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No. 00044
DATE: 1999/08/02 00:00:13
NAME: レイラ
SUBJECT: 火蜥蜴と海乙女
登場人物
アンドレア(アンディ):精霊使い(女)
ウィリアム:精霊使い(男)
カレン:チャザ神官(くずれ)
グレイ:マイリーの神官戦士
シュウ:たまに古代語魔法を使う戦士
ディーン:優秀な魔術師
ハンス・マクリーン:「海乙女」の船長。マクリーン商会の次男
ジャルド:「黒い炎のサラマンドル」の艦長。暗黒神官
レイラ:同副長
マシュー:同士官
監察官:ロマールの貴族が派遣した部下(女)
Section 1 先触れ
日暮れ間際の赤い光と吹き募る向かい風が作り出す、まるで血のような波しぶきが甲板へと降り注ぐ。アタイは濡れた板張りを磨く水夫達を横目に、船尾の手摺りに寄りかかって空を見上げる。真っ赤に染まった分厚い雲がぐんぐん近寄ってくる。もうじき嵐になるのだろう・・・。
「おーい、甲板!右舷後方に帆影、2隻いますっ!」
不意に、マストに登っていた見張りの水夫が大声で叫ぶ。
「ドコの船だ?」
「商船のようです。オラン・マクリーン商会の旗が見えまーす!」
(商船か・・・前の麻薬の儲け話がまるっきり無くなっちまったからなぁ・・・くくくっ、この辺でちょっと稼がせてもらうよっ)
「よおし、よっく見張っておけ。見失うんじゃないよっ!」
アタイは手短に水夫達に指示を出して昇降梯子を軽業師のごとく下りていった。
アタイは船長室へと急ぎ、ドアの前で立ち止まってぱぱっと服装を正す。すうっと大きく息を吸って、ばんっとドアを開けた。窓から差し込む光が室内を赤く染め上げ、船長の漆黒のローブを一層際立たせる。その傍らには、あのいけ好かない監察官の姿があった。このくそ女ぁ・・・
「レイラか。どうした?」
「・・・あ、親方ぁ。商船を2隻発見しました。アタイらもそろそろ資金が不足し始めるので、攻撃の許可をと・・・」
ジャルド親方の漆黒のローブからすっと腕が伸び、アタイの頬をそっとなでる。胸元では、減衰する光を浴びたファラリスの紋章を施した黄金の飾りがきらりと光る。
「そうだな。指揮はお前に任せる。存分に暴れてこい」
「は、はいっ・・・では、これより臨戦態勢に入りますっ」
アタイは、どぎまぎしながらジャルド親方を見つめる。親方は、いつもと変わらない笑みを浮かべていつもの聖句を呟く。
「ここはもうアノス領だからな、手短にやれ。・・・よし、では行けっ」
「・・・お手並み・・・拝見・・・」
ふと聞き慣れない声が耳朶を刺激した。アタイはぎょっとして、無表情で人形の様にすました監察官を、きっと睨み付ける。そして、何事もなかったかのようにジャルド親方の方を向いた。
「それでは、失礼しますっ」
「もうじきファーズの街だな」
「そうだね」
嵐が去り、ようやく平静を取り戻した夜の静寂。遠雷の閃光が、時折、雲間を照らし、まだその猛々しさを物語っていた。東の水平線は、ゆっくりとだが確実に赤みを増し、もう朝が近いことを告げる。
「ようやく半分だな。街に着いたらゆっくりしようぜ」
シュウはそういうと、腰に手を当ててあくびをする。
「・・・お、おい。何だあれはっ」
マストの上にいた水夫が左舷後方を指さす。まだ薄暗い海面をものすごい速度で迫りくる巨大な黒い影。
みるみるうちに影はすぐそこまで迫り、「海乙女」号は激しい衝撃を受けて右側へ大きく傾く。数人の水夫が海へ投げ出され、いまだ荒れ狂う波間へと消えていった。
「乗り込めえっ」
聞き慣れない号令と、男たちの蛮声が影の中から聞こえた。
「て、敵襲だぁ〜」
伝令たちが飛び回る。その間にも海賊たちが甲板へと殺到し、次々と逃げまどう水夫たちを薙ぎ倒していく。
「やられた!まさかアノス領内で海賊が出るとはっ」
「急げっ!」
ラム酒で酔った頭を振り回し、寝ぼけた顔をして大声で叫ぶ水夫たち。あわてふためきながら手に手に剣を取り、昇降梯子を駆け上る。船と船がぶつかり合って斜面になった甲板は、瞬く間に戦場と化した。
「・・・万能なるマナよ、眠りを誘う雲となれっ」
船首側にいたディーンは、素早く「眠りの雲」を発動する。大波のごとく押し寄せる海賊たちと、応戦する水夫たちのただ中に、薄白い魔法の霧が立ち上る。かと思うと、その周囲にいた水夫、今まさに襲いかからんとする海賊が、突然訪れた眠気を振り払えずに、どたり、と音を立てて倒れ込む。アンディ、ウィリアムたちは闇の精霊を召喚し、うっすらと赤く色づいた朝焼けの空を再び闇色に染める。衝突の衝撃で吹き飛ばされて、すっかり後れをとった俺とシュウ、グレイも剣をとり、海賊たちに斬りかかっていく。その中でもいち早く行動に出たグレイは、さすがにマイリーの神官戦士らしく、巧みなフットワークと熟達した剣技で海賊たちを翻弄していく。
「魔術師がいるぞっ、最初にあいつらを捕らえろっ!」
突然、ひるむ海賊たちを一喝する女の大声が甲板に響き渡る。
「あ、あの声はっ?」
俺はその声に驚愕しながら、迫りくる海賊の剣を紙一重でかわす。
「カレン、海賊に知り合いでもいるのかっ?」
俺の背後に回り込んだシュウがカレンにそう叫ぶと、後ろから襲いかかろうとした海賊をエネルギー・ボルトを発動して弾き飛ばす。
「すまん、シュウ。ちょっと前に少しあってな…あいつらは奴隷商どもだっ!」
「ふっ、オレたちがあいつらを奴隷にしてやろうぜっ」
笑いながら俺とシュウは剣を振るうが、次々に襲いかかってくる海賊たちに押されてじりじりと押され、ついには船尾にまで追いつめられてしまった。
もう剣戟の音は階下からしか聞こえてこない……船首側にいたアンディ、ウィリアム、ディーンたちは無事なんだろうか……それより、グレイは?ついさっきまでこの辺にいたはずなのに。
「こうなったら、一か八か強行突破しかないな……」
俺とシュウは武器を構え直し、海賊たちの隙をうかがう。と、そのとき、海賊たちの間を割って入ってくる船長のハンスの姿が目に入った。その後ろにはごつい男2人と、どこかで見覚えのある……あれは、レ、レイラ?
