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No. 00037
DATE: 1999/07/27 23:48:43
NAME: ラス
SUBJECT: 救出作戦
※このエピソードは「盗賊団襲撃!」の続編です※
参加人員:ディック
ケルツ
アレク
レイシャルム
ディオン
ファズ
ユーティ
フォルテ
ラス
ヴェイラ
and…カイ
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商隊が、盗賊団に襲われて全滅したらしいという情報を受けて、冒険者たちは襲撃現場に向かった。
「…女性の遺体がありませんね」
悲惨この上ない現場で、死体の検分をしながら、ディックが呟く。隣で同じように死体を調べていたヴェイラがうなずいた。
「それに、すこし妙だよ。この男は…盗賊らしいけど…武器も抜かずにやられている。しかも、胸を正面から一突き」
「眠らされていたか…じゃなきゃ、よほど混乱状態だったってことか」
ヴェイラの手元をのぞきこみつつ、ラスが言った。ヴェイラがそれにうなずく。
「うん。どっちなのかは分からないけど。…足跡が、ここからあの森のほうに続いてる。その先が多分、そいつらのアジトじゃないかな」
幾つもの死体が折り重なる風景に、溜め息をついてレイシャルムがそっと口を開いた。
「どっちにしろ…やっかいな相手だな。普通の盗賊団じゃなさそうだ。暗黒神官がからんでるって情報は、正しいのかもな」
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…埃が積もった、石造りの小さな部屋。その床の上でぐったりとしたままのカイを見て、黒いローブの男が1人呟く。
「…服はどうせ、剥ぎ取るからいいとしても…血や痣だらけの体では、我が神はご不興かもしれませんね。どうせここからは逃げられはしませんし…」
口元を微笑みの形に歪めつつ、男は呪文を呟いた。かざす手のひらから力がそそぎ込まれる。それを受けて、カイが目を覚ました。
「…え…? ………っ!!」
男の姿を認識した瞬間、慌てて後ずさる。その姿を、ひどく楽しそうに男が見つめる。
「あなたは…なぜ、あんなことを…っ!」
少し離れた位置から、カイが叫ぶ。男は笑みを深くした。
「なぜ…ですか? くっくっく…おもしろい。問いかけに答えが返るとでも? 返事など期待してはいないはずです。万が一、答えが返ったとして…貴女は納得できるのですか? ならば…なぜ……そう、なぜ、それを問いかけるのです? おもしろいですよ。人も妖精も半妖精も…みな、求めても得られないことを分かっていながら問いかける。…ああ、おとなしくしていて下さいね。あまりに騒がしいと…儀式を始める前に、ギルファレクスが貴女にお仕置きをしてしまうかもしれませんから…」
そう言い置いて、男は部屋を出た。扉には“施錠”の呪文をかけて。
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「…あそこだよ」
森を抜ける直前、ヴェイラが前方を指さした。鬱蒼とした森を抜けた先には、左手に崖が見えた。少しずつ木々はまばらになって、急峻な崖へと景色は続いている。そして、その岩肌にはぽっかりと暗い口を開けた洞窟があった。
「見張りか? …まあ、いて当たり前だよな」
ヴェイラの隣でラスが呟く。その言葉通り、洞窟の入り口には盗賊らしき風体の男が武器を手にして立っていた。
「ですが、見張りは1人です。これなら…」
ディックの呟きに応じるように、その後ろからファズが顔をのぞかせた。
「オレが魔法で眠らせてやるよ。眠らせてロープでふんじばってから、中に踏み込めばいい。ここからなら魔法は十分、届くしな」
