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No. 00036
DATE: 1999/07/27 03:36:35
NAME: 何でも屋
SUBJECT: 過去の依頼話
・終章(1)−結末−
「はぁ…はぁ‥。」
芸術の都ベルダイン。国王ブラウン・ハディスが統治する商業と芸術で有名な国。
その街にある、昼間でも薄暗い路地の裏で、私は姿の見えない追手の影に対してその身を隠していた。
(ドクッドクッ‥)
自分の心臓が、まるで早鐘を打つように鳴り、聞き耳を立てる耳に嫌でも響いてくる。
先刻から必至に聞き耳を立てているが、沈黙の呪文が周囲に効果を表しているのか、何も耳にすることが出来ない。
又、気温は肌寒いというにも関わらず、自分でも気が付かないうちに、首筋を生暖かい汗が流れ落ちていく。
からからに乾いた唇を舐め、いつもと違う状態に戸惑いながらも、今の状況に陥った原因と今後の対策を考え始めていた…。
愛用のダガーに触り、とにかく落ち着こうと無意識の内に懐に手を伸ばすが、手には鞘だけの感触が残り、いつの間にか無くなっていた事を思い出させた。
又、ダガーの変わりに、事の原因と思われる宝石が一つ、傷が着かないように袋につつまれて自分の存在を静かに主張している。
何故こんな事になってしまったのだろう?
不幸にも没落した貴族の依頼で、商人の屋敷から宝石を盗み出しただけだというのに。
あの商人は宝石にそれほど執着していたのか?
…いや、無造作に保管されていたのを見ると、とてもそうは思えない。
経験による価格の目星も、安くは無いが高くも無いと出ている。自分の鑑定眼には自信があるから、的外れではあるまい。
…では何故?
奴らのしつこさは何だ?まるで親の敵を相手にするような執拗さで捜索を行っている。
たかがこそ泥ぐらいなら、相手の姿が見えなくなった時点で捜索をうち切るというのに。
第一、ブツを取り戻したいのなら、少々値は張るがギルドの故売屋に話を付けて買い戻した方が、余程安上がりだろう。
この宝石にそんな価値があるとは思えないが。
…考え込む程に、次々と疑問があがってくる。
『そっちはどうだ!!』「いや、向こうの方だ!!」『俺はそっちに廻る!!』
まるで隠れ場所が判っているようにゆっくりと、そして確実に追手の声が近づいて来る。
…このままここに留まっていたのでは、いずれ発見されてしまう。
…さて、どうする?
安易に出した結論は必ず後悔を生む。だが、慎重に考えている暇は残されていない。
今ならまだ間に合う…、そう考えた私は、影の中を静かに移動し始めていた。
・序章−酒場−
先日片づけた仕事の報酬で食べる料理もこれが最後。
そう思うと目の前にあるお魚さんの顔が、遠い場所にいる愛しい恋人のように思えてくるから不思議である。
手に持つナイフが思わず止まり、しげしげと魚を眺めてしまう。他人から見るとなんとも珍妙に見える事だろう。
大の男が、ぶつくさいいながら魚に熱い視線を送っているのだから。自分が他人ならまず近づこうとはしない、そんな雰囲気をこの時の私はかもし出していた。
次の仕事が入るまで、当分は粗末な食事が続くのかと覚悟を決めて、つぶらな瞳のお魚さんにフォークを突き立てたとき、入り口の扉が静かに開いた。
店員の明るい挨拶につられて顔を向けると・・・男だ。美しい女性か?という期待が外れたので、又お魚さんと向き合う。
冒険者には見えないが、街人にも見えない男は何かを探すように店内を落ち着かない様子で見渡している。まぁ、私には関係が無さそうではあるが。
私がお魚さんをほおばり、お味の方を満喫していると、その男はテーブルの反対側に廻り声を掛けてきた。
『こちらの席はあいています?』
店内の席はまだ空いているというのに、何故相席に座る?・・・そんな考えが頭に浮かぶが表情には出さずに返事をする。
「ふぇえ」
口にお魚さんをほおばっていた為、なんとも気の抜けた返事になってしまったが、相手は向かいの席に座り気にも止めずに喋り始めた。
『貴方が、条件次第で仕事を請け負ってくれるという何でも屋さんですよね。ずいぶんと探しました。』
どうやら仕事の依頼らしい。今更だが、まじめな表情を作って返事を返し、ついでに男の事を観察してみる。
身なりの良さから見て、いいところの出か。落ち着かなきう周囲を見渡す態度は冒険者の店には不慣れのようである。
「ええ。仕事の依頼でしょうか?もしそうでしたら、先に簡単な事情の説明をして頂く事になりますが・・・。」