「ソコまでだ、お二人サン♪くっくくく」
「レイラっ!いったい何のつもりだっ?」
俺が剣を片手に一歩足を踏み出すと、すっと横から出たシュウの手が俺を制止する。シュウの表情は、いつになく険しさを増して怒りを露わにするのを堪えてるように見えた。
「くっくく、ボウヤにしてはいい判断だネ。さて、物わかりのいいところで武器の方も捨ててもらおうか……このバカな雇い主のためにもなっ」
レイラは手に持ったカトラスの腹でハンス船長の顎をぐいっと突き上げる。
「二人とも……俺にかまわず、この海賊どもをたたっ斬れ!」
ハンスは左腕をカトラスの刃に押しつけて少しだけ引き離すと、右肘で剣をたたき落とす。不意を付かれたレイラは、くっ、と低いうなり声をあげ、慌てて後ろへ飛び退く。ハンスはこの隙に、俺たちのすぐ脇まで駆け寄って剣を構える。白い長袖シャツの左袖はいつしか真っ赤に染まり、構えた剣先が微かに震えているのが見て取れた。
「おやおや、かっこいいねぇ船長サン!」
にやりと邪悪に満ちた笑みを浮かべながら、レイラは床に落ちたカトラスを蹴り上げる。剣はくるくるっと空中で弧を描き、持ち主の手中へと返っていった。
「ふん、バカめがっ」
レイラがさっと手をかざすと、俺たちの周囲に突如として白い霧が立ち上る。
「ね、眠りの雲かっ…」
俺は迫りくる睡魔に抵抗を試みたが、戦闘の疲れのせいもあって、まともに抵抗することができずにがっくりと膝を折る。眠気で朦朧とする意識の中、微かに男たちの笑い声のなかから聞き慣れた名前が聞こえた。確か…ディーンと……
Section 2 再接触
…からからから…何かが転がる音と、壁の向こうから聞こえる波の音ではっと気が付くと、俺は薄暗い部屋の中にいた。足下を壊れた滑車が、波で傾ぐたびに音を立てて転がっている。天井から吊されたカンテラは、頼りない明かりをたたえて部屋を薄暗く照らしている。
薄明かりを頼りに辺りを見回す。すると、すぐ近くの大きな樽に寄りかかるように座り込んで眠っているらしいシュウとウィリアムの姿があった。
「おい、ここは…?」
俺は、まだもやがかかったようではっきりしない頭を振り、シュウを揺さぶる。しかし、う、う…とうめき声を漏らすだけで一向に気づく気配はなかった。
「どうやら船倉らしいわ……それより、怪我はない?」
不意にアンディが後ろから声を掛ける。
「……カレンたちが連れてこられてだいぶ時間が経ってるわ。グレイも一緒に連れてこられたようだけど、ついさっき海賊どもに連れていかれたの。私はさっさと捕まっちゃったから、こうやって起きてるってワケ」
アンディは大きな樽の上に腰掛け、足をぶらぶらさせながら大きくあくびをする。俺は何とか平静を取り戻すと、アンディにこの場にいないディーンについて尋ねた。
「ディーン……あの馬鹿野郎は……私たちを裏切って海賊に味方してるよ…」
アンディは肩をすくめたかと思うと俯き、吐き捨てるようにつぶやく。
「あの戦闘で私が海賊たちに取り囲まれたとき、突然ディーンが当て身を…気絶した私は、そのままこの部屋へたたき込まれたの。あのとき、ディーンは…」
「信じられない…あんないい奴が裏切るなんて……」
物静かで優しげな目をした魔術師のそんな行動を、俺はすぐには信じられなかった。
「私だって信じたくない!だけど、事実なのよっ!」
そのとき、ふいに鍵がはずされる音がしたかと思うと、ドアが大きな音を立てて開いた。荒々しく吹き込む潮風が、吊してあるカンテラを激しく揺さぶる。
「あっ、グレイ!ぶじだったのねっ!」
「ふ、オレがあんな奴らに後れをとるもんかっ…と言いたいところだが、多勢に無勢だからね。ま、それはさておき、そこそこの朗報を持ってきた」
「朗報?この状況じゃな〜…それよりグレイ、お前一人でここに戻ってきたのか?」
「ああ、ハンス船長は医務室送りになっちまったんでな……もうじき3点鐘(だいたい午前10時ぐらい)が鳴る。そしたら俺たちは 水夫として扱われるらしい。まあ、殺されるわけじゃないから、よしということで……。それより重要なのは、船内をある程度自由に行き来できるようになったことだ。この部屋の鍵しかないが、何とかなるだろう」
「それって私も?」
「アンディは……退屈だろうけど、ここにいた方がいいと思う。上に出たら何をされるかわからんし。そうだ、医務室へ行って船長を介抱してやってくれ」
肩をすくめて苦笑いすると、グレイはシュウとウィリアムに近づいて小声で聖句を唱える。グレイの右手がぽうっと青白い光に包まれて見えたかと思うと、いきなり顔を叩き始めた。すると、まるで蘇ったかのようにシュウとウィリアムがうめき声を上げながら動き出した。
