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No. 00012
DATE: 1999/06/19 04:31:49
NAME: カイ&ラス
SUBJECT: 奈落からの帰還
…ダン。ダン。ドン。
後ろの部屋から断続的にドアが叩かれる。だが、<ハードロック>をかけたドアはそんなことで破られはしない。
「お願い…開けて…クスリを…お願い…」
部屋の中からは少女の苦悶の声が聞こえてくる。
もう、こんなことが一昼夜は繰り返されている。
「…もう半日はこうして見張ってるけど…よく平気だね、ミル…」
「これも、仕事。そう思えばそれほど苦でもないさ」
魔術師ギルドから借りて来た本を読みながら答える。
「相変わらずだね。罪滅ぼしなんて言ったときはどうしたのかと思っちゃったけど」
「そんな簡単に人は変わらないさ…ここは、俺が見てるから気分転換にでも行ってくるといい」
「…うん。そうするね。ありがと♪」
ヴェイラが出て行く足音を聞きながら、ミルディンはぼんやりと考えていた。
(そう簡単に人は変わらない…か。こんなセリフがでてくること自体、俺は変わったのかもな…)
物思いにふけっていると、足音が聞こえてくる。
いつもは見張りにもう少し人数がいるのだが今はいない。
(そろそろ交代の時間か…)
そう思って足音の主が来るのを待つ。
「ラスか…」
足音の主は、金髪のハーフエルフ。確か、部屋に監禁している少女の恋人だ。
「ラスかとはなんだよ。っと、それより…あいつの調子はどうだ?」
ミルディンは、まだ断続的に音が響いてくるドアを見ながら言う。
「見ての通りだ。多分、今が一番苦しい時だろう。ここさえ乗り切れればもう大丈夫だろうな」
ラスは、疲れた調子で「そうか…」と一言、言っただけだった。
「う…ラス…さん…?開けて…クスリを…お願い…」
ラスが意をを決したように言った。
「…おい、ミルディン。俺も中に入る…開けてくれ」
「…わかった。だが、片道だけだぞ。またすぐに閉めるからな」
「ああ、それで十分だ…やってくれ」
<解呪>を使ってドアの魔法を解く。ラスはその瞬間、するりとドアの中に入って行く。ドアが閉まるのを見届けたあと、すぐにもう一度<強化施錠>の呪文をかける。
中から聞こえてくる声はもうほとんど聞き取れないうめきのようなものに変わっている。
「どうする…?下手な説得は逆効果だぞ…」
部屋の中にはいったラスは思わずうめいていた。その部屋の惨状に…そして、その部屋にいるほとんど同一人物とは思えない姿になったカイの姿を見たからだった。
「う…おね…がい…クスリ…を…クスリ…を…」
完全に焦点が合っていないうつろな瞳で懇願するカイ。
…パン!ラスはその頬を思い切りひっぱたいていた。
「耐えろ!俺がそばについててやるから!」
カイは、そのままラスに倒れ込んで意識を失った…
一区切りついたと見たミルディンが中にいるラスに話し掛ける。
「大丈夫か?ほとんど寝ていないのだろう?自分の身体も大切にしたほうがいいぞ」
「大丈夫だ。もう少ししたら寝るから」
「それじゃまた昼間に会おう。わたしもそろそろ寝るからな」
…………そして、昼。
「いやあぁぁぁ!出してぇっ!あれを…クスリをっ!」
かなり、離れた所からでも声が聞こえてくる。そろそろ限界か、とも思うがここで開けてしまえば今までの苦労は全てなくなってしまう。
部屋の中は先ほどにもまして、凄惨な状況となっていた。さきほど気が付いたカイがまた暴れ出したのだ。
「お願いっ!あれを…クスリを!」
自分でも気づかないうちにラスは、カイを抱きしめていた。
カイは振りほどこうともがくが、しっかりと抱かれているので簡単には外れなかった。
(カイ…戻ってこい!)
「いやあぁぁぁぁっ!!」
カイが身体を大きく痙攣させ、弓なりにそらせたあと…急にぐったりとしてラスに倒れ込む。
ラスが心配そうにカイの瞳を覗き込むと、もううつろな様子はなく、しっかりとした光がたたえられていた。
「ラス…さん…迷惑かけて…ごめんね…」
ラスは、もう一度ぎゅっとカイを抱きしめると一言だけこう言った。
「…おかえり」
「ミルディン…カイのこと…頼んだぞ」
「…行くのか。あの子にはお前が必要だ。絶対に…死ぬなよ」
「ああ、そんなつもりはない。それじゃあな」
階段を降りて行くラスに向かってミルディンは、チャ・ザが気まぐれを起こさないように祈っていた…
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