ファズの作り出した“眠りの雲”が見張りの盗賊を包み込む。盗賊の体が崩れ落ちる寸前、ヴェイラとユーティがロープを持って駆けだした。眠りを覚まさないように、素早く盗賊の体にロープをかける。それを確認して、残りの8人が木々の合間から足を踏み出した。
その瞬間。
洞窟のなかから、もう1人の見張りが顔を出した。
「……! てめえら…!」
反射的にそう叫んで、見張りはすぐさま奥へと踵を返す。
「しまった、もう1人!」
ユーティのその言葉が終わる前に、洞窟の奥から何人もの男が飛び出してくる。風体から判断するに、そのほとんどが盗賊らしい。戦士風の男も何人かいるが、その数は少ない。
とっさに後ろに下がったヴェイラとユーティが残りの8人と合流した時、洞窟の入り口には、眠っている盗賊を含めて7人の男たちが、それぞれの武器を構えていた。
「…盗賊が5人、戦士が2人というところか。闇司祭も混ざっているのかどうかは分からないな」
フォルテの呟きにうなずきつつ、全員が武器を抜く。
「こうなったら、強行突破!」
言い終わると同時に、アレクが駆け出す。ディック、ラス、ユーティ、レイシャルム、ディオンもそれに続く。
「魔法の援護は必要かい?」
走り出そうとするディックの背中にファズが問いかけた。ディックが微笑む。
「多分、なくても大丈夫ですよ。そこで見ててください」
そして、その言葉に嘘はなかった。しばらくの後には、盗賊達は戦闘不能に陥っていた。まだ息のある者はまとめてロープで縛り、さるぐつわをかませておく。
「…よし、行くぞ」
ラスの言葉に続いて、全員が洞窟の中へと足を踏み入れた。
荒削りな岩肌のそこここに、魔法の明かりが輝いている。そして。足を進めるにつれ、岩の壁は、頑丈な石造りのそれへと変わっていった。
「まさか…古代遺跡?」
新たに出てきた数人の盗賊を倒した後、ディオンが呟いた。レイシャルムがうなずく。
「多分、そうだろう。こんなところにあるなんて聞いたことはないけどな。…闇司祭がいるんなら…儀式の場として使われてるんじゃないか?」
侵入者の存在に気づいた盗賊たちが、奥の部屋から次々と姿を現す。だが、冒険者たちの敵ではなかった。10人の、武器と魔法の連携による戦闘で、盗賊達は全て倒されていった。
向かってくる盗賊を倒して先に進めば、自然と目指す場所にはたどり着く。この遺跡がさほど大きくないのも幸いした。天井は高いが、階層に分かれているわけではない。ある程度進めば、全体の構造も把握できる。入り口の強行突破から、さして時をおかず、一行は遺跡の中央部にたどり着いていた。ひときわ大きな両開きの扉が目の前に立ちはだかっている。
「これは…ファラリスの紋章…」
眉をひそめたフォルテの視線は、扉の上に掲げられたレリーフに注がれていた。その言葉を聞きながらラスが扉に近づく。
「この奥で儀式をするってわけか。ざっと見渡したところ、多分この部屋が遺跡の中心部だ。…祭壇の間、だろうな」
「…おい。……おまえ、大丈夫か?」
ラスの顔をのぞき込んで、ケルツがぼそりと尋ねる。無表情で扉を見つめたまま、ラスが聞き返した。
「……何がだ?」
「いや……カイ…が…」
向き直って、視線でその言葉を止めさせる。小さく溜め息をついて、表情は変えずに答える。
「大丈夫だ。…冷静だよ。自分を抑える術くらい…心得てる」
それを聞いて、ケルツの後ろでファズが小さく笑った。
「ならいーけどよ。アツクなってドジ踏むんじゃねーぜ? 巻き添えはごめんだからな」
その軽口に振り向いて、ラスがにやりと笑う。
「そっちこそな。…ああ、少し黙っててくれ。扉の奥を探るから。ユーティ、一緒に頼む」
「うん」
うなずいて、ユーティが扉の前に進み出た。それを合図としたかのように、残りの8人は後ろに下がって口をつぐむ。
「話し声は…しないようだけど」
しばらく息をひそめて、気配を探ったあと、ユーティが囁いた。ラスもそれにうなずく。
「ああ。ただ…人がいる気配はするな。誰がいるのかはわからねえけど」