「なあ、グレイ。ディーンの野郎は?」
俺がそう尋ねると、グレイの表情が曇る。
「みんな起きたようだし、さっき、上であったことの説明するか……ディーンもいたしな」
「……いいか、アタイらはこれからブラードの近くにある小さな錨地へ立ち寄った後、ブラードでこの船と積み荷を処分する」
アタイは鞭を後ろ手に持って、船長と護衛の前を行ったり来たりした。
「お前らは水夫として扱うつもりだ。まあ、逃げようなんて考えないコトだな。くっくくく」
「ちっ!き、キサマらはイカレてやがる!俺たちの、いや、マクリーンの船に手を出して無事でいれると思うなよっ!キサマらには後でたっぷり縄をくれてやるわっ!」
ハンスは縄で首を絞めるようなジェスチャーをしたかと思うと、突然アタイに掴みかかってきた。
「この船はオレのもんだ!キサマらごときに勝手に処分されてたまるか……ぐわっ」
びしっ。
後ろ手に持っていた鞭で、ハンスの顔を思いっきり叩きつけた。右頬にくっきりと赤い跡がつき、ハンスは頬を押さえて床にうずくまった。
「まだ判っちゃいないようだねぇ?船長サンっ♪この船も、荷物も、お前らもすでにアタイらのモノなんだよっ!」
びしっ、ばしっ。どがしゃっ。
アタイは2度、3度とハンスを鞭打ち、蹴り倒した。
床に突っ伏してわなないているハンスの顔を、鞭の腹でぐいっと持ち上げてると、突然、護衛の奴がアタイの腕をつかんだ。
「この人は当然の主張をしただけだ。自分の船を好き勝手にされて、黙っていられると思うのか?」
「……ふん、まあいい。おい、船長。この立派な護衛様に感謝するんだなっ!くっくくく」
アタイは護衛の手を振り解き、床に倒れている船長と、それを起こそうとしている護衛の二人を睨み付けた。
「ハンス船長、チャンスがあるまで言うことを聞いておきましょう。殺されでもしたら何にもなりません」
護衛が後ろでぶつぶつ言ってるのを聞くと、ハンスは起きあがり、口に付いた血を拭った。どうやらまだ足がふらつくらしく、立ち上がったかと思うとよろよろと護衛に寄りかかる。
「……覚えていやがれっ!」
「おい、ディーン!この馬鹿野郎を医務室に連れて行けっ!」
いつの間にか後ろに控えていたディーンは、無表情で船長と護衛の方へ歩み寄り、すっと手を差し出す。
「さあ、ついてきて貰いましょうか」
「いいか、こいつらとその仲間を3点鐘までに準備させて、甲板につかせろっ!」
(果たしてコイツは信用できるのか……くっくくく)
アタイはそんなことを考えながら、無言でその場を去った。
「くっ、この…裏切り者めがあっ…」
「お、おまえ、何で…?」
ディーンは肩をすくめ、きょろきょろとあたりを見て小声でこう囁いた。
「皆殺しにされるよりはマシでしょう?…大丈夫。いつかは逃げる機会があると思います。それまではこういうことにしておいてください…せっかくみんな無事なんですから…」
「…そういうことか。確かにあのまま戦っていれば死んでいただろうしな」
「少なくとも、俺は無事じゃねぇぞ!何のための護衛なんだ……いて、いててて」
ディーンの襟首をつかんだかと思うと、そのまましゃがみ込んでしまった。
「ふ、それだけ喋れればまだ大丈夫でしょう。さあ、早く、こちらへ」
「すると、ディーンは俺たちを殺させないために裏切ったということなのか?」
「おそらくそうなんだろうな。しかし、我々が逃げ出せば、ディーンの方が…」
ウィリアムが苦虫をまとめてかみつぶしたような表情で、ぼそりとつぶやく。
「まあ、まて。あの女海賊さえどうにかすれば、みんな逃げられるさ。それで万事解決っ、てね。それより、早く上にいかないとやばいぞ」
「そうか、あいつさえ押さえりゃ逃げる機会はいくらでもあるしね。それに賞金ももらえるとありゃ、やらずば損ってわけだな?」
「ハンス船長にも一応言っておこう。これ以上悪態をつかれても困る」
ふっと苦笑いすると、いそいそとグレイは部屋を出ていった。俺たちもそれに続いて部屋をでようと扉へと向かう。
「みんな、気をつけてね…船長へは私が言っておくから……」
背後でアンディが神妙な顔で手を振る。俺はそれに応えるように「大丈夫さ」といって、潮風の吹きあれる通路へ出る。ときおり降りかかる波飛沫が板張りの床をぬらし、夏の日差しを受けてきらきらと輝く。今日も暑くなりそうだな…。
Section 3 航海1日目/兆し
昇降梯子を上って甲板に出ると、そこは戦場跡というよりも、まるで墓地のようだった。海に照り返す日に焼けた水夫たちの表情は、一様に疲れ切っていて、まるで幽霊やゾンビのように見える。
