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No. 00018
DATE: 1999/06/21 02:19:16
NAME: ラス&エルフィン
SUBJECT: 舞台裏<新・麻薬事件関連>
「…ここになります。どうぞ」
何でも屋のエルフと名乗る男はそういって、部屋の扉を開けた。その扉を押さえたまま、俺に入るように促した。正直、相手を信用していない以上、相手よりも先に部屋に入るのは避けたかった。入る瞬間、相手に背中を向けることになるのだから。それでも、今はこっちがエルフを信用するかしないかじゃない。エルフに俺を信用させることのほうが大事だ。
「殺風景な部屋だな。…あんたらしいが」
エルフの横を通り過ぎる時に、一瞬、背中が緊張する。それをごまかすために、意味のない言葉を吐いた。…俺は、確かにエルフを信用していない。が、それでも、俺に敵意がないことを示さなくてはならない。そして、情報の交換を。
「…座っていいか?」
仲間でもない男と2人きりの部屋で、こんなことを…自分から言い出すなんてな。何でも屋は静かに微笑んで、軽くうなずいた。そして、自分は立ったまま壁にもたれる。不測の事態が起こったとき、座っているほうは反応が遅れる。お互いに承知してるあたりが…猿芝居だよな。
「…あんたは、何でも屋だろ? 情報も扱うか?」
俺の言葉を聞いて、何でも屋は薄く笑った。灰色の髪、灰色の眼。浮かべた微笑みもどこか冷たい。…この部屋と一緒だ。頑丈なだけが取り柄の飾り気のない部屋。必要最低限の家具と厚い壁、小さな窓。
「どんな情報をお望みですか? ハザード河で魚が釣れる穴場なんていうのはいかがです?」
「悪いが、あんたの軽口を聞いてる暇はない。…ギルド内の情報について取引がしたい」
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彼の顔と名前は見知っていた。きままに亭で何度か見かけたことがある。印象から言えば…割と単純そうだが…。どうやら話を聞くと、盗賊でもあるようだな。少々、意外だった。麻薬が…という話は、リヴァースから聞いていたが…。なるほど、彼も多少ならず絡んでいるわけか。それにしても…なかなかおもしろそうな話を持ってきてくれた。ギルド…盗賊ギルド。あまり表立って関わりたくはないんだが。
それでも、確かに昨今の状況は気になるところだ。確実に、どこからか新しい麻薬ペネロペが持ち込まれているらしいのに、ギルドはそれに関わっていないと言う点が。麻薬を売り買いするのに、ギルドがその詳細を知らないなんてことはないはず。今の状況を説明するには、いくつかの欠片が足りないようで、気になる。この若者…いや、妖精の血が混ざっているからには、見た目通りの年齢ではないかもしれないが。とにかく、半妖精のラスが持っている情報は、足りない欠片を埋めて、絵を完成させることができるのだろうか…?
ひととおり話して、彼はこっちを伺った。
「…あんたがもし、この情報に食指が動くなら…」
食指なら…動きそうではある。ギルド幹部の買収。…どの幹部が? それを聞くためには…彼が欲しがる情報を与えなければならないな。ただ…話すには…彼は本当に信用できるのか?