「祭壇の間だけあって、さすがに罠はないようだけど…。鍵もかかってないし」
「…ん? いや…この匂いは……!」
「あ…まさか……血の匂い!?」
ユーティの強い囁きにラスがうなずこうとした瞬間。
「よし! 行こうっ!」
アレクが一歩踏み出した。え?と、同じような表情でラスとユーティが振り仰いだときには、アレクは扉に手を掛けていた。
「罠も鍵もない。で、向こうからは血の匂い。十分だっ!」
言い切らない内に、アレクは扉を開け放っていた。見た目よりは軽い手応えで石の扉は開いた。
「アレク、待て! また、おまえは…っ!!」
止めようとしたレイシャルムの手をすり抜けて、アレクは中に走りこんだ。
「ああっもう! しょうがないな!」
言いながら、レイシャルムもアレクの後に続く。間をおかず、ほぼ全員が祭壇の間へと足を踏み入れた。
「あ、ボク、白兵戦は苦手なんだ。弓使いなんでね。魔法も使えないし。ここで見張っておくよ」
そう告げたヴェイラをのぞいて。
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部屋に飛び込んだ瞬間、冒険者たちは、全員が一瞬、立ちすくんだ。視界は血の色に染められ、鼻腔はその濃厚な匂いに満たされた。床という床、壁という壁。その全てに、幾つものファラリスの紋章が描かれている。血を画材として。
足下に広がる幾筋もの赤褐色の線。石の床に染み込んでいるらしいそれに目を留めて、ケルツが眉を寄せる。その線の上に幾つもの細かな肉片らしきものがこびりついているのを見つけたためだ。
正面に掲げられた、巨大なファラリスの紋章。そして、そのすぐ下に据え付けられた祭壇。祭壇の上には、腹部を切り裂かれて息絶えている女性の遺体があった。同じような…だが、わずかに腐敗が始まりつつある遺体が数体、部屋の片隅に積み上げられている。だが、そこから漂うはずの腐臭すら、濃密な血臭にかき消されている。その場を満たしている空気までもが血の色に紅く染まっていきそうな錯覚。
血の滴る内臓を右手に掲げたまま、黒いローブの男が振り向く。
「…ずいぶんと無粋な真似を。儀式の邪魔をするつもりですか? …ああ、参加なさりたいとおっしゃるならば…」
その言葉を、アレクが遮った。
「ふざけるな! 何が目的かは知らないけど……許さないっ!」
剣を構えて、腰を落とす。怒りに燃えた目でローブの男をにらみつけるアレクのすぐ後ろで、ラスは片隅に積み上げられている遺体に目を向けていた。
(…女ばかりだが…みんな、人間だ。カイは…いない)
それを確認して、かすかに安堵の息をつく。あらためて、黒いローブの男に視線を合わせた。
「おまえが盗賊団と一緒に襲った商隊…そのなかに、ハーフエルフの女がいたはずだ。彼女を返してもらいにきた。……渡してもらおうか」
「くくく…そうですか…やはり。冒険者は冒険者を呼ぶということですね。彼女をさらってきたのは…失敗でしょうかねぇ? ああ、そうとも言えませんね。生け贄の数が増えたと思えば…くっくっくっ……」
アレクとユーティに視線を向けながら、男が低く笑った。
「そう簡単に生け贄にされちゃ困るんでね。やっぱり邪魔はさせてもらう」
す、とレイシャルムがアレクの隣に立つ。
「問答無用、と言うわけですか。…いいでしょう。なぜと聞かない、あなた達の潔さ、気に入りました。お相手させていただきましょうか。…ただ、多勢に無勢ですね。わたしも友人を呼ぶことにしましょうか。……ギルファレクス、聞いていましたね。手伝ってもらえますか?」
男の声に応えて、祭壇の後ろから四つ足の影が進み出た。
「よかろう。水の流れを押しとどめるものがあるならば、それは破壊されねばならぬ」
しわがれた声がそう告げる。老人の顔を持ち、その瞳に確かに知性の光を宿らせながらも、その体は獣であった。獅子の体と爪。そしてかすかに揺れ動く尾はサソリのそれだ。
「……マンティコア…!」