私の返事に一瞬会話が止まる。何とも答えにくそうに返してきた言葉は『ここではちょっと・・・』という事であった。
世の中には時として、大きな声で言えない事情と言うモノもある。そう判断した私は、興味を無くした魚を手早く口にすると、人気の無い場所へと彼を案内した。
・第二章−依頼−
ここなら大丈夫、と自信を持って言える場所に彼を案内した。
…共同墓地。常に人気もなく、見晴らしもいいその場所は密談には最適だろう。
ここに眠る死者には悪いが、名も知らない墓を目の前にして私たちは挨拶を交わした。
「…と、いいます。早速ですが仕事の内容をお話下さい。」
『私は、ハイドリッヒ・ラングと申します。実は折り入ってご相談があるのですが…。』
相手の言いにくそうな表情を見て話を続けるように促す。
私に聞く意志があることを確認した彼は、依頼の詳細を語り始めた。
とある場所から宝石を盗み出して欲しい……それが依頼内容であった。
ハイドリッヒ家に伝わる宝石で、その昔に先祖が恩人から譲り受けた物だという。
だが、ある年を境に財政が傾き、残された財産は数個の宝石だけとなってしまった。
数個のうちの一つだけは自分にとって価値があるもので、それ以外を手放さそうと考えていたが、事情を知らない妻が商人に二足三文で売り払ってしまったのだ。
商人に対し、引き取り時の値段で売ってくれと頼み込んだが、商人は「買値と売値は違う」と、まるで取り合ってくれない。
しつこく食い下がってはみたが、何度訪ねてもいい返事はもらえず、残された手段は非合法に解決するしか方法が無いという。
物を盗み出すような行為は、盗賊ギルドに頼めばどうか?との質問に対し、一度は考えてみたが、頼むだけの金額は用意出来なかった、との答えが返ってくる。
何故私に依頼を?と聞くと、事情があれば大金を要求しないという噂を聞いて、私を捜していたそうだ。
…どうやら、この間無償に近い金額で引き受けた一件が、巷で噂になっているらしい。
事情を話している間、ラングの目は嘘を語っているようには見えない。
他人から見ればとるに足らない事情かも知れないが、当人にとっては大切な事なのだろう。
全てを語り終えたラングは期待のこもった視線を私に向けている。
この依頼、引き受けるべきか。タイミングの良い事に懐も少し寂しくなっている。
だが、裏を確認しない事には返事をすることが出来ない。
特に物を盗み出す行為は、商人がギルドに保護されていない事が絶対の条件なのだから。
いくら依頼とはいえ、ギルドの意向に楯突くことは死を意味する…。
事を起こすのは可能だが、その後に暗殺者が差し向けられるのは勘弁願いたい。
相手には申し訳ないが、場合によってはあきらめてもらうしかないが……。
盗賊ギルドで簡単に確認するだけなら、そう時間はかからないだろう。
そう思った私は、「依頼を受けるかどうかは…明日、同じ時間に先程の店で返事をします」と答え、その場から立ち去った。
・間章(1)−布石−
中肉中背の男は、無表情な顔に軽い笑みを浮かべながらそこに立っていた。
拒否することの出来なかった依頼、いや命令を遂行するための布石が、着実に進んでいるのを確認している。
見晴らしのいいその場所には、見渡す限り人気は感じられない。
…何故そんなところに彼はいるのだろうか。
『後は先方がどう動くか、ですね。』
いつもの調子で短くつぶやいた後、男は街に向けて歩を進め始めた。
・第三章−情報−
盗賊ギルドで聞き込んだ話では、目的の商人に対し「保護」はしていないという。
又、相手も自分の財産を狙う盗賊等は居ないと思っているらしい。
確かに、本当の玄人なら悪どく稼ぐ商人や、盗まれても全く支障のない商人を狙う物。
中流の商人が狙われる訳がないと思っていても間違いでは無いだろう。
…特別な事情を除けば、だが。
オスカーという商人は、ここベルダインの街でそれなりの腕を持っている商人である。
その手腕は一流と呼ばれる商人にも劣らないが、汚い相手とは手を組まないという態度が彼を二流止まりにしていた。
聞き込んだ話から推測するに、仕事先に対して問題は無い。
後は相手の用心深さだけだが…。
屋敷の見取り図と、相手の家族構成が判れば仕事を果たすことが出来そうである。
この時、私の心はすでに依頼を引き受ける方向で動いていた。
次の日の昼。私はラングと会う為に酒場へと向かった。
約束の時間より幾分早く到着したが、彼はすでに来ており一番安いランチをとっている。
軽い挨拶をかわし向かいの席に着くと、お互いの間にしばしの沈黙が流れた。
相手の、期待と心配が混じった視線を受けながら私が口を開こうとすると…