「同じ船の上にいるように見えないな…」
「こんなモンでしょ。どうやらオレたちも亡霊の仲間入りらしいぜ?」
後ろからシュウに肩をたたかれ、シュウの指す方を見ると、たくさんのモップを抱えた水夫が手招きをしている。白髭ではげ上がった頭、どう見てもかなりの老齢だろう。俺たちはその水夫の方へと歩み寄り、無言でモップを受け取る。
「…災難じゃったの。なにもせんで突っ立ってると鞭で打たれるからの…甲板にいるときは、こうして床磨きをするのが無難なんじゃ」
「詳しいな爺さん。あんたはあの黒い船の水夫なのか?」
「そうじゃよ。普通の交易船だって話じゃったから乗り込んだんじゃがの…まさか海賊船じゃったとはの……」
「おい、どこをどう見たらあれが交易船に見えるんだ?どっから見ても私掠船か軍船だろうが!」
ウィリアムはすぐ脇を併走する黒い船を指さして老齢の水夫に怒鳴り、肩をすくめる。
「ワシは船を見たことがなかったのでの……おっと、頭領のお出ましじゃ。ほれ、はよう磨け」
遙か後方に見えるブリッジのドアが開き、レイラが出てきた。やっぱり間違いない。…うわ、こっちにくる!
「あれには逆らわんことじゃ。命がいくつあってもたりんよ」
老水夫はぼそりとつぶやいてぱっと目を背けると、何事もなかったかのように床を磨きながら船首の方へ去っていった。ちらっと辺りを見回すと、いつの間にかウィリアム、シュウ、グレイもいなくなっていた。
「命がいくつあっても足りない、か」
俺も目を合わせないように視線を逸らしながら床を磨く。レイラは俺を睨み付けたかと思うと、すぐ手前の梯子を下りていった。
それにしても、レイラを明るいところで見たのは初めてだな…それにしても、だれかに似ているような…だれだったかな……
私はただ1人、医務室へと向かった。辺りは「海乙女」の水夫たちに混じって、見知らぬ水夫の姿や、船倉から木箱を運び出す海賊どもの姿があった。以外に騒々しい通路を通り抜け、私は医務室のドアをたたく。
「ハンス船長、入ってもいいですか?」
「…ああ、いいとも。海賊どもはおらんよ」
ドアを開け、素早く室内へはいる。そしてすぐに目に入ったのは、うめき声を上げてのたうち回る水夫、真っ赤に染まった包帯を取り替える医師とその助手達…。鉄の錆びたような血のにおいと、むっとする強烈なラム酒のにおいが鼻を突き、軽いめまいに襲われるのを感じた。
「あの、船長。どこにいます?」
「ここだ」
奥まったベッドの間から、右腕がにゅっとのびて左右に揺れる。よく見ると、あの辺りは床の上に何人も水夫たちが横たわっている。私は座り込んでいる負傷者を避けるように奥へと進み、船長の目の前へと移動した。そして、船長の姿を見て仰天してしまった。
船長は左腕と顔の右半分が包帯に覆われていて、自慢の白シャツがべっとりと汚れている。だらんと伸ばした両足が立つ気力さえないことを物語っている。
「せ、船長、大丈夫なんですか?」
「大丈夫なもんかっ!」
酒瓶を取り出すと、ぐびぐびと飲み始めた。口元の包帯が酒の色に染まり、一層汚れていく。
「ま、命あってのモノダネだからな。死ななかっただけ良しということか」
「……船長、単刀直入に言いますけど、この船を取り戻しませんか?」
私は、できるだけ小声で船長にそういうと、船長の表情がぱっと明るくなる。
「やれるのか?」
「多分。あの女海賊さえ取り押さえれば…」
「あのクソ女、捕まえたら10倍返しにしてやるっ!」
「せ、船長、静かに静かに……」
とっさに船長の酒臭い口を押さえて、怒鳴り声を遮る。しかし、船長は私の手を払いのけると、またしても酒を飲み始めた。
「ここにゃ海賊は居やしねえよ。おい、おまえら!あの女海賊をとっ捕まえてこの船を取り戻そうぜっ!!」
「おおっす!やってやりやしょう船長!オレたちマクリーン商会の恐ろしさを見せつけてやる!!」
「いいか、そのうち機会がある。それにあの女を人質にとりゃ、あっちの黒い方も黙ってるだろうよ!それにたっぷり仕返しができるってモンだ!!」
負傷の軽い水夫たちや、手伝いの水夫たちが歓声を上げて大笑いする。辺りは異様な盛り上がりを見せ、酒と血のにおいがそれを加速させる。
「よし、みんな!仲間たちにそれとなく知らせておけ!そして武器を手に入れるんだ!」
「なんだか、おおごとになってきたけど……ほんとうに大丈夫なのかな……」
私は誰にも聞こえないようにつぶやくと、元気よく飛び出していく水夫たちに混じって医務室を後にした。
Section 4 航海3日目/深夜の詩
