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その日の内にアタイは無断で部下2名を引き連れてフェルダーを出発し、街道を北上した。降りつける日の光と忌々しいほどの暑さで何度か士官にあたったりもしたが、何とかロマールへと到着した。さぁ、ここからが正念場だね。
夕暮れまで適当に暇をつぶし、部下どもを外に待たせ、アタイはとある豪華な屋敷へと入った。なかなか趣味のイイ造りだねぇ。そのうちアタイらも・・・くっくっく。おっと、妄想にふけってる場合じゃないやね。ふん。では依頼主とご対面といきますか・・・。
依頼主はある貴族の代理でヴァルツァー・デッケンと名乗った。もっとも、アタイはまるっきり信用しちゃいない。この手の依頼主は本名なんて名乗らないからね。(もっとも、依頼主とそのボスの素性は親分から聞いていたが・・・)そして自称代理人はアタイに仕事の内容について手短に告げると、なんと気前よく前金として幾つかの高そうな宝石を提示してきた。・・・どうもダマされてるような気がするな・・・そこで、アタイは無言で席を立ち、部屋を出ようとした。
「ふふ、さすがはあのジャルド船長の使いだけあって見る目があるようだ。ふぁっははは」
「・・・!」
「ジャルド船長は元気かね?さぞかしアレの方が忙しそうだがね!」
アタイは振り返ってもう一度席に着き、足を組んだ。自称代理人は含み笑いをしながらアタイをじろじろと舐めるように観察しだした。
「親方からアンタらのボスの話は聞いている。お互い、何かと大変らしいな。くっくくく」
「ふ、違いない。あんな連中があと10・・・いや、もう1人でもいたらこの世界は終わりだからな」
アタイと自称代理人は声高に笑い、いつの間にか用意されていた酒を酌み交わす。
「・・・アタイらにアブない橋を渡らせるってんだから、それなりの見返りはあるんだろう?」
「もちろんだとも。質のイイ<商品>を3体ほど買ってこいとよ。それと、国内での<免税>証だそうだ」
「・・・ふん、それは魅力的だねぇ・・・よし、いいだろう」
「さすがはジャルド船長の副官だけのことはある。コレの価値が判るとはねぇ」
アタイはにやりと笑い、自称代理人と握手をした。
「そうそう、判ってるだろうが、我々の保険として監察官を随伴して貰うよ。おい、彼女を連れてきてくれ」
「はい、かしこまりました」
「男だと喰われるからな、ふぁっははは」
しばらくして、執事は一人の少女を連れてきた。見たところ、14〜5だろう。ナニを考えてるんだ?コイツらは?こんなヘンな監察官は初めてだ・・・かえって不気味だねぇ・・・
「ガキだぁ?アタイらをナメてんのか?」
「ふざけちゃいないさ。剣の腕は大人にもヒケを取らねぇ。なんならやってみるといい」
「ふ、アンタが言うんならそうなんだろう。ケガしたくないからね」
アタイは肩をすくめてそういうと、席を立って部屋を出た。
「さっさときな、アタイは気が短けぇんだ!」
アタイらはさっさと屋敷を抜け出し、部下一人(もう一人は途中で逃げ出したらしい)と監察官(一言もしゃべらねぇ・・・名前ぐらい名乗ったらどうなんだ?)を引き連れて夜を日に次いで街道を下り、フェルダーへと帰還した。・・・そして、乗船したアタイを待ってたモノは・・・
かつての夫、あのときアタイを見捨てて逃げ出した腰抜けがジャルド親方に・・・
アタイは昔、養子として妹とともにオランのとある商家へ引き取られた。そのときアタイは9歳、妹は2歳だった・・・今では過去の甘い記憶でしかない新鮮な日々・・・妹と海の見える丘を駆け回ったあの日々・・・そして幸せになるハズだった3年前の小旅行・・・すべてはあの時から始まった・・・あの旅行も終わりにさしかかり、オランへ戻る途中でアタイらは盗賊の襲撃を受けた。アタイらは逃げる間もなく捕らえられ、連中のアジトへと連れて行かれた。身ぐるみを剥がされ、連中の嬲りモノにされているアタイを見て・・・アイツは・・・なんと、アタイを見捨てて逃げ出しやがった!