「ところで…」『あの、…』
ラングも私がしゃべらないのを見て黙っていられなかったのか、丁度言葉が重なった。
「先日の依頼の件ですが、お引き受け致します。」
ラングが喋っているのは判っていたが、相手の事はお構いなく結論だけ述べる。
「それで、目標の宝石についてですが…詳しい特徴をお聞かせいただけますか?」
彼は顔中に喜びを浮かべ、宝石の特徴について喋り始めた。
「…ふむ。すると指二本分ぐらいの赤い宝石で…え?血のように赤い、ですか。」
少し興奮してきたのか、ラングの口調は熱ぽっくなり、聞き取りにくい。
「判りました。下準備の為、数日かかりますが吉報をお待ち下さい。」
『どれくらいかかるのでしょう?』
ラングも胸の支えが取れたのか口調が軽い。
「そうですね、ブツは5日…いや一週間後にこの酒場でお渡し致します。」
宝石の特徴を聞き終え、席を立とうと腰を上げるとラングが私に近づいて来た。
『もう、貴方だけが頼りなのです。よろしくお願いします!!』
…うら若い女性ならともかく、むさい男に抱きつかれた私は、この依頼を受けたことを後悔し始めていた。
それから数日。ギルドに頼んだ見取り図が手に入るまでの間、商人について街中で聞き込みをしたが、これといった情報は仕入れることが出来なかった。
・間章(2)−動き−
うす暗く湿った空気が流れる地下の一室で男は情報を聞いていた。
先方にまだ動く様子は無い…いや、流れから見て当然の事か。
自分の準備はすでに整っており、後は相手の反応に合わせるだけである。
…あと2日。
この辺で情報を流せば、事を起こすに違いない。
『さて…と。上手く動いてくれるといいのですが…。』
いつもの調子で呟いた男は、新たな情報を求めるべく街の暗闇に向けて足を進めた。
・第四章−潜入−
約束の日まで残すところ後一日になった時、商人の屋敷の見取り図と家人の情報がもたらされた。
見取り図は屋敷を建てた建築家に手配をしたのだろう、隠し扉の位置まで詳細に書き込まれている。
…その分、相応の物を要求されたが。
また、相手の話では、丁度良く使用人が病気で休暇を取っているという。
独身であるという前情報に加え、使用人も居ないとなると…これこそ神が与えた好機か。
今夜を逃せば依頼を果たすことは至難の業だろう。又、約束の日まで間もない事もある。
道具一式を準備をしていた私は、商人の屋敷へと影の中を進み始めた。
以前の国王の命により、著名な建築家によって設計された都市は、貧困にあえぐ旧市街と裕福な者が住む新市街に分かれている。
その為、新市街にある商人の屋敷にたどり着くためには、直線にして約2Kmの白く舗装された道を進む必要があった。
夕方。昼すぎに新市街に入り一息を入れた後、軽い変装をして最後の下調べを行っていた。
…衛視はどこを廻っているのか。屋敷の周囲に不審な者はいないか。・・・etc。
その日にならなければ判らない情報は、仕事の直前に集めなければならない。
…修行時代、散々教え込まれた事が今になっても役に立つのは良い師に恵まれたせいか。
一通りの確認を終えた時、すでに周囲は暗闇に包まれていた。
夜半。商人の屋敷の一角が見える場所に私は潜んでいた。
使用人が居ないせいか、潜伏場所から見える屋敷の明かりは一つしかない。
…二階の南窓。部屋の位置的に、主の部屋に間違い無い。
部屋の明かりが消えた後、私は行動を開始した。
裏手の門を開けるのにたいした時間は掛からず、庭を忍び足で歩く音が夜の闇に響く。
常人では聞き取れない音を残しながら、通用口の鍵にとりかかった。
(かちゃかちゃ‥)
…盗賊の心得があれば、誰もが持っている針金。
隠語では「耳掻き」と呼ばれるそれが、細い穴に吸い込まれていく。
手慣れた作業だが、単純な錠にしては時間がかかった。
灯りよ!…屋敷の中で小袋に入れた石ころに向かって共通語で囁く。
袋の口を紐で縛れば、小さく開いた穴から光が漏れる即席のランタンの完成である。
かすかな灯りを頼りに、主の休む二階へと足を進めていった。
かちゃり。静かに音を立てて錠が落ちた。
このままでも開くことは出来るが、念の為蝶番に油を差してゆっくりと扉を押す。
部屋内を見渡すと、屋敷の主はベッドの上で穏やかな寝息を立てていた。
机に書棚、簡単な開き戸。暗記した見取り図では開き戸の奥に隠し扉があるはず。
…頼むから目を覚ますなよ。そう思いながら複雑な構造の錠に挑みかかる。
どれくらいの時がたったのだろうか。耳掻きを持つ右手に確かな反応が返って来る。
一つ二つ三つ・・・いや、中をのぞき込むともっとある。
