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No. 00015
DATE: 1999/06/19 20:19:23
NAME: ペネロペ
SUBJECT: 天香国色2【新・麻薬事件】(本筋)
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【Scene1‐Conspiracy】
「19日日没後。」
厚い唇から、キセルの煙が漏れ、煤の染み付く『黒き炎のサラマンドラ』号の一室に流れた。
「・・・確かに、その時間に、冒険者どもの襲撃があるんだな。」
長椅子一人陣取る、リゾが唇を釣り上げ言った。
「さぁて。そこの、『ボウケンシャ様』が直々におっしゃってる事っすからねぇ。間違いはないんじゃねぇですか。」
にやにやと笑いながら、傍らに立つヴェッチが、揶揄するようにいった。
「襲撃者側の人数は、...名。うち、古代語魔法を使える者が...人、精霊魔法使用者が ...人、神官が ...人。」
その視線を向けられた影が、低く言った。討議の机から離れて壁に一人もたれている。
船長ジャルドの目配せを受けて、副長のレイラが、船の図面図を大机に広げる。
物資を集め、出港の準備をする彼らにもたらされたのは、冒険者の裏切り者による、襲撃の正確な日時と戦力の知らせだった。
「あらかじめ船員に変装して乗り込む。襲撃時に魔法による幻覚を用いる、船に火をかける...など。まずは混乱を狙っている。」
低く抑えた声により、冒険者側の胸のうちが、次々とあかされる。
襲撃に備えての戦略の発議が、声高に上がる。
「裏切りねぇ・・・完全に信用できるモンなんですかねぃ。」
提案を聞きながら、しばしば短く修正を入れるその声の主に、ゲソルファスは、聞こえるように、言った。
ヴェッチはそれには答えなかった。ただ、相変わらず、だらしのない印象を与える笑みを浮かべていた。その実、頭の中では、提案を聞きながら情況を整理しているのだった。
気にした風もなく、その裏切り者―――リヴァースは、淡々と、元、彼がいた陣営を暴くその内容を紡ぐのだった。
衛兵の手入れ、冒険者の襲撃。
予想以上に有名になってしまった『貞淑な妻』は、とりまきたちをずいぶんと沸き立たせた。
幸いというべきか。ミラルゴからの船の積荷は、届いたばかりでまだ積み替えをしてはいなかった。それを別の『白沫のドワーフ』号に積み込む。襲撃の目くらましとし、本来の船を囮として使う為だ。
『白沫のドワーフ』号は、『黒き炎のサラマンドラ』 号の船長であるジャルドが出資していたもので、その船長は、むかしジャルドの副長を務めていた者だった。ちょうどムディールから入港したところで、麻薬によるミラルゴとオランからの交易が増えた場合に備えて、先の打ち合わせをする為に寄港していたのだった。
東からの商品の荷揚げを終えたその船に、労働力を総動員して、麻薬の原料が積み替えられた。
「ようそろ! グズグズしてンじゃないよッ! 股間ばっかりおっタててないで、さっさと運びな!」」
レイラの怒鳴り声が響く。急遽決定された移動に、みな、焦りの色は隠せなかった。
「火蜥蜴チャン、気に入ってたのにねぇ・・・」
西に傾いた日の陰になる、荷物の運び出される黒い船体を見上げながら、レイラは呟いた。
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【Scene2‐Chase】
日没直後、指定の時間に冒険者達が港に集った。
この雨の多い季節にはめずらしく晴れ上がった暑い一日で、ついさきほどまで、夕日が海を赤く染めていた。
ラスとカレンは、ずっと、『黒き炎のサラマンドラ号』を見張っていた。今日の昼、荷物の積み替えているのを目撃し、直前で船を買える気だということに気がついた
船員に扮した、ディックとアトゥム、それにカレンが、襲撃に際して混乱を招く為にあらかじめ乗り込もうと企んだ。しかし、非合法の物を扱っているのに相応し、船員達は厳重な身分証明と合い言葉を要求され、それは失敗に終わった。 ディックとアトゥムがやってきて、既に荷を積んだ船が、つい先ほど出港した、ということを皆に告げた。
集合時間前から集まり、「終わったら酒盛りしようね。」などとはしゃいでいたアレク達の顔色が変った。。
「今逃がせば、もう追えなくなる!