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…灰色の瞳が俺を観察している。ハーフエルフだってことで、他人からの視線には慣れてるが…これは、少し違う。何でも屋か…得体の知れない野郎だ。いつだって、薄い笑みを浮かべて、本心が見えない。ただ、その笑みに暖かさは無縁らしい。他人を信用しない笑みだ。
「他の幹部がどう動くのか…知りたい」
エルフの眼を見つめ返しながら、聞いてみる。…それによって、こっちの動きも変わってくるからな。買収されてるのを承知ってことはねえだろうが、ある程度の人数が承知してるってんなら、こっちは動きにくい。だが、もしも買収されているのがリーデンだけなら、それをギルドに知らせれば、リーデンは内部で粛正されるだろう。…粛正……ま、手っ取り早くいえば、始末されるってことだろうけどな。時間はあまりない。こちらが探ってることが判れば、俺達はリーデンに始末される。それよりも先に、リーデンが始末されなければ。
俺を観察した結果がどう出たかは知らないが、エルフは話す気になったらしい。あくまでも取引ではあるが。そして、推測だと前置きして、他の幹部は知らないはずだと話した。街に流れている情報量を考えれば、どこからか…ギルドから、圧力がかかってるだろうことも。そして、奴は、こう付け足した。
「貴方の話を誰が信用するのです? 笑い飛ばされるか、さもなくば貴方が名前を知ったその幹部に消されるのが落ちですね」
…さらりと言ってくれやがる。そんなことは承知だ。だからこそ、話の通じる幹部がいるかどうかを知りたい。
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話の通じる幹部…か。心当たりがないこともない。あの人なら、ラスの話も聞く耳くらいは持っていそうだ。しかも、ギルド内での実力も申し分ない。…接触できるかどうかは、私の知ったことではないし。ただ、こちらとしても、欠片はまだ揃っていない。ラスの話を信用するとしても…まだ絵は完成しない。ロマール側の動き。それを知りたい。何を思って、どう行動しているのか。
……『好奇心、使い魔と術師を殺す』…か。まったくだ。深入りすべき問題ではないのかもしれない。それでも、気にはなるのだ。この半妖精が私の疑問に答えてくれれば面白いのだが…。
それにしても、一見、単純と見せかけて意外と考えているらしい。口数多く、ぺらぺらと喋ってはいたが、買収されている幹部本人の名は明かさない。それを聞くには、こちらからも喋らねばならないということか。…なるほど、こう見えてもやはり盗賊、ということらしい。…ならば、私より先に部屋に入ったのも、素直に座って見せたのも…考えての行動か。…おもしろい。
「ロマール側の動きが掴めていません。<ロマールの貴族>が何を考え、何を目的としているのか。これが少しでも判れば、ご相談に応じましょう」
私の提案に、彼は少し考えたようだ。…無理か? が、一瞬の逡巡の後、彼はうなずいた。
「…一日、待ってくれ」
……意外、だな。
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翌日の夕方、きままに亭の奥の部屋で、ケルツとリヴァースが持っている情報、俺とカレンが持っている情報。それぞれを付き合わせてみんなで話しあった。多分、今の状態ではここまでが精一杯だろう。もう、あまり時間もない。だが、情報そのものは、完全とは言えないがある程度は手に入っている。足りない部分を推測で埋めることが可能な程度には。
そして、俺はもう一度、何でも屋の部屋を尋ねた。
「どうぞ? 扉は開いています」
部屋の中からの声に応じて、俺は中に入った。勧められた椅子に腰をおろす。…意外だったのは、エルフも椅子に座ったことだ。さすがに、壁際から離れようとはしないが、立ったままではない。どうやら、こっちに敵意がないことだけは通じたらしいな。
「その後、何か判りましたか?」
相も変わらず、観察する眼を投げつけながら、エルフは薄く笑った。
「…推測にしかすぎないが……」
俺の話す内容を、黙って聞いている。信用しているのか、いないのか。表情からは何も読みとれない。
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推測ならお互い様だ。昨夜、彼に話した情報だって、こちらの推測の域を出ていない。…一応、気になって、今日の昼間のうちにラスの身辺を調査してみたが、目新しい事実は出てこなかった。人物評としては、私が最初から抱いていたものとほぼ同じだ。曰く『単純だが、人柄は悪くはない』と。