傷が付かないよう布にくるまれた宝石を開いていくと…
その中にビジョン・ブラッドと呼ばれる血のように赤い宝石を見つける事が出来た。
これか。目標を確認し光にかざす…違う?その宝石は私の目には高価そうに見える。
ラングが説明した宝石とは、金額の桁が違うように見えるのは気のせいか。
しかし、他にそれらしい色をした宝石は見あたらない。
…念のため机の引き出しを開けてみると、そこにも数個の宝石が転がっていた。
赤い宝石?!。今、手にしている物より見劣りするが、説明された特徴と一致する。
しばらく考えた後、私は見劣りする宝石を丁寧に包んで懐に仕舞い、全てを元に戻した。
最後に背後を振り返るが、何事もなかったように主は寝息を立てている。
首尾良く仕事を終えた私は、来た順路を逆にたどり屋敷の外へと抜け出した。
・間章(3)−導き−
こざっぱりした部屋の隅で一人の男が幸福そうな顔をして安らかに眠っている。
持続時間を強くした、特性の「ドリームランナー」を嗅がせられたのだ。
周囲で何が起きても、そう間単に目を覚ますことが出来ないように。
そのベットの側で、睡眠中の男を見下ろしている男がいた。
「後は、彼が来るのを待つだけですか」
男はベッドで寝て見えるように偽装をした後、部屋の灯りを消して静かに退出した。
・第5章−逃走−
屋敷を抜け出し、上機嫌で自分が取っている宿へと向かった。
見慣れた酒場に入り、軽い食事と飲み物を注文し一息を入れる。
やっと終わった。いつもの事ではあるが軽い高揚感が体中に伝わってくる。
約束の期日にも間に合ったし、後は宝石を依頼人に渡せば仕事は終了である。
今回の仕事は収入の面から言えば大したことは無いが、依頼人の笑顔が見れるのであれば安いもの。
又、報酬によって2週間は豪勢な食事がとれるので嬉しい限りである。
仕事の成功を祝うささやかな祝杯を上げた後、二階の部屋で休むことにした。
約束の日。私は待ち合わせの時間よりも早く酒場に入り食事をとっていた。
食事を終え、ラングが来るのを待っているがいつまでたっても相手は現れない。
どうしたのだろう?と思い始めたとき、店内に入ってきた一人の男が私の名前を呼んだ。
『何でも屋のパウル氏ですか?』
「ええ、そうですが。私に何か御用でしょうか。」
私が返事をすると、男は一本のダガーを取り出しテーブルの上に置いた。
『このダガーに見覚えは?』
(あの特徴的な意匠は……まさか、私の?)
「あるような、ないような…。」
表情に出さなかったつもりだが、かすかに出たのだろう。男はさらに言葉を重ねてきた。
『その顔だと、見覚えがあるようだな。ちょっと詰め所の方までご足労願いたいのだが。』
(何?!?!…失敗したのか?だが、何に?)
まったく訳が判らない。何故この男が私のダガーを持っているのだろうか。
その男の服装や言葉から、街の衛視であることが伺える。
「判りました。」
この場はそう答え、おとなしく従うフリをして判断を巡らす。
…やばいな。懐にブツがある以上、調べられたら誤魔化すことは出来ない。
隙を見て走るか。そう覚悟を決め、ゆっくりとした足取りで店の外へ出る事にした。
店の外には男の仲間達が数人、顔を並べて私の事を見ている。
まだ衛視達とは距離がある…逃げ出すなら今しかない。
私は背後にいる男を突き飛ばし、入り組んだ裏道に向けて走り出した。
・終章(2)−呟き−
その男は酒場のカウンター席に座り、グラスを傾けていた。
店内にはちらちらと冒険者らしき客もおり、カウンター席にも数人の男女が座っている。
男の事を観察すれば判るが、カウンター正面に向かって何やら呟いているのが見てとれる。
正面には誰もいないというのに何を呟いているのだろうか。
「依頼の件、確かに果たしました。」
『ご苦労だった。』
どうやら、近くのカウンターに座る男が話し相手らしい。
「こんな依頼はこれっきりにして頂きたいモノです。」
同じようにカウンター正面を向いた相手が呟くように喋る。
『ああ。それが約束だったからな。』
「では、私はこれで。先方との約束がありますので。」
そう呟いた男は、静かに席を立ち黙って退店した。
『あれが噂の何でも屋か。薄気味の悪い奴だぜ。』
後に残った男も自分の酒を飲み干した後、静かに席を立ち店の扉へと向かった。
<続く>・・・そう遠く無いうちに。
※私=エルフィンでは無いと、どの当たりで気がつかれたでしょうか?(笑)
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