俺は眠りにつこうとして、広くもない水夫部屋に吊されたハンモックへ入ってウトウトとしていると、どこからともなく歌声が聞こえてくる。
『……雲海の上に残る雀の茶色い足跡……深い森の緑に囲まれた丘の斜面…』
女の声だ。とするとレイラが歌っているのか…あいつが歌うとはねぇ。ふふん。ちょっと行って見てくるか……俺はぱっとハンモックを飛び降り、闇の静寂で覆われた甲板へと出ていった。それにしても、どことなく寂しい雰囲気の曲だなぁ。
『……毛布と夜具を着た山の子供たちは、戦闘ラッパの音も知らずに眠る……』
甲板に出ると、何人かの水夫が手に手にランタンを持って見回りをしている。見え隠れする橙色の灯が、振りかからんばかりの満天の星に溶け込んで行くように見える。俺は、歌声のする方へと忍び寄った。
『……丘の斜面に舞い散る木の葉のなか、1人の女が銀色の涙で墓石を洗い、1人の兵士が剣を磨く……』
真っ黒なサラマンドルを見つめるように、片膝を抱えて座って歌っているレイラがそこにいた。いつも着けていた青の頭巾がなく、かなり短く切りそろえた銀色の髪に金の髪飾りがかすかに揺れている。そうか、誰かに似てると思ってたが…ケイだ。あの娘ににてるんだよ。うん。
『……戦争のふいごが緋色の軍勢を焚き付け、将官たちは兵に殺せと命じる。そして彼らさえも忘れてしまった理由のために戦えと……』「だれだっ!そこにいるのはっ!」
げ、見つかった。「おっと、その……歌声が聞こえたもので……」俺はしどろもどろしながら答える。「おまえ、たしかオランで……死んだはずなんじゃなかったのか?」
「ふん、そう簡単にくたばってたまるかってんだ」
そういうとレイラは斜楼をなれた足取りで降り、俺のすぐ脇を通り抜けて階段を下りる。
「それにしても、ケイによく似てるなぁ……」俺は腰に手を当ててぼそりとつぶやく。すると、階段を下りようとしていたレイラの足がふと止まった。
「……おまえ、ケイを知っているのか?」
妙に神妙な表情でレイラは俺に詰め寄せてくる。
「ああ、姉さんを捜してるらしい。この前の麻薬騒動の時にあんたも会ってるはずだ」
「あのときの……やはりあれがケイなのか……」ふっと顔を伏せたかと思うと、船縁に腰掛けて髪飾りをはずす。「また会うことがあったらコイツを渡してくれ。そしてお前の姉さんはもう死んだんだと……」
レイラは対になっている鳳の部分を取り外すとあの青い頭巾でくるみ、俺の方へ放った。
「ソイツはケイに渡せば分かる」
少しの間だけぼやーっと立ちつくしたかと思うと、何事もなかったかのように再び斜楼へと向かって歩き出した。そして斜楼の先端に座り込むと、まるで眠ってしまったかのように動かなくなった。
びくっ。
「……おまえ、ケイを知っているのか?」
アタイはできるだけ平静を装いながらカレンを見据える。
「ああ、姉さんを捜してるらしい。この前の麻薬騒動の時にあんたも会ってるはずだ」
くっ、やはりそうか…もう会うことはないと思っていたが……「あのときの……やはりあれがケイなのか……」
ふとあのときの光景がよみがえってくる。燃え崩れる偽装船、そして親方と戦っていた女の脇で小さくふるえていた、アタイの前に立ちふさがって目があったあの瞬間、そして思い切り蹴り倒したアタイ……遠い昔、まだ彼に出会った頃の自分の姿が、アタイを見捨てて逃げた彼の姿が、そして手に伝わるあのイヤな感触と死の予感……もうケイには会えない。会うべきじゃない。だからこそ、この髪飾りを着けたはずだ……だけど、だけど……
アタイはいつの間にか船縁に腰掛けて髪飾りを外し、鳳の飾りに手をかけていた。ケイが彼に渡した2羽ずつ対になった鳳。小さな小さなアクセサリーだけど、ケイと、彼と、アタイを繋いでいた唯一のもの。ぐっと力を込めて握り、青頭巾で包む。
「また会うことがあったらコイツを渡してくれ。そしてお前の姉さんはもう死んだんだと……」そういうなり、アタイは力無くカレンへ包みを投げた。
なにをしてるんだ、アタイは……もう戻れない。ごめんな、もう昔のアタイじゃない、今は海賊レイラだ。マリンなんて名前もとうの昔に捨てた。アタイはあのときからアタイになったんだ……町娘には戻れない。お願い、もう探さないで……
「死ねぇ!」
俺の後ろから二人の水夫がにわかに飛び出し、レイラへ斬りかかっていった。俺は水夫たちの怪力で船縁まではじき飛ばされ、いったいなにが起こったのか瞬時に把握できなかった。月明かりで不気味に輝くカットラスを構え、駆け足で斜楼を上っていく。
「昼間、鞭でオレを打ったお返しだっ!」