あの時ほど絶望感を味わったことはなかった・・・そして同時にアイツに怒りがこみ上げてきた。あれほど頼りない・・・いや、本当にアタイを愛してくれていたの・・・?そしてアタイの視界はいつしか闇に包まれていった。
ユルサナイ・・・ゼッタイ・・・
アタイは我を忘れてアイツを部下の持っていたカットラスで何度も斬りつけ、甲板からたたき落として文字通り海の藻屑に変えてやった。アイツは死ぬ間際に何かホザいてたようだか、もはやアタイには何の意味も持たなかった。
「・・・昔の夫を斬った感想はどうだ?え?」
「ふん」
「まぁ、コレでオマエも気が楽になったろう・・・っと、何か預かってきたんだろうな?」
「・・・ああ、紙キレと気にくわないオンナをね・・・親方、少し休ませて下さい・・・」
「いいだろう、我が娘よ。後は部下に任せて眠れ」
・・・少し、ちょっと少しだけ時間を下さい・・・
気が付くと櫂を漕ぐ音と波の音が微かに室内まで聞こえ、天窓から月明かりが漏れている。いつの間にか眠ってしまったらしい・・・起きあがり、薄明かりの室内を見渡すと、テーブルには血染めのカットラスと一緒に見たこともない金の髪飾りと血染めの手紙らしきモノが置いてあった。
手紙には、3年前から今までの言い訳(逃げ出したあの日のこと、アタイの妹へ言った嘘のコトバ、そしてつい昨日までの経緯・・・)が長々と綴ってあった。そして・・・罪滅ぼしにもならないだろうが、手作りの髪飾りを贈る。もし・・・
「アンタぁ・・・ぁ・・・」
血染めの手紙と髪飾りを両手で胸に抱き、床にへたり込んでいつの間にか泣いていた自分がいた・・・
そして、翌日からはいつものアタイに戻った。髪飾りを付けたコト以外は。
その後、アタイらの船「黒い炎のサラマンドル」号はエレミアを経由してオランの玄関口であるカゾフへ寄港。官吏から長期滞在許可を受け取り、交渉の下準備を始めた。
「親方ぁ、アタイがまずリゾって野郎と交渉しやすんで、こっちのアーシュアとかいう野郎を押さえておいてもらえますぅ?」
「いいだろう。今回はオマエの仕事だからな。俺も手伝ってやるか・・・」
「じゃ、じゃ、よろしくお願いしますぅ!」
「くっくく・・・もちろんアッチの方も忘れんじゃねぇぞ?」
「・・・」
「ふふふ、そんなに心配するな、レイラ。お前は大事な娘だからね」
「・・・ありがとう親方」
親方に軽くキスした後、アタイは張り切って下船した・・・
「・・・おまえが使いのモノか?」
「そうだとも、その背中のモノをしまってくれないか?」
「信用できればな」
「アタイの胸の所に依頼書がある。ソイツを読んでくれよ」
目の前にもう一人現れ、依頼書をひったくる。ざっと一読して背後の野郎に何かこそこそ話しかけ、「・・・ふ、入りな。それと武器は預からせて貰うぜ」そして中へと案内された・・・
「・・・というわけで、アタイらはここからロマールまでの輸送を担当させて貰うことになった。そこで、ブツの原料と製法を持ち帰るのが今アタイらの仕事の全容だ。わかったかい?」
「・・・話は分かった。だが、作ってるのはオレ達じゃない」
「もちろん、ソッチもあたってみるさ。まず、頭に話を通すってのがスジってモンだろ?」
「ふふ、なかなかに商売に通じておいでだ。それで?」
「原料と製法がそろうまでの間、アンタ達には引き続き実験をしていて貰う。せいぜい事細かに調べ上げて置くんだな」
「・・・」
「それと、引き上げる準備も同時にして置いて貰おうか・・・」
「ちょっと待て。オレ達は引き上げるつもりはない」
「くっくく・・・これだけ広めたんだ。そろそろリアクションがあってもおかしくないねぇ?」
「ふ、そうか・・・読めたぜ。おい、お前ら、この女を逃がすな!」
急にあたりが騒然とし、2,3人のオトコが取り囲むように立ちはだかる。それぞれダガーやショートソードを手に取っていて、カンテラの明かりがキラキラと刀身に反射する。
「あっははは、アタイらはアンタらに取って代わろうって思っちゃいないさ。アタイらは輸送屋だ。金になるモンだったら魔神だって運ぶ。アンタらの領分を侵そうなんてコレっぽっちも考えちゃいないさ」
「口ではなんとでも言えるさ」
不意に部下らしいオトコがドアを開けて入ってきた。
「兄ィ、アーシュアの野郎ともう一人が・・・」
「ほぅ、ここか。案内ご苦労様っ、と」
見覚えのある腕がドアの方から伸びてきて、駆け込んできた野郎をつかむとおもむろに投げ捨てた。
「あんまり遅ぇんで来ちまったぜ。ドン臭いことしてんじゃねぇぞ、え?」
「なんだオマエは?」
「大層なご挨拶だな。え?」
アーシュアを先頭に立ててジャルド親方が部屋に入ってきた。アタイを囲っていた野郎どもはすかさず親方を攻撃した。が、親方は絶妙なタイミングで攻撃を受け流し、部屋の外へと投げ捨てた。
「ふふ、これはこれは・・・お久しぶりですね」
「話は済んだのか?レイラ」
「一通りは」
「そうか。じゃ、話は早い。どうなんだ?え?」
「・・・ふふ、まあいいでしょう。それはそうと、景気はいかがです?」
「そこのレイラが質のイイ奴らを連れてくるからな・・・まあまあさ」
そして、新しい来客を交えたうえで密談は深夜まで続いた。それぞれの思惑を胸に秘めたまま・・・
to be continued...
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