ケルツはそういって、がむしゃらに追おうとしたが、手段がなかった。麻薬の根元を前に彼は興奮気味で、いつもより表情が豊かであり、頬が紅潮していた。
アトゥムは碇止めを蹴って悔しがった。
「馬で陸路追いかけよう!」
アレクが叫ぶが、それに同意するものはいなかった。少し冷静になれば、それが不可能 である事はわかる。
「アレクさん、落ち着いて・・・」
ケイがどこかすまなさそうにいった。
『黒き炎のサラマンドラ号』を奪って追いかけよう、という案も出た。しかし、帆船であるとはいえ、基本的に動力はガレー船と同じ、漕ぎ手の人力であり、彼ら小人数では、とても動かせられるものではなかった。
その時、ラスとカレンが駆けつけてきた。追いかける為に別の船を調達していたのだった。そう簡単に見つかる訳がなかったが、衛兵の許可書が物を言い、オランの海上の保安を担当する部局から、密航を監視する為の足の早い船に漕ぎ手をつけて借り出す事ができた。書類の様々な事項に記入を強いられ、お役所仕事の煩雑さに、憤慨していた。
「リヴァースは・・・?」
カレンが集まった尋ねたが、皆、首を振るばかりだった。それまで中心的な動きをしていた彼は、姿を見せてなかった。
アトゥム、シタール、ケルツ、フィート、ラス、カレン、ディック、アレク、ケイ、エトゥシャ。彼以外の者は、皆集まっていた。
待っていても時機をのがすだけだった。各々はいきおい、中型船に乗り混んだ。
幸い、売人達の乗った船はまだ、出港してから時間が経ってなかった。彼らの借りた船は、密航船を追跡する監視船というだけあり、小回りが利き、波をかき分け、風のように進んだ。
港を出てまもなくもしないうちに、すぐに白い船体が見えてきた。帆のついた、大陸でも新しい型のガレー船だった。『白沫のドワーフ』号と書かれてあり、その名の通り、白く塗られたずんぐりとした、重厚な印象の船体だった。
船のほうでも追ってくるほうに気付いたらしく、遠目から騒然となるのが分かった。じきに、矢が飛んできては、水面に突き立った。
ディックは、クロスボウの矢に油を染み込んだ布を巻きつけ、火をつけた。そして、揺れる船縁に体を押しつけ、狙いを帆船の帆につけ、矢を放った。 面積の大きい帆に、その矢が突き立つ。ある程度の防火処理を施してあったものだが、矢に燻る火によりいったん火が点くと、乾いたそれは、紅い光を上げて燃えはじめた。さらにラスが、所持していたランタンに封じていた炎の精霊の力を使って、火線を飛ばした。
それでも、船足は弱まった様子はなかった。
不意に、エトゥシャが櫂から手をはなして立ち上がった。揺れに足を取られないように船縁に体を固定し、複雑な身振りを交えて古代語を唱えた。瞬間、彼の耳飾りから、光線がほとばしり、船の同体部に直撃した。金属で補強されていた木造部分がはじけ、船体に小さな穴が空いたのが確認された。
「よし!オレもっ!」
アトゥムも指輪をかざし、古代語を詠唱する。光の矢が、船に突き立ち、木片が飛び散り、穴が広まった。
人が一人入れるほどの坑が穿たれた。降り注いでくる矢を防ぎながら何度か失敗しながら船の舳先をそこに強引に突っ込み、最終的に接舷する事に成功した。
我先にと、冒険者たちが、船倉に躍り込んだ。
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【Scine3‐Intercept】
アーシュアは、拉致も同然の状態で、監禁されていた。彼はいまだに、ロマール側に対して、麻薬の精製方法を告げてははいなかった。
いくら要求されても、漏らそうとしないアーシュアに業を煮やし、リゾは彼を拷問に掛けていた。オランにての仕事は、交渉がほとんどで、彼の本業たる荒事がほとんどなかったその鬱憤を晴らすかのようだった。
次はどの責めを加えようか、と考えながら長椅子に座り、うたた寝していたとき、剣戟と怒声が幽かに響き、きな臭い臭いが漂ってきた。
「リゾの兄ィ、きましたぜぃ。」
船底に近いその一室に、ゲソルファスが来た。
リゾは新たな楽しみがやってきた、とばかりに、足元のアーシュアをもう一度くびり上げた後にうち捨て、笑いを湛えながら部屋を出た。
「ちぃ・・・破られたね。ヤロウども、いくよ!!」
レイラが、カトラスを握り、水夫達に一喝を飛ばす。
「んっ、おめぇ。うへへ、そんなナリしてても、俺の鼻はごまかせねぇぜ」
バトルアックスを構えて走り出そうとしたガートが、リヴァースをみて、下品な笑いを漏らした。
それを無視してリヴァースは、騒然とした様相に目を細めた。
「さて、どういう動きをしてくれるかな?」
ニヤニヤと笑いながら、ヴェッチは自分の招いた客人に視線を投げかけた。 リヴァースは不思議と、落ち着いていた。
「船底を見てくる。奴等の第一の狙いは、積荷の麻薬だ。」
彼はそういって、踵を返した。
そこは、船漕室だった。突然の浸水に浮き足立った船漕ぎ奴隷達が、我先にと部屋から逃げ出そうと慌てふためいている。監督主が、戻れと声を張り上げる所へ、冒険者達が次々に乗り込んでいった。
「麻薬の原料倉庫はどこだ!?」
「船長は!ロマールの連中は!?」
「・・・アーシュア、アーシュアは・・・!」
皆が各々、目指すものに声を張り上げる。
「別れよう。看板側へいき混乱を大きくする側と、麻薬を探す側と。船長室は上に、麻薬倉庫は下層にあるはずだ。できれば舵を破壊しよう。まずは混乱を広げるんだ。」
ディックが促す。
みな頷いて、駆け出した。
「頼りにしてるぜ。…遠慮なんかしやがったら、てめえから先にぶちのめすぞ。」
ラスがディックに、にやりと笑いながら言った。
すぐに数人の水夫達が駆けつけてきた。対し、アトゥムが眠りの雲の魔法を発動させる。魔法の効果がなかった幾人かも、エトゥシャとシタール、ディックたちの剣に切り伏せられた。
階段部に達し、さらに数人が下りてきた。すぐに混戦となった。