ぶん、と風を切る音が聞こえた。と、その瞬間、水夫の目の前からレイラの姿が消えた。そして、下から足だけが見えたかと思うと、斬りかかった水夫の代わりにレイラが斜楼の上に立っていた。がん、がん、ざぶん、と何かがぶつかりながら海に落ちる音とともに悲鳴が聞こえ、消えた。
「キサマもくるか?え?」
「う、う、うわぁぁぁっ!」
まるで狂気に取り憑かれたかのようにカットラスを振り回しながら、斜楼をかけ上る。レイラも腰に下げたカットラスを手に持ち、器用に水夫の剣を受け流していく。そして水夫が大きく振りかぶり、力で斬りかかろうとしたそのとき、水夫の背中に短剣が突き刺さった。レイラは振り上げたまま凍り付いたように動かなくなった水夫を蹴倒すと、まるで軽業のごとく斜楼から飛び降りてきた。
「副長、ご無事で?」
小柄で背の曲がったサラマンドルの士官(?)が床に置いたランタンを手に持ち、レイラへ駆け寄る。
「マシューか」
「昼間の逆恨みですかね。こいつら、あれだけ暴れておいてまだ足りないらしい。おいクソガキ、生きてるか?」
こつん、と爪先で軽く小突く。無反応だ。
「一撃か。お前らしいな、くっくくく」
「けっ、海賊なんてアノス領でもオラン領でも大してかわんねぇのにな。肝っ玉の小せえ野郎だ」刺さった短剣を引き抜くと、その小さな体に似合わず、大きな水夫の体をずるずると引きずって海へ投げ捨てた。「まあ、ほんのちょっと早くなっただけだがね!お友達と一緒に魚たちと夜の散歩でもしてな」
「…何かあったのか?」
俺は、わざと聞こえよがしにレイラに尋ねる。
「ちっ、お前にゃ関係ねぇよ、さっさと持ち場に戻りやがれ!」マシューは手のひらをひらひらとさせて、にたっと不気味な笑みを浮かべる。「それとも、お前も鞭で打たれたいのか?」
「まさか。なにがあったのか聞きたいだけさ」俺はふっと肩をすくめる。
「なに、アタイにちょっかい出してきたからちょっと遊んでやっただけさ。くっくくく、あっははは!」レイラは腰に手を当てて甲高い声で笑い始めた。マシューもにたりと笑い、短剣をしまい込む。「まったく、副長こそ相変わらずじゃないスか!気をつけてくださいよ」
「それだけで?」
俺は肩をすくめ、あきれ果てた表情でレイラ達を見やる。
「この商売ってなぁ、ナメられたらお終いなんだよ!金と恐怖こそ支配には最適なのさ。なぁ?坊や。わかったらとっとと消えろ!」
さらにマシューはオレの胸元を掴み、小声で話しかける。「いいか、オレの前で副長に近づくんじゃねぇ!わかったな?え?」
この場にマシューが居る限り、レイラから話を聞くのは無理か……俺は階段を下り、水夫部屋へと向かった。ポケットの中には、さっき受け取った青頭巾に包まれた鳳の飾りが入っている。……レイラもまだまだ捨てたモンじゃないらしいな。
Section 5 航海5日目/叛乱勃発、そして……
「みんな、コイツを見てくれ!」
長身の水夫が、ぐったりとして動かない水夫をわざわざ食堂にまで引きずってきた。なんとか騙し騙し楽しくやっていた食堂の雰囲気が一瞬のうちに凍り付く。
「こいつはたった今、鞭で打たれた!理由もなくだ!これ以上ヤツらの専横を許してもいいのか?」
はた、とハンスの手が止まる。その手は微かに震えていて、グレイはあくまで平静を装いながらハンスへ、「ハンス船長、落ち着いてください。まだ、もう少し待ちましょう」
「いいか、おれたちの生活ときたら、こりゃまるで畜生だ。樽に詰める前から、とっくに腐ってたモノ食わされてよ!挙げ句の果てにゃ鞭で叩かれるしな!」長身の水夫は食卓に置かれていたナイフで皿に盛られた肉を取り上げ、思いっきり突き立てる。「それに引き替え、あの腐れ海賊どもは、まるで王侯貴族じゃないか!」
「……けっ、黙れよ。イヤなこと口にするんじゃねぇ。ただでさえマズい飯が益々まずくなる」すぐ近くにいた水夫がぼそりと呟く。「ほれ、お前の言う貴族様のご登場だ」
水夫の指さす方をちらっと見ると、筋骨隆々の大男が3人、にやにやと不気味な笑みを浮かべながら食堂に入ってくるのが見えた。
「おまえか?いま面白いことホザいてたのは?外まで筒抜けだったぜ、え?」一人が邪悪な笑みを浮かべてそう言い放つと、脇にいた二人が一斉に長身の水夫に飛びかかり、取り押さえた。
「畜生っ!放せ!」
「上に連れていけ。たっぷりと鞭をくれてやれば少しは利口になるだろうよ」
「おい、いい加減にしやがれってんだ!もう我慢ならねぇ!」
すでにグレイの言葉はどこかへ飛んで行ってしまったらしい。ハンスはぱっと立ち上がり、さっきまで使っていたナイフを思いっきり投げつける。男は何とか飛んでくるナイフをかわし、ハンスを睨み付ける。
