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No. 00006
DATE: 1999/06/12 00:38:46
NAME: ハースニール
SUBJECT: 伝説を売る老人
「マスター、ワインをもらえないか?」
ここはムディールの冒険者の宿「夕闇の憩い亭」。
ミラルゴをでて1ヶ月。ようやくハースニールは「最果ての王国」ムディールの首都ムディールに来ていた。
「はいよ。お前さん、新顔だねぇ。何処から来たんだい?」
ワインを出しながらこの店のマスターが話し掛けてくる。
今はちょうど昼を少し過ぎたあたり。客が少ない時間帯であるためか、少々話をする余裕があるらしい。
「何処からといわれると返答に窮するな。前にいた場所はミラルゴだが」
「ほぉ、つまりなんだい。結構旅に出て長いんだな?」
「ま、そういう事になるな」
「どうだい?この街は。今まで見た街とは結構違うんじゃねぇのかい?」
確かに…まだ来たばかりとは言え、それでも違いがわかる。
「そうだな…今まで見た国すべて個性というものはもっていたが、それらとも随分と違う感じがするな」
「だろう?よく言われるからな。余所の国から来た連中から」
「街もそうだが、生態も結構違うものだな。一度見た事も無い動物をみかけたりもしたが…」
「あ〜、そうかもしれないな。俺もそこそこ外を回ったりはしたが…この国にしかってのは結構あるみたいだなぁ」
そこでしばらく会話が止まる。
そのうちにふと、店の隅にいる老人が目に留まった。
何をするわけでもなく、ただそこに座っている。
「……マスター。あの老人は?」
「ああ、あのじいさんかい。へへ、驚くなよ?あのじいさんは現役の吟遊詩人さ。いや、もう吟遊じゃねぇな。それでも未だに歌ってやがる。そして、この店に来た冒険者から話を買うのよ。で、この酒場や下町でそれを歌う。そんな事を何十年も続けてるからなぁ…いや、俺の前の代からこの店にいりびたってんだぜ」
「ほぅ…」
興味が涌く。
「どうしてそんなに歌にこだわるのだろうな?」
「へっへ。しりたいかい?でもそんなに対した理由があるもんじゃないみたいだぜ。ま、じいさんの歌を聴いてりゃこだわる理由もわかると思うけどよ」
マスターが空になったグラスにワインを継ぎ足しながら言う。
「おごりだ」
そしてニカっと笑う。
「ありがとう」
微笑を返す。すると、老人が何やらリュートらしきものを引き始めるのが聞こえた。
歯切れの良い旋律、それでいて寂しさも漂わせた…そんな音が響く。
「ほぅ、この曲は久しぶりだな」
マスターが呟く。
「……」
歌声が始まる。しわがれた声。決して良い声ではなかろう。
「……悪くない」
そう、悪くない。それは曲に歌声が歌詞があっているから。
そこいらの吟遊詩人では決してこの歌は歌えまい。経験のなすわざか?詰んできた年期の深みか?歌の知識など持ちあわせていないが感性に歌が訴える。
「この歌はなぁ…確かあのじいさんが前に冒険者から話を聞いて作った歌なんだとよ」
マスターが呟く。
「聞いててわかるだろ?いわゆる悲劇ってやつだ。仲間の冒険者を失った…ってありきたりな話かもしれねぇがよ」
苦笑。
「だが…それでも。ありきたりかもしれなくても…でも、その仲間を失った冒険者にとっちゃ一生モンの悲劇だったんだろうさ」
「……だろうな」
仲間…を失った事などない。が、それでも…何かを失う辛さは知らないわけじゃない。
「あのじいさんはさ。そういう歌を歌うのさ。ああやって…ごくありふれた物語をよ。だが…それはありふれてて、ありふれてない、そんな物語なんだよなぁ。わかるかい?」
「……ああ。もっとも、言葉にできるほどたやすいものではないがな」
苦笑。いや、微笑か?
「いいだろ、じいさんの歌。俺ぁ好きなんだなぁ、あのじいさんの歌が。こうやってずっとずっと歌い続けて…冒険者のありふれた物語を、ここに来てここから去る冒険者達の一生モンの伝説を歌い続けて欲しい。そう思ってるんだ。どうだい、あんたもそう思わねぇかい?」
仕事中にも関わらずエールをぐいっとやりながらマスターは笑った。
「さぁな。俺はまだここに来たばかりなんでね。ただ…もう少し聞いてみるとどう思ってしまうかわからないな」
ニッと笑みをかえす。
「さて。ワインをもう一杯頼めるか?」
老人の歌はまだまだ続く。
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