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No. 00034
DATE: 1999/07/26 03:14:04
NAME: ミルディン
SUBJECT: 十年前の始まりと終わり
遠くから声が聞こえる。ミルディンには分かっていた。これが夢であるという事を。彼が10年前にしてしまった唯一の判断ミス。その時の夢だ。
声が近づく。いや、自分からその場所に近づいているのだ。
しばらくすると、絶望の表情を浮かべてひざをつく少年がいる。その、少年は少し年上くらいの女の子を抱えている。
女の手が少年のほおに伸びる。言葉をかけようとしているのだろう。その言葉を聞き取ろうと自然と耳をそばたてる。その女が言った言葉は…
「ミル!いい加減に起きて!!」
「…ヴェイラか…」
「ヴェイラか、じゃないでしょ!もう、リックさん出発の用意して待ってるよ!先行ってるから早く来てね!」
ばたばたと、階段を降りる音。それに引き続き、ごろごろっ!どごっ!などとやたら痛そうな音が聞こえてくる。
「きゃああぁぁぁ!」
同時に、悲鳴。どうやら、階段から転げ落ちたらしい。
「そそっかしいところといい…おせっかいなところといい…本当に…似ているな」
誰へともなく一人つぶやきながら、ミルディンの思考は10年前へと飛んでいた。
ミルディン=テイル・16歳・男
3才の時にエレミア魔術師ギルドの導師、ゴレル=テイルに養子として引き取られる。
それ以来、魔術師ギルドにて修行中。魔術師としての才能は1流であろう…
20才くらいの女がぱらぱらと、魔術師ギルドの登録名簿を見ながら言う。
「ミル君、調子いいみたいだねぇ。また、新しい呪文を覚えたって言ってたよ」
「ふん。まだまだ、ひよっこじゃい。それにしても、パティ、お前の方はどうなんじゃ?」
その脇で、50才くらいの初老の男−ゴレル=テイル−が言う。
「えへへ…やっと<変装>が使えるようになったくらい…」
「たわけ!お前もわしの娘ならせめて<電光>くらい使えるようにならんか!今日からお前は特訓じゃ!」
「え〜そんなぁ〜」
たまたま、通りかかったら師匠とその娘−パトリシア=テイル−がそんな話をしていたのを覚えている。
そう言えば、あのころは自分の腕を認めてもらいたくてやっきになっていたな…今から思えば、師匠のいっていたとおりまだまだ「ひよっこ」だった。
そう思いながら思わず、苦笑を浮かべる。その後だったか…あの事件があったのは…
「ミル君、いる〜?」
こんこんと、ドアを叩く音が聞こえる。
「義姉さんか…開いてるよ。何の用?それと、いい加減、俺の事をミル君って呼ばないでよ。子どもみたいだからさ」
「いいじゃない。まだ子供なんだからさ」
ドアをあけながら、パティが部屋に入ってくる。
「それは、ともかく…父さ…じゃなかった、師匠が私たちに用事があるらしいよ。それで呼びに来たんだ」
「師匠が?珍しいな…なんの用だろう?」
「さあ?とりあえず、行ってみればわかるでしょ」
「ミルディンですが…」
ドアをノックしてから声をかけると中から声が聞こえる。
「おお。来たか。入りなさい」
パティと一緒に部屋の中に入り、後ろ手にドアを閉める。
「で、今日は何の用でしょうか?」
「うむ…実はお前らに頼みたい事があってな。引き受けてくれるか?」
「別に、構いませんけど?」
「実は、魔法を使って悪さをしておる者がおってな。魔術師ギルドとしても困っておるのだ。そこで、お前らに犯人を捕まえて欲しいのじゃ。」
「それは、分かったんだけど…なんで、ボク達に頼むの?ボク達より、もっと魔術を使える人達がいるでしょ?」
パティが疑問を口にする。
「魔術師ギルドの宣伝じゃ。悪の魔術師を正義に燃える若い魔術師が打ち倒した…という噂が流れれば今回の事で低迷したギルドの人気も戻ってこようというものじゃ」
「なるほど…分かりました。それで、どんな事をしたんですか?その人は?」
師匠が言うには、夜中に、まず<シェイプチェンジ>を使い少年に変身して、医者の家に「母さんが倒れたんです!助けてください!」などと言って医者を連れ出して、裏通りで<眠りの雲>で医者を眠らせて医療道具を盗んで他のところに売り捌いてるらしい。
「被害があったのは町のどこらへんか分かりますか?それだけあれば、十分なのですが」
「ああ。これが、被害のあった店を記してある地図じゃが…これだけで大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。これでも、探偵を志望してますからね」
そういって、すぐに部屋を出る。あわてて、後ろからパティも付いてくる。
「ねぇ、ほんとにこれだけで十分なの?」
「うん。これだけあれば、捕まえられるよ。まあ、任せてくれよ」
そういって、にやりと笑って見せる。
…自分の力を過信していた事は事実だな。あのとき、もっとしっかり準備しておけば…
後悔の念が次第に頭をもたげはじめる。後悔しても、過ぎた事は戻ってこない…頭ではわかっていても、感情を納得させる事は簡単にできる事ではない。
犯人を捕まえる手はずは簡単についた。街に医者なんて多い方ではない。被害を受けた店の近くでまだ、被害を受けてない店があればそこを狙うに決まっている。
まだ、被害を受けていない店に行き、事情を説明してしばらく店を借り受ける事に成功した。−もちろん昼の間は治療師の人が経営しているが−
そして、3日後…
「すいません!母が倒れたんです!助けてください!」
来たな。そう思った。もしも、これが演技ではなく本当だった時のために後ろからパティと医者に隠れて付いてくるように言ってある。
「分かりました。すぐに行きましょう」
空の薬箱を持って外に飛び出す。10分ほど走ったところで急に少年がたちどまる。
来たな。もう一度そう思いながら、精神を集中しつつ話し掛ける。
「どうしましたか?まさか、道に迷ったわけではないでしょう?」
その直後、あたりの空気が変質して、急激に眠気が襲う。だが、なんとかそれに耐えると、隠していた杖を取り出して少年をなぐりつける。
「ちっ!魔術師ギルドの奴にはめられるとはな!」
そういって、ふところからなにか黒い液体−毒。たしか、ギルドで見た本の中に載っていた。アサシン達が良く使う毒でかすり傷でも30分以内に死に至る猛毒だ−がついているナイフを取り出し、こちらに向かって攻撃してくる。
ただ、闇雲に振り回しているわけではない。確実に、こちらの急所を狙ってナイフを繰り出してくる。
(盗賊の訓練を受けていたなんて聞いてないぞ!)