推測、と前置きしておきながら、彼の話す内容はかなり詳しい。…どうやら、仲間に優秀な盗賊がいるらしい。ロマールの貴族…ネルガル卿か。そして、実行部隊の投入、東からの麻薬原材料の密輸入。東…どこだ? 聖王国アノス? いや…まさか。だが、これだけ聞けば、私の中の絵は完成に近づく。一介の冒険者からこれだけの情報が聞けるなら、悪くはない。
「ありがとうございます。おかげで今夜はゆっくり眠れそうです」
「…俺のほうも、ゆっくり眠りたいんだがな」
正直、期待以上だ。話してやってもいいだろう。…それで、彼が眠れるかどうかは別の話だが。
私は、<見つける者>のメンバー、タッドの名をラスに伝えた。“早足”タッド。次期ギルドマスターと言われるほどの人物だ。もともと冒険者だったこともあって、懐の深い人物だ。タッドならラスのことも、聞く耳くらいは持つだろう。
それを聞いて、ラスがうなずく。
「ありがとう。…じゃあ、知ってるかもしれねえが、教えよう。金を受け取った幹部の名前はリーデン。“流れる耳”リーデンだ。ついでに、おまけだ。足に使う船の名前は『黒い炎のサラマンドル』号」
ここでも、期待以上か。思わず、口元がゆるむ。彼の相棒はよほど優秀なのか。それとも彼らがよほど強運なのか。少し…興味が出てきた。
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何でも屋エルフは、<見つける者>のメンバーだった高名な盗賊の名前をあげた。…タッドか。“早足”タッド。さて、どうやって接触する? 相手はギルド幹部だ。それに、リーデンの動きもある。正面きって行ったって、追い返されたあげくに、帰り道に……なんてことになるのが落ちだろう。じゃあ? 変装していくか? 盗賊ばかりがいるところに、俺が変装していったって、ばれるに決まってる。何か…別の身分を語って……いや、それよりもタッド本人が1人になる時を狙って? ギルドじゃなくて、住居を調べてそっちに……いや…ギルド直営の表の店<稲穂の実り亭>…そこに……。
…堂々巡りだ。ヘタに動けばこっちが危ない。まあ、もう十分ヘタに動いたがな。
まる一日考えて、決めた。どんなに策を講じても、向こうはギルド幹部だ。そして周りには腕利きの盗賊達が揃っている。変装だろうが語りだろうが、ほぼ確実にばれるだろう。そして、ばれた時には、言い訳する暇などない。たとえ、言い訳を信じてもらえたとしても、その先…俺の持ってる情報を信じてはもらえないだろう。一度嘘をつけば、全てが嘘だと思われる。ならば…何でも屋に会った時と同じだ。相手に信用されたければ、嘘をつかないことだ。痛くもない腹を探られたくなければ、腹が痛いふりなどしなきゃいい。
ギルドに直接、尋ねて行こう。店のほうじゃなく、裏から直接だ。名前を名乗って。冒険者だと言って。タッドに話したいことがあるから、直接会いたいと、申し入れよう。会わせてくれるまで動かなければいい。…リーデンが気づいたとしても、ギルドの中で始末しようとはしないだろう。もともと、俺の顔はリーデン側にはばれていないはずだ。カレンと違って、変装した姿すら見られてはいない。
…俺には、神を信じる気持ちはあまりよくわからない。だが、カレンが幸運神を信仰している気持ちが、ほんの少しだけ分かったような気がした。
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いつものように、私は冒険者の店に顔を出した。入り口と店内が同時に見渡せる場所を選んで、腰を落ち着ける。店員に、酒ではない飲み物と軽い食事を注文して、軽く壁に背をもたせかける。
冒険者とは…不思議な人種だ。容易く幸運を信じる。幸運ほどあてに出来ないものもないだろうに。どうやら、調査によるとエルフに育てられたらしいあの半妖精さえ、例外ではない。幸運神そのものを信じているわけではないだろうが。それでも、幸運が采配をふるうことがあると、信じているようだ…。
先ほど…ここに来る前に偶然、ラスに出会った。これからギルドに行くつもりだという。さて、どういった手段で…と、半ば楽しみつつ聞いてみたのだが…。意外だったな。彼はいつだって、予想外の動きをする。よほどお気楽で単純なのか、それとも考え抜いた末の思慮深い行動なのか。…思慮深いということはあるまい。確かにギルド内で、ラスのような駆け出しの盗賊が何をやっても、工作など通用しないだろう。にしても、正直すぎる。…呆れるほどに。
遠からず、ハザード河に死体が浮かぶことになるだろう。誰のものなのかは判らないが。ただ、ここへきてギルドも気づき始めたらしい。最近の動きはあわただしくなりつつある。ならば、ラスは生き残れるのだろうか? 今この時期にあの情報を持っていくとなれば、信憑性は格段に高くなる。信用は…されるだろう。可能性の問題でしかないけれども。そう、可能性だ。それは…幸運ではない。
…さて、決着はどういう形になるのだろうか?
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