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No. 00007
DATE: 1999/06/12 01:23:59
NAME: ルルゥ(リュシアン)
SUBJECT: ファリス神殿審問会記録・前
【審問会】
審問官:被告人、前へ。
被告人:・・・・・・。
審問官:ファリスの御名において、嘘偽りなく全て真実を語る事を誓いなさい。
被告人:ファリスの御名において、嘘偽りなく、全て真実を語る事を誓います。
審問官:よろしい。では開廷する。
【答弁】
審問官:あなたの名前は?
被告人:ルレタビュ・レーンと名乗っていましたが、本名はリュシアン・ラオです。
審問官:あなたの年齢は?
被告人:16と言っていましたが、本当は14……まもなく、15になります。
審問官:あなたの両親の名は?
被告人:表向きは、マリウス・レーンとミシェール・レーンです。
審問官:では、実の両親は?
被告人:……母は、ディアーヌ・ラオ。父は、ライウェイ・ラオです。
審問官:あなたの出身地はオランという事になっているが、これは虚偽であると認めますか?
被告人:はい……。事実は、ムディールにありました、シェンホアです。
審問官:ここに、あなたが告白した懺悔についての書類がある。これらは全て事実だと認めますか?
被告人:認めます。
審問官:では、この内容についての質疑応答を行う。だが、その前にひとつ。
被告人:はい。
審問官:こちらの資料は、ヒム精神施療院より借りてきた、あなたのカルテです。
被告人:……。
審問官:調査官、読み上げなさい。
調査官:「患者名、ルレタビュ・レーン(リュシアン・ラオ)。症状名『解離性多重人格障害』。精神の精霊力、主としてバンシー、ヒューリーの異常。さらに薬物投与、催眠暗示による記憶の混乱と自己統一性確認の困難」
審問官:調査官、その内容について、誤りはありませんか?
調査官:はい。調査の結果、このカルテの記述は真実であることが証明されています。
審問官:よろしい。被告人は精神を病んでいる。或いは病んでいた。この事を踏まえ、次の質疑に入る。
【シェンホアの惨劇】
審問官:新王国暦504年、早春。ムディール北部、シェンホアにおいて起こった、住民惨殺事件。通称「シェンホアの惨劇」について、質問する。
被告人:はい。
審問官:(蓋がとれ、歪んだ青銅の小箱を示す)これは何ですか?
被告人:……名称はわかりません。ぼくは「アストラッハの箱」と呼んでいました。
調査官:魔術師ギルドの鑑定の結果、これは『操るもの』と呼ばれる魔法の品である事が確認されています。
審問官:その効果は?
調査官:この箱に最初に封じ込めた個体の自由意志を奪い、使い魔のごとく自由に操る事ができるそうです。ただし、箱が破壊された場合、個体は自由を取り戻し、使役者へと襲いかかるであろうという事です。
審問官:この箱は今、魔力を失っています。ここには何が封じられていましたか?
被告人:詳しくはわかりません。アストラッハ……と、ぼくは呼んでいました。
審問官:それは、どういったものですか?
被告人:三つの顔を持ち、火を噴く……魔物です。人の血と肉を食しました。
審問官:それだけですか?
被告人:……屍を操りました。
調査官:魔術師ギルドの協力により、これが下位の魔神である事が判明いたしました。
審問官:その名は?
調査官:レッサー・デーモンの「アグニル」であります。
審問官:被告人、何故その魔神をアストラッハと呼びましたか?
被告人:はい……シェンホアには、アストラッハという神……が奉られていました。
調査官:マイリーが誤って伝えられた姿であると、考えられます。
審問官:あなたは忌まわしき魔物と、神を同一視したのですか?
被告人:……救いの神……と、子供心に思ったので。
審問官:汚らわしき魔のもたらす救いとは?
被告人:…………。
審問官:被告人、答えなさい。
被告人:……シェンホアを、滅ぼしてくれた事です。
(廷内ざわめく)
審問官:静粛に。
被告人:……。
審問官:被告人、答えなさい。何故そう思ったのです。
被告人:………。
調査官:ここに、被告人がシェンホアにて虐待を受けていたという、生存者の調書があります。
審問官:被告人、それを読みなさい。そこにある事は全て事実ですか?
被告人:(調書に目を通し、涙を流す)
審問官:答えなさい。
被告人:す……べて……事実、です……。
審問官:あなたはそのために、アストラッハことアグニルを利用して、街を滅ぼしたのですね?
被告人:そうです……。
審問官:この魔法の小箱を、どこで手に入れましたか?
被告人:井戸の底に埋まっていました……。罪人を捨てていたという噂の井戸に……。
審問官:確認します。それは「あなた」がした事ですか?
被告人:いいえ……。『無』がそれをなしました……。
審問官:『無』とは何者ですか?
被告人:ぼくの中に生まれた、もうひとりのぼくです……。
審問官:調査官、カルテより『無』に関する記述を読み上げなさい。
調査官:はい。「『無』はバンシーとシェイドの異常発生が起こった際、これらの力を抑制するため、リュシアンが無意識に“悲しみ”と“恐怖”を感じない<もう一人の自分>を作り上げた。それが彼である」
審問官:己の正気を保とうと、別人格を生む。それほどまでに、被告人は何を“悲しみ”、“恐れ”たのですか?
被告人:はい……。家の、村の、その誰もがぼくを受け入れてはくれず、このまま一生を終えるのかと、いつも不安でした……。
審問官:繰り返し確認します。「シェンホアの惨劇」を引き起こしたのは、『無』なのですね?
