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No. 00021
DATE: 1999/06/24 20:27:56
NAME: ルシアス&クロニ
SUBJECT: パルブランの探索
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ルシアス:暗所恐怖症の駆け出しの冒険者。
フールールー:女錬金術師。ルシアスにある植物の採集を依頼。
クロニ:フールールーの家の居候。
パルブラン:下水など、光の射さないところに自生する植物。
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酒場にフールールーの使いだという少年が現れたのは、約束の時間を半刻ばかり過ぎた頃だった。クロニと名乗る、想像以上に幼い少年を見て、ルシアスの不安は否応なしに増す。彼の表情が曇ったのを知ってか、少年は皮肉気に笑い、怖いのなら来なくてもよいと云った。どうやら彼が暗所恐怖症であることは聞いているらしい。気遣う気はなさそうな口調に改めて憂鬱になる。傍らに用意してあったランタンを取ると、少年に背を向けて店を出た。
下水の入り口があるという橋に着くまで、二人は一言も言葉を交わさなかった。ルシアスにしてみれば、これから彼に訪れるであろう恐怖が心を占めていたし、少年の方はそんな彼を気にした風もなく先を歩いていく。下弦の月の、妙に明るい夜だった。橋の傍らに備えられた階段を降り橋桁の裏へ回ると、そこだけぽかりと穴が穿たれたように暗闇が口を開いていた。黴と腐臭とが混じったような下水の臭いが鼻をつく。後悔が一瞬ルシアスの足を止め、それを振り払うように頭を振る。後ろから自分を見つめるクロニの視線を感じながら、身体の内側から湧き出る恐怖を押さえつけて石造りの壁に手をかける。苔生した滑りやすい階段を降りる、その一歩ごとに暗闇が深くなるような錯覚に、冷や汗が背を伝う。ランタンの灯から遠ざかろうとする鼠か何かの立てた音にぎくりと振り返るルシアスを、後ろから降りてきたクロニが笑った。
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迷ったと先を歩く少年が告げたのは、下水に入ってしばらくしてからの事だった。ルシアスの頭からすっと血の気が引く。普段なら自分のあるいた道など、当然頭に入っているのだが、恐怖を押し込めるのに必死だった為、どこを歩いてきたのかさっぱり思い出せない。ランタンの灯を急に弱々しく感じて、思わず辺りを見回す。どういうことだと尋ねると、目の前に羊皮紙を突きつけられた。どうやらフールールーの書いた地図らしい。
「すっげぇ、抽象的だとおもわねぇ?」
「・・・確かに」
口をゆがめ、眉を寄せてぶつぶつと文句を言うクロニにルシアスはかすかに苦笑した。それを皮切りに、クロニは冗談のように女錬金術師にたいする愚痴をこぼし始める。口調には先ほどまでの剣呑さはない。急に弁舌になった少年の細い肩を見やり、ルシアスはそれでも恐怖を見せようとしないクロニの様子に舌を巻く。自分を気遣っているのだと気がついて再び苦笑。情けないと思うと同時に、何かあれば自分が守ってやらねばと大きく息を吸う。不意に暗闇さえも恐ろしくなくなった気がして辺りを見回し、やはり押し寄せる恐怖にやめればよかったと冷や汗を流した。
さらに幾度かの角を曲がり、嗅覚が麻痺し、悪臭すら感じられなくなった頃、どうにか見覚えのあるところまで戻ってくる。今度こそ慎重に地図の通りに進み、ようやく目的地にたどり着く。壁に斜めに走る深い亀裂。いぶかしんだルシアスが、傍らに立つクロニに尋ねるとこの先は遺跡の一部なのだと説明された。
「聞いてない・・・・」
愕然と呟くルシアスを見ながら、クロニはランタンの火屋を取る。
「大したこと無いって。この二つ先の部屋だからさ。・・・・そうそう、ここから蝙蝠の巣が続くから、灯落とすぜ?」
火が消えるまでの一瞬に、苦笑したクロニの顔を確かに見た、と思った。
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見覚えのある階段から朝日が射し込んでいる。生あくびをするクロニの隣で、ルシアスは達成感に笑みをこぼす。やはり暗闇は恐ろしいものの、それでも沸き上がる自信が少なからずルシアスを興奮させていた。報酬の半金を取りに来るようにと念を押すクロニと別れ、そのまま宿に帰る気にもなれず、それでは祝杯でも挙げようと酒場に足を向ける。朝から酒を飲むなど普段ならしないが、何しろ記念すべき仕事だったのだ。
採集方法が間違っていたと、フールールーが彼をもう一度訪ねるのはさらに数刻の後である。
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