「ここは防ぎます。あとは頼みます。」
ディックがそのまま階段に陣取った。
「ったく、遠慮するなっていったばっかだろーが!」
ラスがディックに叫ぶ。
「遠慮なんてしてませんよ。これが、わたしの役目です。」
ディックが返す。
「ご一緒するぜ。」
水夫のカトラスを弾き返しながら、ディックの横にシタールとアトゥム、それにエトゥシャがが並んだ。
「わかった。頼む!」
カレン、ラス、ケイ、アレクが、ディック達の背中を振り返り、階下へ向かった。
「さて・・・雑魚は雑魚どうし、楽しく遊びますか。」
ディックが不敵に笑った。
「おいしいトコ持ってくんだからびしっと決めてコイや!!」
走り行くラスたちに向かって、シタールが叫んだ。
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【Scene4‐Tranquility】
混戦の中ではぐれたケルツとフィートは、船の中央部付近を探っていった。扉を一つ一つ開け放っていく。その中の一室に、数人の少年が監禁されているを見た。いずれも色白で金髪の、10代半ばの者たちだった。奴隷として売られるために、乗せられているのか。みな、酩酊状態で、なにが起こっているのかも把握してない様子だった。麻薬に冒されている事が一目で見て取れた。
「後を頼みます。彼らがわたしが・・・。」
込み上げてくる怒りを抑えながら、フィートがいった。
彼は、恩を受けた人間の村が、麻薬により壊滅するのを見ていた。目の前の者たちを、放っては置けなかった。
ケルツはそのまま駆け出し、彼が求めるものの姿を追った。すぐ近くに、憎んでいた父親がいる。それを思うと、体がふつふつと火照り、高揚するのだった。
いってみたものの、少年達を助けようにも、物理的に運び出すのに、自分ひとりの力ではどうにもならない事にフィートは気がついた。
「不法侵入者は、こまるなぁ。」
その時、 背後から声がした、と同時に、衝撃波が飛んできた。それに吹き飛ばされて、蹲る。
「おまえは・・・」
ショックに、はいつばってうめく。
「おっと、こいつぁ、エルフか。・・・いまいち好みからは外れるなぁ。オレは、船長のジャルド、ってんだ。」
その大柄な影がにやりと笑みを漏らした。
「貴様、貴様が・・・!」
エルフは憎悪に小剣を抜き、ジャルドに対峙しようとおきあがった。肋骨が折れたらしく、激痛が走った。
「人のモンに手を出すのは、感心せんな。」
ジャルドは暗黒神への祝詞を発した。再び、フィートの細い体が、衝撃波に吹っ飛ばされた。
「ぐは・・・!」
そのままずるずると崩れ落ちる彼に、容赦なく、ジャルドは剣を突き立てた。エルフは間もなく、千切られた葦のように、横たわった。
ケルツは、下へ下へ、向かった。そして、船底部の倉庫で、アーシュアが、望んだその姿が佇んでいるのをみた。そこは、アーシュアが製法をあみ出すのに用いた、その原料となるものが積み込んである個所だった。
「待っていたよ。」
愛しげに、父は息子に語り掛けた。
「お前が・・・お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ・・・」
これまで抱えていた思いが、堰を切ったようにあふれてきた。うわ言を言うように、ケルツは呟いた。
「どうだい、おまえも、はかなさをみただろう? 」
ケルツの脳裏に、麻薬を塗られた刃で斬りつけられた後の忌まわしい感覚が蘇った。ケルツは持っていたダガーを抜いた。
その息子を、アーシュアはたのしげに眺めた。
「人間は、夢幻の中にある快楽をもとめるようになっているのだよ。」
ケルツは、あたりを漂っている白煙に気がついた。木の炭化する焦げ臭い臭いの他に、独特な甘ったるい香りが漂っているのに気がついた。
「わたしはその、人が正直になれる、手助けをしただけなのだ。」
アーシュアが、火を放ったのだと気がついた。くらりと目眩がした。ケルツはそれを振り払った。
アーシュアは、炎に包まれた。麻薬と心中する気なのか、と思った。
彼は、人を酔わせるものを、その欲望に正直になれるものを作り上げた。それで満足だった。目的は果たし終えた。それがどういった利益となり富を生むのかには、興味はなかった。あとのことは、増長にすぎなかった。むしろ、彼の生み出した芸術を、私利私欲に利用する者達を、疎んじていた。 彼の作品が、薄汚い手で踏みにじられるのを見るのを、良しとはしなかった。 美しいものは、美しいままに止めておきたかった。
「・・・おまえが!!」
ケルツは、ダガーを腰元に握り、アーシュアに突き立てようとした。
「一緒に往こうか? わたしと同じ顔を持つ、愛する息子よ。」
アーシュアは、その一撃を腹で受け止め、ケルツの腕をつかんだ。ケルツの手から、刃が外れた。もう片方の手でそれを抜き取ると、ケルツの首元を切裂いた。
「・・・・!!」
ケルツは父を突き飛ばした。
アーシュアは、もう一度、炎の中で微笑んだ。
ケルツはよろよろと壁際までいき、もたれた。切裂かれた首筋からどくどくと、血が滴って服を赤く染め上げていった。
出血のせいか、それとも幻覚作用を持つ草を焼いた白煙のせいか、目が霞み、そのままずるずると、床に座り込んだ。
ぼやけた視界のなかに、黒い影が現れるのを見た。
お迎えかな、と思った。
その中で、自分の中の精霊に語り掛けられる言葉を聞いた。
消えようとしていた命の精霊の灯火が、ふたたび燃え上がったのを感じた。
「お前に死なれると、後味が悪い。」
低く抑えた、聞きなれた声が聞こえた。影が自分の肩を担ぎ上げた。黒い髪が自分の頬に触れるのを感じながら、ケルツは意識を手放した。
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【Scene5−Cages】
月明かりが燻る煙にかき消される、甲板。
「俺の将来の『仲間』を麻薬漬けにしやがって!」
