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No. 00027
DATE: 1999/07/12 00:12:20
NAME: 流れる耳
SUBJECT: その後…(新・麻薬事件)
オランの街に存在する酒場の一つ、黄金に彩色された稲穂を看板として掲げるその店は「稲穂の実り亭」と呼ばれていた。
例え街の盗賊といえども、気軽に訪ねる事の出来ない本部に変わり、稲穂の実り亭は盗賊ギルドの表の店として居を構えている。
ギルドに関わりを持たない人間には冒険者の店として思われていたが、他の店と比べてどこか雰囲気が違うのだろう。
立地条件の良さや小綺麗な内装に反し、店内の客数は常に少なかった。
街中を流れるハザード川に顔が潰された二つの死体が上がった日の夜も、稲穂の実り亭は店を開いていた。
店内には6人用の丸テーブル4台が程良い間隔をあけて配置され、店の奥には個人客用のカウンター席もある。だが、店内の客は一組の冒険者しかおらず、どことなく寂しい雰囲気を周囲に漂わせている。カウンターの奥にいる店員が、意味もなく愛想を振りまいているのがさらに雰囲気を悪くしていた。
カウンターの裏手にある、店の地下に続く階段は、常にランタンが灯っており、ある程度の明るさを保っていた。
又、地下通路の突き当たりにある厚い樫でできた扉の奥の部屋は反対に薄暗い。主の用心深さが建物の造りにも反映されているという事はいうまでもないだろう。
その扉の奥で、一人の男が部下からの言葉を表情の無い顔で聞いていた。
報告を受けている男はリーデン様と呼ばれ、”流れる耳”の二つ名を持つ、情報収集をその役目とする盗賊ギルドの幹部。オランの街で流れる情報はまず彼の耳に入り、重要と思われる物だけが本部へと伝えられる。
感情を表に出さない風貌は、外見を見た相手に冷たい彫刻を思い浮かばせる。また、薄暗い部屋内ではよく判らないが、外見年齢は30過ぎぐらいだろうか。だが、常に変装している彼の素顔を知っている人間は、そう数多く居はなかった。
部下からの報告は、彼にとって些細な事であった。先日命令を下した、馬鹿な男達の始末が終わった、ただそれだけの話。だが、その後に続いた言葉に彼は興味を示した。
・・歓楽街の一角にある娼館、石榴の舘に通う人間が最近増加の傾向を見せている、と言う。
情事の最中に麻薬を併用する事によって得られる快感が、客足を増やした原因なのは彼にも判っていた。ロマールから来た者達の行動を黙認する条件の一つに、彼の目が届くスラムで事を始めるという項目を加えたのだから当然の事と言えよう。
ここオランの街に流れる情報を求め、この稼業に携わる人間は数多い。少なくとも自分の膝元でなければ、情報を握りつぶすことは難しいのが現状である。慎重に交渉を重ねた結果、相手に認めさせた条件に手落ちは無かったと彼は自負していた。
だが、どんなに完全に隠匿したと思えても、両手ですくった水がいつのまにか漏れていくように、必ずどこかに穴はできる。
事の内容から、街中で噂になるのが時間の問題なのは当初から予想していた。麻薬を使用する娼婦や、その客達の口を封じるのは誰であろうと不可能なこと。結果、噂が漏れるのは早いか遅いかの違いでしかない。
事後の対策はすでに彼の心内にある。後は頃合いを見計らって対処するだけであった。
常に先手を打てば、他者に遅れをとらないという事を彼はその経験から知っていた。
又、幸いにして麻薬の事を嗅ぎ廻る冒険者の存在も彼は耳にしていた。冒険者と呼ばれる奴らが上手く立ち回れば、自分の手を煩わせずに事の始末が出来るという物である。
時には邪魔な存在でしかない冒険者も、今回は使い方次第、いや、出方次第であろう。
ロマールに従う密輸船を襲撃し、あくまでも彼らの不手際によってオランから撤退した、そうなれば絵図としては申し分が無い。
良い金蔓を無くし、他の幹部への根回しが出来なくなるのは惜しいが、それも我身が無事であればこそなのだろう。
彫像のような顔にかすかな表情を浮かべながら今後の始末を手短まとめ、影の様に従う部下に命令を下した。
彼がその話を耳にしたのは、ギルドの使いに呼ばれて本部へと出かける直前であった。彼に似て、普段は影のように姿を表さない部下が報告をしてきたのだ。曰く、我々の行ってきた事を、幹部の一人「早耳タッド」に密告した輩がいるという。しばしの思案の為、動かしかけた足を止めるリーデン。 今回、突然の呼び出しはそれが理由か。だが、すでに証拠は始末している。ロマールの人間が他の盗賊に捕まったという話は聞いていないから、事情を尋ねる事を含んだ、軽い警告止まりであろう。下っ端ならともかく、幹部の一人を、何の証拠も無く処刑出来るはずがない。だが、もし…。
彼の予想は的中した。本部に着き、使いの案内で通された部屋には、沈黙した他の幹部達と長がいる。彼が軽い挨拶をすると、幹部の一人「早足タッド」が口を開いた。
質問は、麻薬ペネロペについて。予想していた質問に対し、用意してきた答えを返す。
彼の回答に対し周囲の反応は様々であったが、事前に実弾(金)を渡していた幹部からは、非難の声はあがらない。また、質問を行う側も有力な証拠が無いせいか、今ひとつ彼を追い込む事が出来ない。
しばらく会話が続いた後、それまで沈黙を保っていた長が口を開き、その場はお開きとなった。
密告してきた冒険者の名前は部下の調査により、彼が本部に行っている間に判明した。だが、彼の側からは手を出す事が出来ない。事故に見せかけ、見せしめに暗殺する事も考えたが、今動けば自分の非を認めるような物である。一介の冒険者の不審な死につけ込み、早足タッドが今回の一件を蒸し返す可能性を考えると、捨てておくしか対処の仕様は無かった。
又、彼からすれば、有力な証拠が発見されなければ身の心配は考えなくても良い。ギルドからの査問が終了した以上、今回の一件はすでに過去の出来事となっている。
彼の耳に次々と新しい情報が届けられ、その対応に追われているうちに、密告した冒険者の件はいつしか頭の片隅へと追いやられていた。
<つづく>…とは思えない(笑)
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