ユーティが呟く。その言葉にフォルテがうなずいた。
「そうだ。そして、あの尾には毒もある。解毒の魔法があるとは言え…気を付けろ」
「解毒の魔法なら、俺も使える。…使うひまがあれば、の話だけどな」
そう言ったディオンにファズが笑いかける。
「頼りにしてるぜ、神官戦士。こっちは鎧が薄いからな」
低く交わされるその会話を遮るように、ローブの男が片頬で笑う。
「女性は新たなる生け贄に。男性は…ギルファレクス、あなたの食事にして結構ですよ。…ですが、これだけでは面白味に欠けますね。観客も用意しましょうか」
言いながら男は、乾いた血で褐色に染まった壁に歩み寄った。その壁の小さな窪みに手を掛ける。ごとり、と音を立てて巧妙に隠されていた扉が開く。その先には、後ろ手に縛られて座り込むカイの姿があった。
「カイっ!!」
ラスが叫ぶ。
「闇司祭とマンティコアは我々で引き受けます。あなたは、カイさんを!」
ディックの言葉にうなずいて、ラスが走り出した。
「お膳立ては整ったみてーだな? んじゃ、やらせてもらうぜっ!」
ファズの指で指輪がきらめいた。歌うような上位古代語で“火球”の呪文を紡ぐ。祭壇とマンティコアを巻き込む位置でそれは爆発した。熱風が去るのを待たずに、バスタードソードを掲げてアレクがマンティコアのもとへと走り出す。ほぼ同時にディックも、黒いローブの男に攻撃を仕掛けていた。
背後で始まった戦闘は気に掛けないことにして、ラスがカイのもとに走り寄った。
「カイっ! 無事か!?」
少し遅れて、ケルツがついてくる。
「ラス! 1人で動くのは危険だ!」
聞こえてはいただろうが、それには応えず、ラスは縛られたままのカイを抱き起こした。
「怪我はないか? …カイ? 喋れないのか?」
黙ったまま、うつろな視線を返すカイを不思議に思って問いかける。が、返事はなかった。
「…待ってろ、今、縄を……」
カイを拘束している縄を切ろうと、ラスは剣を鞘に戻してダガーを取り出した。縄に手を掛けてダガーの刃を当てる。その瞬間、奇妙な違和感を感じた。だが、違和感の原因を確かめるより前に、ざくり、と小気味良い音を立てて縄が切れる。
(…なんだ? 今何か…変だった……どこが? ……縄が…ゆるすぎる?)
違和感の答えを見つけた次の瞬間には、視界に銀色のものが走った。反射的に飛びすさろうとして思いとどまる。
(カイから離れるわけにはいかない…!)
半身をずらすに留める。だがその迷いが、新たなる鮮血を床に滴らせることになった。ラスの右肩を切り裂いたのは、カイが握っていた広刃の剣だった。
「…ラス! カイ!」
少し離れて立っていたケルツが走り寄る。
「カイ…?」
ラスの問いかけに、カイは応えなかった。だが、うつろだった瞳には光が戻っている。ひどく冷たい光が。そして、再び、持っていた剣を振り上げた。
「下がれ、ケルツ!」
ラスが叫ぶ。そして、自分も後ろに飛びすさる。だが、それよりもカイのスピードが勝っていた。刃が届く寸前、かろうじてそれを避ける。その様子を見て、ケルツはとっさに精霊語を唱えようとした。が、相手がカイであることを思い出す。
「操られているのか…!?」
ケルツのその言葉に応じたのは、様子がおかしいのを感じて走ってきたディオンだった。
「魔法をかけられている可能性もあるな。記憶を無くしてるのかもしれない。…ラス! 大丈夫か!?」
うかつな手出しも出来ず、少し離れた場所からディオンが声を掛ける。
「…大丈夫…なわけ…ねえだろうがっ! ちっくしょ…! 反撃するわけにも…こら、カイっ! 目を覚ませ!」
手に持っているのは、剣ではなくダガーだ。こんなもので広刃の剣を受け止めるわけにはいかない。結果、ラスがとれる唯一の行動は、振るわれる剣を避けることだけだった。だが、それよりもカイの剣の技量のほうが勝っていた。
(…やばいな。魔法で眠らせるか? …それにしても…何か違う…?)