「……ほう、船長さんよ。よほど死にたいらしいな」
「ハンス船長!」
その瞬間、なりを潜めていた「海乙女」の水夫たちが一斉に立ち上がり、次々にナイフやフォークを投げつける。海賊達が怯んだその隙をついて、手癖が悪いと評判の水夫たちが武器を奪うと、状況は一転した。武器を奪われた海賊達は、次々にまとわりつく水夫たちを振り払いながら命からがら逃げ出していったのだ。
「やったぞ!」ハンスは嬉々としてテーブルをばんばんと叩く。「どんどん武器を奪え!ヤツらに仕返しをするんだ!あの女さえ人質にすりゃこっちにだって勝ち目はある!!」
「船長、俺達はもう後には引けねぇ……このまま死を迎えるくらいなら、それより先にヤツらを駆逐してやるっ!」
「そうだそうだ!おれたちの手でこの船を奪回するんだ!」
水夫たちは口々に歓声を上げ、食堂を飛び出していく。
「ハンス船長!」突然、グレイが大声を上げた。「勝つために人質を取る、それも女をだなんて、そんな卑怯な……マイリーを奉ずる私は反対です!」
「なにを言ってやがる、グレイよ。いいか、海の上じゃ、きれい事は通用しねぇんだよ。それに、おれたちが船を取り戻すにはこの手しかないんだ!この際だ、世界一のろくでなしと言われたって、あのイカレた女を人質にとってこの船を取り戻す!」
ハンスはそう言い放つと、くるっと踵を返して食堂を出ていく。
「急がないと海賊が来るわよ、みんな!さあ、早く!」
アンディはハンスの後を追うかのように駆けだしていった。
「どうするんだ、グレイ?まさか残るのか?」ウィリアムがグレイの肩を掴み、軽く揺さぶる。
「まさか、残れば殺されるだけだ。不名誉な死も勘弁してほしいモノだ」がたっと音を立ててイスを倒し、「さあ、あまり気が進まないが、生きるために行くぞっ!」
「そうそう、冒険者は臨機応変にいかなきゃな。悪く言えば、行き当たりばったりぐらいがちょうどいいのさ」シュウがおどけながらグレイの肩をぽんと叩くと、いそいそと駆けだした。「俺は普通の武器の他にもう一つ必要なんでね。あいつら、ご丁寧に持っていきやがったからな」
さあ、俺も取り残される前に行くか……しかし、本当に大丈夫なんだろうか?それにディーンの奴も……
「叛乱?」
アタイは、ダッガーを鏡代わりに使って口紅を塗りながら聞き返した。
「へえ、ついさっき、食堂で。マーティスの野郎が報告に来まして……」マシューはそういうと、にやりと笑みを浮かべる。「なんでも、食器で襲いかかられて武器を奪われたとか」
「ふん。それで、人数は?」
「報告によりゃ、15人ぐらいでさ。まだまだ増えるかもしれやせんが、それぐらい返り討ちにしてやりまっさ!」
アタイは嬉々としてアタイの部屋(元船長室)を出ていこうとするマシューを呼び止めた。
「マシュー、ここにディーンとか言う奴を呼んできてくれ」
「え、あの野郎をデスか?信用できませんぜ、あいつは……まあ、副長がそう言うのなら……」ドアの前で肩をすくめると、ドアの外に控えていた海賊に怒鳴りつける。「おい、ディーンを呼んでこい!」
叛乱、か……まだそれだけ元気があるってぇことか。くっくくく。まあ、ここらでしっかり押さえときゃ叛乱を起こそうって気にもならんだろうし。しかし、アタイらの火蜥蜴はちょっと遠いな……
「ディーンです。失礼します」
肩で呼吸をしながら、ディーンが入ってきた。
「お前には、アタイの後ろでサポートして貰う。妙な気はおこすなよ」
「そんな……コイツは信用できません。あっしが副長を守ってみせます!」マシューはディーンを睨み付けると、すたすたと部屋を出ていった。
「マシュー……お前?」
アタイは呆気にとられてしまった。おまえ、まさか……
「いたぞっ、あいつらを追い出せ!この船を取り戻すんだっ!」
ハンスの指揮する「海乙女」の水夫たちは実に屈強だった。死を恐れずに斬り掛かっていく水夫たち。しかし、海賊達の抵抗は以外に強く、なかなか先へ進めない。
「ち、海賊ども、以外に粘りやがるな……よし、あの女海賊はおまえらに任せた!いいか、あんまりもたねぇから、早く捕まえてこい。多分、俺の部屋にいるだろうよ!」ハンスは俺達にそういうと、海賊達へ向き直して大声で叫ぶ。「おまえら!いい加減に降参しろ!」
「ふっ、任せときな!」
「もし片づいたら俺も行くからな。そのときは俺の分もとっておけよ」
「あんたが来る頃には全部片づいてるさ」
俺達は階段を駆け上り、一路船長室へと向かった。
