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No. 00056
DATE: 1999/08/16 00:14:24
NAME: ハースニール
SUBJECT: 阿鼻叫喚の地へ
「随分と時間を取ってしまったな…」
ムディール方面からプリシスに抜ける山道を行きながらハースニールは呟く。
さすがに妖魔の森を直進するわけにもいかず、迂回しつつ進んだのだが、これはこれで随分と時間がかかるものであった。
「プリシス…ロドーリルとまだ戦争を行っているらしいが…その状況でよれるものかな?」
現在プリシスとロドーリルは激戦のさなかにある。兵力は圧倒的にロドーリルが上。だが、プリシスも大陸一をほこる城塞と、「指し手」の呼び声高い軍師ルキアルの手腕により、善戦しているらしい。
「街道から外れてしまったからな…ムディールでプリシス行きの商人が見つからなかったのは運が無かったな…」
どうする?ここはプリシスの街を無視してミードの街へ行くべきか?
そうするのであれば最初から黒い人の街道を通っていけばよかったな…。
少し後悔がかすめるが思い直す。
いや、やはりプリシスによろう。何、戦場の経験が無いわけでは無い。いざとなったら傭兵でもして何とかするさ…。
そうこう考えながら歩く事2日。遠くの方から喧騒が聞こえてきた。
「……随分とうるさい音だな。しかし、ここから見えぬ距離でここまで音が届くというのは…」
おそらくは…。
しばらく進んでみて予想は的中した。どうやらロドーリルの軍勢とプリシスの軍勢が小競り合いをしているらしい。
「これだけ大きな街道で小競り合いか…というとここが音に聞く白刃の街道だな」
白刃の街道。ロドーリルの首都、チェイスより城塞都市国家プリシスへと至る街道。すでに幾度もロドーリルより侵攻され、その度にここで争いが行われた事からその名がついたと聞く。
「なるほど…いや、しかし俺ならば『鮮血の街道』もしくは『戦慄の街道』と付ける所だな」
苦笑。
なるほど。確かに目の前に広がる光景は白刃などという生易しい光景ではない。ロドーリルと思われる軍の兵士は正気とは思えない攻めを見せている。それをおそらく予想していたのであろう動きで小人数ながらバサバサと相手の出鼻をくじき殺していくプリシスの兵士。
「どうするか…ここで、プリシス側の兵士を助ければプリシスの街にも比較的楽に入れるかな?」
前に覚えた後悔がまたよぎる。遠回りしてでもミラルゴからミード、プリシスへと入れば怪しまれずにすんだだろうになと。
ふと、目に映った男がいた。
プリシス側の兵士であろう。目の前に群れる敵兵をハルバードを軽々振るい、なぎ払っていく板金鎧の男だ。
その戦い方は異常だった。どれくらい異常かといえばロドーリルの兵士のごとき様なのだ。そう、己の命が惜しくないかのごとくただただ己の武器を振るっているように見えた。
少しずつ戦場に近づき、回りから目を付けられぬように気配を消し、ゆっくりと矢が届く位置まで移動する。
「!」
ふと、そのハルバードを振るう男の後ろから小剣をついてくる兵士がいた。
「好機!」
矢を放つ。一瞬で小剣の男の頭を貫く。
ハルバードの男も驚いたようだ。すでに戦いは接近戦となっているこんな状況では普通矢など飛んできはしない。
しかし、驚きつつも動きを止めず相手を切り裂いているのはさすがというべきであろう。
それからは特に隙らしい隙もみせず戦いつづけていた。
ハースニールも一応プリシス側の兵士がまずくなると(目に見える範囲で)矢を放って手助けをしていた。
そういうことが続く事、小1時間。ようやくロドーリル側が撤退を見せる。
どうやら別で動いていたプリシス側の部隊が敵将の陣を強襲したらしい。
なるほど。これがルキアルのやり方か…そう思いながら木陰で休んでいると…。
「……おい」
不意に声がかかった。
ふと見ると先程のハルバードの戦士だ。鉄の板金鎧は鮮血で真っ赤に染まっている。
「余計な事を…といいたい所だが礼を言うべきだな。まぁ、気づかなかったのは確かな事だしよ」
ここにいる事に気づいていたのだろうか?そんなに見つかりやすい場所にはいなかったつもりだったが…。
「矢が刺さっていた方向を考えればこの辺りだろうと思ったぜ…まぁ、いい。お前さん、冒険者か?」
「ああ……」
……しまったな。この男。もう少し近くで見るべきだった…この眼、殺しを楽しむ男の目だ。口調だけではわからないが眼だけは異常さを現している。
「へへ…どうだい、あんた。この乱戦の中に弓を放てるなんざ、結構な腕してるじゃないか。傭兵として雇われる気はないかい?いや、一応俺も傭兵なんだけどよ…まぁ、下に結構つけられるくれぇの待遇は受けてる。俺がいやぁ便宜もされるだろうさ」
「……口の端が気に食わないな」
「あん?」
「こう思ってる男でもいいか?」
ニヤリと笑っていう。
すると男もニヤリと笑う。
「上等だ」
いざとなりゃぁ俺が切り捨ててやるさ…そんな笑みだった。
「そうか…一応旅をしている身なんでね。期限付きであれば傭兵となっても構わんよ」
自分は冒険者で狩人なんだがな…とも思いつつ、かつて猟兵として動いた数年間を思い出す。
「おお。あんまり短すぎても困るけどよ。そうかい。雇われてくれるかい…へへへ。これで動きの幅が広がるかもな…」
最後の言葉の意味は分からないが、まぁ男の目つきからしてあまりいい事ではないだろう…。
「……了解した。自己紹介をしておこう。俺はハースニールだ…。旅をしているので何処から来たかは何と言えば言いかわからないが、前によっていた所はムディールだ」
「ほう。ハースニールね。おぅ、わかったぜ。しかしムディールか…へへ、あそこの女は結構いい足してるって話だぜ」
「さあな」
「へへ。俺の紹介もしておこうか。俺の名は…」
鮮血の傭兵はそうやって紹介をし、そしてプリシスへと案内した。
プリシス…この街での出会いは血なまぐさいものだけなのか?
それはあまり歓迎したくないものだがな。
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