そこまで考えた時、再び剣が振り下ろされた。避けようとして動かした足が壁にあたる。いつの間にか、壁際まで追いつめられていた。が、予想された衝撃はこない。振り下ろされた剣を受け止めたのは、走りこんできたディオンの剣だった。カイとディオンがお互いの剣を剣で受け止めている隙に、ラスが数歩下がる。ケルツの隣に並んで、言った。
「あいつ…おかしくねえか?」
「ああ。魔法か薬か…それとも呪いか…。どちらにしろ、剣も魔法も、むやみに使うわけには…」
「…違うんだ。…そうじゃなくて」
「どういうことだ? それより、傷は?」
「別人の可能性もある。…カイは武器の扱いにそんなに長けていたわけじゃねえんだ。そして…あの広刃の剣を片手で扱えるほど力なんかないはずだ」
言われてケルツは考え込む。だが、断定は出来ない。
「別人の可能性もあるが、本人の可能性も否定できないぞ」
「……別人だよ。…目が…違う」
“火球”の余波が未だ立ち去らぬなか、アレクとレイシャルムが剣を構えて、マンティコアに駆け寄った。それよりも少し早く、ユーティが横に回り込んでいた。位置を確認しつつ、そこから“稲妻”を放つ。
「愚かな。我が力、受けてみると言うのか」
マンティコアがしわがれた声で言い放つ。同時に“負傷”の暗黒魔法がアレクとレイシャルムに飛ぶ。それを受けて、レイシャルムが一瞬、踏みとどまる。が、アレクは止まらずに、その勢いのままマンティコアに剣を振りかざした。背中を浅く切り裂いたその剣を不愉快そうにマンティコアが見つめる。アレクが振るう剣の軌跡を遮らないように、再び走り出したレイシャルムが並ぶ。
一方、ディックもローブの男の目の前にたどり着いていた。だが、男はすでに杖を掲げて呪文の詠唱を始めている。一瞬、ひやりとした。自分に向けられるのならばまだいい。だが、ディックの背後には魔法使い…ファズとフォルテがいる。ユーティが少し離れた場所にいるのがせめてもか。そして、その一瞬後、ディックは悪い予感が当たったことを知った。入り口近くに控えていたファズとフォルテを“氷の嵐”が襲う。小さく舌打ちを漏らして、呪文を放った直後のローブの男に槍を振るう。ローブが切り裂かれて、鮮血がかいま見える。だが、ここで新たに血臭が増えたとて、部屋全体を覆っている空気の密度は変わりはしない。
「…大丈夫ですか!?」
叫んで入り口のほうを振り返ろうとしたディックの耳に、フォルテが使う癒しの呪文が聞こえた。…無事でいるらしい。ディックは振り返るのをやめた。目の前の敵にだけ、注意を向けることにする。
「我が友、光の精霊よ…!」
ラスが精霊語を唱えた。カイに向けて。互いの剣を押さえあっていたディオンが、目の前のカイの体にはじける光の精霊を見て、思わず振り返る。
「ラス!? 何を…!」
「何って、決まってんじゃねえか。魔法だよ。右肩やられりゃ、剣は使えない。当然だろ」
「そうじゃなくて! 相手はカイだぞ!?」
ディオンが叫ぶ。ケルツも同じ気持ちだった。確かに別人の可能性もある。あのローブの男…闇司祭は、古代語魔法も扱うらしいから、同じような力をもつ仲間がいたとしても不思議ではない。そして、古代語魔法には、自らの体を別の者に変化させる魔法もある。そうじゃなくとも、敵には“悪しき知識の守護者”と呼ばれるマンティコアがいるのだ。変化する能力を身につけている化け物を手駒として使うことも十分あり得る。だが…それと同じくらいの確率で、あれが何らかの方法で操られているカイ本人だという可能性もあるのだ。
「…わたしには…出来ない。確証がないだろう?」
すぐ隣のラスに向けて、ケルツが尋ねる。振り向かずにラスが答える。
「確証なんてもの探してたら、俺達全員、あいつに殺されるぜ? …安心しろ、あれはカイじゃない。賭けたっていい」
「こんな時に…一体何を賭けると……」
「命だよ」
さらりと言ってのけたラスに、半ば呆れながらも、ケルツはうなずいた。
「ならば、わたしも同じものを」
そうして、ラスが再び精霊語を唱えようとする。が、それに気づいたカイがディオンから離れ、こちらに剣をかざしてきた。
「押さえろ、ディオン!」