アトゥムが、既に無抵抗になっている水夫の胸倉をつかんで、殴っていた。そのまま殺しかねない勢いだった。見かねたシタールが、それを止めようとした。
「おまえらだって、平気で妖魔を殺すだろうが! どこが違うんだ!」
その彼に向かって、アトゥムが吠えた。
その時、背後から忍び寄ったガートが、返答に窮していたシタールの首を締め上げた。そして、怪力に任せ、ガートはシタールを海中に叩き込んだ。
それに目を奪われた瞬間、アトゥムに一陣の影が襲い掛かった。
アトゥムは、間一髪で、その剣戟を、持っていたカトラスで受け止めた。
「引け。でないと殺す。」
それは、さっき彼が叫んだ、彼の『仲間』予定者だった。
「何でお前が・・・!」
リヴァースは問いには答えず、アトゥムに再び曲刀を叩き込んだ。 ケルツを火のまわってこない所まで引き摺り、横たえた後、剣戟の最も激しい船上部を目指して走ってきたのだった。
「ここでお前に従って帰って一生後悔するくらいなら、ここでくたばった方がましだっ。なんでだ!?」
アトゥムの反撃に、リヴァースは、追い込まれるふりをして、手すり側に移動した。そして、隙をつくり、そこに攻め込まれるのを紙一重で躱す。勢い余ってバランスを崩し、アトゥムの体が一瞬泳ぐ。そこを逃さず、足を払って、アトゥムの顔をつかんで手すりの桟上に押しこみ、返す足で蹴り上げた。 一瞬アトゥムの体が手すりから宙に浮き、そのまま海に吸い込まれる。水音が立った。
「リヴァース殿・・・」
それをみたエトゥシャが、信じられないと呟きをもらした。麻薬の魅力に抗えず、裏切って邪なる者どもの一味と成り果てたのか。彼はリヴァースに言われていた事を思い出した。薬を見つけた時に自分がいたら、眠らせてほしいと。
今がその機会だと思われた。エトゥシャは、部族の姉巫女から譲り受けた、眠りの精霊の力が封じられている首飾りを握った。
「うたかたの流れ、水色の深淵。眠りの精霊、まどろみ誘う砂を撒け。」
自分に襲う精霊の力を感じるも、リヴァースは突如としたサンドマンの導きに、身を委ねた。
一息ついたのもつかの間、ガートがさらにエトゥシャにつかみ掛かった。それを振りほどいた後、隙を見てエトゥシャは雷撃の魔法を彼に叩き込んだ。そして、体当たりし、海に突き飛ばした。たまらず、ガートもまた闇色の水の中に沈んでいいった。
場所変わって、船中腹部。
カレンは始終、寡黙だった。麻薬に対して、人心を混乱させるものはあってはならない、という建前を掲げてはいたが、仲間がやられて黙っていられない、絶対につぶす、と心の中では息巻いていた。表面への現われ方が違うだけで、心意気は相棒のラスや女戦士のアレクと同じであった。
その彼らの前に、リゾとゲソルファスが現れた。
三人を前に、リゾは上着を脱ぎ捨てた。無数の傷痕が露になった。斬られた痕、叩き折られた痕、抉られた痕。その一筋一筋が、様々な様相を呈していた。
「どうやら、やり残しを片づけられそうだ。お前とまた闘りたくてしようがなかったぜ。このおれに反抗する莫迦野郎は、いつか始末することに決めてるんだ。」
彼は舌なめずりした。
「相手をぶっ殺すべき時があるんだよ。闘技場でいったら、観客のボルテージが上がるメインイベント…。判るか、ここじゃ、今の状況のことだぜ」
彼は両手を広げて、彼ら3人を相手に、こいよ、といわんばかりに、凄然とした笑みを浮かべた。
アレクは、ディックから、ケイの護衛を頼まれていた。
彼女には、傭兵の時に麻薬に手を出した仲間がいた。最後には錯乱して仲間にも武器を振り回すその者を手に掛けた経験があった。もうあんな思いはたくさんだった。
「あの時蹴られたトコ、痛かったぜぃ?」
ゲソルファスは、女戦士に対してショートソードを構え、ニヤニヤと、下卑た笑いを浮かべた。。
「どうやったって…終わりはしないんだぜ、こんなモンはよぉ!お前にもおんなじトコ、ヤってやんよ。犯ってから殺ってやる」
しかし、戦いの技量の差は歴然としていた。正攻的な戦士としての訓練を積んだ彼女の前に、すぐにゲソルファスは劣性を悟った。
彼は追いつめられた振りをしながら、ラスたちとの戦いに夢中になってるリゾの後ろまで行った。そして、おもむろに、リゾを羽交い締めにしてナイフを首に当てた。
「降参するよ。勝ち目なんて全然ねぇ。だが、俺だけは助かりてぇ。落とし前としてこいつは俺が殺る。元々気に食わねぇヤツだったしな、へへへへ。知ってる情報だってしっかり話すし、今からそっちにつけと言われたら喜んでつく、どうだ?」
対応に、アレクの動きが止まった。
「ゲソルファス!てめぇ…!」
リゾが、剣闘士の経験で培った怪力を元に、それを振りほどく。そして、おもむろにゲソルファスの首を締め上げた。
「……くそ、そうか、そうかよ。てめぇ、心の中じゃ俺をナメ続けてやがったんだな。莫迦にしてたんだなぁッ…!!」
ぎりぎりと締めつけられる腕の中で、ゲソルファスは幾度も刺し返す。しかし、リゾの力が緩められる事はなかった。
「……この俺が……こんな……三下に……」
ゲソルファスの目が白く裏返り、口から沫が吹き出る。ごきり、と鈍い音がした。脛骨が、折れた。
思わぬ展開に、3人は、しばし呆然とした。
ふと気がつくと、ケイの姿が消えていた。アレクは二人に後を任せると、彼女を探す為にその場から離れた。
ゲソルファスを絞め殺した後も、リゾはひとり、カレンとラス相手に戦いつづけた。
「ああ、いままで皆オレを馬鹿にしてたんだろうさ! ヴェッチや、キェルにしたってわからねえ。 みんな、腹の中じゃあほくそ笑んで…。ええ、くそ、皆殺しだ。殺してやる、殺してやる……ッ」
大剣を跳ね飛ばされてからも、彼は自らの腕を振るった。組み付こうとするカレンの肩に噛み付き、肉を食い千切った。カレンは顔を顰めて、悲鳴を上げた。
しかしやがて猛獣は、後から駆けつけてきたディックとエトゥシャの力もあり、力尽きて取り押さえられた。