被告人:はい。
審問官:その時、あなたはどうしてましたか?
被告人:ぼくは……『無』に飲み込まれました。それから最近までずっと、ぼくは『無』のする事を、見ている事しかしなくなりました。
審問官:「しなくなった」のですね?「できなくなった」のではなく。
被告人:……ぼくは、もう人と関わり合う事に何の希望も持てなかったので……。
審問官:わかりました。では次の質疑に移ります。
【リュシアン・ラオ墜死事故/ルレタビュ・レーン殺害事件】
審問官:新王国歴506年、春。当ファリス神殿の鐘付き塔より、マリウス・レーン司祭が甥、リュシアン・ラオが墜落死したとの届け出があった。調査官、この件について、当時の状況を述べなさい。
調査官:はい。3の月12日未明、マリウス司祭が中庭で墜死体となった甥を発見したと、神殿に報告。不幸な事故として処理され、翌13日に葬儀がとりおこなわれました。
審問官:しかし、リュシアン・ラオはここに生きている。では死んだ少年は何者ですか?被告人。
被告人:それは、ルレタビュ・レーンです。
審問官:何故彼とあなたが入れ替わり、ルレタビュ・レーンが死亡したと偽ったのですか?
被告人:はい……。ルルゥは、実はこの時……精神を病み、日常生活を送るのが困難になっておりました。
調査官:この時期マリウス司祭は、息子が長く病気をわずらい、人前に出られないと神官戦士長に語っております。
被告人:それは嘘です。父……いえ、叔父は、世間体を気にして、ルルゥの発狂を隠していたのです。
審問官:そのため、息子が死んだのをこれ幸いと、被告人を息子と入れ替え、葬儀をすませたのですか?
被告人:それは誤解です!……言い出したのは、ぼくなのです。ぼくが始めた事なのです!
審問官:被告人は冷静に。何故あなたは入れ替えを持ち掛けたのですか?
被告人:……家族が欲しかった……のだと思います。
審問官:「思います」とは?
被告人:ぼくは、『無』のする事をすべて見ていました。彼は……ルルゥを外に連れ出し、塔から……つきおとしました。
(廷内ざわめく)
被告人:ルルゥが死んで、叔母は現実から目を背けました。ぼくを、いいえ『無』を、自分の息子だと思い始めたのです。『無』はそこにつけこみました。彼は自分がルルゥになる、と叔父に提案したのです。自分が息子になると……。
審問官:マリウス司祭は、それを承諾したのですね?
被告人:はい。
審問官:それから、あなたたちはどういった行動をとりましたか?
被告人:叔父はぼくを、奇妙な医者に会わせました。彼はぼくに苦い薬を飲ませました。すると何だかとても眠くなり、ぼくは長い夢を見ました。……両親とオランで暮し、双子の妹と遊ぶ夢です。
審問官:双子の妹とは?
被告人:ルチアンナ・レーンです。彼女はぼくがオランに来る前に、行方不明になっています……。
審問官:夢を見て、それからどうなりました?
被告人:夢の中のぼくは、ぼくでも『無』でもない、まったく別の人間でした。とても純粋にファリスを信じる、真面目で優しい子供でした……。
審問官:続けなさい。
被告人:ぼくは、「ああなろう」、「ああでなくてはならない」と思いました。そうしているうちに、ぼくは彼と自分の境を見失いました。彼はぼくになり、『無』を封じ込めるほど強い存在になりました。それが『光』という人格です。
審問官:調査官、『光』についての記述を読み上げなさい。
調査官:はい。「『光』はおそらく、投薬によるレプラコーンの活性化による、忘却と記憶の混乱。それにおそらく医師の行った催眠術が植え付けた<理想の息子>の姿がリュシアンに焼き付けられたものであろう」
被告人:……。
調査官:「『光』は他の人格のように、単なる精霊異常から正気を守る、防護のための存在ではない。彼はリュシアンの側面がベースの人格である。つまり、彼は一番主人格のリュシアンに近しいといえる」以上です。
審問官:ルレタビュ・レーンがファリス神殿に出入りし始めたのは、この頃です。これは『光』だったのですね?
被告人:はい、その通りです。
審問官:『光』は自分がルルゥ……ルレタビュ・レーンだと信じて疑わなかったのですね?
被告人:はい。彼はリュシアンの記憶を持ってはいませんでした。
審問官:『無』はルレタビュ・レーンを殺害した事を、どう感じていたかわかりりますか?
被告人:彼は何も感じていませんでした。
審問官:何も?
被告人:罪悪感も、罪を犯す歪んだ喜びも、何もない……。それが彼でした。
審問官:……では、被告人はその件に関し、いかなる感情を持ちましたか?
被告人:……怖かったです。
審問官:何を恐れましたか?
被告人:……自分自身を……。
審問官:……わかりました。一時休廷します。一同起立、礼……。
「やれやれ、厄介な事だな」
「ああ、とんだスキャンダルだ。敬謙なファリス神官が、心を病んだ殺人鬼だったとは……」
「秩序を乱したとなれば、さっさと処刑して終わりにすればいいものを」
「審問会を開かなくてはならない理由があるのさ」
「それは?」
「他国の貴族の血筋である事、未成年である事、さらに話を聞けば、まるきり彼の方が被害者だ」
「しかし、本当かね?聞けば聞くほど、信じられん話だが……」
「<センス・ライ>も<センス・イービル>も反応していないらしい」
「面倒だな」
「ああ、面倒だ。彼を死刑にでも処したら、こちらが悪人呼ばわりされかねん」
「これも神の試練なのかねぇ」
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