心の中でそう、歯噛みする。なんとか、ナイフをかわしながら後ろに下がった、その瞬間。急に道にあった石につまづく。
「しまっ…!」「死ねぇぇぇ!!」
ミルディンの声と、魔術師の声が重なる。
「ミル君!危ない!!」
ミルディンの体にナイフが突き立つ寸前、なにかがミルディンの身体を突き飛ばした。
すばやく身を起こして状況を確認する。そこには、肩口にナイフを刺されているパティと、呆然としている少年−魔術師−の姿があった。
「わぁぁぁぁ!!」
一瞬、パティに気を取られている魔術師に杖を叩きつける。何度も。何度も。
魔術師が気絶したのを確かめ、縄で縛った後すぐに、いるはずの医者を呼ぶ。
「医者の先生!義姉さんを助けてください!」
少し調べた後、無言で首を振った。
「すまない…毒の薬は持ってきていないんだ…神殿に連れて行くしか…」
「…っ!…わかりました…この近くにあるのはチャ・ザの神殿ですね…」
そういってパティを抱き上げようとすると、医者がその手を止める。
「いや…君は先に行って神殿の人に予約しておいてくれ。彼女は私が連れて行く。少しでも毒の進行を押さえられるから…」
「はい…急いでください!」
ダッシュで神殿までつくと、神殿の門を叩く。
「急患なんだ!開けてくれ!」
すると、中から2人の男が顔を見せる。
「義姉さんが…毒に冒されて…お願いします。一緒にきてください!」
2人の男はうんざりそうな顔をしてこっちを見て、言う。
「悪いな。最近、神官や医者が騙されて身包みをはがされる事件が起こってるじゃないか。それで、夜中の治療はしちゃいけない事になったんだ。それじゃ、治して欲しければ患者を連れてきてくれ。…もっとも、そんな人がいるならな」
「…なんだと…!頼む!本当なんだ!入れてく…!」
ゴトン。その音とともに覗き窓は閉じられた……
「すみません!遅くなりました!早くしないと…一刻を争います!」
「…駄目だよ」
「…え…?」
「入れてくれなかったんだ。あのクソ野郎のせいで…」
パティを地面に寝かせると、かいつまんで、門番との会話を話す。
「酷いですね…これでは、もう、間に合いません…すいません…私が行っていれば…」
医者が謝る。その時、寝かされているパティから声が聞こえた。
「ミル君…」
「義姉さん…喋っちゃ駄目だ…」
自分でも、泣きそうな声になっているのが分かる
「いいの…もう、助からないんでしょ?それより…」
パティは力を振り絞ってミルディンの首にペンダントをかけると、そのほおに手を伸ばした。
「ごめんね…勝手なことして…それと…ミル君といた日々は…楽しかった…よ…あり…が……と………」
にっこり微笑んだ直後、するり、とほおにかかっていた手がおちる。
「義姉…さ…ん?義姉さん…!!」
何度も名を呼ぶ、が返事が無い。頭では分かっている。だが、感情がその理解した事を受け付けない。ミルディンは、ただ自分の義姉をずっと抱きしめていた。
…エレミアに季節はずれの大雨が降り始めていた…
「あの後…すぐにギルドをでていろいろな土地を回ったが…結局、神はいないとしか思えない…金がすべてだという現実を見せられただけだったな…そのあと、エレミアに帰ってきて…探偵を始めて…ヴェイラにあって…」
ぶつぶつと昔の事を思い浮かべる。だが、その思考はやはり、中断された。
「ほら!早く来ないと置いてっちゃうよ〜!!」
「ああ、わかった。今行く!」
部屋を出る前に自分の首にかけたペンダントを見る。自分の考えは間違っていないとは思う。
だが。もしも、間違っていても、ヴェイラがいれば、すぐに立ち直る事ができるように思う。
自分らしくない考えに思わず笑みがもれる。
「そんな事…あるのかな?」
そして、ミルディンは部屋を出た。その首にはいつも、一つのペンダントが光っている…
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