(なんだか・・・酷く・・・疲れてしまって・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・)
やがて、ファズは完全に意識を失った誰も気付くはずのない寂れた路地裏で・・・
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