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【Scine6-Flame Down】
足元には、浸水した個所から漏れ、染み出てきた海水が、水たまりを作っていた。ヴェッチは、すでに劣勢を悟っていた。自分の役目は、肉体労働ではなかった。彼は、彼なりに自分の役割について信念を持っていた。ごろつきであった自分を拾い、もともと策謀好きであった自分の性質を見抜いて教育を受けさせたネルガルに対し、恩義があった。同僚達と、一蓮托生する気はなかった。とにかく、行き伸びて、事のありましを、彼の上司に報告する義務があった。これまでの経過をつづった報告書を、皮袋に入れて幾重にも縛り、そのまま慌てふためいて逃げる水夫達に混じって、海に飛び込んだ。
ケイはひとり、通路の中をいったりきたりしていた。途中目にした、水夫達相手に怒号を張り上げる女の姿が、目に焼き付いて離れなかった。何故だか分からないが、どうしても話をしなければならない、という気がした。
そこに、大柄な髭面の男が姿をあらわした。纏っている黒い衣装、感じられる威圧感。この船の中でも、トップクラスの人物だと一目で見て取れた。
「なんだ、こんなところをガキがうろついてちゃいけねぇな。」
男はすらりと、剣を抜いた。男の浮かべた残虐味を帯びた笑みに、対しケイは本能的な恐怖感を感じ、悲鳴を上げた。
ジャルドの剣が振り下ろされようとした瞬間。
駆けつけたアレクがその間に割って入った。
「おれは女は嫌いなんでな。」
ジャルドは、暗黒神に捧ぐ神聖語を紡いだ。瞬間、アレクの視界が闇に閉ざされた。
「親方ぁ!ご無事で」
視力を奪われ慌てるアレクに、走り込んできたレイラがカトラスの一撃を見舞う。バランスを崩し窓枠にもたれこんだ彼女を、レイラはそのまま海に突き落とした。
蹲っていたケイが、面を上げた。レイラとケイの視線が交差した。
レイラは、彼女を見て、震えた。
はじけたようにレイラは立ち上がり、ケイを扉の外に蹴り飛ばした。そして、その扉を閉めて、レイラは船長に向かいなおった。
船の帆を燃やしていた火が、布だけではあき足らぬと支柱にうつり、
マスト全体を焼いた。やがて巨大な柱は、めきめきと音を立てて、炎と共に、甲板に倒れ込んだ。 船底からの火とあいまって、そこから更に、船が燃えすすんだ。浸水が激しく、船が傾きはじめる。沈没は、時間の問題かとおもわれた。
「我が娘よ。」
髭面の中で、ジャルドは微笑んだ。
「親方、船は間もなく、沈没します。・・・脱出用の小船が用意できました。早く。」
レイラの促しに、ジャルドは首を横に振った。
「船長ってなぁな、最後の最後まで、船の面倒を見てやるモンだ。」
遠くを見詰めながら、彼は諭すようにいった。
しかし、レイラは首を振った。
「親方、アタイらの火蜥蜴は、まだ、海の上を走ります。しょせん、ずんぐりの『ドワーフ』は、アタイらの居場所じゃなかったってだけのこと。まだ、やり直せます。・・・サラマンドラ号に、戻りましょう。」
レイラは船長に、手を差し出した。
やれやれ、とジャルドは、その手を取った。
「あっちゃ〜、コリャもうソートウだめだねぇ。キェルのヤロウ、コンナトコに誘いおって。くわばらくわばら。」
冒険者達の中に見知った顔をいくつか見て取ったマーリンは、やれやれと呟いた。彼女は、ロマールで売人をしないかと誘われ、その話に乗ったのだった。消される可能性もあったが、キェルから示された緻密な計画と労働条件は、現実味があり魅力的だった。
「一蓮托生は、趣味じゃないのよね〜」
次の瞬間、小柄な女魔術師の姿はそこになくなっていた。ただ、夜の空に、大きな鳥が、バサリと飛び立とうとした。...が、ずしりと重みを感じた。「ハァイ♪♪」
そこに、キェルがぶら下がっていた。子供のような小柄な体格の男とは言え、その重さのため、必死に羽をはばたかせてないと、墜落しそうであった。
「なにやってんのよ〜オリロオリロ!!」
「夜のお散歩、ゴイッショニ〜♪」
灰色の鳥は、夜闇にまぎれて、ふらふらと船から離れていった。
「あーあ、カッコ悪。コレじゃ歌の主役になれんわな。・・・戻ったらライカにぶっ飛ばされるな。」
海に浮きながら、船の木切れにしがみつき、シタールはとほほ、と呟いた。となりに、同時期に海に突き落とされたアトゥムも、憮然としたまま漂っていた。
視力を奪われた上で叩き込まれた水の中で、アレクは上下感覚を失い、水を飲んだ。
先に落されていたシタールが気がつき、泳いできて彼女を助け上げなかったら、アレクは溺れていただろう。
いまだ続く船の上の喧燥を、彼らは睨み上げた。
「おーい!」
そこに、来たときに用いた船に乗ったラスやカレンが探しに来て、浮いていた彼らを拾いあげた。
沈没直前の『白沫のドワーフ』号にすがり付いていた者達をみな回収し、港へと向かった。
ロマールへ発とうとしていた船は、炎の中に焼け落ち、海に沈んだ。
麻薬の製法を知るアーシュアの姿も、彼の愛したその麻薬の材料と共に、その炎の中に消えた。
彼らの野望は、潰えたかに見えた。
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【Scine7-The Fact】
眠りの精霊の魔力から解かれて、リヴァースは目を開けた
自分を覗き込むエトゥシャやディックを見て、リヴァースは起き上がり、肩を竦めた。船から港に下りたばかりの襲撃に参加した面々が、そこに集っていた。
リヴァースが、中毒経験者だという事はみな知っていた。仮にリヴァースが再び麻薬をうたれ、魔の魅力に抗えない状態にされていたのならば、元に戻さなければならないと考えた。
なぜ、彼が裏切ったのか。ラスが尋ねた。
「彼らは、望んだものをくれるといった。中毒者はあらがえんさ。それに向うへ行けば、ネルガルが金も地位も保証してくれる、と。」
