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No. 00010
DATE: 1999/06/12 04:05:21
NAME: ルルゥ(リュシアン)
SUBJECT: ファリス神殿審問会記録・後
【ウェイリィ邸炎上事件】
審問官:次の質疑に移る。新王国歴511年3月。ウェイリィ邸炎上事件について、調査官、資料を読み上げなさい。
調査官:今年3の月16日夜、貿易商ウェイリィ氏邸宅が炎上。焼け跡から住人ほか10数体の遺体が発見されました。
審問官:その件について、衛視隊の発表は?
調査官:火の不始末による火災と断定されました。ウェイリィ邸は他の人家からやや離れた所にあり、また出火が夜中であったため発見が遅れ、全焼したとの事です。
審問官:被告人、あなたはこの件について、真相を知っていますね?
被告人:はい、知っております。
審問官:ウェイリィ邸で起こった事を、すべて話しなさい。
被告人:はい。……ぼくはその数週間前、深夜の墓場にて……ヴァインパイアと遭遇しました。
(廷内騒然となる)
審問官:静粛に!
被告人:彼を目にした時、ぼくはおよそ7年振りに、他の人格を押しのけて、自分の意志で行動していました。
審問官:憎むべき邪悪な死人と、あなたは戦ったのですか?
被告人:いいえ……。ぼくは彼の赤い瞳を見た瞬間、とてつもない恐怖に襲われました。そして、恐怖を感じない『無』が現れたのです。ヴァンパイアは『無』を連れて隠れ家に行き、後にウェイリィ邸の住人を……殺して下僕にしました。
審問官:『無』はそれを手伝いましたか?
被告人:手伝う必要もなかったようです……。
審問官:事件当夜まで、あなたは何をしていましたか?
被告人:ぼくは、ずっと心を閉ざしていました。また、シェンホアと同じ事が起こるのかと思い、ただ自分に絶望していました。
『無』はルーファス……ヴァンパイアと、良からぬ遊びを楽しんでいました。『光』と『闇』は、それ以前から続いていた人格統合の治療で、『無』を押しのけるだけの力を残していませんでした……。
審問官:『闇』とは何ですか?
被告人:最後にぼくの中に生まれた人格です。ファラリスを信仰し、短気で自信家で、好戦的でした。
審問官:調査官、『闇』に関する記述を読み上げなさい。
調査官:はい。「しかし『光』は結局、<できすぎた>子供だった。彼は無意識に欲望や基本的な感情を抑圧していた。特に怒る事、暴力的な衝動、他者をおしのけ、自分の犠牲にする行動を否定していた。このため、『光』の受けた抑圧が、また他の人格を生んだ。これが『闇』である」
審問官:続けなさい。
調査官:はい。「『闇』は抑圧されたヒューリーの動きに強く関わっている。リュシアンが怒りを感じながら、『光』がそれを表現できない時、戦わなくてはならない事態に陥った時、『闇』は表面化して、怒り、戦う。彼がファラリスの信者になったのは、“抑圧された生と自己表現への渇望”から生まれた者が、それらを無条件に肯定するファラリスへ傾倒する、ごく当たり前の現象である」……以上です。
(廷内から不満と抗議の声、多数)
審問官:静粛に。……議題に戻ります。被告人、事件当夜にあった事を話しなさい。
被告人:はい。あの日の夜、邸内にぼくの……知人である冒険者達がやってきて、ヴァンパイアとその下僕と戦いました。
そして被害にあいながらも、魔の者達を倒したのです。ですが……。
審問官:続けなさい。
被告人:逃げたとみせかけて、奇襲をかけてきたヴァンパイアに向かって、『闇』が……『操るもの』を投げつけてしまったのです。箱は壊れ、アストラッハ……いえ、魔神アグニルが解放されました。そして彼は、まずぼくに襲い掛かってきました。
審問官:それで、どうなりました?
被告人:……左腕を焼かれました。ですが……冒険者の方に、命を救っていただきました……。
審問官:アグニルは倒されたのですね?
被告人:はい。屋敷は、その際アグニルの放った炎で焼け落ちました……。
審問官:その冒険者達の名は?
被告人:それは……言えません……。
審問官:何故ですか?
被告人:その事で、苦しむ人がいるからです。
審問官:……わかりました。では次に訊ねます。『無』、『光』、『闇』について。彼らと会話できますか?
被告人:いいえ。
審問官:何故です?
被告人:ぼくたちは、すでに統合され、互いに吸収しあい、ひとつの人格になりました。
審問官:それは、被告人が『無』の持つ残虐性などを持っている、という事ですか?
被告人:いいえ。……いえ、そうなのかもしれません。
審問官:どちらなのですか?
被告人:……はっきり言って……ぼくはまだ、今ぼくがどういう人間なのかわからないのです。
流れに映った顔のように、はっきりとその姿が見えないのです。
審問官:なるほど。ではこれだけははっきいとさせて欲しい。リュシアン・ラオ。あなたはファリスの声を聞く事ができますか?
被告人:……いいえ。
審問官:あなたは、ファリスの教えを捨てますか?
被告人:……おそらくは、いいえ……。
審問官:わかりました。これで質疑を終了する。
【閉廷】
審問官:被告人。すべて真実を話しましたね?
被告人:はい。
審問官:これにて閉廷しますが、何か言いたい事は?
被告人:……秩序を乱し、正義を踏みにじり、法を犯した事を認めます。神の教えに従い、公正な裁きを望みます。
審問官:審問官としての立場を無視した発言をする……残念だよルルゥ、君が神を見失ってしまったとは。
(被告人、無言で頭を下げる)
審問官:閉廷。
審問官:マリウス・レーンならびにミシェール・レーンは破門。全財産を没収。リュシアン・ラオをファリス神殿特別懺悔房に……。
「やれやれ、結局幽閉か」
「神殿側としては、もみ消すつもりだな」
「一生あの塔の上か。とはいえ、普通の牢獄よりずっと待遇はいい」
「だからといって、武器の携帯を許すとは……。どうかしているのでは?」
「いやいや、短剣で自害でもしてくれれば、という腹さ」
「ああ……」
「生かしておくのも維持費がかかるだろうに。まったく面倒な囚人だ。いっそ脱獄でもしてくれれば……」
「滅多な事を」
「皆、そう思っているだろうさ」
「確かにな」
晴れた空は青く澄み、白い雲がゆるやかに流れる。
春の陽光は窓にはまった格子の形を、毛布の上に落としている。
小さな書き物机には、一本のダガーと、数冊の本。それに水色の花瓶に生けられた、数本の白い百合があった。
鐘の音が響く。
囚われ人は床に跪き、ベッドの上で手を組むと、窓の外へと祈りを捧げる。
窓には鉄格子がはまっている。かつて、彼が住んでいた温かな家と同じように。
紺碧の瞳は穏かに、空を映している。
神殿の鐘は誰かを呼ぶように、オランの街に響いていた。
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