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No. 00053
DATE: 1999/08/03 23:29:54
NAME: ケイ
SUBJECT: 約束
かつ、こつ、かつ、こつ……
薄暗い石畳の廊下を無言で進む官吏さんと私。もう昼だというのに、ここは異様に肌寒いような……ぶるぶる。それとも、会うのが怖いだけなのかな?
かちゃかちゃ、ぴき、がちり。……ぎぎいぃぃぃぃぃ……がちゃん。
官吏さんが正面の鉄格子の扉を開けた。
「さあ、嬢ちゃん、いいかい?そこの階段を下って、すぐの角を左に曲がって2つ目だ。俺はここにいるから、終わったら一言声を掛けてくれな」
「はい、分かりましたっ☆」
「ホントに1人で大丈夫なのかい?なんだったら、俺が付いていってやりたいんだが……せめてもう1人ぐらい連れてこいよ。ここから先は、ホントは危ない場所なんだぞ?」
「は〜い……」
小声で生返事をし、私は鉄格子をくぐろうとすると、いきなり後ろから肩を掴まれた。
「きゃあっ?」
「荷物は全部この台の上に置いていってくれや。ちゃんと見張ってるからさ」
「もう、びっくりさせないでくださいよぉ☆」
「ははは。悪い悪い」
私は手持ちの革袋と懐にしまっておいた笛を、すすけたテーブルの上に置き、鉄格子をくぐる。ポケットにはカレンさんから受け取った青い包みが残っていたけど、気づかれた様子はなかったし、持っていくことにする。
そして、すぐに後ろで扉を閉める音が聞こえ、重々しい鍵の音があたりに響く。
「気をつけてな」
官吏さんににっこり微笑み返して手を振ると、私はゆっくりと階段を下りた。
「わあ、暗ぁい……えっと、左の2つ目、と……ここかな?」
石壁に掛けられたランタンの明かりを頼りに進んで、二つ目の部屋の前で立ち止まって、真っ暗な格子の中をのぞき込む。中には誰も居ないのかな?とっても静かなんだけど……
「なんか用かい?そこで立ち止まってるヤツ。何でもないんなら、さっさと消えな。覗かれるのは好きじゃないんでね」
突然暗闇の中から声が聞こえたかと思うと、奥の方で真っ黒な影がゆっくり起きあがり、こちらへ向かってきた。
「もう一度言う。早く消え……お前、何でそこに居る?」
「…姉さん…」
全身が震える。
「ふん。アタイはアンタの姉さんなんかじゃないさ。誰に聞いてここに来たのか察しは付いてるけど……くっくくく。ケガしないうちに帰りな!」
「……姉さん!こんな、こんなのってないよぉ!どうして?どうして、私たちってこうやってしか会えないの?」
気が付いたら、私は鉄格子にすがって泣いていた。そのとき掴んだ鉄のヒンヤリとした冷たさが、まだ手のひらに残っているみたい……
「……」
「マリン姉さん、義兄さんは?ひっく、義兄さんはどうしたの?あの楽しかった頃、ひっく、ぐす、海の見える丘で義兄さんと3人で、ひっく、した約束……ひっく、……忘れちゃったの?」
鉄格子にすがるようにしてすすり泣く私。とっても悲しかった。優しかったマリン姉さん、あのとき、海の見える丘で約束したよねっ!?
「……ケイ」
「約束したよねっ!3人で、ひっく、3人で歌いながら、好きなことをしながら大陸を旅しようって!なのに、なのに……」
「……ケイ……ふん、忘れちまったねぇそんなこと!」
「答えてよぉ、マリン姉さん!姉さん!うわあぁぁぁん!」
姉さんは鉄格子を蹴り、がしゃん、と鳴る。
「五月蠅いっ!!オマエの知ったことかっ!いいか、オマエの義兄さんも、そのマリンってぇ姉さんもアタイが殺したのさ。くっくくく……」
「嘘よっ!嘘って言って!!姉さんっ!!!」
「嘘なもんか。アタイの刀でアイツを斬りつけたときの感覚、そしてあの表情……未だに覚えてるさ。アタイから大事なモノを奪うヤツらなんて……死んじまえばいいのさ!あっははは!!」
そ、そんな……義兄さんは……でも、姉さんも殺した……?
「それにな、アタイはオマエみたいにカワイコぶったヤツも嫌いなんだよっ!とっとと消えろ!!」
姉さんが再び鉄格子を蹴り、がしゃん、と鳴らすと踵を返して奥へ去ろうとしている。
「ま、待って!ちょっとだけ待って……」
私は何とかこみ上げてくる涙をこらえて、大声で呼び止める。そして、ポケットに手を入れて青い布と金の髪飾りを取り出す。
「髪飾りを……私が持っているべきじゃないと思うの……だって、これは義兄さんから姉さんへ贈ったものだもの」
「……」
「ここに置くね、姉さん」
私は鉄格子の隙間から手を入れて、すぐそこにあったお盆の上にそっと髪飾りを置く。
「……そだ、また明日も来ますねっ☆もう、もう泣かないから、もう少しお話ししてくださいね……」
ぐしっ。私は涙を拭って、ゆっくりとその場を去る。階段へたどり着くと、なぜか足が重い。そのとき、後ろから何か呟くような姉さんの声がしたけど……聞き取れなかったわ……でも、最後の一言は聞こえた。
「ケイ……もうここには来なくていい。いえ、来ちゃダメ……アタイはもうすぐ、ここにさえいなくなってしまうから……」
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