投げやりげに、リヴァースは言った。
「あなたの本心からでている言葉とは思えません。」
ディックが静かに言う。
「あなたなら、会議のときにでもあらかじめ我々を陥れ、襲撃を妨げることはいくらでもできたはずです。」
それを聞いて、言い逃れは止めるか、と、リヴァースは息をついた。
「...フィートは?」
本題にはいる前にリヴァースは、そこに姿を見せなかったひとりのエルフについて尋ねた。
ディックは、沈痛な面持ちで、顔を振った。
麻薬に怨恨を抱いていたエルフは、幾多もの裂傷を受けて、船の破片と共に海の中に浮いているのを発見された。
そうか、とリヴァースは呟いた。皆、目を閉じて沈黙した。
ケイとディックが、死者を悼む聖なる印をきった。
フィートの死は、だれよりも彼に深い影を落した。やがて、彼は、ぼつり、と語りはじめた。今回の黒幕のネルガルの部下、ヴェッチより聞いた、ロマールの貴族の真意を。
皆が麻薬を憎むが、麻薬自体は、絶対悪ではない。医者にとっては痛み止めとして使える。性的不能者に対する助けもある。精神的な苦痛を和らげる事も出来る。要は使い方であり、正しい事に使えば、人を救う事も出来る。 ネルガル卿の狙いは、その麻薬の統制だった。
麻薬は、殺人や強盗、強姦などと同じく社会が存在する限り生まれうる、犯罪である。野放しにしておくと、次々に性質の悪いのが生まれては氾濫する。いくら規制しても、どこかで漏れがあり、裏道で蔓延(はびこ)っていく。
ネルガルは、それを防ぐためには、麻薬を全部統制下において、用途を明確にさせ、医者、娼婦、奴隷など必要とされる者達に、直営の店において登録制で売るという制度を考えていた。締め付けるのではなく、毒性の弱い、用途を満たすものを開発し、その舵取りをする。それにより、麻薬を必要としない一般人への被害を最小限にし、過度の乱用を抑えることができると予測したのだ。
そのために、依存性は強く、毒性自体は弱い、市場という観点から大きな影響力を持つ麻薬の開発が、必要だった。勢力を把握しうる、弱いものを供給し、需要を満たす事によって、より問題の多い強いものの発生を抑える。それが真の目的だった。
それを聞いて、だれもが考え込み、黙り込んだ。麻薬に対し深い憎悪を持つアレクやシタールも、殲滅の使命を帯びたエトゥシャも、無言だった。
オランは、前回、他の麻薬を押さえ付け、猛威を振るった麻薬、ドーマーが壊滅したため、麻薬の空白期が訪れていた。また、ロマールより遠く離れているため、商売敵や政敵の目も届き難く、本国には秘密裏に行なえた。大国オランの人口の多さも好都合だった。小国ではすぐに、問題は明るみになる。そのために、オランが開発の為の実験所に選ばれた。
無論、実験体となった者達には、多くの苦しみが訪れた。最善の方法ではありえない。
―――しかし、リヴァースは、ネルガルの考えが、『正しい』と考えた。たとえ身の回りの者は救えても、全ての者を救う事は出来ないどうしようも出来ない問題に対しての、それが一つの解答だ、と思った。だから、彼に荷担する事を決めた。冒険者側の動きという情報を手土産に。
「なぜ、それを皆に言わなかったのですか?」
皆が、沈黙した中、ディックは尋ねた。
リヴァースは、淡々と答えを紡ぐ。
「...皆が皆、ネルガルの考えを正しいと思うか? ...答えは人により違うだろう。肉親や友人、恋人を麻薬にやられた者が、その考えを許せるか? 後の安定の為には、自分の大切な人が犠牲になってもいいものか。」
実際にカイが被害にあい、怒りを露にしていたラスやカレンが、身じろぎした。
彼の問いに関して、立場は分かれるだろう。麻薬をあくまで悪とし、殲滅を狙うか、沈黙するか、リヴァースのようにのように擁護にまわるか。
リヴァースは、ヴェッチがこのことを自分に告げた目的は、冒険者側の分裂だと考えた。最悪、冒険者の同士討ちということもありえた。それは避けたいと思った。
後は、原材料と制作方法を、本国に持って帰ればいいだけの状態であったため、ロマール側も、事を荒立てるつもりはなかった。が、出港日が知られた以上、襲撃を回避する余裕もなかった。故に、元の船を囮とし、冒険者側、船側、両方に被害がでない方法を選んだのだった。
「...予想より、有能だったな。」
まさかその時点で、新しく船を調達して、追ってくる事が可能だとは思わなかった。それを聞いた皆は、ただ、苦笑をもらすしかなかった。
「おかえりなさい・・・。」
その一堂の前に、ハーフエルフの少女が姿を見せた。
「この無鉄砲娘!」
それをみて、ラスが文字通り飛びあがった。警告されていたにもかかわらず独断で麻薬の調査をし、案の定、吹き矢として麻薬を受けた、カイだった。
「もう出歩いても、だいじょうぶだって・・・」
レドの開発した対抗剤と、麻薬自体の毒性の低さのおかげで、カイの中毒症状は克服された。
お互いの無事な姿を確認してはにかむ少女にひきつけられたように、ラスは彼女をそっと抱きしめた。
周囲から、冷やかしの声が上がった。
麻薬の統制によって、ネルガルはさらなる巨額の利を手にする事が出来ただろう。野望と理想を同時に持ち、それを叶える事を実際に考える、ロマールを愛する男。しかし、その試みは、冒険者達の活躍によって、灰燼に帰した。彼が次にどう動くかは、オランの彼らには、預かり知らぬところであった。
ある者は祝杯を上げに。ある者は、待つ者に報告をしに。
皆が去った後も、リヴァースは、夜の海を見詰めながら、波止場に座り、考え込んでいた。
『恒久の平穏の前には、一時の動乱は許されるか』
ネルガルの真意を知った時の、その問に対するリヴァースの答えは、イエス、であった。故に、彼は冒険者達を裏切り、ロマールの側についた。しかし、先ほど自分がいった通り、一時の動乱で苦しむ人々が、失われる命が、自分の大切なものであった場合は、どうであろう?
