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No. 00019
DATE: 1999/06/23 04:02:56
NAME: レドウィック
SUBJECT: 帰ってきた弟子
月が中天にさしかかり、星の瞬きが空を覆いつくした頃だった。
街外れの一件の館。
その鉄製の門の前に立ち,
小さい声で下位古代語の合言葉を唱える。
軋むような音をたてながらゆっくりと門が開く。
・・・その館の一室で,
静かに机に向き合っている黒髪の男が,いた。
門の開くかすかな音に気付き,顔を上げる。
「来客の予定は無いのだがな・・・」
小さな声で呟くと,手にしていた本を閉じる。
その表紙には,下位古代語で,
『生命の水と疑似生命体』と書き記されていた。
創成魔術の古代書の一冊である。
ゆっくりと立ち上がると,棚の中から一本の杖を取り出す。
その表面全体に,上位古代語が,
びっしりと書き記された,ものものしい魔法の品であった。
彼は,この杖を普段目立つので,
あまり持ち歩かないことにしている。
なぜなら,持って歩けば,自分が魔術師だと,
宣伝しているようなものだからである。
さて、お客さんを出迎えに行くか。
普段使わない,この杖を持ち出すのは。
『施錠』のかかっている門を開けてくる侵入者には,
普段使っている指輪の発動体では,
遅れを取る可能性があるからだ・・・。
「其が像は我が姿。夢と現の狭間よ,我が姿となりて・・・」
小さく上位古代語を呟くと,玄関の内側に,
魔術師自身の姿が浮かび上がる・・・。
「・・・汝が名は,幻 なり。」
自分自身は,この突き抜けになっている二階の,
手すりの影に身を寄せる。
カラン・・・,乾いた玄関の鈴の音が響く。
入ってきたのは12、3歳の黒髪黒目の少年で,
うす茶色く汚れた白い法衣を羽織っていた。
少しバツの悪そうな顔をして,『幻』に頭を下げる。
「し、師匠,只今帰りました。」
腰から直角に降り曲がった身体は,
まるで,足にくっつきそうだった。
思わず,笑みを漏らしてしまった黒髪の魔術師は,
幻の姿を消してしまう。
「く,くく,随分長い買い物だったなぁ,
早く夕飯をつくれよ?。」
この少年,リッティと言う。
とある事情で家出中だったのだが・・・,戻ってきたらしい。
ま、出て行けっ!!,と怒鳴った手前帰って来いともいえず。
困っては居たのだが・・・。
それにしても,随分長い家出だった。
思ったより大人に近づいてるのかも知れないなぁ。
こいつも,そろそろ魔術の勉強に,
入らねばならん頃合なのかも知れない。
私は再び書斎で本を開いた。
ひたしぶりの愛弟子の料理を期待しつつ・・・。
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