ラスの言葉に反射的に飛び出したディオンの盾が、カイの剣を受け止める。その隙に、ラスとケルツから光の精霊が飛ぶ。それを受けたカイの体がびくん、と跳ね上がる。瞳に怒りの色を燃え立たせ、カイは自分の剣を押さえつけているディオンの盾を全身で跳ね飛ばした。そのまま、剣を低く構えて目の前にいたラスに突き進んでいく。呪文を唱えた直後のラスには避けることは不可能だった。
まるで抱き合うように、カイとラスが倒れ込む。
「…くそっ!」
わずかな躊躇の末、ディオンが持っていた盾をカイの背中に叩きつける。その衝撃に、ラスの上に覆い被さっていたカイが、怒りの表情で振り仰ぐ。が、次の瞬間、その顔から全ての表情が消えた。同時に、首筋から血が噴き出す。あふれ出る液体はとどめようがなく、そのままカイの体が崩れ落ちた。その下から、血塗れのダガーを握ったラスの手がそばにいるはずの味方を呼ぶ。
「…おい、ケルツ、ディオン…助けろよ。重いし痛いし…」
「あ…生きてたか」
言いながら、ディオンがラスの体を引きずりだす。剣に貫かれたラスの脇腹と右肩に、ディオンが“癒し”をかける。その詠唱が終わった頃、ケルツが声をあげた。
「おい…見ろ!」
そこにあったはずのカイの体は、別のものに変わっていた。真っ黒な全身。そして手には鉤爪。目鼻は見あたらないが、頭部とおぼしき場所には、口のような深紅の裂け目が見てとれる。
「…別人か…。いや、人間じゃなかったな。とりあえず…わたしの知らない化け物だ」
苦笑しつつ、ケルツはそっと息をついた。
アレクとレイシャルムの剣は確実にマンティコアを追いつめていった。時折、受ける鉤爪の反撃や、暗黒魔法によるダメージも、ユーティからの“癒し”に救われている。
幾度目かの鉤爪の攻撃を、剣で受け流しながらアレクが舌打ちを漏らす。
「く…っ! ……レイ、悪いけどちょっとそっちに引きつけて」
「そりゃかまわんが…何をする? 無茶は…」
「いいから! 説明する暇なんてないっ!!」
「…わかった」
答えて、レイシャルムがひときわ大きく剣を振りかぶる。横に並んでいたアレクより、一歩前に出て、マンティコアの顔前で剣を横に薙ぐ。わずかに後ずさったマンティコアが、自分の行動にひどく不愉快そうな顔をして、反撃をする。振るわれた鉤爪を避けきれず、レイシャルムが左腕でそれを受ける。肉が裂け、血が迸る。その直後、鉤爪を振り上げた姿勢のままだったマンティコアの腹の下にアレクが滑り込んだ。その勢いでそのまま持っていた剣を突き上げる。ずぶり、と肉に刃が刺さる。確かな手応えを感じて、アレクは剣を振りきった。マンティコアの横腹が裂ける。血と内臓が降り注ぐその場から、アレクが抜け出す。
「レイ! とどめを!」
アレクの言葉が終わらぬ内に、レイシャルムは持っていた剣をマンティコアの首筋に叩き込んでいた。崩れ落ちる巨大な獣の体を見ながら、レイシャルムが溜め息をつく。
「まったく…おまえは…」
「うまくいったね。…ごめん。怪我させちゃった」
レイシャルムの左腕を見下ろして、アレクが呟く。
「…いいさ。あとで治してもらう。それより…ディックが苦戦してる。手伝おう」
ファズの魔法とディックの槍が、確実にローブの男の体を傷つけてはいる。だが、その傷のいくつかは男自身が使う“癒し”によってふさがっていた。
(“癒し”を使っているうちは、他の暗黒魔法や古代語魔法をくらう心配だけはない。魔力が無限じゃないのなら、いつかはケリがつく)
そう自分に言い聞かせて、ディックは黒いローブに槍を突き立てる。そして、その瞬間を狙っていたように、ファズから何度目かの“光の矢”が飛んだ。ローブの男が膝をつく。が、再び立ち上がる。そして、持っていた杖から手を離す。理解の及ばぬ暗黒魔法の呪文がディックの耳をうった。そして、“負傷”の呪文が襲う。肌が切り裂かれる不快感。そしてそれよりも強い痛み。それら全てに耐えて、ディックは短く持ち直した槍を構えて、ローブの男に体当たりをする。男の口から血が吹き出す。ごぼり、と不快な音がその喉から聞こえた。
“癒し”のために待機していたフォルテが駆け寄る。ディックの傷を癒すうちに、アレク、レイシャルム、ユーティも駆けつけた。
「なんだ、終わったのか」