自分自身が麻薬を求めていなかったら、リヴァースの答えは、おそらく『否』だった。はるかな未来の、見知らない人間達の安寧など知ったことじゃない。自分の周りにいるもの達の、今、目に見える幸福のほうが、少なくとも自分にとってはよほどに重要に思える。
現にフィートが、命を落した。深く語り合った事はなかったが、思慮深そうなエルフは、よい友に慣れていたかもしれなかった。
それなのに、その問に対し、考えを肯定したのは―――
「自らを苛んでいたモノを正当化しようとしていたのか?」
彼自身が答えを出す前に、不意に、リヴァースの背後に、一つの影が現れ、そう言った。
「 悪徳とされる快楽を求めるのに、正当な理由を得たかったわけだな。」
嫌悪感を煽ってやまないその声の主は、リスートだった。
「煩い。」
まさに考えている事を読んだかのような言い様に、リヴァースは振り向かずに短く返す。
「相変わらず、機嫌がよさそうだな。今回の君の役どころは、麻薬中毒者の悪の雑魚その1というところだったか。」
その声を、リヴァースは無視した。そして再び考えに沈んだ。
間違いなく、麻薬のもたらすものにより、自分は「救われて」いた。過去のトラウマから生じる、人に触れる時の忌まわしい感覚もなかった。自分のうちに常にある、自分を追う者に対しての絶対的な恐怖も、その時ばかりは忘れていられた。彼にとって、それは、必要なもの、だったのだ。
しかしそれは、自分自身の力ではない。その上でそれは、代償に、確実に自ら蝕む。その事が分かっていてなお、求めずにはいられなかった。望んでやまなかったものを楽に与えてくれるそれを。快楽ではなく、解放を。
「それは、ただ単に、甘えではないのか?」
よけいなお世話だ、と、リヴァースは返そうとして、首を振った。
「ああ、そのとおりだ。」
否定でも叱責でも嘲笑でもない。ネルガルは「許してくれる」。そう思ったのだ。
結局、弱いままなんだな、と自嘲げに呟いた。
「わかっていればそれでいい。」
リスートはそれを受けて、言った。
うるさい、ともう一度、リヴァースはいまいましそうに返した。
「一度、叩き直してくる。」
リヴァースは、何かを振り払うように首を振った。そして立ち上がり、闇色の海を睨み付けた後、踵を返した。
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【Scine8-Backgrounds】
エルフィンは、ハザード河の岸に、人だかりが出来ているのを見た。情報を重んじる仕事柄、事件は把握しておくべし、と、野次馬のふりをして何が起きたのかを調べようと、その中に紛れ込んだ。
そこには、顔をつぶされた遺体が2体、うちあげられていた。衛視達が、痛いの身元や死因を調べていた。
手口から、盗賊ギルドの制裁だろう、とエルフィンには予測できた。
ふと、河岸の石に引っかかるように、水に浸った破れた紙切れがおちていたのに気がついた。見た目には、ゴミと変わりなく、遺体に気を取られていた衛視達や野次馬達には、気付かれてはいなかった。
衛視が遺体を運び、人が去った後、エルフィンは、周囲を振り返り、気配を確認した。そして、その紙切れをひらい上げた。それは、数字の羅列の表の一部で、水でも滲まない特殊な塗料で書かれているらしく、河川水につかったあとでも、鮮明に読み取れた。
衛視達が遺体を引き揚げる際、衣服が石に引っかかって破れ、この紙だけがこぼれたのだと思われた。
数字の減り具合と、単位から、何かの帳簿の一部である事は明らかだった。「やれやれ、使い込みがバレて、これですか・・・こうはなりたくありませんね。」
麻薬についてのギルドの対応。自分にも情報がまったく入らなかった以上、何かしらの隠蔽工作が起されているのは間違い無かった。組織の人間に対し「手を出すな」と通達が出ていても、良さそうなものだったのに、なぜ、ギルドが沈黙を保っていたのか。
ある幹部が、地位を護る為に金をばらまく必要があり、ギルドの金を使い込んだ。急遽金が必要になったときに、麻薬の売人が現れ、金を受け取ると同時にギルド内の情報を抑えた。この死体は、口封じのために殺され、その後にこのリストを忍ばれて、使い込みの罪を着せようとされた・・・。
その事実は、いまだエルフィンの知らぬところであったが、耳にはいるのは、時間の問題だった。
エルフィンはもう一度、左右を振り返って気配を調べた。だれもいない事を確認すると、そのリストを、懐に仕舞い込んだ。
もう一つ。貧民窟に、一つの死体が発見された。鹿婆ぁ、という通称で呼ばれている、老女のものだった。死体には、同じく死んでいる両手のない赤子が抱かれていた。その赤子は、鹿婆ぁが、捨てられていたのをゴミ捨て場から拾い上げたものだった。彼女は、物乞いをする際に哀れみをかうために、赤子の両手を切り落としていた。
「断るのぁ賢くないっていったろうによ」
と、死体には、短く置き書きが残してあった。乞食仲間の中で、字の読めるミルキーが、それを犬頭巾に伝えた。
裏町の情報を抑えるよう、ロマールの売人達は、乞食達の情報収集の集積どころである犬頭巾を、金で抑えた。犬の口は括られた。しかし、後に犬頭巾は、造反し、リヴァースに情報を漏らした。
―――アタシ達は、あんなやつらをキモチよくさせる為だけに、いるんでしょうか?