階段を上りきり、艦尾へ出る。ここでもまだ何人かの海賊が幾度となく襲いかかってきた。先頭を進むシュウは、出会い頭にグレートソードを振り下ろし、海賊を一刀両断にする。
「へっ、大したことねぇな」
「…おいおい、1人やっつけたぐらいで大口叩くな。それより、俺にもプロテクション張ってくれよ」俺はファイア・ウェポンのかかった剣を振り回し、襲いかかろうとする海賊達を牽制しながらシュウへ毒づく。
「わかったわかった、こいつらが居なくなったらかけてやるよ」
シュウとグレイが最後に残った海賊を切り払うと、俺達は急げとばかりに船長室へ向けて通路を駆けだした。あちこちに積まれた木箱や樽が今は憎らしくさえ思える……。そして何とか船長室とおぼしき部屋へとたどりついた。
「おおっと、こんな所までくるとはなぁ!副長、こいつらぶっ殺してもいいスよね?」
「ああ、やっちまいな!アタイは化粧のジャマされて機嫌がわるいんでね」
マシューがにいっと笑みを浮かべる。
「ふふ、お許しも出たことだし……いくぞ野郎ども!あいつらを八つ裂きにしてやれ!」
「やれるモンならやってみやがれってんだ!」ウィリアムとシュウが同時に叫び、剣を構える。
その刹那、マシューが両手に短剣を持ってウィリアムに飛びかかった。
ちぃん、かん、かきん。
「こいつっ!」
ウィリアムが剣を振り上げたその瞬間、「危ないっ!」アンディがウィリアムに飛びつき、一緒に床に倒れた。そして元々ウィリアムの顔のあった辺りを銀の線が走り、壁に短剣が深々と突き刺さる。
「ちっ、外したか……」
レイラは床に倒れ込んだ二人を後目に腰に下げたカットラスをとると、横から仕掛けようとした俺と向かい合う。「お前か……悪いが死んで貰うよっ!」
俺はまだ魔法のかかっている剣を振るい、レイラに斬り掛かる。レイラの受け止めた剣からほどばしる炎が髪を焦がし、2,3歩後ずさりする。「よくも……やってくれたね!これでもくらえ!!」レイラは剣を大きく振りかぶり、ものすごい早さで俺の懐まで突っ込んできた。やばい……?
「万物の起源たるマナよ!光の矢となりて彼のものをうち払え!」
どぉん。
すかさずシュウがエネルギーボルトを撃ちだしてレイラを吹き飛ばした。レイラは軽い悲鳴を上げて片膝を付き、何とか体勢を立て直す。グレイはその隙を逃さず、剣を構えて突撃する。
「き、貴様ら!」マシューはレイラの方へ駆け寄り、レイラをかばうようにして再び剣を構える。が、しかし、構えるより早くグレイの剣がマシューの体を貫く。
「な、これ……」よたよたとマシューはよろけながら、渾身の力を振り絞って短剣をグレイの左肩に突き刺した。あまりの痛さにグレイの剣から手が離れた。そして双方とも後ろに倒れ込むように後ずさりする。マシューは突き刺さった剣を引き抜き、力無く剣を投げ捨てる。そして、崩れ落ちるように床に座り込んでしまった。
「マシュー!」レイラがマシューに駆け寄り、その体を支えようとする。そのとき、レイラの不意に体が硬直し、駆け寄った勢いで寄りかかるようにして倒れ込んだ。
「く、くそっ……体が…うごか……」
レイラの後ろにはディーンがいて、倒れた女海賊を冷たく見下ろしていた。
突然の出来事に俺は呆気にとられてしまったが、とりあえずレイラを確保するために縄を取り出し、後ろ手に縛る。
ディーンも緊張の糸がほどけたのか、その場にぺたりと座り込み、頭を振る。
「おい、ディーン。大丈夫だったか?」
ディーンはちらっとレイラとマシューを見やると、ほっとした表情で仰向けに倒れ込んだ。
「はい…これでやっと落ち着けますよ……」
すっかり日も暮れ、再び辺りが闇に包まれるとまたあのときの情景がよみがえってくる。突然の衝撃、押し寄せる顔、顔、顔…ついこの前の出来事のはずなのに、もう遠い昔のようにさえ感じる。レイラたちの襲撃、そして俺たちの叛乱。ささやかな出来事にすぎないのかもしれないが、数多くの命の花がこの船上で散った。
最後まで抵抗しようとたレイラも、ディーンの麻痺の魔法であっけなく捕らえることができた。ハンスはここぞとばかりにレイラをマストに縛りつけると、鞭で何度も叩きつけた。俺が止めなかったら、おそらく死ぬまで打つつもりだったんだろう…以外に恐ろしいことをする奴だな……
結局、レイラを人質に取り、サラマンドルを切り離してブラード沖から去ることに成功すると、みんな疲れが一斉に出たらしく、ハンスやディーンはこの後2日も眠ったっきりだった。俺もさすがに疲れたよ…帰ったらゆっくり眠らせてくれ……
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