「…残念そうに言うな、アレク」
そうたしなめるレイシャルムの腕も癒しながら、フォルテが呟いた。
「向こうもどうやら終わったようだ」
その言葉と同時に、ラスとケルツ、ディオンが戻ってくる。
うつぶせに倒れているローブの体を足で転がして、ラスがその顔をのぞき込む。
「……なんだ、まだ生きてるじゃねえか」
「くっく……どうですか…わたしの趣向…楽しんでいただけ…ましたか?」
血とともに吐き出される切れ切れの言葉。
「ふざけんじゃねえよ。……本物はどこだ?」
そう聞きながらも、ラスは答えを期待してはいなかった。とは言え、儀式の行われるこの部屋からそう遠い場所にいるとも思えない。探し出すのは、時間さえあれば解決する問題だ。だが、それは裏切られた。ローブの男の言葉によって。
「この奥に…隠し扉が…。そこからつながる通路の……突き当たりの部屋ですよ」
「……なぜ、そんなことを教える?」
思わず尋ねる。その問いを耳にして男は低く笑った。笑うたび、口から血の泡があふれ出す。それを気にも留めない様子で、男は笑い続けた。
「…くくくっ…なぜ、ですか…その言葉は…嫌いですよ。我が神の教義には…ありませんから…。くっくっ…ぐふっ…わたしも…問いかけました…遠い昔に……なぜ、愛する者の…命が奪われるのかと……ファリス…マーファ…あらゆる神々に問いかけて…何一つ答えは…返りませんでした…。そして……唯一、答えてくれたのが…我がファラリス神です…なぜ…その…理由は…いつだって……我が心のままに……ふと…教えたくなった…だけ……です……くくっ…」
生命の灯が消える寸前、男は神聖語らしきものを呟いた。ファラリス神のもとへ行くことへの喜びの言葉か、それとも光の神々への恨み言か。聞き取るには、あまりにもその声は小さかった。
男の死に際の言葉は、嘘ではなかった。教えられた場所に、カイはいた。ファズの唱える“解呪”によって、扉が開かれたとき、一番最初に駆け込んだのはラスだった。
「…カイっ! ……無事か? …本物だな?」
「ラスさん……!」
当初の目的を果たした一行が、ようやく本当の安堵の息をついた。
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ファラリスの紋章に囲まれた場所で休むのは気が進まないという、意見の一致をみて、一行は洞窟の入り口で野営することにした。一刻も早く戻りたいのはやまやまだが、外に出るとすでに陽は落ちていた。消耗したままで、夜の森を抜けるのはやはり危険との判断だ。それに、儀式の間に、うち捨てられていた遺体もある。せめて埋葬だけでもという意見もあった。
野営の準備をしているヴェイラの足下に、来るときには見なかった大きな袋を見つけて、ラスが尋ねる。
「ヴェイラ? それ、何だ?」
「え? ……何でもないよ、ただの荷物」
「……おまえ……そういや、儀式の間にはいなかったよな?」
ふと思い出したようにラスが言う。野営の準備を続けながら、ヴェイラはとぼけてみせた。
「ああ、うん。だって、ボクは弓使いだしさ。あの場にいたって足手まといだろうから、万一に備えて入り口を見張ってたんだ」
「…ふーん…入り口からそんなに遠くねえところに、盗賊の頭(かしら)がいた部屋があったよなぁ…? おまえ…ひょっとしてこれ…」
ひとつの可能性に思い至り、ラスがにやりと笑う。
「え? やだなぁ…そんなんじゃ………へへっ…ナイショだよ」
諦めたのか、軽い調子で最後の言葉をヴェイラが付け足す。その悪びれない様子に、ラスが肩をすくめた。
「……わかった。見なかったことにしといてやるよ」
「ありがと。…ほら、こっちはいいから。カイ、テントで休んでるんだろ? 様子見ておいでよ」
「ああ、わかった」
翌日、午前中に埋葬を済ませ、まだ陽が高いうちに一行はオランに向けて旅立った。
それほど長く離れていたわけでもないのに、奇妙な懐かしさをそれぞれの胸に抱いて。
− − END − −
DIRECTED BY : Yu-ki
WRITTEN BY : A.Matsukawa
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