自分たち乞食が、人の優越感を満足させる最低の存在であることは、思い知ってきていた。だからこそ、強者に、ひとあわ吹かせられるということが、非常な魅力に思えた。
他方、この悪党たちは情報屋としての誇りを奪っている。それを取り戻し、同時に、人間としての誇りをも蘇らせよう。その思いが、彼をあの行動に走らせた。そして、その結果が、これだった。
金を得る事により、彼が護ろうとした共同体の者。同じ境遇の者。彼の『仲間』。誇りを求めた事により、彼は護るべきものを失った。
犬頭巾を直接殺すのは、簡単だっただろう。しかし、ヴェッチは本人を手に掛けず、周囲の者を殺めた。己の無力さを、強き者に従わなかった愚かさへを、より認識させるために。
周囲の者は、何も言わなかった。
力無さ。報われなさ。不条理さ。
祈りすら捨てられ、踏みにじられた。
湿りどよんだ、水の腐った臭いのこもる中に、蚊が数匹、うーん、と音を立てた。
犬頭巾は終始、仮面の下の唇の端を引きつらせていた。
死体が手押し車で運ばれてきて、にわかに全くの静寂が訪れたときだった。 ふいに彼は、沈黙する仲間に背を向けた。そして二、三歩、歩んでから、だしぬけに狂ったような笑い声を辺りに轟かした。彼はそのまま、走りはじめた。片足で跳ねるようにしながら、何ごとか叫びつつ、犬頭巾は集落から走り去っていった―――。
歓楽街は、荒れた。
突如として姿を消した『貞淑な妻』を巡って、殺人沙汰になるような騒ぎが多発した。供給を断たれ、残った麻薬の価格は高騰し、すぐに一般の者が手を出せるものではなくなった。治安の悪化に、衛視達は頭を悩ませた。
ユーシスからの報告を受けたマイリー神殿、それに、麻薬そのものを社会の秩序を見なす悪とみなしたファリス神殿が、他の宗派の神殿と協力して、麻薬中毒者の救済にあたった。麻薬に造詣の深い町医者のクスコが、治療に際しての知識を供給した。医者として、神の奇跡による治癒に複雑な感情をいだいている妹のマリナは、それに関していい顔をしなかった。
レドは、体内にある麻薬を中和する薬を実験研究していた。一応、中毒作用を和らげる効果のあるものはできたが、材料費がかさんだ。結果、麻薬の被害に遭った肝心の貧困層には、手の出せないものとなった。
ファリス神殿は、根絶を目指す立場をとった。そのファリス神殿に、薬関連の情報提供の募集、後遺症に悩む者達の相談と治療などを担当する部門が設けられた。ジェニー司祭が、その指導に当たった。ただ、主に被害の集中した娼婦や下層市民にとって、ファリス神殿の門は、近寄りがたいものであり、自ら進んで訪れようとする者は少なかった。被害層を把握し、薬物の知識をつけ、自分から拒絶できるように彼らを教育するにはどうすればよいか。神殿の課題は、大きかった。
今回、冒険者により捕らえられた売人達のうち、ある者は秘密裏に死を遂げた。リゾは瀕死のまま捕まっていたが、その怪我が回復する前に、ヴェッチ、キェルらの手引きを受けて、脱獄していた。
彼らが再び、オランの地に姿をあらわす事はないとおもわれた。
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【Scine-Epilogue】
床で安らぐ者たちの眠りが最も深まる時間。欠けはじめた下弦の月だけが、ぽっかりと虚空に浮いていた。オランのどこからもその姿を確認できる三角塔も、そのほのかな月明かりの中では、見えない。
まだ、今頃も、いつもの酒場では、襲撃の成功の祝宴が続いているだろうか。
薄明のほのかな白い光が、滲み上がる中、リヴァースは、ひとり、オランの門を目指した。
悠然なる金色の光が、東の空に差し込むのは、じきのこと。
ひとつの動乱が暮れ、また平穏なる朝が、いつもの通りに、賢者の国を包み込もうとしているのだった。
The Title / "新麻薬事件『ペネロペ』"
Date Until / 511.06.19
Directed By / Taruno
Written By / IRISIOmaru
Number of Related Characters / 37
Players /
Sekia, Arurukan, Matsukawa Akira, Shinichirou, Yu-ki, MASASHIGE, Kirin, Akihiro, Kakashi, Komachi, Mogg The Magician, Moon, Nari, Sakanagi, Momotaro, Emon, Ken-K, Inuyi, Toujyou Sayuri,Taruno, IRISIOmaru.
Special Thanks To / Maki
and ―――YOU...
ENDE...
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